533話 巨人VS巨人
天地を震わせる轟音が、戦場の空を引き裂いた。
砕けた岩と焦げた大地の中央で、二つの巨躯が拳を交えていた。
どちらも巨人族。
高さ三メートルを超す体躯に、鋼のような筋肉が波打つ。
だが、その眼光はまるで違っていた。
一方は、怒りと悲しみを宿す――ロガン・ハート。
もう一方は、静かな狂気を宿した――ロック・デヴァン・ハート。
同じ血統の名を持ちながら、立つ陣営は真逆。
“勇者”と“殺戮者”。
今まさに、その運命が拳で語られようとしていた。
ロガンの巨腕が風を裂く。
その一撃だけで、空気が爆ぜ、周囲の岩肌が弾け飛ぶ。
ロックはその拳を正面から受け止めた。
両者の拳がぶつかった瞬間、大地が割れ、地鳴りが轟く。
「ロック……! 貴様、本気なのか!?」
ロガンの咆哮が空を震わせた。
「“戦争の恐怖”を忘れたのか!?
巨人族が……なぜビスマーの側へ付く!?」
だが、ロックは沈黙したまま。
表情を動かさず、ただ静かに息を吐く。
そして、次の瞬間。
重い拳が、雷鳴のようにロガンの顔面を打ち抜いた。
ロガンの身体が巨岩に叩きつけられ、岩壁が崩壊する。
土煙の中から、ロガンがゆっくりと姿を現した。
鼻から血を流しながらも、瞳はまだ死んでいない。
「……答える気はないのか」
ロガンは地を蹴った。
その足跡が陥没し、轟音と共に巨体が跳ぶ。
光が走る。
ロガンの拳に、眩い光魔法が纏われた。
「なら、答えさせるまでだ――ッ!!!」
渾身の拳が、ロックの腹にめり込む。
拳が食い込み、光が閃き、空気が一瞬、真空になった。
それは、自らの腕を犠牲にする覚悟の一撃。
骨が軋み、筋肉が裂けても、ロガンはその拳を離さなかった。
――だが。
ロックは動かない。
腹に拳をめり込ませたまま、微動だにせず。
そして、ゆっくりと、口角を上げた。
「お前の攻撃なんて……オレには痛くも痒くもない」
その声は低く、地の底を這うように冷たい。
次の瞬間、ロックの手が動いた。
腹にめり込むロガンの腕を、がっしりと掴む。
鉄よりも硬い握力。骨が軋む音が響く。
ロガンの額に汗が滲む。
「ッ……!」
ロックはもう片方の腕を、ゆっくりと持ち上げた。
その拳には、鈍く黒い気配――”闇”が宿っている。
「“戦争の恐怖を忘れた”……だと?」
ロックの瞳が燃えた。
炎ではない。凍りつくような、歪んだ光。
「逆だ。オレは……”オレたち”は、あの恐怖を知っているからこそ、強くならなければならない」
拳を握る音が、爆ぜるように響く。
ロックの声が、まるで神託のように静かに落ちた。
「戦争は……一人の“強者”が、さらなる力を求めるから生じる。
なら、その強者に対抗するにはどうすればいい?」
ロガンの目が見開かれる。
答えを悟り、怒りが走る。
だが、それより早く――ロックが答えた。
「答えは一つだ。
強者をこの世から“消す”。
――“強者のいない世界”を創るしかない」
ロガンの胸に冷気が走る。
「それは……」
「――それは、“すべての人間が対等な世界”だ。
あの女……ビスマーの理想は、オレの思想と似ていた。
だから手を組んだ。それだけだ」
拳が振り下ろされた。
山が砕け、空が悲鳴を上げた。
ロガンは片腕でそれを受け止める。
火花が散り、土が舞う。
巨人同士の衝突は、まるで天地が争うかのようだった。
――二人の咆哮が重なる。
ロガンは、かつての戦争をただ”知るだけ”者。
しかし、ロックは――。
同じ種族、同じ血を分けながら――“平和”を願う道が、正反対だった。
拳が再びぶつかり、衝撃波が周囲の岩を粉砕する。
空が裂け、地が沈む。
戦場に、巨人族の誇りが咆哮した。
拳と拳がぶつかるたび、雷鳴にも似た音が響く。
砂塵が舞い、空気が震え、地が軋む。
巨人族同士の戦い――それは、まるで世界そのものがぶつかり合っているかのようだった。
ロガンの拳が唸りを上げる。
光魔法を纏った一撃がロックの頬をかすめ、地平に閃光が走った。
だが、ロックは微動だにしない。
逆にその巨腕を振り抜き、ロガンの腹をえぐる。
鈍い衝撃が響き、ロガンの体が数十メートル後方に吹き飛ぶ。
地に転がりながらも、ロガンは立ち上がる。
血が滴り、吐息が白く滲む。
「ハァ……相変わらず、すごい力だ……!」
「戦場で無駄口を叩くと死ぬぞ」
ロックがゆっくりと歩み寄る。
その足音一つで地が沈む。
ロガンは拳を握り直しながら睨みつけた。
「お前はあの戦争を見たこともないから、そんな甘い考えで“戦争”を語れるのだ」
ロックの低い声が、静かな空気を切り裂いた。
その言葉に、ロガンの眉が動く。
「……まるで、貴様は“違う”と言っているようだな」
ロガンの問いに、ロックは立ち止まり、視線を落とした。
その瞳に宿るのは、深い闇――そして、どこかに消えぬ痛み。
「あぁ、そうだ」
ロックは呟くように、だが確かに言葉を吐いた。
「オレはお前とは違う。オレは、この“現代”に唯一存在する、千年前の人巨戦争の生き残りの巨人族だからな」
――風が止まった。
その場の空気が、凍りつくように静まり返る。
「……何だと?」
ロガンの拳がわずかに震えた。
理解が追いつかない。
「そんな馬鹿なことが……千年前の戦争を、お前が経験しただと?
