45話 最強とは何か
カリーナが詠唱を終え、放った純粋な魔力の塊――”魔弾”は眩い光を放ちながら一直線にヌシへ向かっていった。迷宮の暗闇を切り裂くようなその威力に、俺たちは思わず息を呑む。
「やったか……?」
ライガがつぶやく。しかし、その声が終わらないうちに、ヌシの咆哮が迷宮内に響き渡った。
「グオオオオオオッ!」
ヌシは棍棒を盾のように構え、迫り来る魔弾を正面から受け止めた。その巨体が僅かに揺れたものの、一歩も後退しない。カリーナの魔法はその場で押しとどめられ、やがて勢いを失いかけていた。
「なんて防御力だ……!」
俺たちは目を見開いて立ち尽くした。カリーナの魔法は、学園でもトップクラスの威力を誇るハズだ。それを、たった一本の棍棒で受け止めるなんて想像もできなかった。
「まだよ!」
カリーナが鋭い声で叫ぶ。額に浮かぶ汗を拭うこともせず、彼女は俺たちを振り返った。その目には揺るぎない決意が宿っている。
「みんな、あの魔法に魔力を送り込んで! 勢いを取り戻させるのよ!」
「魔力を……送り込む?」
ノアが困惑した声を上げる。普通、魔法を撃ち終えた後に外部から干渉するなんて不可能に思える。それでも、カリーナは信じている目で俺たちを見つめていた。
「やってみるしかないだろ!」
ライガが雷を手に宿しながら、カリーナの魔法へ向けて構える。
「俺たちがやらなきゃ、誰がやるんだよ!!」
その言葉に触発されたように、ノア、ガムシル、周りの生徒たち、そして俺も動き出す。各々の魔法を詠唱し、魔法へと向ける準備を始めた。
「雷撃――いけ!」
ライガが叫びながら雷を放つ。その魔力が魔弾に触れた瞬間、光が閃き、再び明るく輝き始める。勢いが戻りつつあるのが目に見えてわかった。
「やるじゃない!」
ノアとガイもそれぞれ水元素、火元素の魔法を放つ。水と火――正反対の性質を持つ魔法がぶつかり合うようでいて、魔弾に鋭い光の粒を散らせ、新たな力を与えていく。
「いっけえええええ!」
ガムシルが吼えるようにして炎を送り込む。魔弾はさらに膨れ上がり、轟音を伴いながらヌシを圧倒し始めた。
「俺も行きます!」
俺は魔力を魔具に宿し、それを魔弾に向けて解き放った。自分の魔力がどれほど役に立つのか分からない。それでも、全力を注ぐことで仲間たちと力を一つにする感覚が確かにあった。
魔弾は再び勢いを取り戻し、ヌシの棍棒を弾き返すほどの力を取り戻していた。
「すごい……本当に蘇った!」
ノアが驚嘆の声を上げる。だが、カリーナはすぐに次の指示を出した。
「ここで止めを刺すわよ! 全員、魔力を最大まで高めて!」
俺たちは互いに目を見合わせ、無言で頷いた。それぞれが持てる力を全て注ぎ込み、再び魔弾に送り込む準備を始めた。
「カイル、タイミングを合わせて!」
カリーナが俺に声をかける。
「はい!」
俺は両手を前に掲げ、魔法を練る。この一撃で決めなければならない――その覚悟が俺たち全員の中に生まれていた。
「いっけええええええええ!!」
全員の魔法が一つになり、魔弾が完全にヌシを包み込む。その中心で、ヌシの咆哮が響き渡るが、次第にその声は弱まり、そして完全に消えた。
爆発音が迷宮を揺るがし、光が収まったときには、ヌシは完全に沈黙していた。
「終わった……。」
俺が呟く。全員がその場に座り込み、肩で息をしていた。これほどの激戦を乗り越えたのは初めてだった。
「よくやったわ、みんな。」
カリーナが疲れた声で微笑む。その言葉に、全員がようやく笑顔を見せた。
この勝利は、俺たちが力を合わせた結果だ。それぞれが自分の力だけでなく、仲間を信じて全力を尽くした。
「さっ、帰りましょ。」
カリーナが立ち上がり、俺たちに手を差し伸べる。
その手を取るライガ、ノア、フェンリの姿をぼんやりと眺めながら、俺は立ち上がらずにただ考えていた。
(駄目だ……このままじゃ俺はいつまで経っても最強なんかになれやしない。)
俺は拳を握りしめた。カリーナやフェンリたちが全力を尽くして戦い、ヌシを倒したことには間違いない。それでも、俺は胸の奥に燻るものを感じていた。
(俺はもっと強くならなくちゃいけないんだ……。俺が……俺は。)
心の中で何度も繰り返す。仲間の力を借りて勝利を掴んだ喜びよりも、自分の力不足が頭を支配していた。
「何、辛気臭い顔してるの!」
ノアの明るい声が耳に届くが、俺の心は迷宮の底にいるような重さから抜け出せない。彼女の差し出した手が目の前にあるのに、動けない。
(俺がもっと強ければ……カリーナが指揮を執らなくても、みんながあそこまで苦しい戦いをしなくて済んだんじゃないのか?)
