47話 突然の危機
翌日、いつもと変わらず早めに学園に到着した俺は、担任のフリークス先生が来るまで、フェンリやライガと雑談をしていた。
迷宮探索での戦いから1か月、クラスにも日常が戻ってきているように見えた。
「次の迷宮探索の予定っていつなんだろうな?」
ライガが興味津々に尋ねてくる。
「まだ聞いてませんが、たぶん近いうちに何か指示があるでしょうね。」
俺がそう答えると、フェンリが冷静な口調で補足した。
「前回の件で何か変化があったなら、新しい注意事項が増えるかもしれませんね。」
そんな何気ない会話をしていると、教室の扉が勢いよく開いた。フリークスが、いつもより20分も早くやってきたのだ。
「え?今日は早いんですね、フリークス先生。」
誰かが驚いたように言ったが、俺はすぐに違和感を覚えた。フリークスの顔は汗でびっしょりだ。普段の呑気な態度とはまるで違う緊張感が漂っている。
俺たちがその様子に戸惑っていると、フリークスが口を開いた。
「お前らに伝えなきゃならないことがある……。」
(なんだ?真剣な顔をして、一体何の話だ?)
フリークスの視線が教室全体をゆっくりと見渡す。
「このクラスの生徒、 ノア・グレンリーフが昨日から行方不明らしい。」
その言葉が教室に響いた瞬間、俺は思考が一瞬止まった。
「え……?」
周りのフェンリやライガも、信じられないという表情で固まっている。
「昨日の夜、 グレンリーフが帰ってこないことを心配したご両親が学園までの道を探してみたらしい。すると、カーヴァイン通り付近で グレンリーフのものと見られる鞄が見つかった」
フリークスは懐から一枚の紙切れを取り出し、それを見せた。
「鞄のそばにはこれが落ちていたそうだ。」
紙切れには、赤い文字でこう書かれていた。
『獣族は至高なり ビスマー』
その言葉を目にした瞬間、俺の中にあった嫌な予感が確信に変わった。
「この文字は、ビスマーのもので間違いないらしい。つまり――グレンリーフは魔獣使いのビスマーに誘拐されたってことだ」
教室に沈黙が訪れる。誰もが言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。
(……なんで?)
その静寂を破ったのは俺だった。
「なんでよりにもよってノアなんですか!?」
心臓が暴れるように鼓動し、血が沸騰する感覚がする。
「カイル、落ち着け!」
ライガが声をかけたが、俺の体はもう動いていた。
「待て!ブラックウッド!」
フリークスの制止の声を振り切り、俺は教室を飛び出した。
学園を飛び出した俺は、闇雲に街中を走り回った。ノアの姿を探して、必死に周囲を見渡す。
「ノア!どこにいるんだ!」
声を張り上げても返事はない。
疲れが限界に達し、ついに俺は足を止めた。荒い息を整えながら、混乱した頭の中で必死に考える。
(なんでだ……なんでノアなんだ……?)
