46話 一難去ってまた一難
迷宮のヌシを倒し、俺たちが疲労困憊の状態で迷宮を出ると、目に入ったのは地面に倒れ込んで爆睡している担任のフリークス先生だった。
(コイツ……俺たちがどれだけ苦労したか知らないで!)
俺たち全員が内心でツッコミを入れた瞬間、頭に怒りマークをつけたカリーナがドシドシと先生の元へ歩み寄り、その脇腹を容赦なく蹴り飛ばした。
「痛って!痛って!なにっ、なんだよ!」
脇腹を押さえて転げ回るフリークスに、カリーナが怒りの声をぶつける。
「ちょっとフリークス先生!私たちがどれほど苦労したか分かってるんですか!?」
その声に、フリークス先生は目を擦りながらようやく俺たちを見やる。
「……なんでそんなボロボロなの?」
眠たそうな顔でそんなことを言うフリークスの頭に、カリーナの拳骨が炸裂した。
「痛ぇ……。」
頭を押さえるフリークスに、カリーナは怒りを込めて言葉を続ける。
「あの迷宮のヌシ!あれは2年生が対峙していいレベルじゃありません!どういう基準で迷宮の難易度を設定してるんですか!?」
カリーナの剣幕に、俺たちは全員頷く。ヌシとの戦いで、俺たちは全力を出し尽くしたのだ。それなのに、フリークス先生は肩をすくめ、面倒くさそうに返事をした。
「ヌシがそんなに強かったのか?あの迷宮は初心者向けのハズなんだが……何かトラブルでもあったのかね?」
「トラブル?」
カリーナがさらに声を荒げる。
「あの迷宮のヌシ、どう見てもB級以上の冒険者が数人集まってやっと倒せるレベルでした!私たちがどれだけ危険な目に遭ったか、分かってますか!?」
「ま、落ち着けよ。」
フリークス先生は相変わらず眠たそうにしながらも、少し腕を組んで考え込む。
「確かに、それは変だな……あの迷宮のヌシがそんなに強いってのは聞いたことがない。」
その言葉に、俺たちは思わず顔を見合わせる。珍しく先生が真面目に対応する姿に驚きつつも、次第に話は思わぬ方向へ進み出した。
「実は、最近『近くの迷宮の中が何かおかしい。』って噂があったんだよ。でも、具体的にどうおかしいのか分からなくてな」
フリークス先生はようやくまともな表情を見せた。
「今回のことも、もしかしたらその影響かもしれない」
「異変……?」
カリーナが鋭い視線で問い返す。
「まあ、俺たち教員も調査中だ。でも、こういう具体的な事例が出てくると、さすがに放っておけねえな」
俺たち全員の間に緊張が走る。あのヌシの強さは、偶然ではないのかもしれない。
その後、フリークス先生の「今日は帰って休め。」という一言で俺たちは解散となり、それぞれの宿へ戻った。
俺はベッドに倒れ込み、疲労で体が動かないのを感じながら、頭の中で今日の戦いを振り返っていた。
(ヌシの異常な強さ……迷宮の異変……。)
頭の中は疑問でいっぱいだったが、それ以上考える気力もなく、やがて意識が遠のいていった。
翌朝、学園内では俺たちの班が迷宮のヌシを倒したという話が広まり、廊下ですれ違う生徒たちが噂をしているのが聞こえてきた。
「おい、カイル!昨日の話聞いたぞ!」
他組の同級生が興奮した様子で駆け寄ってきた。
「お前たち、迷宮でヌシを倒したんだってな!」
「まあ、なんとかですけどね。」
俺は曖昧に答えたが、内心では少し誇らしい気持ちもあった。
その日の午後、カリーナは班を集め、戦いの反省会を開いた。
「昨日の戦い、全員よく頑張ったわ。でも、見直すべき点もいくつかあったわね。」
カリーナは冷静に、俺たち一人一人の動きを分析して改善点を指摘していく。
彼女の的確な指導を受けていると、自然と自分の未熟さが浮き彫りになる。
(もっと成長しないとな。あのヌシ相手にギリギリだったんだ……俺がもっと強くならなきゃ)
俺は拳を握りしめた。そして同時に思った。
(でも、俺だけじゃない。みんなで強くなる。それが、仲間と一緒に戦っていく意味なんだ。)
―――。
あっという間に1か月が過ぎた。迷宮探索での異変について、俺たちの中でも時折話題に上がることはあったが、具体的な進展がないまま日々が過ぎていた。そんなある日の放課後、担任のフリークス先生が生徒たちを集めた。
「1か月前に行った迷宮探索での異変の件だが……異変の首謀者が分かった。」
その言葉が教室に響いた瞬間、ざわめきが広がる。
「首謀者……?」
(つまり、あれはただのトラブルじゃなく、誰かが意図的に仕組んだってことか?)