思い返すのは、ヌシとの戦いの瞬間。
カリーナの魔法が弾き返されるような形になったとき、俺は本能的に悟った。自分一人では到底立ち向かえない相手だと。
それでも仲間たちは、迷いなくカリーナの指示に従い、全力を尽くしていた。俺は……どうだった?
「俺は……足を引っ張ってませんでしたか?」
無意識に漏れた言葉に、自分でも驚いた。俺はあの日、親友に救われた日からいつも自信満々でいれたハズだ。自分ならできる、どんな状況でも切り抜けられると信じていた。
だが、あの瞬間――仲間たちと一緒に魔弾に魔力を送り込むとき、俺は確かに恐れていた。自分の力が足りないと知られることを、仲間に見透かされることを。
「何を考えてるの?」
ノアの声が近づく。彼女の手はまだ差し出されたままだった。
「”皆で勝った”戦いだよ、カイル。何が不満なの?」
その言葉が胸に刺さった。分かっているんだ。頭では、今回の勝利が全員の力を合わせた結果だということは。でも、俺の中にはどうしようもない焦りがあった。
(俺はただの一人の魔法使いじゃ駄目だ……いつか、みんなを守り、最強になるためには、もっともっと強くならなきゃいけないんだ……。)
”あの時”から、俺は最強に憧れていた。どんな敵にも怯えず、誰からも認められる存在になること。それが、今の俺の目指すゴールだった。
俺は、常に誰よりも強くなることを目指してきた。試験でも、魔獣相手でも、結果を出すために全力を尽くしてきた。けれど、その”最強”に近づいている気がしないのはどうしてなんだろう。
(俺は、仲間と一緒に成長するなんて考えたこともなかった……。)
その考えが頭をよぎると、胸の奥にある違和感がじわじわと広がる。
俺は、自分が一人で戦わなければならないと思っていた。誰かに頼ることは弱さの証だと。だから、俺はこれまで仲間に心の内を明かしたことがなかった。迷いも、恐怖も、焦りも――全部自分で抱え込んできた。
でも、今回の戦いで分かったんだ。俺一人の力じゃ、どうにもならないことがあるって。仲間たちがカリーナの言葉に従い、迷いなく力を合わせたとき、俺は初めて”一緒に戦う”ことの意味を知った気がする。
でも、それを受け入れるのが怖かった。
(俺は弱いのか?一人では何もできないほど、脆い存在なのか?)
そんな自問自答が胸を刺す。認めたくない。でも、この手を取り、仲間たちの輪に加わるには、それを認めなければならない。
「カイル、考えすぎだよ。」
ノアの声が再び響く。
「みんながいるんだからさ、もっと肩の力抜きなよ。カリーナ先輩だって、ライガたちだって、フェンリだって、全員がカイルのその”強さ”を信じてる。それで十分じゃない?」
その言葉に、俺は息を呑んだ。
信じてる……。自分を疑い続けていたのは俺だけで、仲間たちはそんなこと気にしていなかったんだ。
(確かに、俺はまだ強くない。最強なんてほど遠い。でも、それでいいのかもしれない……。)
俺は自分にそう言い聞かせ、ノアの手をしっかりと握りしめた。温かい感触が、俺の心の奥深くまで伝わる。
「ありがとう、ノア。」
「どういたしまして!」
ノアの明るい笑顔に、俺は思わず笑みを返した。そして、仲間たちの元へと歩き出した。




