8話 別れ
掴めた気がする、融合のイメージを。
今カリーナが発動した魔法を見て、俺が想像していた魔法の融合とは少し違うと感じた。てっきり俺は同時に異なる魔法を発動すること、それが融合だと思っていた。
しかし、それは間違いだった。
俺は二つの魔法をまったくの別物と考えていたから、いつまで経っても魔法の融合が上手くいかなかったのだ。
違う、そうじゃない。融合とは、二つの魔法を別々のものと認識するのではなく、最初から一つの魔法としてイメージすること。それが大切なのだ。
イメージの基盤ができれば、あとはそれを実現させるだけだ。
「カリーナさん、ありがとうございます。貴女のおかげで何か掴めました。」
「え?なに?急になに?」
困惑するカリーナをよそに、俺は魔力を練り始める。
(想像だ……想像しろ……。)
二つの魔法を別物と捉えるのではなく、元からそういう魔法なのだと『想像』する。そして、それを具現化するために『創造』する……。
ようやく気付いた。魔法とは、想像力と創造力の世界なのだ。
俺が作り出すのは火球と火雨の単純な融合ではない。
俺は立ち上がり、目の前の木々に向かって手のひらをかざした。腕から手にかけて魔力を流し込み、発動の準備を整える。指先に魔力が集まり、体全体が熱く脈打ちはじめる。
「カリーナさん!ちょっと熱いかもしれません!俺の後ろに!」
カリーナは俺が何をしようとしているのかを察したのか、すでに俺の後ろで今から起こることを見守っていた。
そして—―
「火雨球!!」
魔法を唱えた瞬間、目の前の木々の真上に炎で形成された陣が出現した。
「なによ!普通の火雨じゃ――」
カリーナが何か言いかけたその時、その円陣から降り注いだのは、単なる火の雨のような小さな火種ではなかった。
それは巨大な火球の連続だった。
無数の火球が地面へと降り注ぎ、真下にあった木々を瞬く間に灰へと変えた。
「はぁ……はぁ……これが俺が出した答えです……」
魔力を一気に消費した俺は、息を切らしながらエルドリックの下へと歩み寄る。
「……うむ、成功だ。おめでとう、これで少年は下級魔法使いだ。」
エルドリックは嬉しそうに俺に微笑む。
「そしてカリーナ、君もこれで本当の中級魔法使いとなる。二人とも、次からは今までより更に高い難易度の魔法を扱うことになる。覚悟して励め……。」
エルドリックの言葉に、俺とカリーナは目を見合わせ、互いに喜び合った。
「「はい!!」」
―――。
それから俺は、更に魔法を極めるために、今まで以上に魔法の勉強に取り組んだ。
日が経つにつれ、どんどん身体と魔力が成長していくのを感じ、俺はますます魔法に没頭していった。
そして、俺は火元素魔法だけでなく、水、風、土の元素魔法を下級まで習得し、中級の火元素魔法を自在に扱えるようになった頃には、すでに三年の月日が経っていた。
俺は九歳、カリーナは十六歳になった。小学校三年生と高校二年生くらいだ。
俺はかなり魔法を扱えるようになったつもりだったが、カリーナは俺とは比べものにならないほど強くなり、もはや遠い存在になっていた。
彼女はすべての元素魔法を上級まで扱えるようになっていたのだ。エルドリックも「彼女は近年稀に見る魔法の天才」などと言っていたし、近くの街の小さな学園から特別生として入学してほしいという話も来ていたほどだ。
しかし、カリーナはすでに首都にある魔法学園に在学しているため、その話は無駄に終わった。
まあ、そんな話は置いておいて――昨日、九歳の誕生日を迎えた俺に、とんでもないプレゼントが与えられた。
それは――魔草摂取期間の終了と、普通の食事の解禁だ!!!
