25話 フェンリVSダンドー
昨日の退屈な空気はどこへやら、観客席は熱気に満ちていた。
優等生同士の対決、獣族と人族、フェンリとダンドーの試合に、学園中の注目が集まっている。観客の反応はさまざまだ。純粋に二人を応援する者、獣族を差別する者、フェンリの安否を心配する獣族などが入り混じっているが、俺はそれを冷静に見つめていた。
(あいつらも今日で分かるはずだ。フェンリのすごさを。)
そう考えると、俺は口元が自然と緩んだ。
フィールドに立つフェンリとダンドー。
ダンドーの装備は昨日とは一変していた。右手には白い光を放つ高級感ある杖、左腕には金色のブレスレット型の魔具が輝いている。
(俺が昨日使ったボロの魔具とは訳が違うな。)
ダンドーの表情からは、フェンリの強さを認めた上で本気を出す決意が感じられた。一方、フェンリが持っているのはいつも通りの、どこにでもあるような杖だ。
(何か策でもあるんだろうけど、フェンリの考えは読めないな。)
両者が向き合い、審判が試合開始を告げる前に、軽い会話を交わす。
「助けてもらったことは感謝してる。でも、試験となっちゃ手加減はしねえぜ、フェンリ。」
「ありがとうございます。その方がやりがいがありますからね。」
審判が声を張り上げる。
「……始め!」
しかし、試合開始の合図が響いても二人は動かない。互いにじりじりと距離を詰めつつも、どちらも先に攻撃を仕掛ける気配がない。
観客席でノアが疑問を口にする。
「なんであの二人、攻撃しないの?」
それにライガが答えた。
「どっちも相手の出方を待ってるんだ。先に動けば隙を見せることになるからな。」
ノアは感心したように頷く。
「ふ~ん、なるほどね。」
その時、フィールドで動きがあった。二人の距離は1メートルを切り、杖の先端が軽く触れた瞬間、観客席から大きな歓声が上がる。
ダンドーが先に仕掛けた。
「火波!」
うねる火の波がフェンリに迫る。しかし、フェンリは即座に水元素の魔法で応じた。
「水弾!」
高圧の水流が火を一瞬でかき消す。その素早さに、観客席でノアが再び驚きの声を上げる。
「今の魔法、すごい威力だったよね!あの短時間でどうやって練れたの!?」
俺が説明しようとしたが、隣にいた眼鏡の人族生徒が先に口を開いた。
「それは簡単なことですよ、ノア氏!フェンリさんは魔力感知で相手の魔力の流れを見ているんです。それを応用すれば、ダンドー君がどの元素の魔法を使うか察知できたのでしょう!」
「あ、ありがとう…。」
その早口と的確な分析に、俺は少し感心した。
試合はさらに激しくなる。
ダンドーは「火剣」で火の剣を形成し、近接戦を挑む。しかしフェンリは冷静に対応し、会話の隙間で魔法を練り上げていた。ダンドーが剣を振り下ろした瞬間、球体の水が現れて彼を包み込む。
「水拘束。」
火の剣は球体の中でなお燃え続けるが、ダンドーは身動きが取れない。
しかし、ダンドーは火を瞬時に消し去り、周囲の水を蒸発させた。その判断力に観客たちからどよめきが起きる。
「さすがダンドーだ。」
俺は思わず呟いてしまった。
ダンドーはすぐさま次の魔法を放つ。
「大地振動!」
足元が揺れ、フェンリの動きが鈍る。その隙を突き、ダンドーの魔具が放つ稲妻がフェンリを襲った。
「ぐぅうあ!」
稲妻がフェンリの身体を貫き、制服を焦がして塵と化す。しかしフェンリは平然と立ち上がり、上半身裸のまま杖を構え直す。
(ロイドとヴァンスの時も思ったけどやっぱりフェンリの耐久力は尋常じゃないな……。)
再び二人が向き合う。観客席からは絶え間ない声援が飛び交っていた。試合はまだ終わらない。
観客席は歓声に包まれ、試合の緊張感が一層高まっていた。フェンリの上半身が露わになり、その引き締まった体に驚嘆する声も混じるが、試合の焦点はその強靭な体力と彼の次の一手に集まっていた。
対するダンドーは息を整えながら、自らの魔具に視線を落とす。まだ勝負は決まっていない。彼の目には勝利への意志が強く宿っている。
「まだまだだぜ、フェンリ!」
ダンドーは距離を詰めると再び魔法を練り始める。今度は先ほどとは異なる魔力の流れが観客にも感じられた。それは大地の力を引き出すような重々しい魔法だった。
「地砕!」
