39話 友達
庭に移動すると、広々とした芝生の中央に魔法陣が描かれ、周囲には魔法を防ぐ結界が張られていた。さすがは貴族、設備が本格的だ。
俺たちはその中心に立つカリーナを囲むように並んだ。
カリーナが静かにエイミーを見つめ、口を開いた。
「ルールは簡単。それぞれが得意な魔法を一つ選んで、それを使って戦う。勝敗は杖を先に落とした方が負け。これでいい?」
カリーナの言葉にエイミーは少し考え込むような表情を浮かべたが、やがて深く頷いた。
「分かった。それなら私にもチャンスがあるわね。」
「そうね。公平でしょ?」
カリーナは薄く微笑むと、自分の杖を取り出して軽く振った。杖の先端が輝き、魔法陣が淡い光を放つ。
「それじゃあ、お互いに準備をしましょう。得意な魔法を選んで。始める準備ができたら、私に合図を。」
エイミーも懐から自分の杖を取り出した。その手がわずかに震えているのが見えるが、彼女の目には決意が宿っていた。
「カリーナ、本気で行くからね。」
「当然よ。遠慮される方が困るもの。」
カリーナの声は落ち着いていたが、その背筋の伸びた姿勢には隙がなかった。
俺は二人の様子を見守りながら、何かあればすぐに止められるよう心を構えた。けれど、胸の中には不安が渦巻いている。この勝負がどんな結果をもたらすのか、全く予想がつかない。
やがて、エイミーが杖を握り直してカリーナを睨むように見据えた。そして静かに言った。
「準備できたわ。」
カリーナも同じように杖を構え、微笑みを浮かべたまま短く頷いた。
「いいわね。それじゃあ――始めましょう。」
カリーナがそう言った瞬間、魔法陣が輝きを増し、周囲の空気が一気に張り詰めた。
「では……始め!」
俺が勝負開始の合図をした瞬間、カリーナの杖が閃き、水の刃がエイミーへ向かって解き放たれた。
「水刃!!」
鋭い水の流れが光を反射しながら飛び、エイミーはすぐさま反応して火元素の魔法で迎え撃った。
「火球!」
火球がカリーナの水刃にぶつかり、水蒸気が一瞬のうちに立ち込める。だが、霧が晴れると同時に再び水刃がエイミーを狙っていた。
(さすがカリーナ、魔法の制御が桁違いだ。)
エイミーは必死に魔法を繰り出し続けるが、カリーナの技量と魔力の差は歴然だった。彼女の魔法は一つ一つが精密で、強大な力を持っている。一方でエイミーの魔法は形こそ成しているが、どこか荒削りで拙い印象を受ける。
「どうしたの!?そんなものじゃ私に勝てるわけないじゃない!」
カリーナが挑発すると、エイミーは唇を噛み締めながら叫ぶように杖を振った。
「くっ……!絶対に負けない……!火球!!」
火球が次々と放たれるが、そのすべてがカリーナの水元素魔法によってかき消される。カリーナの攻撃は一層激しさを増し、エイミーの身体は次第に後退を余儀なくされていた。
「こんなもの?それとも、もう降参する?」
「……そんなわけないでしょ!」
エイミーは肩で息をしながらも、懸命にカリーナの魔法に立ち向かう。だが、攻撃を受け止めるのがやっとの状況で、反撃の余裕はない。
(エイミー頑張れ。ここで諦めたら、お前の本気が伝わらないぞ。)
俺は祈るような気持ちで二人を見守り続ける。しかし、エイミーの動きには徐々に焦りが見え始めていた。
「っ……。」
カリーナが杖を掲げ、魔力をさらに高める。彼女の周囲に水が集まり、螺旋を描きながらエイミーへ向かっていく。
「水嵐!」
圧倒的な力を伴った水の竜巻がエイミーに迫る。
「っ……まだ終わらない!」
エイミーが力を振り絞り、炎の盾を展開する。
「火盾!」
水と炎が激突し、轟音とともに激しい蒸気が立ち込める。視界が完全に遮られる。
霧が晴れると、カリーナは余裕な表情で腕を組み立っていた。対するエイミーは息を荒げ、傷だらけの身体を支えている。
(ダメか……!)
俺が心の中でエイミーの敗北を感じると、カリーナが口を開いた。
「どうしたの、エイミー?あなたの魔法はこんなものじゃないでしょ!」
「これが全力よ!」
カリーナにとってはエイミーの魔法がそれほどの威力でないように感じるのだろうが、エイミーの魔法だってかなりの威力がある。カリーナ程の魔法使いならそれに気づいているはずだ。だが、カリーナは冷たく言い放つ。
「いいえ!あなたの魔法はこんなものじゃないはずよ!本当にこの程度なら、4年前の方が強かったくらいだわ!」
「!?」
エイミーは驚愕した。その言葉が、まるで過去の自分を否定されたように感じさせる。もちろん、エイミーだって自分の成長を信じている。だが、カリーナの挑発には何か異常なものを感じた。
カリーナの態度がだんだんと冷徹で、エイミーに対して強く当たっているように見える。それが何かのフラグだとは思えなかったが、確かにカリーナはエイミーを追い詰めるように言い続ける。
「分かっていないならいいわ、教えてあげる。」
カリーナはそう言って杖を空に向け、詠唱を始める。
「蒼波――。」
次の瞬間、カリーナの頭上に青い波のような水流が生成される。エイミーが恐れるのも無理はない。
「ちょ!中級魔法!?そんなの喰らったら死んじゃう!」
エイミーが声を上げ、必死に止めようとするが、カリーナはその言葉を無視して魔法を放つ。
「――砲!!」
彼女の詠唱が終わると、強烈な水の砲撃がエイミーに向かって突進する。
「やめ……!」
俺はすぐに走り出したが、間に合わない。エイミーの元に水の砲撃が直撃する瞬間が迫っていた。
「くそ!間に合わない!」
目の前の光景に焦りが込み上げる。砲撃がエイミーを直撃した瞬間、地面が揺れ、激しい音が響き渡った。
「殺した……?」
俺はその場の勢いに任せ、カリーナを問い詰める。
「カリーナさん!殺すほど憎かったんですか!?これ、学園にどう説明するんで――。」
「うるさいわね!見なさいよ!」
カリーナの鋭い声に言われ、俺は思わず振り返る。すると、目の前に立っているのは、木っ端みじん――になどなっていないエイミーだった。傷一つない、呆然とした表情で立ち尽くしている。
「あれ……?確かにカリーナさんの魔法は直撃したはず……。」
俺は信じられない思いでその光景を見つめる。あの威力の魔法を、どうして彼女が耐えられたのか。
(まさか、防いだのか!?あの魔法を……いまの俺でもできるか分からない威力だったぞ!?)
