555話 別物
これだけの人数が揃ったにもかかわらず――。
ゼロ・アークライトは、ただ笑っていた。
微動だにせず、逃げもしない。
攻撃を仕掛けようともせず、ただ悠然と構えているだけ。
その異様な姿に、背筋を氷柱のような悪寒が走った。
(まだ……余裕があるってのか)
魔力切れ寸前の身体は鉛のように重く、視界の端には黒い影が広がり始めている。
だが、それでも――俺の内側には、まだ微かだが魔力が残っていた。
消え残る小さな光。それを必死に掴み取り、俺は一歩前に踏み込んだ。
その瞬間、全員が横一列に並ぶように一歩前へ。
剣を構え、杖を構え、全員が同じ方向を睨む。
言葉はいらない。
この場のみんなが、今やるべきことを理解していた。
「――貴様を倒す!!」
ロガンの咆哮が、戦闘開始の号砲となった。
地面を揺らす踏み込みとともに、俺たちはゼロへ突っ込んだ。
最初の一手。
アルトリーナとライナスが巨大な剣を肩に担ぎ、そのまま質量任せの突撃を敢行する。
迫りくる鉄塊の圧力は、まるで山を動かすような威圧感を帯びていた。
だが――。
「フン。遅い攻げ――」
ゼロは振り下ろされた刃を、両手で掴んだ。
金属が軋む。
火花が弾ける。
怪力で押し返され、剣が止まる。
ゼロの口角がさらに吊り上がった――その刹那。
「なっ――!?」
アルトリーナとライナスの影から、一本の光が走った。
レオンだ。
光の筋のような一閃がゼロの周囲を駆け抜け、その背後へ回り込む。
背中へ放った一撃――鋭い音を立て、皮膚を裂く。
赤い血が滲む。
だが浅い。肉をえぐるには至らない。
「こざかしい真似を!!」
ゼロが怒声を上げた次の瞬間、
掴んでいた大剣ごとアルトリーナとライナスを左右に振り回した。
「ぐぉッ!?」
「ガハッ……!」
二人の身体が地面に叩きつけられ、土煙がそこら中に吹き上がる。
その隙を逃さず、ロガンが飛び込んだ。
「おォおおおッ!!」
巨人族の拳が地を割り、風圧が竜巻のように巻き上がる。
ゼロは低く身をかがめ、防御の体勢を取った。
――次の瞬間。
ロガンの巨体が吹き飛んだ。
地面に激突し、砂が爆ぜる。
何が起きたのか分からない。ゼロは動いたように見えなかった。
視界に映ったときには、もう俺の目の前にいた。
「なっ……!?」
ゼロの姿が霞むほどの速度。
拳が振り上げられ――俺に向けて振り下ろされる。
「させないよッ!!」
風を切る音と共に、ルミエラが飛び出した。
杖を掲げ、俺の前に魔力障壁を展開する。
青白い光の壁が眼前に広がり、ゼロの拳がそこに叩きつけられた。
空気が震える。
大地が軋む。
「ルミエラさん……!!」
「いいから下がりな! 前に出すぎ!」
額に汗を浮かべながらも、彼女は一歩も退かずに障壁を維持する。
だが障壁にはすでに大きな亀裂が走り――。
「――砕け散れェ!」
ゼロがさらに力を込め拳を押し込んだ。
光の壁が、悲鳴を上げるように震えた。
ゼロの拳が障壁にめり込み、光の壁が悲鳴のような破裂音を上げた。
「くっ……! 持たない……ッ!」
ルミエラの額を汗が伝う。
それでも彼女は杖を握りしめ、俺の前に立ちはだかった。
亀裂がさらに広がり――ゼロの拳から迸る衝撃が、空気を爆ぜさせる。
「がぁああ!!」
轟音とともに障壁が粉砕された。
光の破片が舞うように散り、俺たちの視界が開ける――次の瞬間にはゼロの拳が俺の顔面へ迫っていた。
「――ッ!」
反射的に身をよじろうとした瞬間、重たい金属音が響いた。
ライナスの大剣が横から割り込み、ゼロの拳を払っていた。
「おせぇぞ、カイル!」
「兄さん!!」
横薙ぎの衝撃でゼロの肘が逸れ、空振りに終わる。
だがゼロは体勢を崩すことなく、一切の無駄なく距離を取った。
