44話 力を合わせて
俺たちは迷宮の最奥にある巨大な扉の前で立ち止まった。その重厚な扉からは、わずかに冷たい風が漏れ出しており、ただならぬ気配を感じさせる。
フェンリが魔力感知のため目を閉じ、集中し始める。ライガが待ちきれない様子で尋ねた。
「どうだ?」
数秒後、フェンリがゆっくりと目を開け、慎重な口調で答えた。
「微量ですが、魔力の動きがあります。中でまだ数人が戦っているようです。」
状況を把握したカリーナが素早く指示を出す。
「それじゃあ私たちも行くわよ。準備はいい?」
「了解だぜ!了解だ!」
ガムシルが勢いよく返事をし、扉に両手を掛ける。その瞬間、俺たち全員に緊張が走る。
ギギギッと音を立てながら重い扉がゆっくりと開く。すると、中から次々と生徒たちが慌ただしく逃げ出してきた。
「ようやく空いたぞ!今だ、逃げろ!」
一人の生徒が叫び、後に続く仲間たちを急かす。顔には疲労と恐怖が浮かび上がっている。
俺は人混みを避けて扉の奥へ視線を向けた。逃げてくるのは2年生の生徒たちばかりで、指南役である6年生たちは部屋の中央で戦っていた。巨大な怪物と対峙しているのだ。
その怪物—―。間違いなくこの迷宮のヌシは、頭部が豚やイノシシを彷彿とさせるが、全身は漆黒の肌に赤い紋様が刻まれている。その身の丈は5メートルを超え、右手には2メートル以上はある棍棒を握りしめていた。棍棒が振り下ろされるたびに、床が揺れ、爆音が響く。
「カリーナさん!」
俺は彼女の方を振り返り、指示を仰いだ。
カリーナはヌシを鋭く見据え、冷静な声で言った。
「全員、作戦通り!シールドを張って四方に散って!」
「了解!!」
全員が即座に動き出し、それぞれ魔法を発動させながら部屋の四方に展開していく。
俺は心の中でカリーナの指示を反芻した。
(カリーナの読みじゃ俺たちの魔法がこのヌシに効くことはない、今回俺たちはカリーナの補助に徹するしかない!)
一方、カリーナは中央の戦場を冷静に観察しながら、指導役の6年生たちに声を飛ばした。
「ここからは私たちも援護に入るわ!状況を教えて!」
6年生の一人が短く答えた。
「奴の弱点がまだ掴めていない!攻撃は通るが、あまり効果がないんだ!」
「そう。」
カリーナは少し考え込み、すぐに俺たちに再度指示を出す。
「ノア、フェンリ、ライガ、ガムシル!私は他の6年生たちと正面からヌシの注意を引くわ。あなたたちは周囲を固めつつ、攻撃の隙を探って!」
俺は頷きつつ、自分の役割を確認する。
(俺たちの攻撃が通るとは限らないが、状況を変えるためには動かなくちゃいけない!)
カリーナが杖を構え、ヌシの足元へ向かって一歩踏み出した。
「さあ、行くわよ!」
その声が響いた瞬間、彼女の魔力が一気に膨れ上がり、場の空気が一変した。
俺たちはそれぞれの位置で戦闘の準備を整え、迫り来る巨大なヌシに対峙する。
カリーナは、まずヌシの左肩目掛け魔法を放った。
カリーナの放った土元素の魔法がヌシの左肩に命中し、その巨体が一瞬ぐらりと揺れた。
「これはエイミーの分よ!」
とカリーナが鋭く叫ぶ。その隙を見逃すことなく、彼女は叫んだ。
「今よ!!!」
「了解!」
俺たちは即座にそれぞれの位置から動き出す。
ノアが真っ先に動いた。彼女は素早く魔具を構え、火球をいくつも生成してヌシの足元を狙う。
「動きを止めてみせる!」
火球が地面を爆発させると、ヌシの巨大な足が一瞬すくみ上がる。その間にライガが雷元素魔法を放った。
「行っけッええ!」
稲妻がヌシの右腕を直撃し、持っていた巨大なこん棒が揺れる。それを見たガムシルが吠えるように笑った。
「よーし、俺の番だな!だね!」
彼は丸腰でヌシの正面に突撃し、挑発するように手を叩きながら叫ぶ。
