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560話 奇跡の結晶

 長きに渡った戦いは、ゼロの消滅をもってようやく大きな節目を迎えた。


 巡りの眷属。

 暴走した聖獣。

 そしてルーナが率いた数多の獣族たち。


 その全てを越え、最後に残ったのは――。

 この戦の首謀者、ただひとり。


 ルーナ。


 だが、戦場を揺らした光の嵐が収束したとき――最前線に立っていた英雄の姿は、あまりにも痛ましかった。


 胸を貫かれ、立ったまま動かない少年。

 カイル・ブラックウッド。


 ゼロを討ち果たしたはずのその腕は、拳を突き出した姿勢のまま止まり、

 呼吸も、意識も、気配すらも感じられなかった。


 滝のように流れた血はすでに戦場の土と混じり、

 死の境界の匂いが少年の周囲に濃く漂っていた。


 そんな彼に寄り添う影が二つ――。


 ルミエラ・ノクターレ。

 カリーナ・フォークナー。


 二人の魔女は満身創痍だった。

 裂けたローブ。焦げた髪。切り傷から落ちる血。

 だが、痛みなどとうに忘れたかのように、ただ一人の少年の生を求めて叫び続けていた。


「なんで……なんで目を覚まさないんだよ……!」


 震える声でルミエラが叫ぶ。

 その頬を伝う涙は、乾いた戦場に落ちた瞬間、赤黒い土に吸いこまれていった。


「こんな……こんな時にさぁ……。

 アンタがいないと、あたしは……!」


 喉を震わせ、言葉の形を保てなくなっていく。


 続くように、カリーナがカイルの服を掴んだ。

 血に濡れ、冷たくなりつつあるその布を、震える手で握り締めながら。


「カイル……お願い……起きて……っ」


 声はひび割れ、呼吸と涙が混ざり、音にならない叫びとなる。


 カリーナは唇を噛み、涙をこぼし続けながら絞り出した。


「私……まだ、あなたに……。

 “好き”って……ちゃんと伝えてない……の……に……っ」


 ぽたぽたと落ちる涙が、カイルの胸の穴に触れ、

 まるで血の赤を薄めるように混ざっていく。


 崩れ落ちそうになりながらも、必死にカイルの顔を覗き込む二人。


 その姿は悲壮で、痛ましく、

 それでも――揺るぎない「信頼」と「愛情」で満ちていた。


 戦場には、もう叫びも咆哮もなかった。


 ただ風が吹き、瓦礫を転がし、遠くで倒れ伏した四獣たちの呻きが微かに響くだけ。


 英雄の息が戻らないまま、戦場は静寂に沈んでいく。


 ルミエラとカリーナの叫びが、泣き声に変わり、泣き声が、かすれた嗚咽へと変わりつつあるその時――。


 アルマが、ふと動きを止めた。


 彼女は二人の隣で小さく俯き、震える肩を押さえるようにしていたが、

 ふと、視界の端に“何か”が映った。


「……え?」


 アルマは涙を拭うことさえ忘れ、

 ゆっくりと顔を上げた。


 カイルの胸の穴の奥で、何かが……光った。


「……なに、これ……?」


 最初は見間違いだと思った。

 戦いの残滓――光魔法の反射かもしれないと。


 だが、違った。


 たった一瞬、まばゆい紫の光が、脈動するように煌めいたのだ。


 アルマは息を詰めた。

 心臓に近いはずの場所へ、恐る恐る歩み寄る。


「どいて……二人とも」


 声は震えていたが、その瞳は確かな意思を宿していた。

 ルミエラもカリーナも、涙に濡れた目をアルマに向ける。


「ア、アルマ……なにを……?」


「いいから……ちょっと、だけ……」


 アルマは二人をそっと掻き分け、

 血の海に横たわるカイルの胸元に膝をついた。


 そして――

 見た。


 胸を貫かれた“穴”のさらに奥。

 砕かれた肉の向こう、闇に沈むはずの空洞の中心で。


 紫色の結晶の欠片が、かすかに脈打っていた。


「……これは……」


 アルマの声は震え、

 ルミエラとカリーナは同時に息を呑んだ。


 紫の光はゆっくりと波打ち、呼吸するように明滅している。


 まるで“鼓動”を代わりに刻むように――。


「カイルの……体内に施されていた結界魔法……!」


 アルマは結界の存在を思い出し、呟くように言った。


「一年以上……ずっと彼を守り続けて、魔力を吸収しながら……形を変えて……」


 指先を伸ばす。触れた瞬間、暖かい光が震えた。


「……これ……具現化してる。

 長い時間をかけて……結晶になってるわ!

カイルの心臓は無事よ! 結晶が守ってくれていたのよ!」


 胸の奥で煌めく紫の結晶。

 その破片は、微かにだが――まだ生きていた。


 ルミエラが声を震わせた。


「ってことは……カイルは……!」


 カリーナの瞳が揺れる。


「まだ……生きて……っ?」


 アルマは強く頷いた。


「完全には……砕けてない……!

 まだ……守ってる……カイルの心臓を……!」


 その瞬間、風が戦場を駆け抜けた。


 泣き声と血の匂いに染まった大地に、

 まるで奇跡の前触れのような澄んだ風が吹いた。


 希望が、静かに――芽吹いた。


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