表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
583/622

568話 ザ・ワールド!

 ――その傷は、確かに入ったはずだった。


 ルミエラの魔法が、意識の死角を突き、ルーナの肩を裂いた瞬間――俺たちは確かな手応えを感じていた。


 ――だが。


 ルーナは、血の滲む肩に一瞥をくれると、まるで“失敗作を見る”ように小さく息を吐いた。


「……この程度、か」


 次の瞬間。


 彼女の肩の傷が、逆再生されるように消えた。


 裂けていたはずの皮膚が、時間を巻き戻すように元に戻り、傷が存在していた事実そのものが、世界から消え失せる。


「……なっ!?」


 誰かが息を呑む。


 俺は思わず、杖を握る手に力を込めた。


「今のは……治癒じゃないわ」


 アルマが、信じられないものを見る目で呟く。


 ルーナは、その反応を楽しむように微笑んだ。


「そう。”回復”でも”再生”でもない」


 彼女はゆっくりと空中に足を伸ばし、赤月を背に語る。


「これは――『時流の加護』」


 その言葉と同時に、空気が“歪んだ”。


「数秒だけ、時間を巻き戻すことができる。

 今の傷も、ほんの少し前の“私”に戻しただけだよ」


 余裕のある口調。

 だが、ルーナの瞳は、さっきまでとは違っていた。


 ――完全に、こちらを脅威と認識している。


「……だが」


 ルーナは顎に指を添え、楽しそうに続けた。


「この加護の本質は、そんな単純なものじゃない」


 その瞬間。


 世界が、二重に揺れた。


 視界がぶれる。

 いや――“重なった”。


(……何だ? 今の……)


 同じ景色が、微妙にズレて重なって見える。

 祠、雪原、赤月、そしてルーナ。


(――今一瞬……ルーナが二人、いた?)


「時流の加護によって生まれるのは、二つの“世界線”」


 ルーナの声が、二重に響いた。


「私がダメージを負った世界。

 そして――負わなかった世界」


 彼女は両手を、ゆっくりと左右に広げる。


「存在し得た、二つの“可能性”」


 空間が軋む。

 耳鳴りが走り、視界の端が白く焼ける。


「その二つを――」


 ルーナの瞳が、獲物を射抜く捕食者のそれへと変わった。


「衝突させたら、どうなると思う?」


 ――瞬間。


 音が消えた。


 風が止まる。

 舞っていた雪が、空中で静止する。


 アルベリオの剣が、振り下ろされる途中で止まり、ライナスの踏み込んだ脚が、宙で固まる。


 俺が詠唱しかけた魔法も、喉の奥で“未完成のまま”凍り付いた。


(なんだ……!? 身体が……動かない……!?)


 思考だけが、異様に冴えている。


 体が、動かない。


「――これが、起こる現象」


 静止した世界の中で、

 ルーナだけが、自由に動いていた。


「世界同士がぶつかることで、”時間が混乱”する」


 彼女は、止まった雪の中を歩く。


「結果――世界の時間は、一瞬、停止する」


 俺の目の前に立ち、動けない俺を、覗き込むようにして微笑む。


「つまり」


 囁く声が、やけに近かった。


「時流の加護は――。

 “時止め”の力を秘めている」


 背筋が、凍る。


(……クソ……こんな力……反則だ……!)


 ルーナは、俺の頬に手を伸ばしかけ――。


「さあ」


 楽しげに告げた。


「ここからが、本番だよ。

 英雄たち」


 停止した世界の中で、絶対者だけが、笑っていた。


 雪が空中で止まり、吹き荒れていたはずの風が、音もなく静止する。

 俺の視界にあるすべてが、硝子細工のように固定されていた。


 それでも――意識だけは、異様なほど冴え渡っていた。


 指先の感覚。肺に残る冷気。心臓の鼓動。

 動かない身体とは裏腹に、恐怖と理解だけが加速していく。


(……やばい! これは……やばい!)


 分かっているのに、分かっているからこそ、逃げ場のない恐怖が胸を締め付けた。


 目の前で、ルーナだけが歩いていた。


 白いワンピースの裾を揺らし、凍結した世界を当然のように踏みしめる。

 彼女の足元で止まった雪片が、宝石のように光を反射していた。


「綺麗でしょう?」


 ルーナは、まるで散歩の途中のような声音で言った。


「世界が、私のために息を止めている」


 彼女が指を鳴らす。


 その瞬間――。

 空間そのものが、歪んだ。


 止まった世界の中に、膨大な魔力の奔流が解き放たれる。

 光と闇が混ざり合ったような奔流が、放射状に広がっていくのが、嫌というほど“見えた”。


(……避けられない!)


 理解した瞬間、恐怖が限界を超えた。

 身体は動かない。叫ぶことすらできない。

 ただ、迫りくる破滅を、意識だけで受け止めるしかなかった。


 ルミエラの表情が、凍りついたまま視界の端にある。

 前衛に立つアルベリオとライナスも、剣を振り抜く寸前の姿勢で固定されている。

 アルマも、カリーナも――誰一人、動けない。


「安心して」


 ルーナが、こちらを見て微笑む。


「すぐ終わるから」


 彼女が、静かに告げた。


「――時間だ」


 次の瞬間。


 世界が、再び動き出した。


 轟音が、遅れて叩きつけてくる。

 凍結していた魔力の奔流が、一斉に解放され、俺たち全員を飲み込んだ。


「――ッ!!」


 衝撃。

 骨が軋み、内臓が揺さぶられ、視界が白く弾ける。

 雪が爆発したように舞い上がり、祠の前は一瞬で視界を失った。


 地面を転がり、俺はようやく身体の感覚を取り戻す。

 喉から、掠れた息が漏れた。


「……ぐ、は……」


 全身が、焼け付くように痛い。

 それでも、生きている。


 周囲を見ると、仲間たちもそれぞれ吹き飛ばされ、必死に体勢を立て直していた。

 誰一人、無傷ではない。


(……時止めの中で、あれだけの範囲攻撃を……)


 俺は歯を食いしばり、立ち上がりながら思考を回す。


 なぜ、ルーナだけが動けたのか。


 答えは、さっき奴自身が口にしていた。


 ――二つの世界線の衝突。


 ダメージを負った世界と、負わなかった世界。

 その“可能性”を重ね合わせ、世界そのものの時間を混乱させる。


 つまり、あの時間停止は――。

 ”止まっている”のではなく、

 “どちらの世界線が正しいのか、世界が判断できなくなっている状態”だった。


 だからこそ、加護の中心にいるルーナだけが、例外として動ける。


(……化け物かよ!)


 視線を上げると、ルーナはすでに次の一手を考えているようだった。

 傷一つない身体。

 赤月を背負い、悠然と佇む姿は、まるでこの世界の支配者のようだ。


 だが――。


「……最悪の力なのは分かった」


 俺は、新しい杖を強く握りしめる。

 天輝石が、微かに脈打つように光った。


「だったら……」


 仲間たちの気配を感じる。

 誰一人、折れていない。


「それを超える手を、俺たちで作るだけだ!」


 恐怖は、まだ消えない。

 だが、それ以上に――負けられない理由が、ここにある。


 ルーナとの戦いは、ここからが本当の地獄だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