58話 十二歳
あの日から数日が経った。
俺たちは日常を取り戻し、いつも通り学園へ通う生活に戻っていた。
ただし、あの戦いのことを完全に忘れることはできなかった。時折、教室の窓から外を見つめていると、不意にあの男――ライン・エルドールの姿が頭をよぎる。
後から聞いた話によれば、あの男はかつて名高い剣士の家系に生まれた人物だったという。
「ライン・エルドール……」
その名前を口にすると、俺の中に彼の剣技が蘇る。あの鮮やかで無駄のない動き――素人目にも分かる洗練された技術だった。だが、なぜ彼があのような暗い道へと堕ちていったのか、詳細は分からないままだった。
さらに、今回の事件の首謀者と目されていたビスマーは、すでにこの街を去ったという話も耳にした。
闇商人の一人が逮捕され、自白したことでその事実が判明したらしい。
ビスマー自身が直接捕まったわけではないが、彼の影響力が消えたことでこの街に蔓延る闇が少し薄まったことは確かだ。
それでも、『夜露通り』に完全な平穏が訪れるにはまだ時間が必要だろう。
あの通りには、目に見えない多くの闇が潜んでいる。
それを考えると、俺たちが経験した戦いはほんの一部に過ぎなかったのかもしれない。
事件が解決した後、しばらくは警備隊や情報屋が俺たちの下や学園に出入りしてきた。
事件の詳細を聞き出そうとする者や、余計な詮索をしてくる輩まで様々だった。
正直なところ、俺たちはただ穏やかに過ごしたかっただけなのに、その静けさを取り戻すのには時間がかかった。
それでも、1か月が経つ頃にはようやく状況が落ち着き、俺たちはすっかり日常へと戻っていた。
学園の授業もいつも通りで、迷宮探索や試験勉強、仲間との他愛ない会話に再び時間を費やす日々。
そして――気づけば1年が過ぎていた。
その1年の間、俺たちは互いに助け合いながら成長を続けてきた。フェンリやノア、ライガたちもそれぞれ実力を伸ばし、俺自身もあの時の戦いで得た経験を糧に少しずつ強くなっていた。
だが、その平穏な時間も終わりが訪れる。学園の卒業式の日がやってきたのだ。
カリーナやエイミーたち、6年生の生徒たちはこの日をもって学園を去る。
その日は快晴で、広場には卒業生を見送るために多くの生徒や教師が集まっていた。
卒業生たちは誇らしげに胸を張りながら並んでいる。その中でカリーナの姿が目に入った。
彼女はいつもの魔法学園の制服ではなく、卒業式のために用意された純白のローブを身に纏っている。金色の髪が日の光を受けて輝き、少し大人びた表情を浮かべていた。
「……カリーナさん、すごく綺麗だな。」
俺はつい独り言のように呟いてしまったが、隣にいたノアに聞かれてしまい、からかわれる羽目になった。
式が終わり、卒業生たちが一人ずつ学園を後にしていく中、俺はカリーナに声をかけた。
「カリーナさん、卒業おめでとうございます。」
「ふん……当然よ。学園なんて私にとっては通過点に過ぎないわ。」
そう言いながらも、どこか寂しげな微笑みを浮かべるカリーナ。
「これからも元気で……って、俺たちはまた会えますよね?」
俺がそう尋ねると、カリーナは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに笑って答えた。
「会えるわよ、きっとね。でも次に会うときは、少しは成長した姿を見せなさいよね。」
「もちろんです!」
その言葉を胸に、俺はこれからの日々を頑張ろうと決意した。
そして、カリーナたちは学園を去り、新たな道へと進んでいった。
俺たちの時間は止まらない。この学園で過ごす日々が続く限り、俺たちは前を向いて進んでいくしかないのだ。
―――。
それから何事もなく、さらに1年の時が過ぎ、俺たちはまた新しい日常を送っていた。
そして、とうとう俺も12歳になった。
ノワラ国の法律では、12歳を迎えた者は正式に魔法を使う資格を得る。
この年齢になることで、魔法が公に認められ、規律に基づいて使用できるようになるのだ。
学園では毎年この日、12歳を迎えた生徒に特別な行事が設けられる。そのため、この日の授業は免除され、国王への謁見やその後の儀式を行うことになっている。
「今年12歳になったのは、君たち数十名だな。」
学園の教員たちに集められた俺たちは、特別に用意された馬車へと案内された。
同じく12歳になったノアやフィーニャも一緒だ。馬車の中に乗り込むと、興奮気味のノアがさっそく窓を開け、街並みを覗き込んだ。
「この街って、こんなに人がいたんだ!」
ノアは目をキラキラさせながら、行き交う人々や賑やかな市場の様子に見入っている。
「本当にすごい活気ですね!」
俺も窓越しに街を見渡しながら、ノアの言葉に同意した。
俺たちが住む首都カーヴァインは、ノワラ国で最も大きな街だとは聞いていたが、普段は学園や宿の周辺で過ごすことが多く、この街の本当の姿を目にする機会は少なかった。
今日は特別な日――この街全体が活気づいているように感じるのは、俺たちの心が少し浮ついているからかもしれない。
馬車に揺られること30分、俺たちはついに目的地に到着した。
「ここが……王族が住む城。」
馬車から降り立った瞬間、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
城は威風堂々とした佇まいで、白い石造りの壁が朝日を浴びて輝いている。広大な敷地には美しく手入れされた庭園が広がり、城門には重厚な装飾が施されていた。衛兵たちが立ち並び、鋭い目つきで周囲を見張っている。
「わぁ、すごい!本物の城だ!」
ノアは感嘆の声を上げ、目を輝かせながらその場でくるりと回った。
フィーニャも感慨深げに目を細めながら、「この景色、一生忘れられないかも」と小さく呟いた。
俺もその荘厳な光景に圧倒されながら、どこか背筋が伸びるような感覚を覚えた。ここは、ノワラ国の中心――国王とその家族が住まう場所であり、この国を治める力が宿る場所なのだ。
「緊張する……」
俺が小声で漏らすと、ノアが振り向いて笑顔で言った。
「大丈夫だよ、カイル!私たち、作法を学園でいっぱい練習してきたんだから!それに、こういう時は堂々としてればいいんだって!」
「そ、そうですね……」
ノアの明るい言葉に少しだけ肩の力が抜けた気がした。
俺たちは引率の教員に促され、城門をくぐり抜けていく。奥にはさらに大きな扉があり、その向こうに国王と王家の人々が待っている。
いよいよ俺たちは、この国の象徴である王の前に立つことになる――。