あの赤い文字のメッセージが脳裏をよぎる。
「獣族は至高なり」
ビスマーの目的が分からない。だが、ノアが獣族であることが関係しているのは間違いない。
「カイル!」
遠くから俺を呼ぶ声がした。振り返ると、フェンリ、ライガ、そして話を聞いたのか、カリーナが駆け寄ってくる。
「ったく、勝手に飛び出すなよ!」
ライガが息を切らしながら叱る。
「一人で何とかしようとする癖、いい加減に直しなさい!」
カリーナが腕を組んで睨みつける。
「……すみません。」
俺は素直に頭を下げた。仲間たちの顔を見て、少しだけ冷静さを取り戻す。
「カイル。」
フェンリが静かに言った。
「今は無闇に動き回っても仕方ありません。まず情報を集めましょう。」
「そうね、最後にノアを見た人がいるかもしれないし。」
カリーナが続ける。
「ビスマーがどこにいるのか、”皆で”手掛かりを探さないと。」
「ノアは絶対に助けます!」
俺は拳を握りしめて言った。
(どんなことをしてでも、必ず――。)
仲間たちも力強く頷いた。俺たちはノアを探すために情報収集に動き始める。迷宮探索以上の危機が待っているかもしれないが、迷いはなかった。
そして、俺たちは授業そっちのけでノアやビスマーの情報収集に没頭していた。
ノアが攫われたという事実を受け入れるのは、誰にとっても簡単なことではなかった。
クラスメイトたちも心配そうにフリークスの話を聞いていたが、行動を起こしているのは俺たちと数名の友人たちだけだった。
そんな中、フィーニャやジャンガたちが合流してくれた。
「大事な友達が攫われたんだ!俺たちも手伝うぜ!なぁフィーニャ!」
ジャンガのその言葉に、普段はどこかやる気のないフィーニャも、珍しく力強く頷いた。
「こういう時くらい本気出さないとね。ノア、無事だといいけど……。」
その言葉に俺たちは小さく頷き、それぞれの表情から焦りと心配が滲み出ていた。フェンリが静かに口を開いた。
「ノアは……とても優しい方ですからね。あんな形で姿を消すなんて、絶対におかしいです」
彼の言葉には冷静さを装った裏に、かすかな怒りと悔しさが滲んでいた。
ライガも拳を握りしめ、
「こんな時に俺がもっと強かったら……ビスマーとかいう奴に好き勝手させやしないのに!」
と、地面を睨みつけている。
俺も同じだった。気持ちばかりが先走って、次に何をすべきか頭がまとまらない。自分の無力さが歯がゆい。だけど、ここで手を止めるわけにはいかないんだ。
俺たちは一応、街の警備隊にもビスマーの情報が入っていないか尋ねに行った。しかし、対応は冷たかった。
「ガキの遊びに付き合ってる暇はないんだ、そんなことよりお前らあの学園の生徒だろ?授業に戻れ。」
警備隊の男は書類を乱雑に片付けながらそう吐き捨てた。
俺はその対応に怒りが湧き上がり、机を叩きそうになったが、ぐっとこらえた。こんなところで騒ぎを起こしても、何の解決にもならない。それどころか、ノアを見つけ出すための時間を無駄にしてしまう。
「……行きましょう。」
短くそう言って、俺たちは警備隊の建物を後にした。
その後、街中をさらに調べ回る中で、俺たちは一人の老人に出会った。彼は昨日の晩、学園の制服を着た獣族の女の子を見たという。
「特徴を教えてくれませんか!」
俺たちは食い気味に問いただす。その老人は驚いた様子だったが、少し考えてから話してくれた。
「確か、茶色い髪で、獣族独特の耳を持った子だったな。明るくて笑顔が似合いそうな子だったよ。だが、その子が最後に見えたのは、学園からの帰り道じゃなくて……夜霧通りに向かう道だった。」
夜霧通り。
その名前を聞いた瞬間、俺たちの背筋が凍った。
奴隷市場や闇市などが蔓延り、この街で最も危険と言われる場所だ。街の住民ですら近づくことを避ける、忌まわしい場所――そこにノアがいたのかもしれない。
「夜霧通りだと……あのノアが、どうしてそんな場所に!」
ライガは怒り混じりの声を上げた。ジャンガも肩を震わせながら、息を呑む。
「そんな……まさかノアがあんな場所にいるなんて……!」
フェンリは目を閉じ、沈んだ声で言った。
「もしビスマーが本当に関与しているのなら……ノアは、奴隷として売られるか、もしくわ……。」
その言葉に、全員が青ざめた。ノアの笑顔が頭に浮かぶ。元気に笑って、俺たちを励ましてくれたあの笑顔が、暗闇の中で失われようとしているのかもしれない。
「……そこに行きましょう。」
俺は重い空気の中、口を開いた。
「ノアがどんな状況にあるかはわかりません。でも、俺たちが動かなきゃ、誰もノアを助けてくれない!」
「カイルの言う通りね。」
カリーナが力強く頷いた。
「ノアを助けに行くわよ。あの子は私たちの仲間なんだから!」
全員が無言で頷き、夜霧通りへ向かう覚悟を決めた。




