61話 起こってしまった悲劇
国王との話を終えた俺は、王の親衛隊に案内され、ノアたちがいる場所とは異なる修練場へと向かったた。
そこは別世界のような場所だった。
広大なホールには数十人の魔法使いが集い、放たれる魔法が空中で絡み合いながら複雑な軌道を描いている。魔法の光が場内を照らし、轟音が鳴り響く中でなお、全てが調和していた。その一つ一つが練り上げられた技術の結晶だとわかる。
「す、すごい…!」
俺は無意識に声を漏らした。それは、今まで自分が見てきた魔法の世界とは全く別物だった。
「ふふふ…ここの魔法使いたちはすごいだろう?」
隣の国王が微笑む。そして、近くにいた魔法使いを一人呼び寄せた。
「彼はここで一番の実力を持つ魔法使いだ。」
俺の前に立ったのは、小柄ながらも威圧感を放つ男だった。
彼のローブは年季が入っており、戦闘で刻まれたであろう深い傷跡が頬に刻まれている。しかし、その険しい表情の中で、差し出された手には温かみがあった。
「レオタールだ、気安くレオって呼んでくれ。よろしく。」
「カイル・ブラックウッドです。よろしくお願いします。」
俺は彼の手を握り、固い握手を交わした。
「レオタール、君にはこのカイル君の適正魔法を検査してほしい。」
「はっ、了解しました。」
適正検査?それならノアたちと同じ場所でもできたはずだ。なぜわざわざここに連れて来られたのだろう。疑問を抱いた俺は、素直にそれを国王にぶつけた。
「あの、特別な検査って適正魔法を調べることなんですか?」
国王は少し考えるように顎に手を当てた後、静かに口を開いた。
「少々特殊な魔具を使ってね…。普段の適正検査とは異なり、”別の適正”も分かる代物だ。」
「”別の適正”…?」
国王は周囲に聞こえないように、俺に顔を近づけて小声で続けた。
「特殊元素魔法や…黒魔法の適正が分かるんだよ。」
その言葉に俺は息を飲んだ。
黒魔法――魂の寿命を削る代償と引き換えに習得できる禁忌の力。
俺の心臓が不規則に跳ねる。黒魔法適正があるとされたら、一体どうなる?俺を待つ未来は、歓迎なのか、それともそれを利用される何かなのか…。
その時、エレーナ王女の言葉が脳裏をよぎった。
「皆さん、これから少し驚くことがあるかもしれません。でも、あなたたちなら乗り越えられると信じています。」
彼女は何かを知っているのだろうか。そして、俺の魔力量が測定不能だったことについても、まるでそれが当然だと言わんばかりの確信を持っていた。
王女が何かを知っているなら、この状況は偶然ではないのかもしれない――。
―――。
「では、カイル君。こちらへ。」
レオタールに導かれ、俺は修練場の奥にある特別な区画に案内された。そこには黒く輝く台座があり、中央に不気味な赤い光を放つ魔具が設置されていた。
「これがその特殊な魔具だ。」
レオタールの説明を聞きながら、俺はその台座に近づいた。異様な気配を放つ魔具に手を触れようとする瞬間、背筋を冷たいものが駆け抜ける。
「怖がらなくていい。君が何者かを探るための一歩だ。」
国王の言葉に背中を押されるようにして、俺は手を魔具に置いた。その瞬間――
魔具から放たれた赤い光が俺の体を覆い尽くし、周囲の空間が一変した。闇に包まれた空間で、俺の頭の中に直接響く声が聞こえた。
「――汝の内に眠るものを見せよ。」
その声と共に、俺の過去や記憶が断片的に映し出されていく。転生の記憶、魔法の修練の日々、仲間たちとの絆。そして最後に、俺の心の奥底にある“何か”が揺らめくように現れた。それは黒い炎だった。
「これは…?」
その炎はただの魔法ではない。もっと根源的で、邪悪的な何かを秘めているように感じた。
そして、現実に引き戻された俺の目の前には、驚愕した表情のレオタールと国王が立っていた。
「…まさか、これは。」
国王の呟きに、俺の心はますます不安に揺れ動くのだった。
しばらくレオタールと国王が俺に聞こえないように話している。俺は一抹の不安を抱えながら、彼らのやり取りをじっと見つめていた。
魔具に触れたときに感じた、あの黒い炎。あれは俺が初めて放った魔法で…そして、それは黒魔法だった。つまり、俺の適正魔法は「火元素の黒魔法」ということになる。
正直、これは喜ぶべきことではない。昔、俺が黒魔法を誤って習得したとき、エルドリックが言っていたことが思い出される。
「黒魔法は禁忌だ。使うだけで災いを呼び、破滅をもたらす。ノワラ国では黒魔法に関する書物はすべて破棄される運命にある。」
エルドリックのその言葉は、まるで予言のようだった。今、俺はこの国にとって”危険な存在”となり、最悪、殺されるのかもしれない。
(というか、その禁忌の魔導書をなんでエルドリックが持ってたんだよ!おかげで俺、今めちゃくちゃピンチなんだけど!?)
