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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第10章 天命の檻編

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578話 世界の為に――

 ノアは、もう“戦って”はいなかった。

 ただ――災厄として、そこに在った。


 踏み出す一歩ごとに、地面が沈み、雪が蒸発する。

 黒と赤が絡み合った炎が、彼女の足元から無秩序に噴き上がり、空気そのものを歪ませていた。

 魔力の奔流。――いや、もはや“流れ”ですらない。

 世界の一部が、意志を持って暴れているようだった。


「来るわよ!」


 カリーナの叫びと同時に、俺たちは散開した。

 だが、次の瞬間には意味を失う。


 ノアが、指先を僅かに振っただけだった。


 ――衝撃。


 見えない何かに殴りつけられ、俺の身体は宙を舞う。

 背中から地面に叩きつけられ、肺の空気が一気に吐き出された。

 視界が白く弾け、遅れて激痛が全身を駆け巡る。


「ぐ……ッ!」


 結界魔法を展開する暇すらない。

 空気そのものが、刃となり、槌となって襲いかかってくる。


 横目に見えたカリーナも、同じだった。

 聖級のはずの彼女が、必死に魔力障壁を張る。

 しかし、次の瞬間にはそれごと叩き潰され、地面を抉りながら転がっていく。


 ――おかしい。


 いや、分かっていた。

 ノアは、刻一刻と“更新”されている。


 さっきまで通じていた間合いが、次の瞬間には無意味になる。

 魔法の発動速度、精度、威力。

 そのすべてが、戦うたびに底上げされていく。

 まるで、俺たちとの戦闘そのものを“学習”しているかのように。


(くそ……っ、考えろ……!)


 救う方法。

 ノアを、元に戻す方法。


 だが、浮かんだのは絶望的な答えだけだった。


 ――殺さずに止める?

 ――拘束?

 ――魔力を遮断?


