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471話 信頼とは何か

「あーだこーだ考えてもしゃあねぇ! 他の策を考えようぜ!」


 重たい空気を吹き飛ばそうと、ライムが声を張り上げる。


「ごめんなさい……私がそこまで考えられていれば……」


 アルマは肩を落とし、俯いたまま自分を責めるように呟いた。


「いや、アルマ君が謝ることじゃない!」


 ライムは即座に言い返す。その声にはいつもの豪快さと、仲間を気遣う熱が混ざっていた。


「そもそも君がいなかったら、ここまで完璧な作戦は立てられなかった! 

 んなもん、失敗の内に入んねぇって!」


 力強い言葉。しかし、アルマの胸中に広がる影は消えなかった。

 ――普段の自分なら絶対にしないはずの見落とし。

 魔力切れ寸前で思考力が鈍っていた? それはただの言い訳だ。


「私が、ミスをするわけにはいかないのに……」


 その責任感が、冷たい鎖のようにアルマの心を締め付けていく。


 そのとき――。


「チッ……」


 牢の奥から鋭い舌打ちが響いた。一同の視線が一斉に向かう。

 そこに立っていたのは、腕をだらしなく下げ、不機嫌そうに睨みつけるアルトリーナだった。


「本当に……世話の焼ける奴だ」


 吐き捨てるように呟きながら、彼女はゆっくりと立ち上がる。

 そして迷いなく歩み寄り、アルマの目の前で立ち止まった。


「ちょ、アーサーちゃん?」


 アリサが不安げに声を上げる。しかしアルトリーナは視線を逸らさず、鋭く問うように言った。


「お前……私たちをなんだと思ってんだ?」


 その言葉に、アルマは顔を上げた。

 揺れる瞳で、絞り出すように呟く。


「仲……間だと、ようやく”思えるよう”になったわ」


 アルマの答えに、アルトリーナはわずかに眉を吊り上げ、大きく声を張った。


「あぁ、そうだ。私らは”仲間”だ。不本意だがな」


 その声は、怒りというよりも苛立ちに似ていた。

 彼女は一息置き、吐き捨てるように続ける。


「……だがな、私らは”仲間同士”である以前に”個々の勇者”なんだよ」


 鋭い指先で自分を指し、そして周囲を示す。


「お前、考えが及ばなかった自分のせいで、私らが危険な目に遭う……とか思ってんだろ」


 図星だった。アルマは無意識にローブの裾を握りしめる。

 その仕草を見て、アルトリーナは鼻で笑った。


「はっ……師弟、どこまで似りゃあ気が済むんだよ」


「……師弟?」


 思わず問い返すように、アルマが呟く。


 アルトリーナは眉をへの字に曲げ、不機嫌そうに答えた。


「あ? カイルだよ。カイル・ブラックウッド。……アイツもな、お前みたいに『勇者』である私らを”守ろう”とか本気で考えてやがる」


 彼女は唇を歪め、吐き捨てるように言った。


「本当にむかつくぜ。アイツも……お前も」


 ――その声は怒りに満ちていたはずなのに、不思議とそこには温度があった。


 アルマの胸に、鈍い痛みが広がっていく。

 アルトリーナの言葉は苛烈だが、それ以上に――的を射ていた。


(……私は、仲間を信じると言いながら、心のどこかで”守らなきゃ”と考えていた)


 信頼と庇護。その境界線は薄い。

 だがアルマの心は、無意識に後者へと傾いていた。

 自分が支えねば、この者たちは倒れてしまう。

 その思い込みが、彼女を縛っていた。


 アルトリーナは一歩踏み出し、真っ直ぐにアルマを見下ろした。

 その瞳は苛立ちを燃やしているのに、なぜか揺るぎない自信が宿っている。


「お前さ……私たちを”弱い者”だとでも思ってんのか?」


 その一言に、アルマの呼吸が止まった。


「……っ、そんなつもりは……!」


 否定の声を上げようとした瞬間、アルトリーナが切り捨てるように声を荒げる。


「同じだよ! 『自分が守らなきゃ』なんて考え自体が、すでに弱者扱いだ!」


 アルマの胸を抉るように、その言葉は突き刺さる。

 ――彼女は確かにそう思っていた。

 仲間たちは勇敢だ。力もある。

 だが、勇者として背負うべき責任は自分にある、と。

 だからこそ、守らねばと。


 アルトリーナは吐き捨てるように続ける。


「勘違いするな。私たちは、”勇者”だぞ。お前に守られる存在じゃない。

 お前が信じるって言ったのなら、私たちを守るんじゃなく――『並んで戦う存在』として見ろ」


 その声は鋭く突き刺さりながらも、不思議と熱を帯びていた。

 苛立ちの奥に潜むのは、悔しさでも怒りでもなく――誇り。


 アルマの心臓が強く打つ。

 彼女は気づく。

 仲間を守ろうとするその気持ちが、結果的に彼らの誇りを傷つけていたことに。


(私は……彼らを信じていなかった。言葉だけで、本当の意味で信じ切れてはいなかったんだ)