本当に…まさか三年も続くとは思っていなかった……。
食事の時間になるたびに死んだ魚のような目をして魔草を食べ続ける俺を見かねた両親がエルドリックに掛け合った結果。
「三年も続ければ、すでに魔草で得られる効果は薄いかもしれない。」
とエルドリックが妥協し、ようやく解禁されたのだ。
そして、三年ぶりのまともな食事を噛みしめた後、俺は今日もエルドリックの下へ訓練に向かうのだった。
エルドリックの家に行くと、すでにカリーナが訓練をしているのが見えた。
上級魔法使いになった記念に、エルドリックから貰った特注の杖を地面に置き、自身も地面に釘で打たれたかのように鎮座していた。ただ座っているだけに見えるだろうが実際は違う。
魔力を限界ギリギリにまで高め、その高めた魔力を全身に巡らせ続けているのだ。
言うだけではこの辛さは伝わらないだろう。俺やカリーナのように、幼いのに魔力量が多いやつは、魔力を制御せず身体に巡らせ続けていると四肢が爆散するほどの痛みに襲われるのだ。
実際、1年前くらいにカリーナが誤って魔力を開放してしまったとき、彼女は全身の穴という穴から血が噴き出たという事故があった。
あれは相当痛かったらしい、あれ以来毎日ああして魔力の制御訓練を行っている。
「カリーナさん、おはようございます。今日も魔力制御の訓練ですか?」
俺は、そんなカリーナに話しかけた。
「あぁおはよう、まあねあの時みたいに痛いのはヤだからね。良ければカイルも味わってみる?」
「えっ、遠慮しときます…。」
カリーナは15を超えたあたりから性格が落ち着き始めた。
最初は何か嫌なことでもあったのかと思っていたが、長らく接している内に、本当に性格が変わったのだと分かった。
大人の女性にだんだん近づいているようだ。
――アレは平たいが。
「今失礼なこと考えてなかった・・・?」
まずい…カリーナのやつ。人の心が読めるのか!?
「き、気のせいですよ!何を言ってるんですかカリーナさん!…じゃあ俺はエルドリックさんに挨拶してきますので!」
なんとかごまかそうとしたが、カリーナの勘は鋭い。俺の異変を速やかに察知し、一瞬で人間殺戮兵器へと変貌した。
「怪しいわね!待ちなさいッ!!!」
この後、俺は頭に大きなたんこぶを乗っけて勉強している姿を、近所の子どもに発見され爆笑される羽目となった。
「あぁ…痛い…。カリーナさん加減してくださいよ!」
「カイルがレディに対して失礼なこと考えるからよ!」
レディって一体なんだろう?
カリーナと他愛ない話をしていると、エルドリックが戻ってきた。
「よし、二人とも集まっているな。急だが、今から二人に課題を出そうと思う。」
「「課題??」」
エルドリックと知り合って約3年、ほぼ毎日魔法を教えて貰っていたが、課題を出されたことなんて一度たりともなかった。
カリーナの方を見ると彼女も驚いていた。どうやら彼女も課題を出されるのは初めてのようだ。
「課題ってなんなのですか?今の私たちができないことなんてほとんどないと思いますけど?」
カリーナの言葉に、エルドリックが不敵な笑みを浮かべる。
「それはどうかな…?カリーナ。」
エルドリックの方も自信あり気な態度だ。カリーナも、エルドリックの表情を見て少しうろたえている様子だ。
一体どんな困難な課題を与えるつもりなのか…。
俺たちは喉をゴクリと鳴らし課題の正体が発表されるまでの数秒を待つ。
「私が君たちに課す課題は、首都にある魔法学園に入学しそれぞれ1位の成績を取ってくることだ。」
その時、俺は驚愕すると同時に、心の底から歓喜した。
学…園…だと!?学園!?つまり、今よりももっと高度な授業が受けられるし…それに、魔法適正が分かる魔具がある!
