537話 脳筋的救済
――何も、ない。
それなのに、“ある”としか言いようのない世界。
空気も風も、重力の感覚さえも存在しない。
アルトリーナは、ただ”思考”という名の泡の中に漂っていた。
それでも、確かに感じた。
前に“何か”が現れた。
――視覚を奪われたはずの自分が、“見えている”。
闇の中に、ぼんやりと光が生まれた。
光の輪郭が滲むように広がり、やがて人の形を結ぶ。
それは――子供たちだった。
七人。
年の頃は十代前半。
見慣れぬ服を着ていた。どれもこの世界では見たこともない、奇妙な素材と形の衣服。
金属のように光る黒い布、複雑な模様が縫い込まれた上着。
それなのにどこか貧相で、幼さが残る顔つき。
そして彼らは――泣いていた。
「ここはどこなの……」
「怖いよ……」
「家に帰りたい……」
震える声。
恐怖と混乱、そして拭いきれぬ悲しみが滲んでいた。
アルトリーナは何も言えなかった。
ただ、胸の奥に鈍い痛みを感じながら、目の前の子供たちを“見つめて”いた。
そのとき――彼らの身体から黒い靄が立ち上った。
最初は細い煙のようだったが、次第に濃く、重くなっていく。
子供たちの泣き声はかすれ、やがて掻き消されるように途絶えた。
黒煙が彼らの身体を覆い尽くし、飲み込む。
まるで心そのものを塗り潰すように。
靄が晴れたとき、そこにいたのは――。
アルトリーナが戦っていたあの”異界の子”たちの姿だった。
無機質な白の鎧。
無表情な顔。
冷たく、深淵のような漆黒の瞳。
彼らは静かにアルトリーナを見つめていた。
「お前ら……」
アルトリーナが息を呑みながら呟く。
すると、その中の一人――短髪の少年が、ゆっくりと口を開いた。
声は、無音の世界に不思議と響いた。
「ここは……“思考の世界”。
僕たちに五感をすべて奪われた人間は、必ずここに来ることになるんだって」
冷静で、どこか悲しげな声だった。
アルトリーナは無意識に口を動かした。
「お前たちは……何者だ?」
短い沈黙。
少年は、目を伏せて小さく息を吐いた。
「……僕たちはね」
その声には、かすかな震えがあった。
「別の世界の……“地球”という場所に、住んでたんだ」
アルトリーナの思考が止まった。
“地球”――聞いたこともないその響きが、まるで異物のように脳内を跳ねた。
だが確かに、その言葉の裏には“現実の重み”があった。
子供たちの無表情な瞳の奥で、かすかに涙が光った。
それはこの世界に存在するどんな真実よりも、痛切で――人間らしかった。
「……僕たちが、この世界に来たのは――ほんの偶然だったんだ」
声は震えていた。
それでも、言葉を止めようとはしなかった。
「いつものように、学校で授業を受けてた。
いつもと同じ教室。黒板、机、外のグラウンドの音――。
でもその日だけ、違ったんだ。突然、教室が“光”に包まれた」
少年の語る光景が、アルトリーナの脳裏に直接流れ込んでくる。
それはまるで、彼の記憶を“共有”しているようだった。
「光はどんどん強くなって、僕たちは怖くなった。
何が起きてるのかも分からなくて……事件か、テロかって思った。
でも、違った。
教室のドアは鍵が掛かってないのに開かなくて、窓もびくともしなかった。
逃げられなかったんだ」
――光が、アルトリーナの視界を白く塗り潰す。
記憶の中で、少年と他の子供たちが目を覆い、叫び声を上げる。
「光がもっと強くなって……目を瞑った。
次に目を開けたとき――僕たちは“宇宙みたいな場所”にいたんだ」
宇宙。
その言葉の響きが、アルトリーナには現実離れして聞こえた。
「そこには暗闇と、遠くに光る星々があった。
そして、その星々の間に、“いろんな景色”が見えたんだ。
見たこともない動物。剣を振るう人、杖を掲げて火を操る人。
山よりも大きな竜。人の顔をした獣。
……僕たちは最初、夢だと思った。
