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異世界戦記 ~ここで俺は最強に至る~  作者: かげ2500
第10章 天命の檻編

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576話 世界の言葉

 唐突に放たれたノアの炎を前に、身体が強張った。


 ――本当に、戦わないといけないのか? ノアと?


 そんな迷いを嘲笑うかのように、ノアは一切の躊躇なく次の魔法を構築する。

 魔力の奔流が、祠の空気を軋ませるほど濃くなる。


「ノア……やめ――!」


 叫ぼうとしたが、彼女の視線は俺を捉えていない。

 俺たちの“向こう側”——まるで世界そのものを敵と定めているようだった。


 俺は攻撃を選べなかった。

 杖を構え、結界魔法を張る。それだけだ。


 赤黒い炎が叩きつけられる。

 結界が悲鳴を上げ、視界が白く弾けた。


「チッ……!」


 横でライナスが歯噛みする音が聞こえる。


「俺が叩き潰す……!」


 大剣に魔力を込め、踏み出そうとしたその瞬間――。


「待って!!」


 カリーナの叫びが、鋼の音より鋭く響いた。


「ノアちゃんから……赤月と“同じ”魔力を感じるの!」


 ライナスが振り返る。


「……はァ?」


「操られてるだけかもしれない。赤月に……ルーナに!」


 その言葉に、一瞬だけ場の空気が揺らぐ。

 だが、次の瞬間――ノアの周囲で炎が膨張した。


「ふざけんな!!」


 ライナスが怒鳴る。


「こっちが手加減したら、即死だぞ!!

 見ろやあの魔法! ……あれはもう、ノアじゃねぇ!!」


 その叫びは、誇張ではなかった。

 肌を刺すような圧。肺が重くなるほどの熱。

 ――確かに、今のノアは“危険”だ。


(……そうか)


 俺は奥歯を噛み締める。


(ルーナが待ってたのは、この瞬間だったんだ)


 俺たちにノアを見せること。

 救うか、殺すか――選択を突きつけること。


 そして、ルーナの言葉を思い出す。

 赤月が終わっても、これは終わらない。


(……くそ)


 どうすればいい?

 どうすれば、ノアを元に戻せる?


 答えに辿り着く前に――。


「……来るぞ!!」


 ライナスの叫びと同時に、ノアが両腕を広げた。

 次の瞬間、雪崩のような炎が祠の奥から押し寄せる。


「っ――!」


 逃げ場はない。

 ここは密室。通路も狭い。

 しかも――。


(まずい……!)


 壁際に並ぶ、割れた薬瓶。

 焦げた器具。

 床に染み込んだ、数々の痕跡。


(ゼロ・アークライトの研究跡……!)


 あいつが残したものが、安全なはずがない。


 次の瞬間、俺の最悪の予感は現実になった。


 一つ、二つ、三つ。

 炎に呑まれた棚が爆ぜ、薬品が連鎖的に引火する。


「爆発した……ッ!!」


 衝撃波が祠を揺らし、火と煙が一気に広がった。

 喉が焼けるように痛む。


「ッ……!」


 咄嗟に口と鼻を覆う。


(一酸化炭素が……!)


 吸い込めば、意識を失う。

 最悪——死ぬ。


 視界の端で、ノアの赤く渦巻く瞳が揺れた。


(ノア……)