彼の杖が地面を突いた瞬間、巨大な岩の槍が複数突き出し、フェンリに向かって高速で迫る。その威力と範囲の広さに観客席がどよめく。
「今度こそ決まったか?」
観客の誰もがそう思った刹那、フェンリの目が冷静に輝いた。
「……お見事ですが、こちらも全力で応えます。」
フェンリは杖を掲げ、一言だけ呟く。
「風爆。」
周囲の風が渦を巻き、突如として爆風が生じる。迫りくる岩の槍が空中で粉々に砕け散り、破片が風に舞い上がる。その光景に、観客は言葉を失った。
「す、すごい……!」
ノアが感嘆の声を上げる。
ライガも驚きつつ、冷静に状況を分析する。
「土元素魔法を力で受けずに、風元素の圧力で砕いたんだな。」
「フェンリは風元素も得意なんだね!」
ノアはさらに興奮している。
「いや……それだけじゃなさそうです。あの短時間で魔力の調整をしつつ、ダンドーの魔法の特性を見切ってるんです。判断力が……尋常じゃない。」
「これで決める!」
ダンドーは両手を広げ、全身から魔力を放出する。
「雷刃!」
空中に雷が走り、巨大な刃が形作られる。それをダンドーが振り下ろすと、鋭い雷刃がフェンリに向かって疾走する。
観客たちは息を呑む。誰もがその一撃の威力に圧倒されていた。しかし、フェンリは冷静なままだった。
「……これが最後ですね。」
彼は杖を掲げると、周囲の大気が一気に収束し始める。その勢いは、ダンドーの雷刃をも飲み込むような圧倒的な力を感じさせた。
「大地障壁。」
一瞬で地面から生じた土の防御壁が雷刃を受け止め、そして雷刃の勢いが弱まった瞬間、フェンリは逆にその雷刃のエネルギーを反転させて放った。
「反射衝撃。」
放たれたエネルギーが逆流し、ダンドーの足元に衝撃波を起こす。ダンドーは衝撃を受けて杖を取り落とし、膝をついた。
しばらくは立つことはできないだろう。
「――試合終了!」
審判の声が響き渡る。
観客席からは歓声と拍手が巻き起こる。その中で、ダンドーは悔しそうな表情をしたが、すぐに笑顔で立ち上がった。
「やっぱりお前はすげえよ、フェンリ。でも次は負けねえからな!」
フェンリも微笑んで応じた。
「お互い、さらなる高みを目指しましょう。」
試合を終えた二人が握手を交わすと、観客席の興奮は最高潮に達した。
観客席が試合の余韻に浸る中、次の四回戦の準備が整えられた。俺は思わず感嘆の声を上げる。
「ふぅ、やっと一息つけるかと思ったら、次はノアの出番ですか。」
四回戦目の選手たちが呼び出されると、ノアは元気よく手を挙げ、戦場に向かった。その対戦相手は、ノアと同郷の生徒でラタンと言うらしいが、心配はいらないか。
審判が試合開始を告げるや否や、ラタンが素早く詠唱を開始した。彼の動きはその身体からは想像もできないくらい的確で、観客も注目していた。しかし――。
ノアの動きはそれ以上に速かった。
試合はまさに一瞬。
ノアの魔具が放った土元素の魔法が、ラタンを囲むように炸裂し、その場を制圧してしまった。まるで対抗する暇も与えない圧倒的な速攻に、観客は驚きと歓声を上げる。
試合が終わり、ラタンは少し悔しそうに苦笑いを浮かべた。
「ノアちゃん……強くて可愛いって最高……。」
ノアは屈託のない笑顔で返事をする。
「ありがと!でもまだまだこれからだよ!」
あっという間に試合を終えたノアが、観客席に戻ってくる。彼女を迎える俺は冗談交じりに声をかけた。
「……ノア、本気出しすぎでしょ。」
「え?だってラタンも真剣だったから!」
ノアの無邪気な返答に、俺は苦笑するしかなかった。
ノアの試合が終わり、5回戦目、キヤリテとズーチの試合が始まった。二人の試合はいつもと変わらないたわいのない口喧嘩をしてから始まり、今までの相手への怒りを全てぶつけるような戦いだった。
しかし、二人とも相手が怪我をしないように最小限の力で攻撃をしているため、魔法の軌道がヨレヨレだ。そんな二人を見て観客席からは野次が飛びまくっていた。
数十分経つと、結局キヤリテが降参してズーチの勝利となった。
ただただ二人の痴話げんかを見せられた他の生徒たちの中では、言いようのない感情が生まれていた。
6回戦目のガムシル対ゴング―の試合はそこまで語ることはない。最終トーナメントまで生き残ってきただけあって他の生徒たちより腕は立つようだが、気になる点はなかった。
試合はガムシルが圧勝して幕を閉じた。