だってそんなの、現実にあるわけないって」
少年の声がかすかに笑った。
その笑みには、かすかな懐かしさと苦味が滲んでいた。
「集団催眠とか幻覚剤とか、そんな言葉を思い浮かべてた。
でも、違った。
その景色が途切れる直前に、僕たちは“見た”んだ。
――地球によく似た、けれどまったく違う星を」
その瞬間、空間がわずかに震えたように感じた。
「僕たちはそのとき、ようやく理解した。
“ああ、僕たちは今、そこに向かっているんだ”って」
少年は静かに目を閉じた。
「そして、気づいたら……雪が降る国の広間にいた。
天井が高くて、壁には金色の飾りがあって。
そこに、偉そうな髭の男がいた。
剣や槍を持った人たちが、僕たちを囲んでた」
アルトリーナの脳裏に、冷たい石の城が浮かんだ。
少年の語る声は淡々としていたが、その奥には確かな恐怖が残っていた。
「その男が言ったんだ。
“この世界に災いをもたらす六星魔王――それをすべて討ち倒せば、お前たちを元の世界に返してやろう”って」
アルトリーナの眉がわずかに動く。
六星魔王――。
それは、彼女がかつて討伐を掲げていた名でもあった。
「最初は意味が分からなかった。
何が起きたのかも分からない高校生の僕たちに、いきなり“魔王を倒せ”なんて。
冗談だと思った。
でも……そのあとで、見せられたんだ」
少年の声が震える。
「魔法。魔力。練力。
炎を放つ人、風を操る人、獣と話す人。
どれも、僕たちの知る現実じゃなかった。
……それでも僕たちは、興奮してたんだ。
本当にこんな世界があるんだって。
ずっと憧れてた“ファンタジー”の世界が、そこにあったんだって」
だが、少年の表情が次第に曇っていく。
「でも――それからが地獄だったんだ」
その言葉に、空間の温度が一気に下がった気がした。
「魔王を倒すには、“勇者”にならなきゃいけない。
そう言われて、僕たちは毎日訓練を受けた。
朝も夜も関係なく、休む時間もほとんどなかった。
体中に痣ができて、血を吐いて、それでも止めてくれなかった。
ご飯は冷たくて、味なんてしなかった。
お風呂もなくて、水を浴びられるのは三日に一度だけ」
――その日々が、どれだけ続いたのか。
「やがて国王は言ったんだ。
“勇者候補”に選ばれた者は残って鍛錬を続ける。
選ばれなかった者は自由にしていい、って。
……僕たちは、その“七人”に選ばれた」
少年の口から、深い溜息が漏れる。
「選ばれなかった子たちは泣いて喜んでたよ。
その時僕たちは思ったんだ。”いいなぁ”って」
少年の隣で、別の少女が口を開く。
声は硬く、どこか壊れかけていた。
「その日から、私たちは自由を失ったの。
毎日“人間”じゃなくなっていくのが分かった。
感情がなくなっていくのが、自分でも分かった。
でも、ある日――一人の女の人が来たの」
アルトリーナは息を呑む。
少女は続けた。
「その人の名前は……ビスマーさん」
――その名を聞いた瞬間、アルトリーナの心に冷たい衝撃が走った。
「王様でさえ逆らえない人だった。
彼女は私たちを見て、優しく言ったの。
“よく頑張ったね。もう大丈夫だよ”って。
……その言葉に、救われた気がした」
だが、その“救い”は甘い毒だった。
「確かに、訓練は終わった。
ご飯も美味しくなった。お風呂も入れた。自由に歩けた。
でも――私たちは、何かを失った。
自由よりも大切な、“何か”を。
それが何か、今でも分からない。
だけど確かに、その日から私たちはもう“自分じゃなくなった”」
少年が顔を上げ、アルトリーナをまっすぐに見つめた。
その瞳は涙を宿しながらも、氷のように冷たかった。
「だから、僕たちはここにいる。
あなたと戦っている。
……ビスマーさんに、そう”お願い”されたから」
言葉の最後に、少年の唇が震えた。
それはまるで――助けを求めるような声だった。