その動き――速すぎる。
ライナスが剣を構え直し、歯を剥く。
「テメェ、さっきまでみたいに無茶苦茶動かねぇな……? ビビってんのか?」
挑発混じりの言葉。だが、ルミエラが眉をひそめる。
「違う……。あいつ、急に“隙を見せなくなった”。妙すぎる」
「……え?」
ゼロの姿を全員で注視する。
先ほどまでは、力任せに攻撃してきた。
こちらの反撃を受けることを恐れず、むしろ楽しむように攻めてきた。
だが今のゼロは――構えが変わっている。
重心が低く、
足の向きは受けと攻めの両方に対応できるよう準備され、腕も胸の前で交差しながら最短距離で動ける形に収まっている。
見えない鎧をまとったような、隙のない構えだ。
ロガンが呻く。
「なんだ、急に守りに入ったか……?」
レオンも剣を構えながら小声で言う。
「いや……違う。あれは……“読んでる”んだ」
「読んでる……って?」
その意味が分からず問い返した瞬間――ゼロが、喉の奥で笑った。
「フッ……その通りだ。よく気づいたな、白雷の勇者」
ゼロの目が、ひどく冷たい。
「貴様らの“作戦”など、とっくにお見通しよ」
その言葉に、俺たちは息を呑んだ。
「……まさか、あたしたちの狙いが分かってんの?」
ルミエラの声音が低く震える。
「当然だ。お前たちは、私の弱点に気づいたと思っているのだろう?」
ゼロは露骨な嘲笑を浮かべる。
「“魔法を掴む瞬間”――そこだけは、魔力を纏えず身体が柔くなる。そこを突けば勝てる、と」
胸が冷たくなる。
ゼロは俺たちの動きを――いや、思考を読み切っていた。
ゼロが一歩、前に踏み込む。
ただそれだけで、大地がわずかに沈んだ。
「だが、残念だったな」
鬼紋の紋様が腕から肩を這い、赤い脈動がゼロの身体を照らし出す。
「弱点を知ったところで、そこを突かせるほど――私は甘くない」
ゼロが横薙ぎに腕を振った。
ただの一振り。
魔法でも技でもない。
だが――空気が砕けた。
目に見えるほどの圧力が奔り、地面が削れ、ルミエラもレオンもロガンも、とっさに防御に回る。
「――くっ!!?」
俺の身体も、吹きつける暴風に押されて後退した。
ゼロが言った。
「“魔法を掴む時に柔くなる”……?」
獣のような笑み。
「なら掴まなければいい……ただそれだけ」
ゼロの両腕に、蒸気が走る。
奔流が空気を震わせる。
先ほどとは比べ物にならない圧が放たれ――。
「く、来る!!」
俺が叫んだ瞬間、ゼロの姿がかき消えた。
レオンの背後に突然現れ、蹴りを叩き込む。
地面に叩きつけられる寸前、レオンは空中で体勢を整え転がるが――。
「あぶねぇ……ッ!」
寸分狂わぬ狙いだった。
さらにゼロは即座に横へステップし、ロガンへ拳を叩き込む。
巨人族が押し負けるほどの圧。
「ぐっ……おおおッ!!」
ロガンの両腕が大地へめり込み、腕から土が砕け散る。
押し返そうとするが、ゼロはぴくりとも後退しない。
彼は本気で殺しに来ていた。
「隙を……全く見せない……!!」
ルミエラが焦燥に満ちた声で呟いた。
「当たり前だ。お前たち如きに、二度も同じ手は食わん」
ゼロがロガンを地面ごと押し込みながら続ける。
「私の弱点は確かに存在する。だがな――」
振り返らずに笑った。
「弱点が“ある”のと、弱点を“突ける”のとは、まるで別物だ」
その言葉の重さに、胸がふるえた。
ゼロはもう、こちらから“狙える”隙を一切作らないつもりだ。
さきほどの暴威と違い、今のゼロは戦闘における“完成形”の構えを取っている。
完全に、こちらの作戦を潰しに来ている。
(どうする……?
このままじゃ、ゼロを倒すどころか……)
――生き延びることすらできない。




