4話 魔力の解放
俺は魔法の道を極めることに決めた。神級にまで上り詰めて、世界で一番強いやつになる。そう決めた。
今日はその道への第一歩を踏む日だ。
「では、早速魔法訓練を始めるが……まず、少年は魔法を知る必要がある」
「魔法を知る? ……とはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。魔法を使うにはまず”魔法の存在”を、感覚や意識で知る必要がある。感じ取れないものを信じ、扱うことなど普通の人間にはできんだろう?」
「まぁ……そうですね。理解しました!」
「ではそこに座りなさい。自分の身体に流れている魔力の流れを意識する。それが魔法を知る第一歩だ」
俺は言われた通りに地面に正座して目を瞑り、自分の内に集中する。
(魔力の流れを感じるって……どうすればいいのか分からないけど、血液みたいなものと捉えていいのだろうか?)
――だが、しばらく集中しても一向に魔力の流れを感じることができなかった。俺は初日で最初の一歩をつまずいた……。
その日の夜、俺は自分の部屋で魔力の流れを探っていた。
しかし、昼と同じくなかなか上手くいかない。エルドリックは「最初はそんなもんだ」と言っていたが、それでも凹むものは凹む。血液の流れを意識すればいいと思っていたが、違うのか?
「はぁ……」
「どうしたんだ?カイル、難しそうな顔をして」
「――ち、父上!? いつからいたんですか?」
「いやっはっはっは! お前が正座を組んだあたりからだ!」
(最初からじゃん……。)
この男は俺の父親、ダーイシュ・ブラックウッド。
この通りデリカシーがなく、勝手に人の部屋に踏み込んでくる男だ。いつの間にか部屋に入り込んでいることが多く、俺は迷惑している。
「それで、さっきは何をしてたんだ? いつもは寝ている時間だろ?」
「今日は……眠れなかったので少し考え事をしていただけです」
魔法を習っていることは親や村の奴には言わない方がいいとエルドリックが言っていた。
この世界では十二歳以前に魔法を習いだすと”悪魔が憑く”という言い伝えがあるらしく、俺が魔法を習っているのがバレたら『聖堂』という場所に連れて行かれるらしい。
「そうか……まあ、あまり気を張りすぎないようにな。お前はちょっと優秀すぎるところがあるから思うところがあるかもしれないが、お前は父さんの息子だ。
行き詰まったときはなんでも言ってくれ。それじゃ、おやすみ。あまり夜更かしすんなよ~?」
「はい、ありがとうございます。おやすみなさい。」
あの父親はたまにいいところがあるから憎みきれない。
まあ、たまには頼ってみるのもいいのかもしれない。魔法の事は言えないけど……。
それから俺は毎日エルドリックのもとで魔力の流れを掴む訓練をしていた。流れを掴むコツは人それぞれなので、自分で見つけるしかないそうだ。
「フー」
(集中、集中、魔力の流れを感じるんだ。魔力を血液と捉えて……”血液の流れ”を掴むんだ)
―――。
「ふぃー、やっぱダメかー」
訓練を始めて既に一か月が経過していた。流石にここまで時間が掛かるとは……とエルドリックも驚いていた。
普通なら遅くても二週間で流れを掴めるらしいが……まあ身体は6歳だし、かつ転生してきた身だから、そのせいで”普通”とは違うのだろう。
「まだ、流れを掴めないか」
すると、背後から声を掛けられた。
その声に振り返りつつ、俺は笑って呟いた。
「エルドリックさん、お戻りですか?」
最近、俺が訓練している間、エルドリックは付近に出没しているという中型の魔獣の討伐を行っているらしい。
どうやらエルドリックはこの村の護衛として雇われており、前に死にかけの俺を見つけた時も、彼が偶然森の警戒をしていたからだったらしい。
「……そういえばエルドリックさんはどうして俺に魔法を教えてくれているんですか?」
俺がふいに疑問に思ったことを問うと、エルドリックは視線を落として呟いた。
「それは……君が昔の私の弟子に似ていたから……かもしれない」
その時のエルドリックは、どこか寂しそうで悲しそうな表情をしていた。
あまりこの話題は出さない方がよさそうだ。
「すみません。余計な詮索を……」
「いや、いいんだ」
――それから一週間後。
「よし……今回こそ」
俺は足を組んで手を太ももの上で重ね、仏のような姿勢をつくる。
これが俺が一番集中できる姿勢だと分かった。そして目を閉じ、自分の内に意識を向ける。
「フゥ……」
流れ……血液の流れを想像し、その血液に魔力が流れている”妄想”をする。過程は関係ない。そこに魔力があると信じることができればいいんだ。
そして流れを探ること一時間、俺の身体が突然熱を発し始めた。全身を駆け巡る熱い何か。
そして指先に力が集約されるような痛み。
「こ、これは……! エルドリックさん!!」
俺は初めての感覚に、背後で俺を見守っていたエルドリックに振り返る。
エルドリックは俺を見て歓喜の声を上げるが――。
「よくやった、とうとう魔力の流れを感じ取ったようだ――なに、これは?」
――おかしい。俺の指先に”熱”が集まる感覚が、止まる気配がない。
指の先がどんどん熱を帯び、火傷したような痛みが襲う。
「痛っ……?! これはっ……!?」
(まずい、何か……出る!? 指から何かが――)
咄嗟に俺は空に腕を挙げた。
同時に、青白い光が俺の五本の指から放出される。指先が焼け溶けるように熱い。
「痛ッッッ!!」
その痛みは声を発する暇も与えてくれず、それが余計に痛みを増幅させる。
数秒で光は消え、痛みも収まったが、俺は気絶してしまった――。
―――。
「く…ん?」
意識が戻る。気絶していたのか?