 戦えない。

 だが、このままじゃ全員が死ぬ。


 ——選べ、俺。

 救うか……それとも――。


 しかし、炎と爆煙に満ちた祠の奥から、俺たちは逃げ出すしかなかった。


 喉を焼くような空気。視界を覆う黒煙。

 肺に入ったそれが、ただの煙ではないことはすぐに分かった。


「――撤退だ!! 一酸化炭素()だ、吸い込むな!!」


 ライナスの怒号に背中を押されるように、俺たちは来た道を全力で駆ける。

 足がもつれ、視界が揺れ、意識が遠のきかける。

 それでも止まれない。止まった瞬間、死ぬ。


 やがて、外気に近い通路へ飛び出した瞬間――。

 俺は壁に手をつき、肺が裂けるほど空気を吸い込んだ。


「……っ、はぁ……ッ、はぁ……!」


 冷たい空気が喉を通り、肺を満たす。

 生きている。その実感だけが、辛うじて意識を繋ぎ止めていた。


「クッソが……!!」


 荒い息の合間に、ライナスが怒りを露わにして壁を殴りつける。

 鈍い音と共に、壁に走っていた亀裂がさらに広がった。


「ちょっとライナス! やめなさいよ!」


「……チッ」


 カリーナの叱責にも、ライナスは舌打ちするだけで視線を逸らした。


 沈黙が落ちる。

 その重さの原因は、誰もが分かっていた。


 ――ノア。


 ルーナによって“何か”を施され、俺たちに牙を剥いた。

 しかも、強すぎる。

 抵抗すら許されず、ただ蹂躙されるだけだった。


「……一体、どうすれば」


 自分の声が、やけに遠く聞こえた。


「どうすれば、ノアを正気に戻せるんでしょうか……」


 沈黙を破ったのは、カリーナだった。


「……ノアちゃんの魔力に、赤月と同質の魔力が混じってる。

 それを……取り除ければ、あるいは」


 だが、そこで言葉が途切れる。

 方法がないことを、彼女自身が一番理解しているからだ。


 ――魔力を、取り除く。


 その言葉に、俺の脳裏に一つの方法が浮かんだ。

 ルミエラが使う唯一魔法、魔力を吸い取ることのできる『魔力循環』。


 理論上は可能だ。

 だが、今のルミエラは戦える状態じゃない。

 無理をさせれば、確実に彼女の身体と心を擦り減らしてしまう


 希望に見えた道は、すぐに行き止まりへ変わった。


「……アルベリオさんがいてくれれば」


 思わず、声が漏れた。


 彼なら。

 彼なら、きっと何か――俺たちが思いつかない手を見つけてくれただろう。


 だが、現実は残酷だ。


 ロルロ王国へ転移してから、どれほどの時間が経った?

 三十分? 一時間?

 いや、それ以上だ。


 何も起きていないと考える方が、不自然だった。


「……俺たちだけで、やるしかありません」


 そう結論づけた、その瞬間。


 ――熱。


 背後から迫る、圧倒的な熱量。


「来やがったぞ!! 第二波だ!!」


 ライナスの叫びと同時に、俺は反射的に魔法を展開する。


「――アイス・ウォール!!」


 空気中の水分が瞬時に凍結し、分厚い氷の障壁が形成される。

 迫り来る炎が衝突し、形を歪めながら凍りつく。


 だが――。


 次の瞬間、氷が悲鳴を上げた。


「っ……!」


 炎が、突き破ってくる。

 勢いが、違う。


「下がって!!」


 カリーナが俺の前に躍り出る。


「――アイス・ブリザード!!」


 氷と風が融合し、螺旋となって炎を包み込む。

 炎は糸のように引き延ばされ、そのまま完全に凍結した。


「……すごい……」


 格が違う。

 同じ氷魔法でも、構築の精度と魔力制御が段違いだった。


「……何なのよ、もう」


 カリーナはそう呟き、氷壁の前にへたり込む。


「カリーナさん!」


「大丈夫……魔力を使いすぎただけよ。まだ、動けるわ」


 だが――安心する間もなく。


 氷の向こうに、それは立っていた。


 赤い瞳。

 感情の抜け落ちた視線。


「……ノア!」


 呼びかけても、返事はない。


 代わりに、無機質な声が空間に響いた。


「あなたたちに……”世界の言葉”を伝えよう」


 それは、ノアの声ではなかった。

 赤月の意思――いや、“世界”そのものが語りかけているような錯覚。


「世界に祝福されし種族――獣族の、その進化を止めるな。阻むな。拒むな」


 言葉の一つ一つが、刃のように突き刺さる。


「……なんでだ……!」


 俺は叫んでいた。


「なんで、そこまでして獣族だけの世界に拘るんだ!!」


 ノアの身体が、わずかに震えた。


「それが……”世界”の望みだから……」


 次の瞬間。


 氷壁が、粉砕された。


 気づいた時には、ノアは目の前にいた。


 圧。

 恐怖じゃない。

 存在そのものが、俺の動きを縛りつける。


「かつて――この世界を創りし神は言った。”お前たちは創作の内に過ぎない”と」


 ノアの赤い瞳が、俺を貫く。


「だが、”創られた世界”は意思を持った。

 創造神の言葉を拒み、否定した」


 そして――。


「獣族だけが、その例外にいる。獣族は……”別の世界”から来た存在だからだ」


 その言葉が意味するものを理解する前に、ノアの魔力が、さらに膨れ上がった。


 ――また、始まってしまう。戦いが。


 逃げ場はない。

 選択肢もない。

 考えも足りない。


 それでも――。

 俺は、ノアを取り戻す。

 たとえ、”この世界”そのものを敵に回してでも。

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