546話 絆の証明
凍てつく衝撃が全身を削る中、俺はかろうじて意識をつなぎ止めていた。
吹き飛ばされて転がった地面には、赤い雫が点々と軌跡を描き、呼吸をすれば胸の奥がひどく痛んだ。
ルミエラとカリーナがルーナと激突している間、フェンリたちは俺の身体を抱え上げ、戦場の影へと急いで退いた。
「フェンリ……? 腕が……折れて……」
「問題……ありません。カイルの方が、もっと……重傷です」
フェンリは震えを押し殺しながら、片腕だけで俺を支え、もう片方の手で治癒魔法を発動する。
緑の光がじんわりと皮膚を撫で、裂けた傷口が少しずつ閉じていく。
ライガも額に汗を滲ませながら補助の魔力を注ぎ、フィーニャは震えた声で必死に止血の符を押し当ててくれる。
ジャンガは周囲の警戒に目を光らせつつ、何度も悔しそうに拳を握りしめていた。
「カイル……戻って来い……!」
その声が、遠のきかけた意識を引き戻した。
荒い呼吸を吐きながら、俺はかすかに口を開いた。
「ルーナに触れられて……気づいたことがあります……」
「気づいたこと……。何ですか?」
フェンリが即座に反応する。
「体温です……触れられたとき……人の温度じゃなかった……。
氷みたいに……たぶん……三十度を切ってる……」
仲間全員が息を呑む。
「三十度以下……? それは……」
フェンリの表情が険しく変わった。
低体温は普通なら致命的。
しかし、あれほどの動きと魔力を保ちながらその温度だというのなら――それは“弱点”ではなく、“構造”だ。
「フェンリ、何か分かったのか?」
ライガが問う。
フェンリは小さく頷くと、鋭い黄金の瞳を戦場へ向けた。
「……カイルのおかげで、ひとつ確信しました」
「確信?」
「ルーナはおそらく――低体温によって魔力の異常な循環を成り立たせているんです。
彼女が今まで、あの速さで加護を扱えていた理由がようやく分かりました。
ならば、それを逆手に取りましょう」
彼の声が低く、しかし明確に響く。
「“体温を上げるような魔法”を、逆にぶつければ……彼女の魔力制御は崩壊するはずです。
さらに急激な体温上昇によって引き起こされる”ウォームショック”。
これも十分彼女の弱体化につながるはずです」
「……!」
皆の表情が一気に変わった。
「つまり……”熱”か……!」
ライガが雷光を散らしながら叫ぶ。
「ちょうどいい……俺たちの雷は熱を帯びる……!」
ジャンガが吠えるように頷き、フィーニャも杖を握りしめて言った。
「火元素魔法……私の得意魔法だ……!」
フェンリは静かに息を吸った。
「――作戦があります。全員、聞いてください」
その声は、いつになく鋭く、仲間を率いるリーダーそのものだった。
俺は半身を起こしながら、彼の言葉に耳を傾けた。
ルーナとルミエラたちが激突する閃光の向こうで、反撃の“兆し”が確かに芽生えはじめていた。
治癒の光が薄れていく中、フェンリはゆっくりと立ち上がった。傷で濡れた外套が風に揺れ、その横顔には迷いなど一欠片もない。
まっすぐ戦場を見据えたその姿に、俺たちは自然と耳を傾けた。
「ルーナの弱点は“低すぎる体温”……それを利用します。
彼女の魔力循環は、極端な低体温に依存しているはずです。ならば――」
フェンリの金の瞳が鋭く光る。
「“熱を一定時間、彼女の傍らに置く”ことで、体温を上げて魔力制御を崩壊させることができます」
フィーニャが息を呑む。
「熱……って、でも……ただの火じゃ……」
「そうです。普通の炎では足りません。
必要なのは“高温の炎”と、それをルーナの動きについていけるほど精密に操作する魔力制御です」
フェンリは自分の胸に手を置いた。
「魔力制御は僕が担当します。ですが……問題は熱量です」
次に俺を見た。
「カイル、君はこれまでの戦闘で魔力がほとんど残っていないハズです。
次に大規模魔法を使えば、命に関わるかもしれません……」
言われて、俺は返す言葉を失った。
確かに、魔力の“底”が見えかけている感覚はある。
フェンリは続ける。
「ライガたちも火元素魔法は得意ではありません。
ですから――炎を“作る”のは、フィーニャにお願いしたい」
「わ、私……? 火元素魔法が得意って言っても、フェンリやカイルみたいに高温なものは作れないよ?」
「大丈夫です。あなたの炎はとても素直です。形を作り出すだけでいい。温度は――」
フェンリの視線が雷をまとったライガへ移る。
「ライガとジャンガの雷の“熱”で上げてもらいます。雷は衝撃だけでなく、帯電することで局所的に温度が跳ね上がる。
君たちの攻撃を加えることで、炎を高温に引き上げ、安定して維持できます」
ライガは拳を握りしめ、歯を食いしばった。
「……任せろ。雷で焼き上げるぐらい、やってやる」
ジャンガとフィーニャも強く頷く。
そこで俺は口を開いた。
「……じゃあ、俺は……何をすればいいですか?」
戦えないほど消耗しているとはいえ、ただ見ているだけは――辛い。
そう思った俺の問いに、フェンリはゆっくりと振り向いた。
そして、柔らかく、しかし揺るがぬ声音で言う。
「カイルには――見ていてほしいんです。僕たちの戦いを」
「え……何でですか?」
問い返すと、フェンリはほんの少しだけ目を伏せ、それから真っ直ぐに俺の目を見る。
「ルーナが言ったでしょう。“獣族と人族の友情なんて脆い”と」
あの冷たい声が脳裏に蘇る。
「だから……僕は証明したいんです。彼女に、僕たちの友情は、脆くなどないと」
言葉とともに、フェンリの瞳には迷いのない光が宿っていた。
その光は――怒りではなく、哀しみと、優しさが混じった色だった。
「ルーナの思想は……危険です。でも、それ以上に――彼女は”孤独”なんです。
今まで、誰にも理解されず……愛されず……きっと、ずっと一人で」
フェンリが、敵であるルーナを思いやっている。
この状況で、あれほど自分たちを痛めつけた相手を――。
胸の奥が、痛みとは違うもので熱くなった。
これがフェンリの強さだ。
怒りや憎しみではなく、優しさと信念で戦える――俺が尊敬する、仲間の強さだ。
「だから僕は、“彼女に”見せたいんです。
獣族と人族の絆を。僕たちが友達になれた……その証を」
俺は――気付けば、頷いていた。
「……分かりました。全部、任せます」
フェンリは微笑んだ。
その笑みは、どんな傷よりも胸に刺さるほど強く、美しかった。
「必ず、勝ちます。世界のために。そして……ルーナのためにも」
仲間たちは立ち上がり、それぞれの力を携えて、再び戦場へ歩み出した。
その背中は確かだった。
俺が生きてきた中で、一番――誇らしい仲間たちの姿だった。