 アルマの喉が詰まり、言葉が出ない。

 だが、胸の奥にじわりと熱が広がっていく。

 それは自己嫌悪ではなく――アルトリーナの言葉に揺さぶられた証だった。


 言い終えると、アルトリーナは気まずそうに視線を逸らす。


「……まあ、”そういう考え方”ができるのも、お前が真剣に仲間を思ってるからだってことくらいはわかるけどな」


 最後の言葉は、ほんの僅かに柔らかかった。

 だがアルマには、それが痛いほどに響いた。


 アルトリーナの言葉が、いつまでも胸の奥で響き続ける。

 鋭く、重く、痛烈で――けれど確かに、アルマの心を縛っていた鎖を打ち砕いていた。


(……私は間違えていたのね)


 仲間を守ることは悪ではない。

 だがその裏には”自分がいなければ彼らは倒れる”という思い込みがあった。

 それは信頼ではなく、不安の裏返し。


 アルマは目を閉じ、深く息を吸い込む。

 そして、静かに吐き出した。


(私は……守るんじゃない。彼らと並んで戦う。

 ”勇気ある者”は――私だけじゃないのだから)


 胸の奥にあった迷いが、少しずつ晴れていく。

 暗闇の牢獄の中でさえ、不思議な光が差し込むように思えた。


「……ありがとう、アルトリーナさん」


 小さく呟いたアルマの声は、かすかに震えていた。

 だが、その瞳には迷いではなく、強い決意が宿っている。


 アルトリーナは顔を背け、ふんと鼻を鳴らす。


「勘違いすんな。ただ苛ついただけだ。……それと私のことは”アーサー”と呼べ」


 しかしその頬が、わずかに赤らんでいるのを見て、アリサがにやりと笑った。


「……分かったわ。アーサーさん」


 ――重苦しい空気が、少しだけ和らぐ。


 アルマは皆を見回し、はっきりと声を上げた。


「……私たち全員で、この状況を突破しましょう。一人で抱え込むんじゃない。

 勇者として、仲間として、”共に戦う”のよ」


 その言葉に、ライムが大きく頷く。


「おうよ! そっちのほうが気分いいぜ!」


 アリサも微笑みながら拳を握る。


「やっとアルマちゃんらしい言葉が出てきたわね」


 リイムも小さく手を上げて言った。


「わ、私も……ちゃんと戦うわよン!」


 カゲロウは不安げにうつむいていたが、やがて決意を込めた声を絞り出す。


「……僕も、できることを全てやります」


 アルマはその言葉に頷き返すと、頭を巡らせた。

 すでに最初の計画は破綻しかけている。

 だが――それは終わりではなく、新たな始まりだ。


「作戦を立て直しましょう」


 静かな声が牢の中に響く。


 全員の視線がアルマに集まった。

 彼女は深く息を吸い込み、まるで自らを奮い立たせるように言葉を紡ぐ。


「カゲロウの魔力吸収は限界。なら、他の方法で手錠を壊す手段を考えなければならないわ。

 それに、兵士が定期的に様子を見に来る。……なら、その流れを逆に利用するの」


「利用……?」


 ライムが首をかしげる。


 アルマは強く頷き、冷静な眼差しで仲間たちを見渡した。


「兵士が牢の異変に気づいたとき、”一斉に動く”のよ。

 魔力の不足を補うのは、全員の力。個々の”あなたたち(勇者)”の力を重ねれば……必ず突破口が見つかる」


 牢の中に、再び熱が戻ってきた。

 それは絶望に追い込まれた者たちの焦りではなく――仲間と共に戦う決意の炎だった。


 牢の中に集まる仲間たちの視線を正面から受け止め、アルマは静かに言葉を継いだ。


「……いい? 今の状況で一番の問題は、”魔力が足りない”ことじゃないの。

 問題は、私たちが”まだ使える力を出し切れていない”ことよ」


 ライムが眉をひそめる。


「どういう意味だ?」


 アルマは一度、カゲロウの手錠が砕け散った跡を見つめ、次に自分の両手の手錠へと視線を移した。

 そして、仲間たちに向かって口を開く。


「――これから私が言う方法は、強引で、成功率も低い。けれど今の私たちに残された唯一の道よ」


 息を呑む勇者たち。


「通常、手錠は”内側からの魔力”を封じるように造られている。だから、いくら自分の魔力を高めても”普通”なら弾かれてしまう。

 でも逆に言えば――”外側からの衝撃と魔力”を同時に与えれば、封印に負荷をかけられる」


「外側から……?」


 アリサが首を傾げる。


 アルマは頷いた。


「そう。魔力を一か所に集中させるのは同じ。けれど次は、それに”物理的な衝撃”を重ねるの。

 魔力の圧力と衝撃波、その二重の負荷を一瞬でかければ、手錠は構造上の限界を超えるはず」


 ライムが目を丸くした。


「待てよ、それってつまり……ぶん殴りながら魔力を叩き込めってことか!?」


「そういうこと」