そして――沈黙が、落ちた。
子供たちの告白が終わった瞬間、あたりを包んでいた空間はさらに深い闇へと沈み込む。
声も、風も、鼓動の音すらも、すべてが吸い込まれたように静まり返る。
アルトリーナはただ、彼らを見ていた。
七人の子供――誰もがまだ十代のあどけなさを残しているのに、その瞳だけは、老人のように乾いていた。
無垢を失い、感情を奪われ、命令に従う機械のように。
それでも、その奥には確かに“泣いている心”があった。
アルトリーナの胸の奥が、静かに痛んだ。
彼らは何も知らずに連れてこられ、恐怖と希望の境で壊されてしまった。
そんな存在を“勇者”と呼ぶなど、どんな神の冗談だ。
「……そうか。お前たちは、“選ばれてしまった”んだな」
アルトリーナは低く呟く。
子供たちは誰も答えない。ただ、無言で彼女を見つめ返すだけ。
その沈黙の中に、全ての答えがあった。
アルトリーナはゆっくりと目を閉じた。
そして、まるで自分の中の怒りを押し殺すように、深く息を吐く。
「――かわいそうになぁ」
その言葉は、優しく、けれど刃のように鋭かった。
彼女の中で、何かが静かに決壊していた。
「わかった……私が、お前たちを助けてやるよ」
目を開けたとき、その瞳はまるで太陽のように燃えていた。
口元には穏やかな笑み。だが、その奥には炎が宿っている。
子供たちの誰かが、小さく首を横に振った。
そして、少年が悲しげに言う。
「それは……無理だよ、アルトリーナさん」
その声は、まるで死を宣告するようだった。
「あなたはもう、五感を失っている。
視覚も聴覚も、触覚も、嗅覚も、味覚も……すべて。
今、こうして僕たちの言葉を“感じている”のは、意識だけなんだ。
現実世界のあなたは、もう身体を動かせない。
心臓も、きっともう止まりかけてる」
彼の言葉とともに、空間の闇が波打つ。
アルトリーナは自分の手を見た。
そこには、確かに“指先の感覚”がなかった。
ただ光の残滓のような形だけが、かろうじて存在している。
「このままじゃ、あなたは――」
少年の声がわずかに震えた。
目の奥に、消えかけた哀しみが灯る。
「生きているのか、死んでいるのかも分からないまま、思考だけが闇に沈んでいくんだ。
何も感じられず、何も考えられなくなるまで、ゆっくりと……」
それは、死よりも残酷な“終わり”の形。
存在が、思考が、少しずつ削れていく。
やがて“自分”という輪郭すらも、闇に溶けて消える。
――それが、彼らが見た現実。
そして、今のアルトリーナの運命。
しかし、アルトリーナは――笑った。
くすり、と。
まるで死を前にした者とは思えないほど、朗らかに。
「……ハッ。何を言うかと思えば」
彼女はゆっくりと顔を上げる。
その表情には、恐れも絶望もなかった。
あるのはただ――生の炎。
「私を舐めんなよ……?」
声が、闇を震わせる。
その瞬間、彼女の周囲にかすかな光が生まれた。
まるで、死にゆく心に再び灯がともるかのように。
「私は――お前らが血反吐を吐いてもなれなかった“勇者様”だぞ?」
その笑みは挑発的で、どこまでも強かった。
闇の中で、アルトリーナの身体が微かに輝き始める。
消えゆく命が、最後の瞬間に燃え上がるように。
子供たちが息を呑んだ。
その光景に、彼らの中の“何か”が確かに揺れた。
かつて憧れ、夢見た“勇者”の姿が、そこにあったから。
――アルトリーナ・ペンドラゴン。
五感を失い、肉体を失い、それでもなお“希望”を掲げる勇者。
彼女の瞳が、七人を見据える。
その輝きは、神々ですら畏れを抱くほどに強かった。
「さあ、見せてみろ。
お前たちが失った希望ってやつを。
私は、最後まで抗ってやる。命の意味ってやつをな」
その言葉が響いた瞬間、闇が――わずかに、光を帯びた。
――そして、現実世界では。