 どれも、今のノアには通じない。

 いや、通じたとしても――次は、対応される。


 経験の差で優位に立てる時間は、確実に削られていた。


「カイル……っ!」


 カリーナが叫ぶ。

 彼女は攻撃魔法を撃てないでいた。俺も同じだ。

 目の前にいるのが“敵”であっても、“ノア”であるという事実が、手を鈍らせる。


 その躊躇を、ノアは逃さない。


 地面が隆起し、鋼鉄の杭のような岩柱が、俺たちを囲むように突き出す。

 同時に、上空から降り注ぐ灼熱の火雨。


 逃げ場はない。


 俺は歯を食いしばり、身体を捻って転がった。

 それでも、熱が肌を焼く。魔力障壁越しに伝わる、暴力的な熱量。


 ――蹂躙。


 それ以外の言葉が、見つからなかった。


 俺とカリーナは、何度も地面に叩き伏せられ、立ち上がっては叩き潰された。

 反撃の糸口を探すたびに、その先を読まれ、潰される。


 そして、ついに――。


 俺とカリーナは、ほぼ同時に膝をついた。

 雪と土に手を突き、荒い息を吐く。視界の端で、血が滲むのが分かった。


 そのときだった。


「……?」


 ノアの動きが、止まった。


 先ほどまで荒れ狂っていた炎が、ふっと静まり返る。空気が、不自然なほど凪いだ。


 ゆっくりと、ノアが自分の胸に手を当てる。

 そして――ぽたり、と。


 涙が、雪の上に落ちた。


「あぁ……」


 震える声。

 けれど、それは痛みでも、恐怖でもない。


「あぁ……私は、とうとう……成ったのです」


 意味が、分からない。


 俺とカリーナは、顔を上げたまま、言葉を失っていた。


 ノアは、涙を流したまま、淡々と続ける。


「この時点で……私は、“世界”そのものに成りました」


「……な、に……?」


 カリーナの掠れた声に、ノアは静かに頷く。


「赤月と、この星――“アルフェアス”。

 それらは既に混じり合い、一つの存在となっています。

 そして、その中心が……今の私です」


 理解が、追いつかない。


 だが、その直後――。


 空が、歪んだ。


 夜空に浮かぶ赤月が、脈動するように明滅し、その光が一本の奔流となって地上へ落ちてくる。

 まるで、天そのものが崩れ落ちてくるかのような光景。


「……ッ!?」


 赤月の光は、真っ直ぐに――ノアへと注ぎ込まれた。


 彼女の身体が、光に包まれる。

 赤と黒の境界が消え、世界の色が、彼女を中心に塗り替えられていく。


 圧倒的な存在感。

 魔力、という言葉では足りない。

 “世界そのもの”が、そこに在る。


 ノアは、光の中で、俺たちを見下ろした。


 その瞳は、どこまでも澄んでいて――。

 そして、どこまでも無機質だった。


 ――次の瞬間だった。


 ノアの身体から、音が消えた。

 風の唸りも、炎の爆ぜる音も、遠くで崩れる岩の響きさえも、まるで世界そのものが一度、呼吸を止めたかのように途切れる。


 そして――変化が始まる。


 ノアの髪が、時間を早回しにした映像のように伸びていく。

 肩口で揺れていた栗色の髪は、瞬く間に背中を越え、腰を越え、大地に届くほどまで垂れ落ちた。

 その色は根元から侵食されるように抜け落ち、淡雪のような白へと染まっていく。


 光を反射する白髪は、月光そのものだった。


「――――」


 俺も、カリーナも、言葉を失っていた。


 次に変わったのは、手だった。

 ノアが以前、照れくさそうに言っていた言葉が、脳裏に蘇る。


 ――”人を傷つけないように、爪を丸く削ってるの”


 その爪が、異常な速度で伸び始める。

 肉を裂く音すらなく、骨の延長のように、自然でありながら不自然な形で爪が鋭利さを帯びていく。

 月光を受けて、白い刃が鈍く輝いた。


 可愛らしさの象徴だったものが、今は――裁定のための器官へと変貌していく。


 そして、顔。


 白い長髪に縁取られたその顔に、赤い瞳が宿る。

 宝石のような輝きではない。

 それは、雲間から覗く満月のように、あまりにも完成された“円”だった。


 感情を映さない、歪みのない瞳。

 世界を“見るためだけ”に存在する視線。


 その視線が、俺たちを捉える。


「……これが」


 ノア――いや、ノアの姿をした“それ”は、静かに口を開いた。


「真に世界と成った依代の姿。

 なんと、美しいのでしょう」


 そう言って、彼女は――自分の身体に触れた。


 指先で頬をなぞり、首元に触れ、白い髪を掬い上げる。

 まるで、初めて与えられた玩具を確かめる子供のように。

 だが、その仕草には一切の無垢さはない。


 ぞわり、と背骨を冷たいものが這い上がった。


「やめろ!!」


 気づけば、俺は叫んでいた。


「ノアに触れるな!!

 それは……それはお前の身体じゃない!!」


 喉が裂けるほどの叫びだった。

 怒りと恐怖と、祈りが混ざった、どうしようもない声。


 だが――彼女は、ゆっくりとこちらを見た。


 そして。


 微笑んだ。


 それは、ノアがよく見せていた、柔らかい笑顔に酷似していた。

 だが、決定的に違う。


 そこには、温度がない。

 感情を模倣しただけの、完成度の高すぎる表情。


「何故ですか?」


 静かな声が、直接、脳を叩く。


「美しい私を、愛でるのはいけませんか?」


 赤い瞳が、俺を貫く。

 そこに映る俺は、人間ですらなかった。

 ただの――世界の一部品。


「この身体は、世界が選び、世界が受け入れたもの。

 あなたが“ノア”と呼ぶ存在も、今は――私の中に、正しく在ります」


 胸に、爪が触れた。

 心臓の位置を、正確になぞるように。


「安心してください。

 彼女は、壊れていません。

 ただ――役割を終えたのです」


 その瞬間、理解してしまった。


 目の前にいるのは、

 ノアを“操る存在”ですらない。


 ――ノアを素材として完成した、“世界そのもの”だ。


 狂気の奥で、赤い瞳が静かに輝く。


「さあ」


 白い月のような存在が、囁く。


「次は、あなたたちの番です。

 あなたたちは、世界の為に――滅ぶのです」

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