557話 赤き流星と青き盾
ルミエラは深く息を吐き、杖を軽く回すと――ゼロの方へ足を向けた。
その背中は、どこか楽しげで、どこか震えていた。
「何かを企んでいるようだが……私の前では全て無駄だ!!」
ゼロが咆哮し、赤い筋肉を膨張させながら迫ってくる。
「この鬼族の身体に勝るものなど、この世に存在せん!!」
大地が割れ、砂煙が舞い上がる。
ゼロの拳が風切り音を引くたび、空気が爆ぜた。
だが――。
ルミエラはその全てを踊るように避けた。
杖を地面にトン、と突き、体を斜めに流し、ふわりと身を翻す。
「遅いってば、あんた」
ゼロの拳が空を裂き、続いて足が大地をめり込ませる。
しかし、かすりもしない。
同時にルミエラは杖をゼロへ向けた。
「――ストーン・キャノン!!」
轟音。
岩の砲弾が砲身から撃ち出されるように飛び、ゼロの頬をえぐった。
「ッ……チィ!! ハエか貴様は!」
ゼロの怒号が弾ける。
炎を孕む赤腕が大きく振り抜かれ、熱風がルミエラの髪を煽る。
――しかし、それでも当たらない。
「ハッ! あんたの攻撃なんて、あん時の魔王に比べりゃ遅いモンだよ!」
ゼロの拳をすり抜けたルミエラは、勢い余ったゼロの腕を横から蹴り上げた。
脇腹ががら空きになる。
「――フレイム・ショット!!」
焼けつく閃光がゼロの半身を包み、肉が焼ける匂いが漂った。
「ぐ……おごぉッ!!」
さすがのゼロも苦痛に顔を歪め、数歩後退する。
炎を手で払い落としながら、憤怒に満ちた目でルミエラを睨んだ。
「貴様……さっきまでは手を抜いていたのか!? なぜたった一人でこの私をここまで……!」
問いに、ルミエラは杖を回して笑った。
「元々ね、団体戦ってのは好みじゃないんだよ。
独りのほうが――伸び伸び戦えるのさ」
ゼロがニヤリと口角を吊り上げ、血を一筋垂らす。
「フン……貴様、“一匹狼”が好みのようだな」
「そうだねぇ……あんたとは気が合いそうだよ?」
ルミエラの軽口に、ゼロの瞳が怒りで鋭利になる。
「貴様、どういう意味だ!!」
怒鳴り声が戦場を揺らすが、ルミエラはわざとらしく耳を塞ぎ――。
「知〜らないっ!」
そのまま杖を天へ突き上げた。
「――あんたには、これがお似合いだよ!」
空が、割れた。
赤い夜空を突き破り、黒雲が裂け、
数十、数百の光点が尾を引きながら降りてくる。
まるで――流星群。
「な……ナニッ!!?」
ゼロが驚愕を込めた叫びを上げた。
「貴様!! 自分諸共、この場の全員を殺すつもりか!?」
問いかけても、ルミエラは一切答えない。
ただ、フッと笑って天を見上げる。
「”あいつ”なら……きっと、これも防いでくれるさ」
隕石群が地面へ叩きつけられ、爆風で戦場が揺れる。
ゼロもさすがに無視できず、回避に専念し始めた。
――今まで一瞬たりとも俺から目を離さなかったゼロが。
今は生存のために動き続けている。
その隙に、俺は気配を殺し、瓦礫の影へ身を滑り込ませた。
ルミエラを信じて――。
※※※
隕石が次々と落ち、爆音と飛沫が舞う。
しかしルミエラは――焦っていた。
「……おーい。どうした~。あんたなら防げるはずだろ~?」
冗談を装ってはいるが、声は震えていた。
勇者たちが倒れている地点へ、巨大な隕石が落ちていく。
「やばいよやばいよ~……当たっちゃうよ~!?」
ルミエラの顔から血の気が引いた瞬間――。
――“光”が広がった。
淡く柔らかい、だが圧倒的な魔力量を孕んだ光膜が戦場を覆い、勇者たちの周囲に巨大な結界を展開した。
「――っ!」
それは、聖級の結界魔法。
そして、その術者は――。
「ちょっと、あまり無茶しないでくれる? ルミエラ」
「いやぁ、あんたならやってくれると信じてたんだよ! アルマ!」
青髪をなびかせ、小柄な身体を傷だらけにしたアルマが立っていた。
その視線はすぐ後ろで暴れるゼロへと向けられる。
「……あれがゼロ・アークライトね。想像以上に不気味な姿だわ」
ルミエラはハッと笑い返した。
「あれは強いよ、アルマ。……ま、あんたはそこで見てな。
今まさに――カイル君が奴を倒してくれるからさ」
言った瞬間、アルマは一度だけ俯いた。
心の奥に暗い影が差したような、そんな表情で。
それが何を意味するのかは、まだ誰も知らない。




