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63話 望まない帰郷

「もう出てきていいぞ。」


 その声で、俺は自分が眠っていたことに気づいた。ガバッと体を起こし、辺りを見渡すと、すでに朝日が昇り、周囲は一面の緑に包まれていた。


「ここは…?」


「カーヴァインを出てからもう4時間経つな。お前さんが行きたがってた故郷にもうすぐ着くぞ。」


 馬車を引いていた男が葉巻をくゆらせながら、気だるそうに説明する。その言葉に俺は驚き、思わず声を上げた。


「無事に首都から出ることができたのか!?」


「んぁ? 俺はこの道20年のベテランだぜ? 失敗なんて二回に一回しかしねえよ!」


 男は自信ありげに言い放ったが、その絶望的な確率に俺は思わず体が震えた。その様子を見た男は「がっはっは」と豪快に笑ってみせる。


(…笑いごとじゃねえ。)


 俺が呆れながら男を見ていると、馬車はさらに30分ほど進み、やがて懐かしい街並みが視界に広がり始めた。木造の家々や、かつて遊んだ広場の面影が、ぼんやりと記憶を呼び覚ます。



 感慨深く眺めていると、ふと目に留まったものがあった。街の入り口近くに、王家の家紋が入った馬車が止まっている。俺の胸がざわめき、驚きで声を漏らす。


「あれは…!?」


 俺の動揺をよそに、男は慌てた様子も見せずに馬車をその方向へ進めていった。俺が警戒する素振りを見せると、男は小声で一言。


「…また隠れてな。」


 言われるがまま、俺は荷台の中に身を潜めた。そして、しばらくすると馬車が止まり、ガラガラと馬車を引く音も消える。次に聞こえてきたのは、男が誰かと話している声だった。


「首都の警備隊だ。この馬車は何を運んでいる。」


「おいおい、なんでここに首都のモンがいんだよ…また事件か? あぁ、これは魔具やら武器やらを積んでんだ。俺ぁ各地を回って商いをしているしがない商人ですぜ…」


 男はテンプレのような文言を言い、警備隊に説明している。だが、警備隊の一人が強引に馬車に乗り込み、荷物を調べ始めた。


「確認させろ。」


 武器や魔具がガシャガシャと音を立てる。そのたびに俺の心臓も脈打つように早くなる。そして、ついに俺が隠れている袋の番がきた。荷を解かれ、俺は警備隊と目が合った。


(終わった…。)


 目を閉じ、拘束されるのを覚悟する。だが、いつまで経っても警備隊は何もせず、動く気配もない。


「以上はないな。よし、行け!」


「どうも…。」


 警備隊が馬車から降り、俺を逃した。信じられない気持ちで荷台から顔を出すと、男がこちらを振り返ってニヤリと笑った。


「不思議だろ? なんでバレなかったか。」


 俺はコクコクと頷く。


「お前が入ってたその袋はよ、魔具なんだよ。その袋の中の物は‘認識阻害’の魔法が施されていてな、俺が作ったんだ。」


「…あんたが? 作った!?」


 俺は驚きを隠せなかった。魔具は俺も作ったことがあるが、すべて粗悪品に終わった。このような魔具を個人が作るなんて信じられない。


「見てみな、繊維一本一本に魔力を込めてある。」


 男が指差す袋を改めてまじまじと見つめると、確かに繊維の一本一本に微細な魔力が宿っている。それも均一に。そして、その緻密な技術に俺は言葉を失った。


(そうか、魔具の品質を高めるにはこうやって繊維一つ一つに魔力を込めるのか…。)


 俺は感心しながら袋を手に取った。そして、この男がただのしがない商人ではないことを、改めて理解する。


「驚いたか? 俺はこう見えても魔具職人だったんだよ。ただ、今は表立ってやってねえだけさ。」


 男は自慢げに言い放つ。その言葉に俺の中の警戒心は少し和らぎ、彼に対する興味が増していた。


「にしても、王家の馬車なんぞがここにいるってことは…。お前の家大丈夫か?」


 彼の問いに、俺は少し考え込んだ。


(王家の連中が…俺の家に? まさか…両親が巻き込まれてるのか?)


