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65話 東へ…

 どれほど歩いているだろうか。


 時間も、日数も分からない。


 街で購入した水や食料はとっくの前に尽きた。

 それからというもの、俺は魔法で無理やり作り出した、まずい水で喉を潤し、空腹をごまかしている。


 それ以外にやれることがない。


 目の前には広がる一面の砂漠。


 焼けるような日差しが容赦なく降り注ぎ、体力を奪っていく。

 途中で寄った小さな集落で購入した地図がなければ、とうに道を見失っていただろう。

 しかし、あの時に食料をもっと買っておけばよかったと今さらながら後悔するばかりだ。


 地図によると、ダール国の国境付近にある街までは、歩けばあと1日程度のはずだった。


 だが、その計算は狂った。


 俺は旅慣れていない。


 砂漠での行動のコツも知らないし、水や食料の節約の仕方も分からなかった。

 ただ闇雲に歩き続け、結果的に今、死にかけている。


「やばい……倒れたい……眠りたい……でも……暑すぎる……」


 足取りはふらつき、意識も朦朧としてきた。


 それでも俺は歩き続けた。希望は遠ざかるように見えながらも、諦めなかった――。


 そして――視界の先に、ついに街が見えた。


「……やった……!」


 その瞬間、俺の体は限界を迎えた。


 ほっとした満足感が全身を包み、俺は街の目前で倒れ込んだ。




 次に目を覚ますと、知らない天井が目に入った。


 頭は重く、ぼんやりとしている。

 俺は痛む頭を抱えながらゆっくりと起き上がり、辺りを見渡した。


 室内には椅子やテーブルがいくつも並び、壁にはボードが掛けられている。そこには紙が貼られていて、何かが書かれていた。


 ふらつきながら立ち上がり、その紙を手に取る。書かれている文字を凝視する。


「……D級依頼……?」


 そのとき、突然後ろから声がした。


「おや、やっと起きたかい!」


 俺は身をビクッと震わせ、慌てて振り返る。


 そこにはエプロンを身に着けた、ふくよかな女性が立っていた。


「あ……えっと……ここはどこですか?」


 まだ朦朧とする頭を抱えながら聞くと、女性は「まぁ座って」と椅子へと俺を促した。

 俺が椅子に座ると、彼女は今度はしっかりと答えてくれた。


「ここはダール国とノワラ国の境にある街『ボーダ』、そしてここはそのボーダにある冒険者ギルドだよ!」


 大きな声で説明する彼女の言葉に、俺は驚きと安堵が入り混じる感情を覚えた。


「ボーダ……それじゃあ俺、ついにノワラから出られたのか……!」


 脱出できたことを実感し、俺はほっと息をついた。そして街の手前で倒れたことを思い出す。


「俺をここまで運んでくれたのは、あなたですか!?」


 彼女は笑いながら横に手を振り、否定した。


「こんな非力な女が運べるわけないだろう。あんたをここまで運んだのは、うちの旦那だよ!」


「旦那さん……!その人は今どこに!?お礼を言わせてください!」


 死にかけの俺を助けてくれた命の恩人に、感謝を伝えたい。

 その気持ちは強かった。


 彼女は俺の後ろにあるカウンターを指さしながら答えた。


「この奥の作業場にいるよ。」


 俺は彼女に礼を言い、教えられた方向へ歩いた。


 カウンター横を通り過ぎ、薄暗い廊下を進むと、光がドアの隙間から漏れている部屋があった。

 扉の外に立つと、微かに何かが机にこすれる音が聞こえる。


 俺は緊張しながらドアノブを回し、ゆっくりと扉を開ける。


 中を覗くと、そこには大きな背中を俺に向け、机に突っ伏しているような大男が座っていた。

 その背中は、まるで壁のように厚く、異様な存在感を放っている。


「お……」


 その圧倒的な大きさに、思わず声が漏れる。


