59話 謁見
俺たち生徒は、城で働くメイドたちに案内されながら、城の広い廊下を進んでいた。豪華な装飾が随所に施されており、どこを見ても圧倒されるほどの威厳を感じる。
「廊下広~い!天井高~い!」
ノアは馬車を降りてからずっと目を輝かせていて、興奮が収まる気配がない。その様子に、周りの生徒たちもつられてざわつき始めている。
一方、フィーニャも珍しく壁に飾られた花瓶や彫刻をキョロキョロと見渡している。普段はあまり感情を表に出さない彼女の、耳と尻尾がピンと立っている様子は新鮮だ。
何気なく伸びていたその尻尾を、俺はつい掴んでみた。
「にゃああああ!!!」
フィーニャの叫び声が廊下に響き、彼女が驚いたように振り返る。顔が真っ赤に染まり、耳も怒りでぷるぷる震えている。
「な、何するのカイル!」
「す、すみません!なんとなく触ってみたくなって……」
俺がしどろもどろに謝ると、フィーニャはさらに頬を膨らませた。
「なんとなくで触らないで!尻尾は――そ、その、敏感なとこなの!」
彼女の反応に周りの生徒たちも笑いをこらえきれない様子だが、その直後、先頭を歩いていた引率のフリークスが振り返った。
「お前ら!ここがどこだと思ってるんだ!静かにしろ!」
怒号が飛んできたその瞬間、静まり返った廊下に涼やかな声が響いた。
「フフフ、とても元気が良くて微笑ましいですね」
全員が振り返ると、そこには豪華な衣装を身にまとった女性が立っていた。金色の長い髪が、廊下に差し込む陽光に照らされて美しく輝いている。
「誰かな……?」
ノアが小声で聞いてくるが、俺はその人物の正体に気づき、背筋が伸びる。
「エレーナ・ノワラ様……!」
担任のフリークスが冷や汗を浮かべながら深々と頭を下げる。それを見て、俺たち生徒も慌てて頭を下げた。
「面を上げてください。まだ謁見の場ではありませんし、そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ」
透き通るような声でそう言われ、俺たちはおずおずと顔を上げる。彼女の柔らかな笑顔は、自然と緊張をほぐしていくようだった。
「そこのあなた」
王女の視線が、俺を捉える。
「えっ、あ、はい!」
「猫族の尻尾は、とても繊細な部分です。次からは優しくしてあげてくださいね」
彼女の言葉に俺は深く頷いた。
「は、はい!すみません!」
王女は軽く微笑みを浮かべると、優雅な足取りで廊下の奥へと進んでいった。その背中は、ただ見ているだけで息を飲むほど気高かった。
彼女が完全に視界から消えると、フリークスは再び俺たちに向き直った。
「お前ら!ここが国王の城だってこと、ちゃんと分かってるか?慎ましく行動しろ!」
俺たちは気を引き締め、再び列を整えて歩き始めた。謁見の間へ向かうその道中、さっきの王女の優雅な姿が頭から離れなかった。
そうして俺たちはついに謁見の場へと到着した。
重厚な扉がメイドによってゆっくりと開かれると、中から眩い光が溢れ出す。
荘厳な空気に包まれた広間には、数十人の剣士と数人の魔法使いが整然と列をなして立っていた。
それぞれの立ち姿には隙がなく、経験豊かな精鋭であることが一目で分かる。
俺たちはその圧倒的な光景に呑まれながらも、引率のフリークスに続いて足を踏み入れた。
広間の中央、玉座に腰掛けているのは大きな髭をたくわえた堂々たる国王。その頭には王冠が輝き、その威厳ある姿はまさに王の名に相応しいものだった。
そして、そのすぐ隣には、先ほど廊下で出会ったエレーナ・ノワラ王女の姿がある。
「ここに片膝をつけろ」
フリークスの小声の指示に従い、俺たちは一斉に片膝をつき、頭を下げる。
「カーヴァイン魔法学園から参上しました。引率のフリークス・ジンクリークと、12歳を迎えた生徒たちです」
フリークスが声を張り上げ、国王に挨拶する。その声が広間に響き渡ると、国王はゆっくりとした動作で姿勢を正し、重々しく口を開いた。
「……面を上げよ」
静かだが響く声。その一言に、俺たちは恐る恐る顔を上げた。
国王の目が、鋭い視線で一人ひとりをじっくりと見ていく。
まるで心の奥底まで見透かされているかのような、強烈な眼差しだった。
周囲の緊張感は一気に高まり、生徒たちは息を呑んで硬直している。俺自身も、視線を合わせるだけで背筋に冷たいものが走った。
国王は全員を見渡した後、目を閉じて静かにうなずく。再び目を開け、ゆっくりとした口調で口を開いた。
「よ~くやって来た!学園の生徒諸君!そんな緊張しないで!ささっ!笑って!」
その瞬間、広間にいた全員が一瞬耳を疑った。先ほどまでの威厳をまとった姿が一変し、柔らかな笑顔と軽い調子の声。俺たちも戸惑いながら顔を見合わせた。
「ほら、どうした?お前たちはこの国の未来を担う若者なのだよ!そんなに固くなっていては、楽しいことも見逃してしまうぞ」
その言葉に、俺たちは次第に肩の力が抜けていく。国王の笑顔はどこか親しみやすく、あたたかいものを感じさせた。
「エレーナ、どうだね?彼らはなかなかの逸材ではないか?」
「はい、父上。皆さん、堂々とした立ち振る舞いで、そしてとても素晴らしい”魔力”を持つ者もいますね」
エレーナ王女は柔らかい微笑みを浮かべながら俺に目を向けた。その視線に、俺の心臓がどきっと跳ねる。
「よし、では歓迎の意を込めて、まずはゆっくり休むがいい。もてなしの準備をさせている。これからの滞在が良いものとなることを期待しているぞ」
国王の言葉に、フリークスが深々と頭を下げた。
「ご配慮、感謝いたします」
「さあ、みんな立ち上がりなさい」
フリークスの促しで、俺たちは姿勢を正し、再び列を整えた。謁見の場を後にする途中、エレーナ王女がふと俺たちに歩み寄り、小さな声で囁いた。
「皆さん、これから少し驚くことがあるかもしれません。でも、あなたたちなら乗り越えられると信じています」
彼女の意味深な言葉に、俺たちは再び胸の高鳴りを覚えながら、次の案内を待つのだった。