「やったあ!!!」
俺の突然の声に、二人が俺に振り返る。
「すみません、うれしくてつい…。」
恥ずかしくて頭をポリポリ掻いていると突然、目の前の机にドンッと拳が降ってきた。
その拳の正体はカリーナだった。
カリーナは瞳に怒りを宿し、エルドリックを睨みつける。
「学園ですって!?戻れと言うのですか!?あんなところに!」
カリーナの激高ぶりに対し、エルドリックは冷静に彼女を見据える。
「そうだ。戻るときがきたのだカリーナ…。」
エルドリックの冷静な声に、カリーナがさらに声を荒げる。
「絶対に嫌です!エルドリック様の命令でも絶対にあそこには戻りたくありません!」
いつまで経っても終わらないエルドリックとカリーナの口論に、俺は割って入った。
「どうしたんですかカリーナさん!?」
しかし、カリーナの手によって後ろに追いやられ、話に入れてくれなかった。
すると、カリーナは机に立てかけてあった自分の杖を手に取り、玄関の方へ向かう。
「うるさいわね!アンタは関係ないでしょ!!!とにかく!絶対に学園には戻らないから!……今日はもう帰る!」
カリーナは涙を浮かべそう言うと乱暴にドアを開け、そのまま帰ってしまった。
しばらくの間、俺とエルドリックの間に気まずい空気が流れた。その空気を断ち切るように俺は聞いた。
「カリーナさんは…一体どうしたんですか?」
俺の問いに、エルドリックが答える。
「……彼女が昔、首都の学園に通っていたことは知っているな?」
「あぁ…そういえば言ってましたね、そんなこと。」
どうやら学園の事が問題らしい。
エルドリックは話を続ける。
「カリーナは私の下へ来る前、学園でいじめにあっていたのだ。」
エルドリックの言葉に、俺は何も返さなかった。それに、あまり驚きはしなかった。
カリーナが、昔のあの性格のまま学園で過ごしていたなら当然、どこの世界でもいじめられるのは明らかだったからだ。つまり自業自得というわけだ。
「でも…決していじめを正当化するワケではありませんが、カリーナさんの昔の性格なら…いじめに遭っても仕方ないのでは…?」
俺の言葉に、エルドリックは首を横に振る。
「いじめの理由はそんな単純なことではない。彼女は…魔法の才能があったが故に、いじめられてしまったのだ。」
(つまり…妬みか。)
そういえば前世でも同じような事があった気がする。
白井の強さに嫉妬した奴らが、白井をリンチしようとしたことがあったことを今思い出した。
まぁアイツはいじめとか気にしてなかったようだし、あの時は逆に返り討ちにしてたが。
だけど…カリーナは当時、力もないただの女の子だったはずだ。
魔法に純粋に興味を持ち、学園で学ぶことが大好きな子どもだったはずだ。
だから、今まで魔法を極めて続けてられたんだ。それを何も努力してきてないようなやつが邪魔をした?
そんなことが許されるのか――いや許されるわけがない。
3年間、一緒に居た俺には分かる。カリーナはただ魔法が大好きなだけだったんだ。
カリーナが学園に戻れない理由は、カリーナのせいじゃない。
俺は――密かに決意を固めた。
数日後――
「では父上、母上、今日までお世話になりました。次帰ってこれるのはいつになるか分かりませんが、手紙は毎日書きます。」
エルドリックに課題を告げられてから数日。
その日の夜にエルドリック同伴で両親に説明し、紆余曲折ありながらも、なんとか首都で一人暮らしすることを許してもらえた。
「気を付けるのよ!首都はすごく人が多くて活発なところだけど、その分治安も悪いから。」
母親は俺に目線を合わせて抱きしめる。
「はい。」
「強くなって帰ってこいよ!帰って来た時に村中に自慢できるくらいにな!」
父親はいつものと変わらない様子で、少しふざけながらも俺を応援してくれた。
「はい。」
俺は、最後にきちんと両親と目を合わせた。
「…では行ってきます!」
俺は今日、家を巣立った。
――と言っても、学園でナンバーワンの成績を取るか、卒業までの間だけだが。
でも、なぜか誇らしい感じがする。前世での両親との別れは突発的なもので、全然心の準備もできていない状態で訪れたものだったからだろうか。