 その瞬間、大男はヌッと動き出し、椅子をきしませながら立ち上がった。そして振り向いた彼の鋭い眼光が俺を捉える。


「……誰?」


 低くドスの効いた声に、俺は圧倒されて動けずにいた。

 だが、そのとき後ろからふくよかな女性の明るい声が聞こえた。


「ほら!アンタが助けた人族の少年だよ!お礼を言いたいんだってさ!」


 その言葉を聞くと、大男は「あぁ」と思い出したようなうなり声を上げ、俺をじっと見つめた後、短く言った。


「大丈夫か……?」


 俺はその言葉を聞き、緊張を押し殺して決意を固め、深く頭を下げた。


「は、はい!助けていただき、ありがとうございます!」


 感謝の意を込めて礼を言うと、大男は「ん……」とだけ返し、また背を向けた。その素っ気なさがかえって彼の人柄を物語っている気がした。



 俺はその後、女性に「ご飯でも食べなさいな」と声をかけられ、死にそうなほど空腹だったのでありがたく頂くことにした。


 俺は、女性が出してくれた薬膳料理のようなものを夢中で食べ始める。


「そういえば、あの人は……」


 食事の合間に、俺は思い切ってさっきの大男について尋ねた。


「……あぁ、あの人は巨人族の末裔なんだよ。」


「巨人族ですか?でも、絶滅したはずでは……?」


「純血はね。でもあの人は巨人族と人族のハーフなのさ。」


「巨人族と……」


 巨人族――それは、200年前に人族との戦争で絶滅したとされる種族だ。ノワラ国の教科書にもそう記されていた。それがまさか目の前に生きた末裔がいるなんて、信じられなかった。


「すごいですね!巨人族なんて!俺、生まれて初めて見ました!」


 興奮気味に言う俺に、女性は少し困ったように眉を下げた。


「あら、そうかい?でもね、本人としては巨人族の血が流れていること、あまり誇りには思ってないらしいよ。」


「……どうしてですか?」


「そりゃあもちろん、200年前の戦争のせいさ。あの戦争を先導したのが巨人族だったからね。あの人は200年前の、知らない連中の罪を勝手に背負って生きてるのさ。まったく、あたしから言わせればバカだよ。」


 そう言いながらも、女性はハッと笑ってみせた。その表情には嫌味どころか、深い愛情が感じられた。


 俺はその後、料理をきれいに平らげてから、女性に感謝の言葉を伝えた。




 俺は綺麗にたたまれた自分の服に袖を通し、身支度を整えた。

 すると、さっきのふくよかな女性が話しかけてきた。


「おや、もう行くのかい?」


 彼女の声に振り返りながら、俺は荷物の中からお金の入った袋を取り出した。


「はい、用事があるので……それに、食事までご馳走になってしまって申し訳ありません。」


 俺は感謝の気持ちを込めて数枚の銀貨をカウンターに置く。


 しかし、女性はすぐに顔をしかめた。


「ちょっと!お金なんか貰うためにやったわけじゃないよ!」


 手をひらひらと振りながら受け取るのを頑なに拒否する女性に、俺は頭を下げて頼み込む。


「それでも、ぜひ受け取ってください。命を助けていただいた恩返しのつもりです。」


 しばらく押し問答を続けた末に、女性はため息をついて銀貨を手に取った。


「まったく、そこまで言うなら仕方ないね。ありがたく頂いておくよ。」


 彼女が微笑むのを見て、俺はようやく安堵した。そして、ギルドの大きな扉へと向かう。


 扉に手をかける前、振り返って手を振ると、彼女も笑顔で手を振り返してくれた。


「気を付けてね。また困ったことがあったらいつでも来なさい!」


 その言葉に俺は小さくうなずき、寂しい雰囲気を漂わせるギルドの扉を押し開けた。


 そして、朝の陽光が差し込む外の世界へと歩き出した。


 背後から聞こえる扉の音が閉じると、また静かな旅路が始まる。目指す先はまだ遠いが、俺には踏み出す理由があった。

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