6話 暴露
目が覚めると俺は自分の部屋にいた。
おそらく、エルドリックが家まで送ってくれたんだろう。明日にでもお礼を言っておこう。
それにしても、魔法一発で魔力切れとは…一体どれだけ魔力使うんだ黒魔法というものは。
黒魔法はもっと成長するまで封印することにしよう。
まずは、地道に普通の魔法から学ぶほうが良さそうだ。
そう思いながら、俺はベッドから飛び降り、リビングへ向かおうと部屋の扉を開ける――すると、ドアの目の前で驚いた顔をした両親と鉢合わせた。
「あ……あの、おはようございます?」
驚いた表情のまま固まっていた両親は、俺の言葉とともにゆっくりと近寄る。
俺はすぐに身を構えたが、無駄に終わった。父親に軽々と持ち上げられ、同じ目線の高さまで上げられた。
(終わった……。あの温厚な父親も怒ってる……。)
俺は死を覚悟した――が。
「も〜!!!!!心配したんだぞぉカイルぅ!!!!!」
(あれ?怒ってない?)
困惑する俺のよそに、父親が続ける。
「エルドリック様がお前を助けてくれなかったら、死んでたかもしれないんだぞ!」
「ほんとに心配したのよ!一週間も起きないんだから……!」
父親の言葉に母親も涙を浮かべ俺を抱きしめる。
しかし、そんなことより――
「い、一週間も眠ってたんですか?俺!」
「あぁ、一週間前、エルドリック様が魔物に食べられそうになっているお前を偶然見つけて、助けてくださったんだ!魔物の瘴気に触れてしまったからしばらくは眠ったままだと言われていたが……まさか一週間も眠るとは思わなかったぞ!!」
どうやら、俺は黒魔法を使って影響で魔力切れを起こし、完全に魔力が回復しきるまで一週間も掛かってしまったらしい。
「もう目を覚まさないんじゃないかと……どれだけ心配したか、わかる!?」
母親の震える声を聞いて、俺は心底反省した。いくら俺にとって本当の母親でなくてもこの人からしたら俺は息子なんだ。
「す、すみません……心配かけてしまって……。」
俺の言葉に、安心した様子の二人が涙目で俺を見る。
「とにかく!無事カイルが目を覚ましたことをエルドリック様に報告に行くわよ!カイル、あなたもちゃんとお礼を言うのよ!」
俺はきちんと反省した様子を出しつつ、元気に返事をしてあげた。
「はい、わかりました!」
俺たち三人はエルドリックの家へ向かうことになった。
―――。
そうして、エルドリックの家の前に着くと、母親がドアをノックした。
「エルドリック様!ブラックウッドです!息子が…カイルが目を覚ましたので報告に来ました!」
すると、家の中からドタドタと足音が聞こえてきた。
エルドリックが慌てているなんて、相当俺を心配している様子だ。
しばらくして玄関のドアがギィーと静かに開かれた。
しかし、そこに立っていたのは、金髪のツインテールを引っさげ、貴族のような服を着た十三歳くらいの女の子だった。
「あら!カリーナ様!お久しぶりです!エルドリック様はどこにいるか分かりますか?」
カリーナと呼ばれた少女はツンとした態度のまま返事をする。
「エルドリック様は今、近くの街へ買い物に出掛けてるわ。もうすぐ帰ってくると思うから、中に入ってて。」
案内されたリビングに足を踏み入れると、そこは俺が知るエルドリックの家ではなかった。
かつて散らかっていた魔導書や薬草はきちんと棚に片付けられ、ボロボロでカビが生えていたソファーは新品に変わっている。
最近雑巾がけでもしたのか、床がツルツルと光っていた。埃すらない。まるで新居だ。
「あら、エルドリック様って結構きれい好きなのね!魔法使いなのに珍しいわぁ……。」
「ちょっと母さん、失礼だろ~?そんなこと言っちゃ!」
「あ!ごめんなさい!」
両親の失礼極まりない言葉に、カリーナは振り返り、目を細めた。
「つい最近まで、人が到底住める環境じゃなかったから、私が片付けてあげたのよ。」
俺たちは顔を見合わせ、苦笑いをした。
それにしても、かなりの毒舌だ。母親もカリーナ”様”なんて言ってたしおそらく貴族なのだろうが。
「そこに座り、お待ちください。」
案内された新品のソファーは、予想以上にふわふわだった。地面まで尻が沈みそうなほど柔らかく、そしてなにより、心地いい。
しばらくソファーの感触を味わっていると、カリーナがお茶と菓子を持ってきた。
「一応客人って扱いだから、私が焼いたクッキーでも食べてて。」
カリーナの言葉に、両親が遠慮なくカップに手を伸ばす。
「ん!?このお茶、相当うまいぞ!母さん!」
「あら、本当!飲んだことない味ね……!」
俺も飲んでみる。