 アルマは真剣なまなざしで答えた。


「ただし、力を込めるだけじゃ足りない。衝撃と魔力を”完全に同調させる”必要があるわ。

 一瞬でもズレれば、魔力は霧散して、手錠はびくともしないでしょう」


 仲間たちに緊張が走る。


 リイムが不安そうに呟く。


「そ、それって……僕たちにできるのかな……?」


「できるわ」


 アルマの声ははっきりとしていた。


「さっきも言ったでしょう? 守るのじゃなく、共に戦う。これは私一人じゃなく、全員でやるべきことなの。

 全員の力を合わせて、そして一撃を重ねる。それしか突破口はない」


 アルトリーナが腕を組んで鼻を鳴らした。


「……はっ、随分と無茶な話だな」


 だがその口元には、わずかに笑みが浮かんでいた。


「――だが嫌いじゃねぇ。要は殴りゃいいんだろ? だったら任せとけ」


 ライムも肩を回し、豪快に笑った。


「おう! 衝撃担当は俺と姉御だな! なぁ、姉御!」


「勝手に組むな。……けどまぁ、いいだろう」


 アルトリーナが短く返す。


 アリサは大きく息を吐き、心を決めたように頷く。


「分かったわよ。なら私たちは魔力の流れを合わせる。……絶対にズラさない」


 アルマは皆の反応を見て、小さく微笑んだ。


(これでいい。もう、私一人で背負うんじゃない。……私たちは仲間なんだから)


 こうして、牢の中で新たな作戦が生まれた。

 無謀ともいえる手錠破壊の方法――”衝撃と魔力の同調”作戦。


 そして、次なる挑戦が幕を開けようとしていた。



 ―――。



「せーのっ!!」


 合図と同時に、ライムとアルトリーナの拳がアビスリア鉱石の手錠に叩きつけられ、仲間たちの掌から流し込まれた魔力が一気に収束する。


 ――しかし。


「っ……!」


 鈍い音が鳴り、手錠は微かに軋んだものの、びくともしなかった。


「ちくしょう……!」


 ライムが歯を食いしばる。


「タイミングがズレた……衝撃と魔力が合ってねぇ!」


「もう一度よ!」


 アルマが声を張る。

 その顔には焦りが滲んでいた。


 二度目。

 三度目。


 魔力を送り込み、拳を叩き込む。

 だがそのたびに、手錠は鈍い反発を返すだけで、砕ける兆しすら見せない。


 リイムの肩が震え始めた。


「ご、ごめんなさいン……私の魔力、もう……」


 彼女の額には汗が滲み、声もか細い。


 アリサも荒い息を吐きながら声を振り絞る。


「っ……駄目よ! ここで諦めたら、全部終わりなんだから!」


 牢の中には、全員の息遣いと鼓動が響いていた。

 魔力の流れが不安定になり、次に失敗すれば、本当に誰も動けなくなる――そんな緊張が支配していた。


 アルマは自分の胸の奥に残った魔力の欠片を感じ取り、唇を強く噛んだ。


(もう、これで最後……これで失敗すれば、本当に魔力切れを起こしちゃう。でも――)


 視線を上げると、仲間たちが皆こちらを見ていた。

 ライムは血管の浮かぶ腕を震わせ、アルトリーナは唇を吊り上げ、アリサとリイムは必死に耐えている。

 カゲロウは今にも倒れそうなほど青ざめていたが、それでも頷いた。


(――共に戦うって、決めたじゃない。だったら、ここで折れるわけにはいかない!)


「全員! 私に合わせて!」


 アルマの声は、震えを超え、仲間の心を打ち抜いた。


 最後の魔力が流れ込む。

 ライムとアルトリーナが同時に咆哮を上げ、拳を振り下ろした。


 ――轟音。


 瞬間、手錠が白い閃光を放ち、甲高い悲鳴のような金属音を響かせた。


 ――刹那。


 弾けるような音と共に、アルマの両腕を縛っていた手錠が粉々に砕け散った。


「……っ!」


 自由になった腕を見下ろし、アルマは言葉を失った。


 リイムがその場にへたり込みながら、かすれた声を上げる。


「や、やった……! 本当に、壊れたのねン……!」


 アリサも膝をつきながら、安堵の笑みを浮かべる。


「ふぅ……ほんっとに疲れたわ……」


 ライムは荒い息を吐きながらも、豪快に笑った。


「ははっ! やっぱやればできんじゃねぇか!」


 そして――アルマ自身も震える両手を見つめながら、小さく微笑んだ。


(守るためじゃない。共に戦うために、この力を使う……。そうだ、これでいい)


 こうして第二の手錠が砕かれた。

 解放されたのは、アルマ。

 彼女の自由は、この脱出劇の行方を大きく変える鍵となる。


 ――だが、その代償として勇者たちの魔力は底を尽きかけていた。

 そして、牢獄の外では確実に、異変を察知した兵士たちの影が近づきつつあった。

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