49話 目を背けたくなるような
『ヨルの館』にノアがいるかもしれないという情報を得て、待機していたカリーナたちに急いでそれを伝えた。すぐに館へ向かうことを決意し、俺たちは再び夜霧通りを進み始める。
道中、やはり子どもだけの俺たちは目立っていた。
時折、通りを行き交う商人や怪しげな男たちが近寄ってきては取引を持ち掛けてくる。特にライガたち獣族を狙う輩もいて、俺はそれを遮るように彼らを遠ざけた。
もう、あんな光景をライガたちに見せるわけにはいかない。彼らは俺とは違い、本当に子どもなのだから。
「おい、おめえら、こんなところで何してる?」
目の前に現れたのは、これまでよりもはるかに大柄な男だった。筋肉質な体に傷跡が目立つ。俺たちをじっと睨みつけるその目には、明らかに警戒心が見て取れる。俺は息を飲みながらも冷静さを保とうと努めた。
「迷ってしまっただけです。すぐに引き返しますから。」
俺がそう言うと、男はしばらく俺たちを見つめた後、ため息をしながら道を譲った。
「気をつけな。ここは子どもが遊び半分で来る場所じゃねぇぞ。」
男が去った後、俺たちは再び歩き始めた。
夜霧通りの奥へ進むにつれて、人影は少なくなり、周囲の空気はどんどん重くなっていく。
薄暗い路地を抜けた先に、ようやく目指していた建物が見えてきた。
それは、ひときわ目立つ異様な建物だった。
壁は赤い石でできており、屋根は真っ黒なレンガ。ところどころに苔やヒビがあり、古めかしい雰囲気を醸し出している。
建物の前には『ヨルの館』と書かれた看板が立てられており、見る者に威圧感を与えるような佇まいだった。
「ここが……ヨルの館ですか……。」
フェンリが唇を震わせながら呟いた。彼の声には緊張がにじんでいた。
周囲を見渡すと、皆の顔に恐怖や不安が浮かんでいるのが分かる。ここまで来てしまった後悔の色すら見て取れた。しかし、一人だけ違う表情をしている者がいた。
カリーナだ。
彼女は怒りに燃えた瞳をし、今にも館へ突っ込んでいきそうな勢いだった。拳を強く握りしめ、抑えきれない感情を全身で表している。
「待ってください、カリーナさん。まだ突入するには早いです。」
俺がそう言うと、カリーナは眉をひそめながら振り返った。
「早い? ノアがこの中でどんな目に遭っているか分からないのよ! 一秒でも早く助けに行かなきゃ!」
「その気持ちは分かります!でも、俺たちが慌てて入って、全員やられたら、ノアを助けるどころか俺たちも死にます!まずは作戦を立てましょう。」
カリーナはしばらく俺を睨みつけていたが、やがてため息をついて拳をほどいた。
「分かったわ。でも、悠長にしている時間はないわよ。」
「ありがとうございます。みんな、まずは周囲を調べて、この館の構造を把握するところから始めましょう。」
俺たちは建物の周囲を慎重に調査し始めた。目立たない裏口や、壁の隙間、何か手がかりになりそうなものを探しながら、ノアを助ける方法を考える。そして、その探索の中で、俺たちは驚くべきものを見た。
一見ただの倉庫や物置に見える小さな建物の扉を開けると、そこには地下へと続く階段があった。
隠し部屋だ。階段の先からは鉄や獣の臭いが充満しており、むせ返るような空気だった。
「気をつけて進みましょう。」
俺たちは警戒しながらも階段を下りていく。
一段ごとに、鉄や獣の臭いが強くなり、胸を締め付けるような嫌な感覚が増していく。
やがて階段を降り切ると、目の前には無数の鉄の檻が並んでいた。
その中には、おびただしい数の獣族の子どもたちが閉じ込められていた。
彼らの身体には痛々しい傷が走り、ロクに食べ物を与えられていないのか、酷く痩せ衰えていた。疲弊しきった顔からは、生気も希望も感じられない。