――確かに美味い。前世で一度だけ高い紅茶を飲んだことがあるが、それよりも断然美味い。比べるまでもなく美味い。なんか、言葉に言い表せないほど美味い。
すると、どこからか視線を感じカリーナの方を見てみると、なぜかドヤ顔をしていた。
なんだか怖いので今は無視しておく……。
そして、しばらくお茶を啜っていると、エルドリックが帰ってきた。
「おや?ブラックウッドさん、これは珍しいお客ですね。」
エルドリックの言葉に、母親が振り返る。
「エルドリック様!やっとお帰りになられました!今日はカイルが目覚めたので、そのご報告に……!」
エルドリックは隣の俺を見て微笑む。
「おぉ、少年、やっと目覚めたか。無事でよかった。」
エルドリックはさらに微笑む。その表情は、余所行きの顔だった。
そして挨拶もほどほどに、俺たちはソファーに向かい合って座った。なぜかカリーナは俺の隣に座ってきた。
「改めましてエルドリック様、この度はカイルの命を救ってくださり、ありがとうございます!この御恩は一生忘れません!ほらカイル!お前も!」
父親に背中を押されて、そのまま頭を下げる。
「エルドリックさん、助けていただいてありがとうございます。」
エルドリックは余所行きの態度を崩さず、返事をする。
「いえいえ、私はこの村の護衛として雇われている身ですから……子どもを助けることくらい当然ですよ……。」
その言葉に母親も頭を下げる。
「本当に感謝してもしきれません!今後、私たちにできることがあれば、なんでも言ってください!」
「ほぅ、なんでも……。」
そのとき、その場の空気が一変した。
エルドリックの表情は、真剣そのものになり、空気が凍ったようだ。
「エルドリック様?…」
両親もその空気を感じ取ったのか、エルドリックを名を呼ぶ。
しかし、エルドリックは無視して続けた。
「実はですね――」
エルドリックが、にやりと笑う。
「――私はカイル君に魔法を教えたいと思っていまして……」
エルドリックの言葉に、父親が口を開いたまま動かなくなった。
「はぁ……?」
代わりに反応したのは母親だった。
そして、次の瞬間――
「はぁああああああああ!!!???」
――その場にいた全員が声を張り上げる。エルドリック以外は。
(何言ってんだコイツ!?)
全員がエルドリックの言葉に驚愕する中、父親が一足先に口を開いた。
「え!あ、あの、エルドリック様、今のはどういう……?」
エルドリックは真剣な表情のまま答える。
「言葉そのままですよ。私はカイル君に今すぐ、魔法を教えたくなった。それだけです。」
エルドリックの言葉足らずの物言いに、誰も理解できない。
「え、いや!あの、それはちょっと難しい、というか……?」
「難しい?」
エルドリックの眼光が父親を鋭くとらえた。
父親は少しだけ怯んだが、すぐに反論する。
「あ、あの、ほら!12歳以前は魔法は使ってはいけない決まりじゃないですか……!」
しかし、エルドリックはわざとらしく顎て手をやり、目を丸くして返事をする。
「先程は何でもすると聞いたが……はて、聞き間違いだったか……?」
その言葉に、母親が慌てて訂正する。
「いえ、そうは言いましたが……魔法はダメですよ!いくらエルドリック様の頼みと言われても……国の法律を破るのはできかねます……。」
すると、エルドリックが演技じみた様子で頭をガクッと落とす。
「ほう……そうでしたな。いや、失礼。少年……カイル君を助けた際に、彼の魔法の才能を感じたもので……。」
エルドリックの言葉に父親が疑問を問うた。
「魔法の才能……ですか?」
エルドリックはここぞとばかりに目を見開き、口早に説明した。
「はい、実のところはですね……一週間前、私がカイル君を助けたわけではないのですよ。」
「え……?それは、どういう?」
困惑する両親を置いてけぼりに、エルドリックが口を開く。
「実はですね……カイル君は、実際に魔物に襲われてはいたのですが、私が助けに入る前に、無意識に魔法を使い撃退してしまったのですよ。」
その言葉に、両親が声を張り上げる。
「え!?あのカイルが??本当ですか?!」
エルドリックは冷静に返事をしてみせた。
「えぇ。」
その瞬間、父親の手が俺の肩を鷲掴みにする。一瞬肩に痛みが走り、視線を上にやり父親と目を合わせる。
「本当なのか!!!カイル!!!」
俺はエルドリックの方を見るが、彼は「本当のことを言え。」と言ってるような顔をしている。
エルドリックの思惑が分からないが…これはエルドリックが始めた話だ。もし失敗しても責任は取ってもらおう。
俺は意を決して真実を話すことにした。