でも…今回はちゃんと自分で決めて、自分の意志で親元を離れることができた。こんなごく普通のことが俺にとっては特別なものに感じられた。
―――。
学園がある首都には、エルドリックが用意した馬車に乗って行く。エルドリックともここで一旦別れなのでじっくり話しておきたい。
そして、俺の旅立ちの日にも、やはりカリーナは来なかった。
あの日からカリーナは自分の部屋に引き籠ってしまったらしい。
俺が彼女の家に行っても執事か使用人に追い返され、話しをすることすらできなかった。それほどまで学園に行くことにトラウマがあるのだ。俺がなんとかしてやらないと。
俺が考えていると、エルドリックが俺の肩に手を置いた。
「…少年、今はカリーナのことではなく、自分の事を第一に考えるんだ。カリーナは私に任せておけばいい。」
エルドリックの言葉は力強かったが、それでも俺はカリーナのことが心配だった。
「はい…。」
そんな俺を察したのか、エルドリックがさらに言葉を紡ぐ。
「そう心配せんでも、彼女は強くなった。いずれ自分で克服できるだろう。」
そのエルドリックの意向に俺も従うことにした。
「…そうですね、でもエルドリックさんは学費の方を心配した方が良いんじゃないですか?」
「む…そこまで心配されんでも、貯金はまだある…。」
「ははは」
そう、なぜ金持ちではない俺の家が、学園に通えるのか…。
それはエルドリックが授業料や制服代、教科書代などを全額負担してくれるらしいからだ。
なぜそこまでしてくれるのか、聞いても話してくれなかったが、エルドリックには何か考えがあってのことなのだろう。これ以上は詮索しないし、それに、ありがたく利用させていただこう。
それにしても…出発してから2時間以上走ってるが、全然風景が変わらない。
ずっと荒野と森道を交互に走っているだけだ。
村から首都まで4時間…あと2時間も同じ風景なのはきっと読者の皆さんは飽きるだろうから…カット!!
2時間後―――
馬車の動きがとまり、御者がドアを開けた。
「エルドリック様、ブラックウッド様、首都カーヴァインに到着致しました。」
俺が馬車から降りてまず初めに目に入ったものは、100mは優に超えているであろう巨像だった。
その像に俺は見覚えがあった。
(あれは—―そうだ!大魔法使いアグラヴァーン・エルデンストールだ!)
――なぜこの街にこの像が?
すると、エルドリックが話しかけてきた。
「少年、私と一緒なのはここまでだ。」
しばらく俺は巨像を見上げていたが、エルドリックのその言葉で彼に向き直す。
俺は姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「はい、今までありがとうございました。俺を魔法の道へ導いてくれて、俺この恩は一生忘れません。」
俺の言葉に、エルドリックは感慨深そうな表情をしたあと、すぐにいつも通りの強面に戻った。
「あぁ…頑張ってくるのだ。何年掛かるか数えておくからな?」
「ええ、ですがすぐに獲ってみせますよ、成績1位くらい。」
エルドリックの挑発に、俺は自信満々に返す。
「はっはっは、言うようになったな、やはり心配するだけ無駄か…。」
「はい!大丈夫ですよ!」
その言葉を最後に、エルドリックは安心したような表情になり、馬車に乗りなおす。
俺も振り返り、首都の門を見据える。
「それでは、もう行きます。」
「あぁ…また会おう。」
俺は、エルドリックから学園に関する書類と学費や生活費を含んだお金を受け取り、馬車を後にした。
俺の胸には両親やエルドリックへの感謝の思いがいっぱいになっていた。
遠くなる馬車を見据え、俺はエルドリックへ感謝を呟く。
「ありがとうございました。俺は、ここで強くなります。」
これから俺の新しい生活が始まる。
どんなことが待っているのか…楽しみだ。
これにて第1章村編終了です。村編では、カイルの誕生から成長までの過程を足早に書いていきました。もっと設定や展開を詰められたような気もしますが、後ほど修正など入れていけたらと思っています。
新しく始まる学園編では、あっと驚くような展開や新たな出会いを用意しています!どうぞこれからも異世界戦記 ーここで俺は最強に至るーをよろしくお願いします!