 心の中でざわめく不安を抱えながらも、俺は静かに息を吸い込み、男に視線を戻した。


「分からない。ただ、何か…嫌な予感がする。」


 男は俺の言葉に小さく頷き、馬車を再び動かし始めた。


「まあ、どんな連中がいようが、お前の目的地に着けりゃいいんだろ? 任せとけ、俺が連れてってやるよ。」


 そう言って彼は再び葉巻に火を灯し、馬車を引いて緩やかな坂道を進んでいく。その先には、俺の故郷が静かに広がっていた。



 そして、俺はついに実家の近くに来ていた。


 2年ぶりに目にする我が家は、あの時とほとんど変わっていないように見える。木製の端正な造りの家と、その脇に広がる狭い庭。


 ただ、平穏だったはずのその景色の中に、不穏な要素が一つ――王家の家紋が刻まれた馬車が無造作に停まっているのが目に入った。


(…やっぱり、両親も巻き込まれているのか。)


 俺の胸に押し寄せる焦りと、両親を巻き込んだ国王への怒り。だが、その感情を飲み込むように深呼吸をし、目の前の状況を冷静に見極める必要があると自分に言い聞かせた。


 そんな中、馬車がギシリと音を立てて止まる。


「悪ぃが、俺が行けるのはここまでだ。」


 荷馬車を引いてくれた男が振り返り、申し訳なさそうに言った。


「いや、ここまで送ってくれてありがとうございます。」


 俺は感謝の意を込めて深く頭を下げた。この男がいなければ、俺は今頃ここにはいないだろう。それだけに、彼の助力に対する感謝は尽きなかった。


 すると男は、ガサガサと荷物を漁り始めた。そして、その中からひとつの魔具を取り出し、俺に差し出した。


「…これを持ってけ。」


「これは?」


 手に取った魔具は、手のひらに収まる小さな指輪だった。何かしらの装飾が施されており、その表面には緻密な魔法陣が彫り込まれている。


 男は葉巻を指で弾き飛ばしながら、どこか誇らしげな顔で笑った。


「それぁ、顔を変えられる魔具だ。言うなれば簡易変装用の道具ってとこだな。お前さんの旅には役立つだろうよ。」


「顔を変えられる…?」


 俺は驚きと同時に疑問が湧いてきた。


「なんで…ここまでしてくれるんですか?」


 男は一瞬だけ黙った。そして、少し照れくさそうに頭をかいた後、語り始めた。


「いやぁ…お前さんを見るとよ、死んじまった息子が重なっちまってな。なんだかほっとけねぇんだよ。」


 その言葉に、俺の胸に熱いものがこみ上げてきた。これまで夜露通りに住む連中をひとくくりに「外道」だと思い込んでいた自分が、恥ずかしくなる。たとえ闇市で生きる者たちでも、それぞれに事情があり、優しさを持った人間もいる。そう気づかせてくれたのが、この男だった。


「…ありがとうございます。」


 俺は心の底から礼を言った。


「礼なんていらねぇよ。…ほら、行けよ。次に会うときゃ、もっと面白ぇ話でも持ってきてくれ。」


 男はそう言いながら、馬車を再び動かし始める。俺はその後ろ姿をじっと見送った。やがて彼が遠ざかり、姿が見えなくなったとき、俺はもう一度彼に心の中で感謝を伝えた。


 彼の助けと温かい言葉に、俺は再び歩き出す力を得た。そして目の前に広がる懐かしい我が家を見据えた。だが、その門前に停まる王家の馬車が放つ異様な雰囲気が、俺の胸に不安を呼び起こしていた。


(まずは家族の安否を確認しなければ…)


 俺は静かに深呼吸をし、気配を殺しながら家に近づいていった。そこには、平穏だったはずの日常が崩れ去った跡が待ち受けているような気がしてならなかった。

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