巨人族の寿命は長くても二百年……記録されている最長でも二百十七歳。
どうやって千を超える時を生きたって言うんだ!?」
ロックは薄く笑った。
その笑みは、悲しみと嘲りを混ぜたような、歪な笑みだった。
「あぁ、そうだな。
“普通”の巨人族なら、そんな長生きはできない」
ロガンの目が細くなる。
「……普通だと?」
「オレは――巨人族と、長寿種である耳長族の混血なんだよ」
その言葉に、ロガンの表情が固まる。
耳長族――長寿の民。
数百年、時に千年を超えて生きるとされる種族。
その血が混じっていれば……あり得る。
だが、それは同時に“異端”を意味した。
ロックは拳を下ろし、空を見上げた。
千年前の空を、今も焼きつけているように。
「……あの時、オレたちは穏やかだった」
ロックの声は、風の中に滲んでいく。
「自然を敬い、命を慈しみ、争いなど無縁の種族だった。
だがある日、ある人族の国が言った。
“巨人族は神の四肢を持つ。神の力を秘めた存在だ”とな」
ロガンは息を呑んだ。
「……神の四肢」
「そうだ。
巨人族の腕と脚には“神の力”が宿る――そんな馬鹿な噂だ。
人族はその力を恐れ、そして、欲した。
そして始まったのが“巨人狩り”だ」
ロックの拳が震えた。
地が微かに鳴る。
「何の罪もない同胞たちが、子供たちが、狩られた。
オレたちは、力を持ちながらも、それを使うことを知らなかった。
戦うことすら、躊躇っていた“弱者”だったんだ」
その声には、怒りではなく――哀しみが混じっていた。
「だが、殺され続ければ誰だって怒る。
オレたちは、武器を取った。
それが――“人巨戦争”だ」
ロガンは拳を握る。
ロックの瞳が、過去の地獄を映すように燃えていた。
「だが、オレたちは敗れた。
戦いに慣れていなかったあの時代の巨人族は、『崩界の加護』を持つ”エレメト家”によって壊滅した。
あいつらは……強かった。
ただ、あまりにも――強すぎた」
ロガンは息を詰まらせた。
その名を、つい先ほどレオンが戦っていた敵と重ねていた。
「オレは……何人かのエレメト家の人間を殺した。
だが、片脚を奪われ、戦場に倒れた。
それでも……生き延びた。
耳長族の血が、オレを生かした」
ロックは静かに手を見つめた。
戦場の血を、今も洗い流せていないように。
「そして、オレは悟った。
“強者”がいる限り、戦争は終わらない。
“強者”がさらなる力を求める限り、弱者は巻き込まれ続ける。
戦いたくない者が、戦わされる――それが戦争だ」
ロガンは拳を下ろせなかった。
その言葉が、まるで正論のように胸を打ったからだ。
「だから、オレはこう考えた。
力こそ悪。平等こそ正義。
誰もが等しく“獣”である世界こそ、真の平和だと」
ロックの目が、まっすぐロガンを射抜く。
「獣族だけの世界は、それを体現してくれると思わないか?」
ロガンはしばらく沈黙していた。
血にまみれた拳を見つめ、ゆっくりと顔を上げる。
「……貴様の言葉には、確かに理屈がある。だが、それでも……」
ロガンの眼光が燃えた。
「弱さを理由に、強さを憎む奴に、真の平和は掴めない!!!」
拳が再びぶつかり、天地が轟いた。
――信念と信念が、今、火花を散らしてぶつかり合う。




