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79話 喋る屍

 偶然見つけた隠し通路を通り、たどり着いた先は何もない空間が広がる不気味な場所だった。

 空気は湿っており、わずかに鉄錆びた匂いが鼻を刺す。


「なんだここは?」


 俺は低く呟きながら、暗闇に目を凝らしつつ壁伝いに歩き始めた。


 壁は冷たくざらざらしており、所々にヒビが入っている。

 まるでこの場所が長い間忘れ去られていたことを物語っているようだった。


 足音が不気味なほど響き、空間全体が俺の動きに反応しているかのように感じる。しばらく歩くと、手のひらに冷たい金属の感触が伝わった。取っ手だ。


 俺は緊張を抱えながらゆっくりと扉を開け、小さく顔だけを覗かせる。


 そこに広がっていたのは、無機質な廊下だった。数メートル間隔で古びたランプが設置されており、ほのかな光が床と壁を照らしている。


 しかし、光は廊下全体を満たすには足りず、遠くは深い闇に飲み込まれていた。ランプの灯りに照らされた壁には、血が酸化した黒ずんだ跡が点々と付着している。


 おぞましい光景に息を呑み、俺は足元を確認する。そこにも靴跡や、古い車輪の跡のようなものがかすかに残されていた。


「何なんだ、ここは……」


 廊下に人の気配はないことを確認すると、俺は慎重にその空間に足を踏み出した。


 ふと、振り返ってみると、自分が出てきた部屋の扉には『203』と数字が書かれていた。消えかけた塗料が不気味なまでに古さを強調している。

 この部屋が何だったのか確かめるために、もう一度扉を開け、杖の先に小さな火を灯して部屋を照らした。


 そこには担架のようなものが壁に立てかけられ、床には割れたガラス瓶と干からびた液体の跡が散乱していた。

 薬品のラベルには読めないほど擦り切れた文字が記されており、意味の分からない記号が描かれている。棚には黄ばんだ包帯や錆びた医療器具が乱雑に押し込まれ、部屋の隅には折れた剣や歪んだ防具が積み上げられていた。


「……病室か?」


 どうやらここは、大昔に治療や負傷者の処置のために使われていた部屋のようだ。


 しかし、こんな地下深くに病室があること自体が奇妙だった。一体どんな状況で使われていたのか、想像するだけで背筋が寒くなる。


 それでも、今は考えている余裕がない。早く盗賊団の情報を集め、王宮に知らせる必要がある。俺は部屋を後にし、無限に続いているかのような廊下を慎重に進み始めた。


 足音が硬い床に響き、暗闇の中で不気味なリズムを刻む。ランプの灯りの合間には完全な闇が横たわり、そこに何かが潜んでいるような錯覚を覚える。壁にはいくつかの扉が並んでいるが、そのほとんどは錆びついて開けることができないようだった。


「……どこまで続いているんだ、この廊下は」


 ふと、廊下の奥からかすかに音が聞こえた気がした。


 金属が擦れるような音と、何かを引きずるような低い響き。

 それが何なのか確かめるため、俺は一瞬足を止めた。だが、音はすぐに闇の中に消え、再び静寂が訪れた。


「…」


 この場所全体が俺の気を削るように、じわじわと精神を蝕んでくる。だが、進むしかない。この先に、王宮を狙う盗賊団の重要な情報が隠されているかもしれないのだから。


 俺は不安を振り払うように杖を強く握り直し、再び歩き出した。


 暗く冷たい廊下を進む中、俺の視界に無造作に開かれた扉が現れた。

 その木製の扉は風に揺れているのか、軋む音を不気味に響かせ、まるで何かを誘うようだった。


 息を殺しながら近づき、そっと扉に手を掛ける。心臓が鼓動を刻む音がやけに大きく聞こえる中、俺は慎重に扉を押し開けた。


 中は完全な闇だった。

 目を凝らしても何も見えない。暗闇の中、嫌な臭いが鼻をつく。俺は震える手で杖を握り締め、魔法で小さな火を灯した。


 暖かな光が部屋を照らし、視界が広がる。だが、次の瞬間、その光景に思わず叫び声を上げて尻もちをついた。


 目の前には、肉が完全に朽ち果てた一体の骸骨が立っていた。いや、正確には——自立していた。支えもなく、吊るされてもいない。骨だけになったその体が、まるで意志を持つかのように足で立っているのだ。