冷たい風が吹き抜ける廃墟のような戦場で、時間が止まったように静寂が訪れていた。
アルトリーナ・ペンドラゴンはそこに立ち尽くしていた。
白銀の鎧はひび割れ、剣はその手から滑り落ち、石の地面に硬い音を立てて転がる。
その音にさえ、彼女は反応しなかった。
目は開いている。だが、その瞳には焦点がなく、光の一片も宿っていない。
口はわずかに開き、微かに白い息を漏らすだけ。
ただ――生ける屍のように、そこに“在る”だけだった。
そんなアルトリーナを、七人の子供たちは静かに取り囲んでいた。
白い鎧の擦れる音だけが、戦場の空気を震わせる。
少年が一歩、前へと進み出た。
その手には剣。だが、その光はどこか悲しげに揺らめいていた。
「もう……終わりだよ、アルトリーナさん」
少年の声には、勝利の響きはなかった。
まるで“これ以上苦しませたくない”とでも言うように、痛みを含んでいた。
彼が剣を振り下ろそうとした、その瞬間――。
ボウッ――と、風を裂くような音とともに、アルトリーナの身体が光に包まれた。
それは炎ではなかった。
だが、確かに火のように、ゆらり、ゆらりと揺れている。
白い光が、彼女の髪を、鎧を、肌を包み込み、形を変える。
その光景に、少年が思わず息を呑んだ。
「……なんだ、これ……?」
次の瞬間、子供たちは“奇跡”を目撃した。
――剣を、拾い上げた。
指が、ゆっくりと動いた。
まるで、眠りから覚めるように。
そして、光を纏ったアルトリーナの手が、地面に落ちた剣を再び握り締めた。
少年の瞳が大きく見開かれる。
「あ、ありえない……!!」
その声は恐怖と驚愕の入り混じった叫びだった。
だが、アルトリーナはもう聞いちゃいない。
気づけば、彼女の姿が消えていた。
「――ッ!?」
次に少年の視界に映ったのは、アルトリーナの足――その膝が、彼の胸元を貫く寸前の光景だった。
轟音が響く。
少年の剣が粉々に砕け、胸当てが弾け飛ぶ。
彼の身体が地面を転がり、土煙が舞い上がる。
「うわっ!!」
悲鳴とともに尻もちをつく少年。
彼は苦しげに息を整えながら、目を見開いた。
「あ……れ……?」
手のひらを見つめる。
剣を握っていた感覚が――ない。
代わりに、温かいものが胸の奥に灯っていた。
「僕……一体……何を……」
その呟きの途中で、少年は気づいた。
目の前のアルトリーナの瞳――光を失っていたはずの右目が、淡く輝いていることに。
その瞳は、まっすぐに彼を見ていた。
まるで“そこにある魂”を確かめるように。
アルトリーナは一瞥すると、顔を上げた。
残る六人の子供たちが、息を呑んで剣を構える。
――次の瞬間。
白い光が閃き、風が裂けた。
アルトリーナが駆ける。
疾風が大地をえぐり、砂塵を巻き上げ、音が追いつかない。
その動きは、もはや“剣士”ではなかった。
まるで雷光。いや、“生きる意思”そのものだった。
剣が弾け、鎧が砕ける。
彼女の蹴りと斬撃が、三人を吹き飛ばした。
彼らの白い鎧が音を立てて割れ、光が溢れ出す。
残る三人が、歯を食いしばってアルトリーナを睨んだ。
怒りと恐怖、そして――涙。
アルトリーナはふぅ、と深く息を吐いた。
その吐息には、確かな“温度”があった。
彼女の耳が風の音を拾い、目が光を捉える。
嗅覚が血の匂いを、空気の湿度を感じ取る。
「――なんとか、見えるようになったみてぇだな」
アルトリーナはぼそりと呟き、構えを取る。
剣先が、三人の少年少女へと向けられる。
その表情は、怒りでも嘲笑でもなかった。
戦士が誰かを救うときにだけ見せる、優しい笑み。
「今助けてやるからな」
地を踏みしめ、彼女は一歩、前へ出た。
白い光が、剣先に集まり、ゆらめく。
「もう少しの辛抱だ――」
その声は静かだった。
だが確かに、“救済”の響きを帯びていた。
風が吹いた。
その瞬間、アルトリーナの背に、かつての“勇者”の影が重なっていた。