「こ……れは……。」
フェンリが言葉を失い、目を見開いていた。
俺は牢の中にいた一人の猫族の女の子と目が合った。彼女の目には光がなく、完全に希望を失った表情をしている。
それは俺がかつて何度も目にしてきたものだった。あの目を見て、胸の奥で何かが軋むような感覚がした。
「ここにいる獣族たちを助けましょう。」
俺は皆に提案した。
その言葉にフェンリやライガ、ジャンガ、フィーニャなどの獣族の仲間たちはすぐに賛同したが、カリーナだけは冷静だった。
「無理よ。この数を一斉に助け出すのは現実的じゃないわ。」
彼女の冷たい言葉に、俺たちは思わず黙り込む。だが、その通りだった。
「な、なら見捨てるっていうのかよ!?こんなのを見て、何も思わねえのかよ!」
ジャンガが声を荒げる。
「なら、ノアはどうするの?ここにいる名前も知らない獣族を助けて、もしその間にノアが別の場所に移動されたら?一生ノアの居場所が分からなくなるわよ。」
カリーナの冷静な指摘にジャンガは言葉を失った。彼女の言葉は正しい。俺たちは今、この状況で最善の手段を取らなければならない。
「ノアを助け出した後、街の警備隊にこのことを伝えましょう。」
俺は新たな提案をする。
「相手の都合を逆手に取るんです。今はまずノア一人を助けに行き、そのまま警備隊のもとへ行く。そして、この場所を警備隊に伝え、ここにいる獣族たちを救ってもらう。これだけの人数を移動させるのには時間がかかるはずです。」
俺の提案にカリーナはしばらく目を細めて考えた後、やや不機嫌そうに頷いた。
「分かったわよ。それならまだ現実的ね。」
俺は先ほど目が合った猫族の女の子の方を向き、できるだけ優しい声で語りかけた。
「君、名前は?」
しばらくの沈黙の後、彼女は震える声で答えた。
「・・・レア。」
「レア、少しだけ待ってて。必ず君たちを助けに戻ってくる。」
俺の言葉に彼女は反応しなかったが、微かにまぶたが揺れたように見えた。
それでも、彼女が目をそらさず見つめ続けてくれていることが救いだった。
俺たちは獣族たちを後にして、慎重に館の周辺を探索した。
そして奥まった場所に隠された扉を見つけた。それは鉄板で覆われ、鍵がかかっている。
「ここが怪しいわね。おそらくノアはこの先にいるわ。」
カリーナが小声で言う。
「どうやって開ける?」
ライガが低い声で尋ねる。
「任せて。」
カリーナはポケットから小さな金属の道具を取り出した。それはピッキング用の道具だ。
「それ、どこで――」
俺が驚いて尋ねると、彼女は無表情で答えた。
「貴族の仕事は広いのよ。少なくとも、こういうことを学ぶくらいにはね。」
数秒後、鍵が外れる音がして扉が開いた。
「行きましょう。」
俺たちは通路を進むと、奥からかすかな声が聞こえてきた。それは女の子の怯えた声だった。
「ノア……!」
胸が高鳴る。声の主がノアであることを願いながら、俺たちは急ぎ足でその先へ進んだ。そして突き当たりの部屋で、ノアが鎖に繋がれて座り込んでいるのを見つけた。
「ノア!」
俺が声をかけると、彼女は驚いたように顔を上げた。その瞳が俺たちを認めた瞬間、彼女の目に涙が溢れた。
「カイル……? なんで…ここに?」
彼女の震える声に俺たちは決意を新たにした。この場からノアを連れ出し、再びあの獣族たちを救うために動かなければならない。
しかし、その時だった。背後から足音が響き、俺たちの背筋が凍りつく。振り返ると、黒いフードで顔を隠した男が立ちはだかっていた。手には長い剣が握られ、その冷たい視線が俺たちを見下ろしている。
「…ここで何をしている?」
緊迫した空気がその場を包む。俺たちは息を呑み、次の行動を考えた。