「……すみません、多分使っちゃたような、気がします。」
この時の両親の顔を俺は一生忘れないだろう。驚き、怒り、そして恐怖が入り混じったような顔だった。
そこほどまでに、子どもが魔法を使うことは、禁句らしい。
絶句。といった様子の両親に、エルドリックが話を続ける。
「……続けますが、そこで私はカイル君の魔法の才能に気づき、所持魔力量を調べてみたのですよ。すると、なんとカイル君の年ではありえない魔力量を所持していたのです」
エルドリックが更に両親を困惑させる情報を口にした。
「そ……! それほどまでの魔力が……カイルに!?」
開いた口が塞がらない様子の父親が、力を振り絞り質問した。
その質問に、エルドリックがさらに眼光を光らせる。
「私にも分かりませんが、これだけは言えます……。
カイル君をこれから毎日鍛え続ければ、かの大魔法使い、アグラヴァーン・エルデンストールを超える『逸材』になれるかもしれないのです。私はカイル君の魔法を見た時、本気でそう思ったのです」
エルドリックの話が終わると、母親がぎゅっと俺の服の端の握りしめ、震える声で言った。
「知りたくなかったです……そんなおぞましい力を息子が持ってるなんて……」
そして父親も訳が分からないと言った様子でエルドリックに詰め寄る。
「……ですが、なぜ私たちにそんな事を申したのですか!? 父親の私が言うことではありませんが、それを聞いた私たちが息子やエルドリック様を『聖堂』に通報する可能性だってありましたよね!?」
その言葉に、エルドリックが頷き、そして口を開いた。
「それは……私が魔法を教えるにあたり、カイル君の両親にも協力してもらう必要があると、そう思ったからです」
「協力……?」
目を見開き、エルドリックを見つめる両親。
「ええ。カイル君は子供ながらに魔力量が多いがゆえに、使用した魔力を回復するのに体力を著しく消耗する。
これから魔法の訓練をさせる際、いち早く魔力の回復を促すためにご両親の協力が必要だったのです」
エルドリックの言葉に、母親が立ち上がる。
「そ、それでも!エルドリック様が危険を冒してまで私たちに話した理由にはなりませんよね!?」
母親の言葉を聞いて、エルドリックが目を伏せ、そしてゆっくりと話し出した。
「……私はカイル君に出会ったとき、亡くなってしまった娘を思い出しました。」
「……!」
エルドリックの第一声に、俺たちは静かに驚いた。
「娘の名前はソフィアと言います。娘もカイル君と同じく、幼い頃に無意識に魔法を使ってしまい、当時の私はそれを叱りました。
しかし、叱るだけで、その後とくに娘を気にすることはしませんでした。だが…それは間違っていた。」
エルドリックはさらに声色を落とし、続ける。
「娘が亡くなったその日も、私はいつも通り、娘を近くの広場で遊ばせていました。
そして、私が少し目を離した隙に、娘は言いつけを守らず、魔法を使ってしまった。それも、今度は自分の身体に眠るすべての魔力を……」
「あ……」
母親が無意識に言葉を漏らした。
「あなた方もご存じの通り、魔力は人が生きる上でなくてはならない”絶対存在”です。その命の源とも言える魔力をすべて体外に放出してしまった娘は…私の腕の中で静かに亡くなりました。
そのとき、私は決意したのです。――もう娘と同じような事が起こらないように、もし、娘と同じような子供が現れてしまったら…私が責任を持って魔法の使い方を教えようと――」
エルドリックは話を終え、頭を抱えてため息をついた。
「エルドリック様……!」
母親の声に、俺が両親を振り返る。
いつしか俺の両親と、隣に座っているカリーナは涙を流し、エルドリックの方を見ていた。
その中で、俺だけが困惑していた。
エルドリックという人物を知っている身からすれば、今の話が嘘なのか真実なのか分からない。両親を説得させるための、作り話という可能性だってある。
しかし、ただの子供の俺に、魔法をただ教えたいがためにここまで作り話ができるだろうか。
そのとき、父親がソファーから立ち上がり、その場に土下座のような姿勢になる。
そして――。
「エルドリック様……。どうか、どうか息子を! カイルを救ってください! 悪魔がどうとか聖堂がどうとか……どうでもいい! お願いします!」
その言葉に、エルドリックは優しく微笑み、口を開いた。
「もちろんですとも……私はそのために、あなたたちを呼んだのですから」
―――。
こうして、俺が魔法を使っていることが両親にバレてしまった。
今回はなんとか上手く収めることができたが……これから俺の生活はどうなっていくのだろうか……。