白い光が消え、静寂が場を包んでいた。
アルトリーナは息を荒く吐きながらも、剣を下ろすことなく残る三人を見据えていた。
「ま、まだ……終わりじゃない……!」
少女のひとりが震える腕で剣を構える。だがその刃先は、恐怖に震え、定まらない。
アルトリーナはゆっくりと一歩を踏み出した。靴底が地面をこすり、冷たい音を響かせる。
「――安心しろ。すぐ終わらせてやる」
次の瞬間、空気が裂けた。
アルトリーナの姿が一瞬で消え、風だけが残る。
三人の少年少女が反応するよりも早く、彼女の蹴りが、斬撃が、音のように走った。
甲高い音と共に、一人目の剣が真っ二つに砕け、続く衝撃で鎧の胸部がへこむ。
「ぐっ……!」
二人目が叫ぶよりも早く、アルトリーナの踵が彼の腰にめり込み、吹き飛ばした。
最後の一人が恐怖と本能に任せて剣を突き出すが、その動きは遅い。
アルトリーナは体をわずかに傾け、その剣を腕で払うと、柄の根元を蹴り砕いた。
カラン……と音を立てて、最後の剣が床に転がった。
残る三人はその場に崩れ落ち、息を荒げてアルトリーナを見上げた。
一方のアルトリーナも膝に手をつき、呼吸を整えていた。額から流れ落ちる汗が、白い光の余韻を映して揺れる。
「……どうして……」
最初に口を開いたのは、最初に鎧を砕かれた茶髪の少年だった。
「どうして動けたの? 五感は、全部失ってたはずなのに……」
アルトリーナは目を細め、鼻で笑った。
「あ? 知らねえよ。ただ、こう動けばお前らの”鎧を砕ける”と思っただけだ」
そのあっけらかんとした答えに、七人は互いに顔を見合わせる。
しばし呆然としたあと、ぽつりと誰かが吹き出した。
「……ふ、ふふっ……」
「ちょ、ちょっと待って、今の、勘で戦ってたの?」
「脳筋すぎるでしょ!」
堪えきれず、子供たちが笑い出す。涙と嗚咽が混じった笑い声が、静まり返った祠に反響した。
「お、おいおい……お前らどうした急に。気持ち悪ぃぞ」
アルトリーナが眉をひそめると、茶髪の少年が涙を拭いながら言った。
「いえっ……だって、あの状況で“動けば砕けると思った”って……流石に脳筋すぎますって……!」
「馬鹿言え」
アルトリーナは小さくため息をつき、拳で少年の頭をこつんと軽く小突いた。
「私がただの力任せに見えんのか?」
その言葉に、少年たちの笑みが少し和らぐ。
だが、次の瞬間、ふと全員の表情が陰った。
「でも……どうして、私たち……あなたと戦ってたんでしょう」
少女の一人がぽつりと呟いた。
その声には、記憶の靄をたぐるような迷いがあった。
アルトリーナは一拍置いて、静かに答えた。
「お前らの鎧から、嫌な魔力を感じたんだ」
その声は低く、どこか確信に満ちていた。
「おそらく、あの鎧には何らかの魔法が刻まれてた。多分催眠系だな。
思考を縛り、私を敵だと錯覚させる類いの」
子供たちは目を見開く。
「じゃあ……僕たちは……」
「ああ。お前ら自身の意志じゃなかったんだろう」
アルトリーナは剣を地面に突き立てながら、ゆっくりと立ち上がった。
「だから、鎧を砕けば、解けると思った。それだけの話だ。
まさか本当に上手くいくとは思わなかったがな」
その言葉に、三人の子供たちは俯き、震える唇を噛んだ。
やがて、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
「……ありがとうございます……アルトリーナさん……」
「僕たち……ずっと……ホントは苦しくて」
アルトリーナは無言で彼らを見つめた。
その目には、先ほどまでの光の残滓が淡く宿っていた。
「礼なんざいい。……ほら、立て」
ぶっきらぼうに言いながらも、アルトリーナは手を差し出す。
その手を見て、子供たちは泣きながら笑い、順にその手を取った。
かすかな光が、一人の勇者と七人の子供たちを包み込むように揺らめいていた。