俺は混乱しながらも、フリークス先生の言葉を聞き逃すまいと耳を傾けた。
「首謀者は、『魔獣使いのビスマー』だと判明した。」
その名前が出た瞬間、教室中がさらにざわつく。
「ビスマーって、あの――?」
「確か指名手配されてる奴だよな?」
「なんでそんな奴がこんな街に?」
生徒たちの間で囁かれる声を無視して、フリークス先生は話を続けた。
「先の迷宮で倒されたヌシの死骸から、身体強化系統の魔法の残穢が検出されたんだ。このあたりでそんな高度な魔法を操れる奴なんて、ビスマーくらいしかいない。それに、最近この街付近でビスマーが目撃されてるって話もある。」
(身体強化系統の魔法……だからあんなに強かったのか。)
俺は1か月前の戦いを思い出していた。あの異常なまでのヌシの強さ――それが人為的に引き起こされたものだったと知り、改めて背筋が寒くなる。
「でも先生、なんでビスマーなんて奴が、迷宮でそんなことを?」
ライガが疑問を投げかけると、フリークス先生は肩をすくめた。
「そこはまだ分かっていない。奴が何を狙っているのか、そしてなぜ迷宮を狙ったのか……そのあたりは調査中だ。だが最近、獣族の住民が行方不明になる事件が続出している。奴が関係しているかは推測にすぎんが十中八九関わってはいるだろう。ただ、奴がこれ以上何かやらかす前に捕まるはずだ。」
「警備隊が動いてるってことですか?」
ノアが確認する。
「ああ、街の警備隊が捜索している。時間の問題だろうが、お前らも気を付けて帰れよ、特に獣族は。」
フリークス先生はそう言うと、いつものように気楽な口調で締めくくった。
「んじゃ、解散。」
先生の言葉を受けて、クラスの生徒たちは次々と帰路についた。俺もいつものようにノアやフェンリたちと一緒に学園を出る。
「ビスマー……厄介な人が絡んでるみたいですね。」
フェンリがぼそりと呟く。
「身体強化系統の魔法って、相当な腕前が必要なんでしょ?」
ノアが少し不安げに聞いてくる。
「そうですね。最近まで”唯一魔法”として知られているくらいでしたから。普通の魔法使いが扱えるものではないです。」
フェンリが淡々と補足する中、俺は黙って考え込んでいた。
(ビスマーが何を考えてるのか分からない以上、これからまた同じような危険があるかもしれない。特に獣族のフェンリたちは……。もし、フェンリたちがビスマーに何かされたとき、俺は守ることができるのか?)
迷宮での戦いを経て、俺たちは確かに強くなった。しかし、ヌシ以上の脅威に直面したとき、果たして今のままで立ち向かえるのかという不安が頭を離れない。
帰り道、俺たちはしばらく無言のまま歩いていた。誰もがそれぞれの考えに沈んでいるようだった。
「ねえ、カイル」
ノアがふと話しかけてきた。
「?」
「さっきから黙ってるけど、何か考えてるの?」
「いや、別に……。」
言い淀む俺を見て、ノアは眉をひそめた。
「また一人で何か考えてるでしょ。あの迷宮の時みたいに。」
図星だった。俺が返事に困っていると、ノアは少し微笑みながら俺の肩を軽く叩いた。
「大丈夫だって。私たちは一緒なんだから、何かあったらまたみんなで乗り越えようよ。」
その言葉に、俺は胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じた。
(そうだ。俺は一人じゃない。それに、みんなは強い。きっと大丈夫だ。)
迷宮での経験を経て、俺は仲間との絆を再確認した。
俺は仲間たちと共に前を向いて歩き始めた。




