76話 再確認
手紙を届けるという目的を失った俺たちは、数日間、宿にこもってダラダラと過ごしていた。
しかし、そろそろこのままではいけないと、俺とフェンリは今後のことについて真剣に話し始めた。その話の中で俺は迷いながらも、今ここで決断を下すべきだと感じ、意を決して話を切り出した。
「やっぱり…二人はノワラに帰るべきです。」
その言葉に、フェンリは驚愕の表情を浮かべ、ノアはベッドから飛び起きて俺を睨みつけた。
「な…」
「何言ってんの、カイル!?いきなり私たちだけ帰れだなんて…そんな悲しいこと言わないでよ!」
フェンリが何かを言いかけたが、ノアの怒声に遮られた。彼女の瞳には涙が浮かんでいる。俺は一瞬戸惑ったが、静かに話を続ける。
「…指名手配されているのは俺だけです。今まで関係のないノアたちを巻き込んできたのは俺の責任です。」
「これ以上、二人に迷惑をかけたくない…。それに、このまま二人が国に帰らないと、いつか国王に二人が俺と一緒にいることがバレてしまうかもしれません。そうなったら、今度は二人も国から追われることになってしまいます。俺はそれが嫌なんです…。」
俺の言葉が終わると、部屋の中は一瞬静寂に包まれた。しかし、その沈黙を破ったのはノアの怒りに満ちた声だった。
「迷惑ですって?カイルは一体今まで私たちの何を見てきたの!?」
その言葉に俺は不意に顔を上げる。ノアは怒りと悲しみが混じった表情で俺を見つめていた。
「私とフェンリがどんな思いでカイルを追ってこの国まで来たか分からないの!?…心配だからだよ!迷惑なんて思うはずもない!大事な人が危険な目に遭ってるのに、どうして迷惑なんて思うわけ!?私は…少しでもカイルの役に立てたらって思って来たの!国がどうとか、迷惑がどうとか関係ない!私は!カイルと一緒にいたいの!」
ノアの声は部屋中に響き渡り、その余韻が耳に残る。彼女の目には大粒の涙がこぼれ落ちていた。隣のフェンリも、ノアの言葉に賛同するように腕を組み、真剣な表情で俺に語りかけてきた。
「ノアの言う通りです。僕たちは自分の意志でここまで来た。いくらカイルが迷惑をかけていると思っていても、僕たちは違います。逆に、一人でなんでもできる君に、僕たちが迷惑をかけてないか、いつも心配してくるらいですよ。」
フェンリは少し微笑んでみせたが、その目は俺を真剣に捉えていた。
俺は言葉を失った。
目頭が熱くなり、こらえきれない感情が胸の奥から溢れ出してくる。今まで、俺は何をしていたのだろう。自分勝手に物事を解釈し、周りの人が本当はどう思っているのかを知ろうともしなかった。
怖かったのだ。自分が人に迷惑をかけ、失望されているのを知ることが。
だけど、ノアとフェンリの言葉を聞いて、ようやく気づいた。二人は迷惑だなんて思っていない。むしろ俺のためにここまで来てくれた。そして、俺のことを信じてくれている。
俺は馬鹿だった。自分を信じてくれている友達を、俺自身が信じていなかった。
だが、今は違う。
二人の本当の気持ちを聞いて、俺は信じることができた。
「すみません、俺の考えが浅はかでした…これからもよろしくお願いします。」
俺の言葉にノアは笑顔を取り戻し、フェンリは胸を撫でおろした。
「これからも一緒に行こう、カイル。」
ノアが涙を拭いながら言う。
「はい、よろしくお願いします。」
俺は自然と笑みを浮かべていた。
この瞬間、俺たち三人の絆は以前よりも深まった気がした。
―――。
俺たちは三人で、これからの旅の行き先について真剣に考え始めた。
先程の話し合いの熱は冷めていない。お互いの提案を出し合いながら、笑いと真剣さが混じる時間が続いていた。
ノアは賑やかな場所が好きだと言い、この街から更に東に位置するロルロ国を挙げた。そこには獣族だけが住む街や村が数多く点在し、身を隠すには持って来いの場所だ。
フェンリはここから北西に位置するエグザーミ国にある自分の故郷に立ち寄る案を主張した。フェンリはそこで俺を匿いながらノワラに帰る方法を探すのが一番安全かつ確実な案だと言っている。
俺たちは真剣に議論したが、結論が出るには至らなかった。
それでも、不思議と重苦しさは感じなかった。今まで隠していた悩みや不安が、さっきのノアの言葉を通して少しずつ解けていく感覚があったからだ。
話し合いは夜遅くまで続き、いつしか雑談に変わっていた。
「もし全員でどこか普通の旅行に行けるとしたら、どんなところがいい?」
ノアが言い出し、フェンリが「静かな森でのんびりするのも悪くないですね」と応じた。
