表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
563/620

549話 起死回生の案

 青炎が夜空にゆらめき、焼けた空気が肌を刺す。

 だが――その炎に最も近いはずのルーナの肌には、一滴の汗も浮かんでいなかった。


 胸の奥でざわつく違和感が、ついに確信へと変わる。


 俺は隣で息を乱しながら立つカリーナに、小声で呼びかけた。


「カリーナさん……もしかしたら、作戦は失敗かもしれません」


「……え?」


 わずかに震える声で、カリーナが振り向く。

 その目に宿った切迫した色が、俺の胸をさらに締めつける。


「どうして? 作戦は上手くいってるでしょ……?」


「違うんです。ルーナの攻撃を無効化するあの力……あれは、物理攻撃だけじゃない。

 熱いとか寒いとか、感覚そのものを刺激するものまで無効化している可能性があるんです」


「感覚……?」


 カリーナは息を呑み、再び戦場へ視線を戻した。

 逃げ惑うルーナを追い詰める青炎。

 その中心で、ルーナは表情一つ変えず、肌も呼吸もまるで氷像のように静かだった。


「……あれほど近くに炎があるのに、汗をかいていません。おそらく熱さを“感じていない”んです。

 感じていないということは、身体の反応も起こらない……つまり――」


 言いながら、自分の背に冷たいものが流れ落ちる。


「――低体温という弱点も、ルーナ自身が“熱を攻撃と認識している”かぎりは意味がないんです」


 カリーナが唇を噛んだ。


「じゃあ……やっぱり、“意識外”から攻撃しないと倒せないってこと……?」


「おそらくは……。ルーナが気付かない状態で炎を近づけるしか……でも、あれだけ警戒してる相手にそんなこと――」


 言い終える前に。


 カリーナが、しゅっと杖を握りしめ、俺の前に一歩出た。


 その顔には、さっきまでの疲弊が嘘のように消え――。

 代わりに燃えるような強い光が宿っていた。


「――カイル」


「え?」


「“気づかれず”に炎を近づければ奴を弱らせられる。それは本当ね?」


「は、はい……。ルーナは認知できない攻撃は無効化できません。ただ、それは絶対に無理です!

 あれほどの感知能力を持つ相手に、そんなこと――」


 カリーナは俺の言葉を遮った。


 そのまま杖を俺の胸の前で軽く突きつけ、

 勝ち気な笑みを浮かべて言う。


「――私に、いい考えがあるわ!」


「……え?」


「できるかどうかじゃないの。やるのよ。

 あの女に気付かれず、炎を“存在しないもの”にして近づける方法――。

 私なら、たぶん実現できる!」


 その表情には、恐れも迷いも一つもなかった。


 ボロボロの身体で、息も絶え絶えで、血まみれのまま――それでもなお、前を向いていた。


 俺の胸が熱くなる。


「カ、カリーナさん……何をするつもりなんですか?」


 カリーナは振り返らず、まっすぐ戦場を見据えて呟いた。


「炎を”隠す”のよ。

 ――そうすれば炎は認知から外れる。無効化なんてできっこない!」


 その声は、焼けた空気の中、鋼のように澄んでいた。


 カリーナは一歩、前へ進み出た。

 周囲を巡る青炎――フェンリが操る、常人なら触れただけで即座に焼ける灼熱の炎。

 その残光が彼女の瞳に揺れ、静かに思考の奥で形になっていく。


(……ルーナの“無効化”は、奴が“意識しているもの”にのみ働く。なら――)


 カリーナは小さく息を呑む。肌を撫でる熱気は、普通ならそれだけで汗が噴き出すほどだ。

 だがルーナは一滴の汗もかいていなかった。


(なら、“意識の外側”に押しやってしまえばいい。忘れさせるほど徹底的に)


 彼女の脳裏で作戦がひらめく。

 自身の特異体質――魔力と魔法現象を、“体内に貯蔵しておける”という特異。それを使う。


(青炎を……私の体内に“隠す”。意識も魔力感知も届かない場所まで)


 炎が、青く尾を引いてルーナの周囲を巡る。

 カリーナは右手を前に差し出し、指先に深い集中を宿す。魔力の流路――魔法使いなら誰もが体内に持つ“ゲート”が震え、青炎が引き寄せられた。


 じゅ、と音を立て、青炎の塊が彼女の掌へ吸い込まれる。


 灼熱の色彩がカリーナの腕へ、肩へ、胸へ、そして腹部へと染み込むように消えていった。

 常なら内部から焼き切られるはずの高温――だが、カリーナのゲートがそれを包み込み、封じ込め、鼓動と共に静かに沈ませていく。


「……っ、は……」


 頬を汗が伝う。しかしそれは熱のせいではなく、精神を削る集中から来るものだった。


「カリーナさん、大丈夫ですか?」


 俺が不安げに声をかけると、カリーナは振り向いて笑って答えた。


「ええ! これで……ルーナの意識下から“青炎”を完全に消せたはずよ! 

 あとは至近距離で放つだけ……!」


 ルーナは逃げるように後方へ跳ぶ。

 ライガたちは炎が消えたことに驚きながらもルーナを追った。


「は!? 炎が消えたぞ……!?」


 ルミエラが追い込み、フィーニャが側面を塞ぐ。

 ライガとジャンガが足元を牽制し、退路を封じていた。


 激しい攻防の只中――だが、ルーナの視線は青炎を一度も探さなかった。

 まるでそんな攻撃、最初から存在しなかったかのように。


(……今。完全に意識の外。“無効化”が働いていない)


 カリーナの心臓が一度強く跳ねた。


(至近距離で――奴の反応が追いつかない距離で。

 私の体内から一気に、すべての青炎を放出する……!)