だが、あの焼けるような感覚…あれが魔法なのか?
凄まじい力だった。
「起きたか、少年。」
低く渋い声が耳に届く。
顔を上げると、目の前にはエルドリックがいた。俺の指に治癒魔法をかけている。
「俺は…どのくらい寝ていたんでしょうか?」
「ほんの数分だ。今、治癒魔法をかけている。動くな。」
どこか呆れたような声音。
険しい顔つきのせいもあり、少し怖い。
しばらくすると、エルドリックは治癒を終えたようで、俺に立つよう促した。
「あの…さっきのは、俺は何をしてしまったのでしょう?」
聞くのが怖い。
おそらく、流れを掴めたのが嬉しくて気を緩めたせいで、魔法が暴発してしまったのだろう。
「さっきのは――」
エルドリックが何か言いかけたその時――
「エルドリック様!!」
村人たちが駆け寄ってくる。村長もいる。
「先程の大魔法は一体なんなんですか!?」
「まさかあのオオカミのような強敵が現れたのでは!?」
「あれほどの大魔法…『魔獣』が出たのでは!?」
「魔獣だと!?それは大変だ!急いで逃げる準備を!」
村人たちは口々に叫ぶ。
魔獣?魔物とは違うのか?
「皆さん、落ち着いてください。魔獣など、こんなところには現れませんよ。」
「ですが!!先程の大魔法は一体…?」
(まずい。さっきのって、俺の暴発のことだよな?バレたらまずい…)
「先程の魔法は、私の魔法実験の一環です。村を騒がせてしまい、申し訳ありません。少し失敗しまして……。次からは気をつけますので。」
エルドリックの言葉を聞いて、村人が呆れたような表情をする。
「だから実験は魔法研究所でやってくださいと、何年も前から言ってますよねエルドリック様!!
今回はもう良いですが、次に同じことをしたら別の人を雇いますからね!」
「はい…すみません。」
村人たちは呆れながらも、安心したように村へ帰っていく。
俺のせいでエルドリックが怒られてしまった。
「あの…エルドリックさん…」
「ブラックウッド」
「え?」
俺の名字を呼ぶなんて…これは怒られるやつだ。
「お前は絶対に魔法使いになれる。」
「へ……?」
いつもと口調が変わったエルドリックの言葉に、俺は呆気にとられた。
「ど、どういうことでしょうか…?」
「見せてやる。」
そう言うと、エルドリックは懐から例の石板を取り出した。
「手をかざしてみろ。」
言われるがままに石板へ手を置く。
すると、左端にあったはずの針は、一瞬のうちにメーターの右端へと動いた。
「えッ……!!?」
とんでもない針の挙動に、俺は驚きを隠せなかった。
「エルドリックさん!?これは……!?」
俺は背後のエルドリックに振り返る。
「これが魔力の流れを理解した君の所持魔力量だ。」
「でも!この前まではメーターの針は半分も行かなかったんですよ!?いくら潜在魔力量ってものが多くても、さっきみたいに暴発するほどの力があるわけが――」
俺の言葉を聞いて、エルドリックが俺を見据えながら質問する。
「…1000年前の魔導書に記されていたある人物を知っているか?」
エルドリックの目が鋭く光る。
「その人物は、生まれながらに言葉を話す奇妙な赤子だった。そして12歳の時、不思議なことを言ったそうだ。『自分は過去の記憶を持つ者。別の世界から来た』と。」
エルドリックは、まるで俺の反応を探るように俺を見据えて続けた。
「その後、魔法を学ばせると、すぐに才覚を表し、過去最高記録の魔力総量を誇る大魔法使いになったそうだ。」
俺は息をのんだ。まさか…これって。
「私の推測だが…お前も、過去の記憶を持っているのではないか?」
(バ、バレている!?俺が転生者だってことが。)
「そ、それは…。」
「言わずともよい。私には関係のないことだ。」
その言葉に、俺は安堵した。しかし――
「あ、ありがとうご——」
「それよりも、私はその膨大な魔力量に興味がある。」
エルドリックは俺の言葉を無視して話を続けた。
「研究者の性というやつだな。」
「研究…?さっきの魔法実験ってやつですか?」
「そうだ。私はこの村の護衛であり、ここから少し先にある魔法研究所の研究員でもある。そこで伝説魔法の研究をしている。」
「伝説魔法…?」
「詳しく説明してやりたいが…もう午後8時を過ぎているな。門限は6時ではなかったか?」
「あっ!!!」
まずい!!また母親に怒られる!お尻ぺんぺんはもう嫌だ!
「で、ではエルドリックさん!!また明日来ます!!それではさようなら!!」
俺はエルドリックに挨拶すると慌てて駆け出した。
そして――。
「…子どもながらに、あの溢れんばかりの潜在魔力量。そして『様々な意識が混じり合っている魂』。シュロー…まるでお前のようだな…。」
エルドリックは、遠くなっていく俺の背中を見つめながら、静かにそう呟いた。