心の中でエルドリックを糾弾しつつ、俺はこれから自分に何が起こるのかを想像し、不安に押しつぶされそうになった。
しばらくして、話を終えた国王とレオタールが俺に向き直る。その表情には険しさと悲しみが入り混じっていた。
国王は俺の肩に手を置き、憐れむような目で口を開く。
「カイル君…君には辛い現実を告げねばならない。」
国王の重い声に、俺は思わず唾を飲み込む。
「君の適正魔法は…黒魔法だ。それも、黒魔法の中でも最も恐ろしいとされる“火元素”の魔法…。あぁ…まさか我が国で黒魔法の適正者が現れてしまうとは…。」
やはり――その言葉が俺の胸に深く突き刺さる。
魔具に触れた際に見た黒い炎。それが俺の中に確かに存在していることを、俺は否定できなかった。
そして、それがここで証明されてしまった。
国王は続ける。
「私はてっきり君には『光魔法』の適正があると思っていた…すまない、まさか黒魔法に適正があったとは…」
「光魔法?」
俺は初めて聞く名前に疑問を投げかける。
レオタールが俺に向き直り、説明を始めた。
「『光魔法』。その名の通り、光を操る魔法だ。闇を司る黒魔法とは正反対の力で、世界に祝福をもたらし、絶えることのない”光”を灯す魔法と言われている。」
さらに彼は続ける。
「『光魔法』の適正を持つ者は、この世界に存在する6つの悪、『六星魔王』を打ち倒すことができる唯一の存在、『勇者』であると伝えられている。私たちは、君こそがその『勇者』だと信じて疑わなかった。しかし…結果は…」
レオタールは言葉を詰まらせ、国王もただ悲しげに目を伏せていた。
「どうして…俺が『光魔法』の適正者だと思ったんですか?」
俺の質問に、国王とレオタールは顔を見合わせる。やがて、国王が重い口を開いた。
「君の魔力量が尋常ではなかった。それに加えて…」
国王はためらったあと、小さく続ける。
「エレーナがそう言ったのだ。」
「エレーナ王女が…?」
俺は少し驚きつつ、さらに話を促す。すると、レオタールが説明を引き取った。
「エレーナ王女には未来を視る力があり、王女は『近々、光魔法の適正者が現れる』と予言していた。だからこそ、私たちは君を『勇者』だと信じていたんだ。」
そう話すレオタールの声には悔しさと困惑が滲んでいた。彼らの視線はもはや俺を捉えておらず、どこか遠くを見つめている。ただ、申し訳なさと悲しみを背負っているだけだった。
国王とレオタールの言葉が俺の胸に重くのしかかる。黒魔法の適正が明らかになったことで、彼らの期待を裏切った感覚が押し寄せてきた。
国王の顔には失望が浮かんでいた。俺が口を開く間もなく、さらに続けた。
「カイル君、君には二つの選択をしてもらわなければならない。」
「選択?」
俺は静かに問い返す。
「一つ目は、この国を去り、二度と戻らないこと。二つ目は、この国に残るが…その場合、君の存在は国に災いを招く可能性がある。君をここで処刑せざるを得ない。」
「は?」
俺は言葉を失った。肩に置かれた国王の手は重く、彼の表情は一見悲しみを帯びているように見えたが、その奥には決意が宿っていた。
(ふざけるな…!)
心の中で沸き起こる怒りを抑えきれない。俺の力が使えないものとわかるや否や、追放か処刑かの選択を迫るとは…。俺は無意識に拳を握りしめ、魔力が漏れ出していくのがわかった。
「待ってください!」
突然、レオタールの声が国王の言葉を遮った。
「レオタール?」
国王は驚いた表情で彼を見つめる。
「陛下、彼はまだ十二歳の少年です!これほど酷な選択を強いるのは間違っています!」
「しかしレオタール、黒魔法となっては話が別だ!禁忌の力は…!」
「禁忌の力?勝手に彼を『勇者』だと信じ、利用しようとしたのは我々です!彼自身に責任はありません!」
レオタールの声は震えていた。それは国王に向けたものだけでなく、自分自身への問いかけのようでもあった。しかし、国王の表情は硬いままだ。
「それでもだ…。黒魔法は許されない。我々が無為にすれば、国が滅ぶ可能性があるのだぞ!」
二人の言い争いを聞きながら、俺の中の苛立ちは限界に達していた。
「…わかりました。」
その静かな言葉に、二人の視線が一斉に俺に向けられる。
「俺がこの国を出ますよ。どうせ、こんな国に未練なんかありませんから。」
俺の冷たい声に、国王の眉間が深く寄った。
「無礼者…!貴様、誰に向かってそのような口を!」
「お前こそ、国王だのなんだの言って偉そうにしてるけど、結局は自分勝手なだけじゃないか!」
口から出た言葉を抑えることはできなかった。俺は国王を睨みつける。
「都合が良ければ持ち上げて、役に立たないとわかったら捨てる。それがお前のやり方かよ?最低だな。」
国王は怒りで顔を真っ赤にし、首から下げていた金色の笛を掴んだ。
「黙れ!捕えよ、この無礼者を!」
甲高い音が響くと、扉が開き、兵士たちが一斉に突入してきた。俺を取り囲むように構えた槍や剣がきらめく。
「おいおい、本気かよ…。」
背後の窓に目を向ける。俺の取れる道は一つしかなかった。
「…じゃあな、あんたらに未来なんてないよ!」
俺は窓を突き破り、外に飛び出した。
冷たい風が体を包み込む中、風元素魔力を使って体の浮力を調整し、地面に着地する。
「待てぇぇぇ!」
兵士たちの叫びが背後から聞こえてくる。
(絶対に捕まるもんかよ…!)
俺はその場を全力で駆け出した。胸の中には怒りが渦巻いていた。