 そのとき、俺の背筋に冷たいものが走る。

 ルーナの能力の“恐ろしさ”が、逆にカリーナの戦略の“正しさ”を際立たせていた。


(ルーナは……高温すら“無効化”できる。認知すれば。

 つまり――認知させる前に、焼き尽くすしかない……!)


 カリーナのつま先が、地面を蹴った。


「――ルーナぁあ!」


 金髪が跳ね、カリーナの姿が高速でルーナの懐へ滑り込む。

 その距離、わずか一メートル。反応の余裕すら与えない、至近距離。


 ルーナが気づいた時には――カリーナはもう腹部に手を当てていた。


(今っ!)


 胸の奥に沈めた青炎が、再び脈打つ。


 腹部から、青い閃光が噴き上がった。


 それは炎ではあったが、もはや“光”に近い速度で放たれた。

 ルーナの瞳が見開かれる。理解より先に、熱が肌へ触れ――。


「――ッッ!!?」


 焼けつく音が空気を裂いた。

 ルーナの無効化が“認識”へ向かおうとするが、カリーナの至近距離からの奇襲は、彼女の意識の動きを一瞬だけ追い越した。


 肌が赤く爛れ、白煙が立ち昇る。


「……まさか……!」


 その光景を見て、俺は思わず息を呑んだ。

 あのルーナが、確かに“ダメージ”を負っている。


 カリーナは自身も大火傷を負い、息を荒げながらも、はっきりと言い切った。


「無効化は……”意識しているもの”にしか働かない! 

 あんたは今、”私しか”認識できていなかった!

 私の放った炎が見えていなかったんでしょ!?」


 言葉ではなく――行動で証明してみせた。


 青炎の奇襲が命中した瞬間――ルーナの表情がぐらりと揺れた。

 腹部の皮膚が赤黒く爛れ、白い煙が立ち上る。


「……っ、あ……ぁ……」


 だが次の瞬間、彼女は焼けた肌を押さえながら、ゆっくりと顔を上げた。

 口元に、怒りを含んだ笑みを浮かべて。


「やってくれるじゃない……! 魔女!」


 声が震えている。痛みだけでなく、初めて負わされた“屈辱”のせいだ。


 ルーナは大きく後方へ跳び、カリーナとの距離を一気に開いた。

 息を荒げ、焼け爛れた腹部を見下ろした瞬間――その眉が苦々しく歪む。


「……確かに私は今、”君しか”見えていなかった。

 君の”行動”にまで意識を向けることは……できなかった」


 その目に宿るのは、焦りではない。

 敗北を拒む、絶対的な自負。


 だが――次の言葉には必死さが滲んでいた。


「でも……もう同じ手は食わない!

 もう二度と――同じ攻撃は通らないよ!!」


 その叫びを受けて、カリーナはふっと口元をほころばせた。

 挑発でもなく嘲笑でもない、確信に満ちた笑み。


 ルーナの目が細められる。


「……何がおかしいの?」


 カリーナは胸に手をそっと当て、静かに答えた。


「同じ攻撃をする“必要がない”のよ……ルーナ」


「――ッ!?」


 カリーナの言葉が意味するものを理解できず、ルーナの目が揺らぐ。


「私の身体に……一体何をした?」


「何も?」


 カリーナは首を傾げた。

 その余裕が、逆に底知れぬ恐怖を呼び起こす。


「ただ……もうすぐ症状が出るはずだわ。

 ――急激に体温が上がった代償が」


 その瞬間だった。


 ルーナの額に、ぽたりと一滴の汗が落ちた。


「……は」


 汗。

 あり得ない。


 自分は熱を無効化しているはずなのに。


 ルーナは震える手で自分の腕を触れた。汗ばんでいる。

 腹部だけではない。背筋に、こめかみに、汗が次々と滲んでいく。


(まさか……。

 あの一瞬の攻撃だけで……たったそれだけで?)


 思考がそこにたどり着いた瞬間――がくん、と膝が崩れた。


「な……に……?」


 足が震え、まるで自分の身体ではないかのように力が入らない。

 視界がぼやけ、耳鳴りが始まる。


(魔法が……加護が……使えない?)


 立ち上がろうとしても身体が言うことを聞かない。

 呼吸が乱れ、胸が苦しく、意識がゆっくりと沈んでいく。


「一体……なにが……!」


 そのとき。


「カリーナちゃん! 成功した!? やるじゃん!!」


 追いついてきたルミエラが、ぱっと輝いた顔で叫んだ。

 ライガ、ジャンガ、フィーニャも続いて駆け寄る。


「成功……?」


 ルーナの呟きは震えていた。


 カリーナはゆっくり歩み寄ると、淡々と告げた。


「知らなかったのね、ルーナ。

 体温が急上昇すると――魔力回路は乱れるの。魔法も、加護も、使えなくなる。

 加えて身体はショック反応を起こして立つこともできなくなるの。

 あなたは今、その状態に陥っている」


 ルーナの顔から血の気が引いた。


「ま……さか……それが……狙い……?」


「そうよ」


 カリーナは肩をすくめた。


「最初から、あの子たちは“それ”を狙って戦ってた。

 あなたの無効化なんて関係ない。

 意識の外から一度でも焼ければ、それで勝ちなの」


 ルーナは唇を震わせ、しかし立ち上がれないまま睨みつけた。


「そんな……ば、かな……」


 カリーナはその瞳を真っ直ぐに見つめる。


「もうおしまいよ。

 ――ルーナ、あなたを倒す。

 人族は滅ぼさせない」


 冷たい決意が、確固たる意志となって響いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