「こっちだ、デカブツ!かかってこい!」
一方でフェンリは冷静だった。ガムシルがヌシの気を引いている間に、後方から精密な風元素魔法を放ち、ヌシの首元をかすめる。
「これで少しは怯むハズです!」
しかしヌシは屈強だった。首元を切られたにもかかわらず、その赤い目がカリーナたちを睨みつけ、獰猛な咆哮を上げる。
「さすがに簡単には倒れないわね……。」
カリーナは冷静に呟いた。
「でもこれで形勢はかなり好転したわ。みんな、そのままのペースでいくわよ!」
俺も全力で行動に移る。ヌシの動きを観察しながら、土元素の魔法でその視界を封じる。
「くらえ!」
土煙がヌシの目を覆い、動きを鈍らせることに成功した。
「ナイス、カイル!」
カリーナが声を上げる。そして彼女は俺たち全員に指示を飛ばした。
「一斉攻撃の準備を!」
全員が一斉に魔力を高め、魔法の詠唱を始める。ヌシも反撃のために足を踏みしめるが、そこにカリーナが再び強烈な土の槍を放ち、その足を封じた。
「今よ!全員、撃て!」
カリーナの声と共に、俺たちの全魔法がヌシに向かって炸裂した――。
しかし、ヌシは俺たちの一斉攻撃を棍棒の一振りで全て消し去った。
「なに……?!」
ライガが驚愕の声を上げる。攻撃の直前、カリーナがヌシの足元を狙ったことで、火力不足となったのだ。
「これじゃ効かない……!」
俺も歯噛みする中、カリーナが叫んだ。
「私が上級魔法を使うわ!イメージを固める間、援護をお願い!」
その言葉に俺たちは再びヌシに向き直る。カリーナは後方で深く集中し、魔法を練り始めた。
「カイル!ノア!僕たちでヌシの動きを止めましょう!その隙にライガ、ガムシル君、そして先輩方は攻撃をお願いします!」
フェンリの的確な指示に俺たちは頷き、彼を先頭に駆け出した。それぞれが魔法を放つ。
「泥沼!」
フェンリが地面を軟化させ、ヌシの片足を捉える。
「水弾!カイル、あそこに!」
ノアの水弾がもう一方の足元に水たまりを作る。
「了解!……凍結!」
俺が氷元素の魔法を放つと、水たまりが瞬時に凍結し、ヌシの片足が完全に動きを封じられる。
「今です!攻撃を!」
フェンリが後方に声を飛ばすと、ライガが満面の笑みで叫んだ。
「よっしゃ!いくぜ!ライトニング――」
その瞬間、後方から勢いよく扉が開き、見覚えのある影が飛び出してきた。
「俺もいくぜ兄ちゃん!」
「ジャンガ?!お前なんでここに!」
ライガが驚く間もなく、弟のジャンガは兄と息を合わせるように雷を拳に纏わせ、突進する。
「ダブル・雷撃拳!」
兄弟の同時攻撃がヌシの全身に紫色の電撃を走らせた。そこにガムシルと先輩たちの攻撃が続く。
「ハッハー!これでもくらえ!火槍!」
ガムシルの放った炎の槍がヌシの肩口に深々と突き刺さる。その直後、扉からさらに続々と生徒たちが駆けつけてきた。その中にはフィーニャ、ガイ、そしてエイミーとその班の仲間たちも居た。
「来てくれたんですね!エイミーさん!」
俺がエイミーに声を掛けると、彼女は元気に笑った。
「あったり前でしょ!カリーナばっかりにいいとこ持ってかせないわよ!」
「言ってくれるわね、エイミー!」
カリーナが笑みを浮かべながらも、背後で強大な魔力を練り続ける。その目の前には見たこともないほどの巨大な魔力の塊が渦巻いていた。
「準備できたわ!みんな、下がって!」
その叫びに、全員が一斉に後方へ下がる。俺もカリーナの後ろに回りながら、彼女が放とうとしている魔法を目にして息を呑んだ。
(これが……上級魔法!なんて力だ!)
カリーナの魔力は完全に制御され、空間を震わせるほどの威圧感を放っていた。
「……これで終わりよ!」
カリーナが杖を振り上げ、凄まじい光が放たれ、ヌシに向かって進みだす―――。




