567話 黒き力
――俺たちの初撃は、いとも簡単に対処された。
剣も、魔法も、策も。
すべてがルーナの掌の上で踊らされているかのようだった。
だが――。
(……まだ、始まったばかりだ)
雪原に足を踏みしめながら、俺は深く息を吸う。
ルーナは強い。圧倒的だ。だが無敵じゃない。
「散開して! 正面から削るんじゃない!
意識の外から、削るのよ!」
アルマの指示が飛ぶ。
アルベリオとライナスが左右に展開し、正面からの圧力を維持する。
カリーナが広域魔法の詠唱を始め、ルミエラは気配を殺すように後方へ下がった。
――狙うのは、“意識の死角”。
そのための“最初の楔”を打ち込む役目は――俺だ。
「……いくぞ」
俺は新しい杖を強く握りしめた。
漆黒の柄は、まるで生き物のように魔力を吸い上げていく。
今までの杖とは、感触がまるで違う。
魔力を“流す”というより、“引きずり出される”感覚に近い。
(……少なめでいい。様子見だ)
そう判断し、俺は意図的に魔力量を抑え込んだ。
「――深海の裂け目!」
杖先の天輝石が、白とも金ともつかない淡い光を放った次の瞬間。
空間そのものが、抉れた。
黒い裂け目が地面を走り、雪と岩を飲み込みながらルーナへと迫る。
音はない。だが、世界が“削られていく”ような不快な感覚だけが広がった。
「……っ!?」
初めて、ルーナの表情が歪む。
回避行動は取った。
だが――完全ではない。
裂け目の端が、彼女の足元を掠め、地面ごと削り取った。
(……なんだ、これ……)
俺自身が一番、驚いていた。
消費した魔力量は、今までの感覚なら“下級魔法”程度。
それなのに、この威力……。
(少ない魔力で、出力が異常に高い……!
アルマの言ってた通りだ……いや、それ以上か……)
「カイル! 威力が出過ぎてる!
距離を考えなさい!」
カリーナの叫びで、俺ははっと我に返る。
黒い裂け目の余波で、アルベリオたちの足元の雪まで抉れていた。
一歩間違えれば、味方を巻き込んでいた可能性もある。
(……ダメだ。
この杖、下手に振れば“敵も味方も関係なく”攻撃してしまう……!)
俺は即座に思考を切り替えた。
(出力調整をもっと慎重に……。
感情に引っ張られるな。
冷静に、狙うべき一点だけを削れ)
その瞬間――。
「今だ!」
アルベリオの声が響く。
俺の黒魔法に意識を向けた刹那。
ルーナの“注意”が、ほんの一瞬だけ俺に集中した。
その隙を逃さず、ライナスが雪煙を蹴散らして突っ込む。
「――オラァァァ!!」
大剣が唸りを上げ、真正面から振り下ろされる。
ルーナは咄嗟に結界魔法を張るが――遅い。
剣撃は防がれた。
だが、その“防御”に意識を割いた瞬間。
背後から、ほとんど気配を感じさせずに――。
「……そこだ!」
ルミエラの囁きとともに、不可視に近い魔法が放たれた。
空気を歪める一撃。
意識外からの攻撃が、ルーナの肩を浅く裂く。
「……っ!」
初めて、確かな“ダメージ”。
血は流れない。
だが、ルーナは確実に顔を歪めた。
「……なるほど」
その瞳に、初めて苛立ちが浮かぶ。
「本気なんだね……。
本当に私の邪魔をする気なんだね」
だが同時に――。
その笑みは、さらに深く、危ういものへと変わっていた。
(通じる……!
この連携なら……意識外を突ける!)
俺は杖を握り直す。
――ただし。
(次は、もっと慎重に。
この力は、諸刃の剣だ……)
赤月の光の下、戦いは次の段階へと進んでいく




