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56話 3つの魂

 俺たちはノアの結界を解くため、何度も試行錯誤を重ねた。しかし、どれだけ試しても解く方法が見つからない。


「これじゃラチがあかないな…」


 ライガが腕を組み、眉をひそめる。


「このままじゃ進展しない。何か策が必要ですね。」


 俺も悔しさを押し殺しながら考える。


 そのとき、フェンリが思いついたように顔を上げた。


「レアさんにカリーナ先輩を治癒してもらうのはどうですか?カリーナ先輩なら、結界を解ける可能性があるんですよね?」


「それだ!」


 ライガが手を叩いて賛同する。しかし、レアは首を横に振り、申し訳なさそうに俯いた。


「…今は無理。あなたを治癒したときに、力を…使いすぎた。少し休まないと、加護は使えないの。」


 レアの言葉に全員が落胆の色を見せたが、無理をさせるわけにもいかない。俺たちはレアが休息を取る間、他の方法を考えながら時間を潰すことにした。


 待つ間、俺たちは獣族の子どもたちの様子を気にかけながら、自然と会話が始まる。緊張の中にも少しの安堵が広がっていたが、俺にはどうしても気になることがあった。


「そういえば、フィーニャは最初どこに行ってたんですか?」


 俺が問いかけると、フィーニャは「忘れてた!」という顔をして頭をかいた。


「ああ、それね。実は…」


 フィーニャが答えかけた瞬間、部屋の隅から不気味な物音がした。全員がそちらに目を向ける。


「なんだ?」


 俺たちの視線の先には、跡形もなく消えたはずの男が、倒れそうな体で立っていた。いや、立っているという表現すら生易しい。男は両足と片腕を失い、全身ボロボロの状態だった。それでも、その目には狂気じみた執念が宿っている。


「ぐ…!ぜっ…てえ…殺…す…」


 男の震える声が部屋に響く。その右手には折れた剣が握られていたが、どう見ても戦える状態ではない。だが、その目の鋭さだけは、俺たちを刺すように睨みつけていた。


「まだやる気なのか!」


 俺は立ち上がり、男に向き直る。しかし、俺たちは全員疲弊しており、まともに戦える状況ではない。


 重い静寂が場を包み込む。その静けさを破ったのは、男のかすれた声だった。


「かっ…はぁ……形態(モード)…『剣聖』……」


 その言葉とともに、男の瞳に稲妻のような光が宿り、全身が異様なオーラに包まれる。ボロボロだったはずの身体が、まるで力を取り戻したように輝き出した。


「また…あの力か!?」


 俺は驚きで声をあげるが、状況を理解する暇もなく、男の異様な力が場を支配していく。そのオーラは殺意そのものだ。


「カイル!あいつが何をするか分かりません!皆、警戒を!」


 フェンリの叫びで全員が構えた。俺も心の中で誰も傷つけさせまいと決意を固める。しかし、次の瞬間、俺の目の前に信じられない光景が広がった。


「っ!?」


 男が握っていた折れた剣が、眩い光を帯びて宙に浮かび、俺に向かって突き進んできた。反射的に避けようとしたが、大魔法を使った俺の身体は消耗しきっており、思うように動けない。


「カイル!!!」


 フェンリの叫び声が耳に届いた瞬間、鋭い衝撃が胸に走った。鈍い音が響き、折れた剣が俺の胸を貫いた。剣先が心臓に達する感覚があり、全身が急激に冷たくなる。


(なん…だ?背中が…いや、全身が冷たい…?)


 身体の感覚が次第に遠のいていく。視界が歪み、音が聞こえなくなる。その瞬間、ぼんやりと人影が俺の上に覆いかぶさるように見えた。


(誰だ…?この人影は…?)


 その問いすら、考える余力がなかった。

 視界が暗転し、朦朧とする。


 何も考えられない。目を閉じてしまいたい。



 でも―――。




 まだ、夢を叶えていない―――。




 意識が完全に途絶えた。




 ―――。




 次に俺が目を覚ますと、そこはただただ白い光が広がる、果てしなく無機質な世界だった。地面も、空も、何もない。ただ白さが視界を埋め尽くす。


(ここは……?)