エイミー自身も何が起きたのか分かっていないのか、目を大きく見開き、しばらくその場で立ち尽くしていた。
「エイミー!」
カリーナが呼びかけると、エイミーはようやく意識を取り戻す。
「あ、え……?」
「どう?分かった?」
「え?」
「そう、これでも分からないのね・・・いいわ教えてあげる。」
「あなたには火元素魔法のとてつもない才能があるのよ。自分でも気づいていないみたいだけどね。」
エイミーは一瞬その言葉に戸惑ったようだが、次第にその意味を理解し始める。
「私に……そんな才能……。」
「持っているわよ。あなたが無意識に”本当”に恐れていたのは、その力を自分自身で自由に扱えないこと。だからこそ、私はあなたを試すつもりで、あえて追い詰めたの。」
エイミーはその言葉を反芻しながら、少しずつ自分の中で何かを感じ取るように目を見開いた。
「私は……それを恐れていたのね。」
「そうよ。きっと幼い頃のあなたはこの力が怖かったんでしょう。そしてその力を自由に扱える私のことも。でも、それこそがあなたの本当の力……私たちの本当の姿なの。あなたがこれまで恐れてきた”本当”のことを乗り越えなければ、あなたは自分の力を知ることができない。」
その瞬間、エイミーの表情が変わる。無意識下の恐れが消え、代わりに強い意志が宿った瞳が輝き始める。
「カリーナ、私まだまだやれるわ!」
「そう来なくっちゃね!”親友”!」
二人は仲直りをすませたようだが、勝負はさらに白熱していった。
お互いに全力を尽くし、それぞれの魔法がぶつかり合うたびに、結界が輝き、魔法陣が力強く鼓動するようだった。俺はその場で彼女たちの戦いを見守りながらも、驚きと感動を隠せなかった。
カリーナは相変わらず余裕の表情を浮かべているが、その動きや魔法の精度からも、エイミーの成長を感じているのが伝わる。逆にエイミーは、これまで見たことのない集中力でカリーナに応戦していた。
「火矢!」
エイミーが放った炎の矢がカリーナの水壁を貫き、その一部が消し飛ぶ。
「やるじゃない!」カリーナが嬉しそうに笑いながら次の呪文を紡ぐ。「でも、まだまだこれからよ!」
カリーナの頭上に現れた水球が突然複数に分裂し、次々とエイミーに向かって飛んでいく。
「水弾!」
エイミーは瞬時に炎の壁を作り出してその攻撃を防ぐが、一部の水弾が壁を貫通し、彼女の肩に軽く当たった。
「くっ……!」
エイミーは痛みをこらえながらも、再び立ち上がる。その目には、負けないという強い意志が宿っていた。
「これ以上やらせないわ!火柱!」
彼女の周囲に火の柱が立ち上がり、カリーナを包囲する。その勢いに圧倒されながらも、カリーナは冷静に杖を振り、周囲に水の膜を広げた。
「その調子よ、エイミー!さあ、もっと見せて!」
カリーナの挑発に応じるように、エイミーはさらに魔法を強化し、フィールド全体が熱気に包まれる。二人の戦いはまるで競り合うように、限界を越え続けていた。
やがて、最後の魔法がぶつかり合い、爆発的な衝撃波が庭を覆った。その後、静寂が訪れる。
霧が晴れ、結界の中には疲労困憊した二人の姿があった。エイミーは片膝をつき、カリーナはなんとか立っているものの、杖を支えにしている。どちらも限界まで力を出し尽くしていた。
「やるじゃない……エイミー。」
カリーナが微笑みながら立ち上がり、彼女に近づく。
「これで分かったでしょ?あなたの本当の力を。」
エイミーは少し驚いた顔をしていたが、やがて微笑みを浮かべ、静かに頷いた。
「……うん。ありがとう、カリーナ。私、もう恐れない。」
二人は軽く笑い合い、その場に崩れ落ちた。俺は彼女たちの健闘を称えつつも、次の言葉をかけた。
「二人ともすごかったです。だけど、無茶しすぎですよ。」
そう言いながら、俺は二人を支え起こした。
カリーナとエイミーの間に生まれた新たな絆は、これからの学園生活にきっと大きな力になるだろう――俺はそんな予感を胸に秘めながら、彼女たちの疲れた顔を見つめていた。