「俺は海辺があるところがいいですね。潮風が気持ち良さそうだし、夜の星空もきれいそうです。」
俺が答えると、ノアが目を輝かせて同意してくれた。
「いいね!それにフェンリがもっと楽しそうなところ見せてくれたらもっと嬉しいかも!」
ノアの冗談にフェンリは少し照れながらも笑って返した。
そしてその日は、いつの間にか眠っていた――。
翌朝、大きな爆発音で目を覚ました。
跳ね起きた俺は、急いで窓を開け外の様子を確認する。目に飛び込んできたのは、青空を彩る大きな花火と、それを見上げて歓声を上げる人々の姿だった。
通りには賑やかな屋台が並び、どこを見ても笑顔や活気が溢れている。大通り中央には「ダール国建国祭」と書かれた大きな旗が掲げられ、町全体が祭り一色に染まっていた。
(そうか…今日は建国祭か。)
俺はそう思いながら部屋を見渡したが、ノアとフェンリの姿はない。
妙に静かな部屋に少し違和感を覚えた俺は、窓の外から聞こえてくる騒がしい声に気付いた。
下を見ると、ノアが屋台で買い物をしており、フェンリがそれを必死に止めていた。
「ノア、本当にそれ全部買うつもりですか?所持金は限られているんですよ!」
「いいじゃん、フェンリ!せっかくだからみんなで分け合おうよ!」
楽しげなノアと、困り果てたフェンリのやり取りに思わず苦笑した俺は、急いで身支度を整えて二人の元へ向かった。
「おはよう、朝から元気そうですね。」
俺が声をかけると、ノアが振り返って満面の笑みを見せる。
「カイル!これすっごくおいしいんだよ、食べてみて!」
勢いよく渡された焼き菓子をかじると、甘さと香ばしさが口いっぱいに広がった。
「うん、確かにうまいですね。でも…フェンリの言うことも一理ありますよ。」
俺がそう言うと、ノアは少し不満げな顔をしながらも次の屋台へと足を運んだ。
街を歩き回りながら、俺たちは建国祭の熱気に引き込まれていった。人々の笑顔や楽しそうな声に包まれ、少しの間だけでも悩みを忘れることができた。
最初に立ち寄ったのは、目を引く赤い布で装飾された屋台だった。焼きたての串焼き肉が並んでおり、香ばしい匂いが漂っている。ノアはすぐに飛びつき、勢いよく注文した。
「これ、めっちゃいい匂い!ねえフェンリもカイルも食べてみて!」
フェンリは少し眉をひそめながらも、一本を手に取って口に運んだ。
「…これは…予想以上においしいですね。」
普段慎重なフェンリが、ほんの少し感嘆の声を上げたのを見て、ノアは得意げに笑った。
次に向かったのは、的当てゲームの屋台だ。色とりどりの景品が並び、ノアは目を輝かせながら挑戦することを決めた。
「よーし、私の腕前を見せてあげる!」
ノアは矢を構え、狙いを定めて放った。だが、最初の矢は惜しくも的を外れた。
「ちょっと待って、次は本気だから!」
二本目の矢が放たれると、それは的の真ん中に命中した。歓声が上がり、ノアは得意げに景品のぬいぐるみを抱きしめた。
「やった!見て、フェンリ、カイル!かわいいでしょ!」
フェンリは少し呆れたようにしながらも、ノアの嬉しそうな顔を見て微笑んでいた。
その後も、俺たちは射的やくじ引き、さらには踊りの輪に混じったりと、祭りを満喫した。フェンリも最初は乗り気ではなかったが、次第に表情が和らぎ、楽しそうにしているのがわかった。
祭りの喧騒の中、ノアが突然振り返り、笑顔で俺に提案した。
「ねぇ!とりあえず今後のことは一旦忘れて、今日は建国祭を楽しもうよ!ほら!私たち今まで旅続きだったでしょ?息抜きも大事なんじゃないかな!?」
ノアの尻尾をブンブン振りながら鼻息を荒くしている様子から、どうやら建国祭が楽しくて仕方がないらしい。
(そういえば…ノワラを出てからずっと気を張り詰めていた。少し遊ぶくらい、いいよな)
俺はノアに笑顔を返しながら言った。
「そうですね、今日は楽しみましょうか。」
「いえ~い!やった!」
ノアは飛び跳ねながら次の屋台へ走り出した。俺とフェンリはノアを追い、後ろを歩く――。
陽が傾きかけた頃、俺たちはふと広場に設けられたステージの前で足を止めた。
伝統的な舞踊が披露され、観客たちは手を叩きながらその光景に見入っていた。
ノアも目を輝かせて踊りの動きを真似し、フェンリがそれを小声で注意する姿は、どこか微笑ましかった。
(悩みや困難は山積みだけど…少なくとも、今日という日は大切にしたい。)
俺たちはその後も祭りを楽しみ尽くし、笑い声を交わしながら街を歩いた。
建国祭の夜空に再び大きな花火が打ち上がり、その輝きが俺たちを優しく包み込んでいた――。