「なんなんだ、これ…」


 恐る恐る骸骨を観察する。古びた防具に包まれ、腰には鉄塊のような大剣がぶら下がっている。その全身は時の流れを感じさせるほどに錆びつき、ところどころに黒ずんだ血痕のような染みがこびりついていた。


 俺はその異様な存在に対し、恐怖と危険を感じ取った。

 杖を構え、魔法の詠唱を始める。足元から鋭利な土が浮かび上がり、周囲に円を描くように形成されていく。


 そして、意を決して魔法を放とうとしたその瞬間——骸骨が動き出した。


 カラカラと乾いた音を立て、骨が擦れる音が耳を刺す。骸骨は一歩、また一歩と俺に近づいてくる。空洞の眼窩(がんか)からは暗闇が渦巻いているように見え、その圧倒的な異様さに俺は完全に体が硬直した。


 距離がどんどん縮まり、ついには目の前に迫った骸骨が大きく口を開いた。その瞬間、俺は恐怖に突き動かされるように大声で叫び、魔法を解放しようとした。


「うぉおおおおお!」


 しかし、その叫びを遮るように、骸骨が突然甲高い声で叫び出した。


「やあ!僕はが…えええええええええええ!!!」


 骸骨が頭を抱えてしゃがみ込む姿に、俺は思わず魔法を止めてしまった。

 その場に呆然と立ち尽くす俺の目の前で、骸骨はそろりと立ち上がり、喉を鳴らす仕草をしたかと思うと、カラカラと明るい声で話し始めた。


「やあ!僕は骨だけ人間のガイコツ!よろしくね!」


 その言葉に、俺は完全に呆気にとられた。目の前の骸骨は——あまりにもフレンドリーだった。空洞の目で俺を見つめながら、片手を差し出してきたのだ。


「えっ…何…?こわっ」


 困惑する俺に対し、骸骨は軽く頭を傾けた。


「おや?おやおや?反応が薄いなぁ。もしかして君、屍?」


「生きてます。」


 思わず返したその言葉に、骸骨は驚いたように大げさな身振りで応じた。


「いや生きてんのかーい!」


 そう言って、骸骨は俺の肩を軽く叩こうとしたが、次の瞬間、その手がポロリと外れ、床を転がり始めた。


「わあっ!手が取れちゃった!ちょっと拾うの手伝って!」


「…ええ?」


 あまりにも唐突な展開に、俺は呆然としながらも骨を拾い集める。それに気づいた骸骨が満面の笑み(のように見える顔の形)を浮かべた。


「ありがとー!優しいんだねぇ君!」


「優しくしてるつもりはないんですが。」


 俺は深い溜息をつきつつ、骸骨の手を組み直してやると、ようやく一息つく間もなく、骸骨が再び話しかけてきた。


「で、君はこんなところで何してるの?迷子?それとも迷子?」


 その質問を無視し、俺は逆に聞き返した。


「それより…俺はどうして骸骨が動いて喋れるのかが気になりますけどね。」


 骸骨はその言葉を聞くなり、手を叩く真似をしながら喜びの声を上げた。


「ほんとに!?僕に興味があるの!?じゃあ特別に教えてあげるよ!さあ、耳をかっぽじって聞いてくれ!」


 そんな馴れ馴れしい態度に呆れながらも、俺は黙って話を聞くことにした。


「まずね、僕が生きてる理由はね……」


 骸骨が語り出すその声を聞きながら、俺はこの異様な状況に少しずつ慣れ始めている自分に気づいた。

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