 目が覚めたはずなのに、体が軽すぎる気がする。空気も、重力も、何も感じられない。ここは現実ではないのだとすぐに悟る。


 記憶がゆっくりと蘇る。あの執念深い男の視線、飛来する折れた剣、そして胸を貫かれたあの瞬間。鈍い痛みと、身体から抜けていく温もりを思い出す。そう、俺は死んだのだ。それだけは確かな事実だ。


(そうか……俺はもう、生きてはいないんだな……)


 その事実を噛み締めた途端、胸の奥が締め付けられるような感覚に襲われた。恐怖でもなく、死という現実そのものへの動揺でもない。それは、自分の死が果たせなかったものを残したままだったからだ。


(白井、お前に託された夢……叶えられなかった……)


 白い世界に立ち尽くしながら、その言葉だけが頭の中をぐるぐると巡る。白井があの時、俺を信じて全てを託してくれた。託された夢を、俺は一度も疑うことなく追ってきた。それなのに、それを守るどころか、こんな形で終わらせてしまった。


(すまない……俺が弱いばっかりに……)


 自嘲の笑みが浮かぶ。俺は夢を追うには力不足だった。もっと強ければ、もっと早く男を倒していれば、こんなことにはならなかったはずだ。フェンリやライガ、ノアたちを守り切れたはずなのに――。


(白井、お前はきっと、俺が成し遂げてくれると信じてたんだろう。それなのに俺は……)


 拳を握り締めても、ここには何もない。何も響かない。目を閉じると、白い世界の無音が、俺の中の罪悪感を一層際立たせた。このまま消えてしまう方がどれだけ楽だろう。自分は結局、大切なものを守り切れなかった。そんな存在が、これ以上何を望むのだろう?


 けれど、その時だった。


 どこからともなく微かな声が聞こえてきた。


「――京……」


 声が耳をくすぐった。柔らかく、けれど確かな力を持って響く。どこか懐かしいような、不思議な感覚を伴う声だった。


(……誰だ?)


 声の方を振り返るが、白い空間には誰の姿もない。ただ、声だけが俺の胸を貫くように聞こえる。


「諦めるな……お前はまだ終わっていない……」


 その言葉に胸がざわついた。終わっていない?俺は確かに死んだはずだ。それでも、声は続ける。


「お前の弱さは、ここで終わるためのものじゃない・・・お前の仲間は待っている。夢を・・・諦めるな」


 視界に広がる白さの中で、何かが揺らめいた。それは自分自身が、失敗した姿を見ているようで目を背けたくなる。でも、その中に浮かぶ白井の笑顔が、背中を押してくれたあの時を思い出させた。


(諦めるな……か)


 胸の奥で、燻っていた炎が再び熱を帯びる。消えてしまうなんて、許されない。俺にはまだ、やるべきことがある。ここで終わってしまえば、それこそ白井や仲間たちを裏切ることになる。


(俺は……まだ終わらせるわけにはいかないんだ!)


 強く握りしめた拳が震えた。その瞬間、白い世界が眩しく輝き始めた。声はさらに大きくなり、俺を包み込むように響く。


「行け、京――お前の力を、証明するんだ!」


 その言葉と共に、視界が光に満たされる。眩しさに思わず目を瞑ると、光がやや収まったのか、再び目を開けた。


 すると、俺の目の前に「もう一人の俺」が立っていた。


『カイル・ブラックウッド』――本来のこの身体の持ち主である男だった。俺の隣にはもう一つ、揺れる青白い魂のような存在も浮かんでいる。


(……これは一体?)


 視線を落とすと、自分の身体が『カイル・ブラックウッド』のものではなく、別の存在――『黒木京』として認識されているのが分かった。がっしりとした体格に大人びた体つき、間違いない。

 前世の俺の身体だ。


(これが……エルドリックが言っていた「魂」か?)


『カイル』の中に宿る三つの魂――一つは『カイル・ブラックウッド』本人、もう一つは俺『黒木京』の魂。そして最後に、この未知の強い意思を持つ魂。


 三者は沈黙の中で視線を交わした。どれも声を発することなく、ただ見つめ合う。しばらくの静寂の後、『カイル・ブラックウッド』が踵を返し、俺たちに背を向けて歩き出した。


(待ってくれ!)


 俺は思わず声を上げるが、彼は一瞬止まっただけで振り返ることはなかった。そしてそのまま、白い世界の奥へと歩み去り、ついには姿を消した。


(なんなんだ?これは……)


 呆然と立ち尽くしていると、残された魂が突然激しく揺れ始めた。それは次第に形を成し、やがて一人の男の姿となった。40代くらいの壮年の男――だが俺には全く見覚えのない顔だった。


(……お前は誰なんだ?)


 俺が問いかけるも、男は何も答えない。ただ無言のまま、俺に向かって手を伸ばしてくる。


 その掌が俺の胸に触れた瞬間、全身に稲妻が走ったような感覚に襲われた。


(う……!くっ……!)


 崩れ落ちるように意識が遠のいていく―――。


 次に目を覚ましたとき、暖かな風と誰かの泣き声が耳に届いた。

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