22話 ネイラVSカイル
ついに最終トーナメントの第1回戦目が幕を上げた。フィールドに立った俺は、対戦相手のネイラと対峙していた。ネイラは俺の目の前で小さく手を振りながらこう言った。
「先ほどはお久しぶりでしたねぇ…お話できて嬉しかったですよぉ……。」
「え……?」
俺は彼女の言葉に戸惑った。この学園の生徒で俺とそんなに親しそうな女子なんていたか?いや、少なくとも俺には記憶にない。
不思議に思いながら俺は直接ネイラに尋ねた。
「さっきは、反射的に挨拶返しちゃいましたけど、俺たちどこかで会いましたか?」
その問いに、ネイラの大きな瞳が見開かれる。彼女は肩を小さく震わせ、目線を下に落とすとこう呟いた。
「覚えて、ないぃ……これも私の影が薄いせいですかねぇ……。」
突然の行動に、俺は面食らった。影が薄い?どういうことだ?
詳しく聞こうと口を開きかけた瞬間、試合開始の合図が鳴り響く。
「……ッ!」
やむなく俺は魔具に魔力を流し込み、構えを取った。ネイラもゆっくりと体を揺らしながら間合いを詰め始める。その姿は妙に不規則で、気味が悪いほどだった。
「なんだ?あの動きは……。」
その疑問が浮かんだ瞬間、ネイラの姿が突然視界から消えた。そして次に俺が気づいた時には、床に這いつくばるような低い姿勢で一気に懐へ入り込んでくるネイラの姿があった。
「うおっ!」
思わず叫び声を上げ、ギリギリでその突進をかわす。ネイラはすぐさま背後でゆらりと立ち上がり、静かに言葉を漏らした。
「いいですよぉ……思い出させてあげますよぉ……。」
その声には、どこか不気味な響きがあった。俺は冷や汗を感じながら彼女を見つめた。ネイラはゆっくりとローブの内側から杖を取り出す。
その杖は黒い木材で作られており、ところどころに紫色の装飾が施されている。どことなく禍々しい雰囲気を放つその杖を見て、俺は嫌な予感が胸をよぎった。
「あの杖、なんだかすごく不気味だ……。でもどこかで……?」
ネイラは何も答えず、杖を軽く振った。そして次の瞬間、彼女は狂気じみた速さで動き始めた。
「風弾!」
「風刃!」
四方八方から風の魔法が飛び交う。俺は何とかそれをかわし続けるが、次第に制服が裂け始め、時折鋭い痛みが肌を貫く。
「これ以上やられたら、サイコロステーキになってしまう!」
俺は焦りつつも、冷静に状況を見極め、反撃のタイミングを狙った。手のひらにじっとりと汗が滲む。これだ。俺はこの汗を利用することを決意した。
「水盾!」
水操作の応用で水元素を操り、体外の汗を一箇所に集める。それをピザの生地のように広げ、厚みのある水の盾を作り出した。
「付け焼刃だが、これで防げる……か?」
俺の目の前には、水が凝縮された透明な壁が立ちはだかる。その向こう側では、ネイラが薄気味悪い笑みを浮かべていた。
「どうせぇ、そんなのすぐに切り裂いちゃいますよぉ……!」
俺の水の盾をものともせず、ネイラはさらに魔法の勢いを高めてくる。風の刃が次々と盾に突き刺さり、ひびが走り始めた。
「このままじゃ…マジで死ぬかも!!」
ついに、水盾が粉々に砕け散る。飛び散る水滴の向こうから鋭い風の刃が俺に襲いかかり、避けきれずに身体を切り裂いた。
「ぐっ……!」
鋭い痛みが走り、制服に赤い染みが広がる。滴る血が地面を濡らし、観戦席から悲鳴があがる。審判を務める教師がすぐさま止めに入ろうとするが、俺は手を挙げてそれを制した。
「大丈夫です。まだ、戦えます。」
教師は迷うような表情を見せたが、俺の覚悟を察して止まる。俺は深呼吸をしながら魔具に再び魔力を注ぎ、水領域を発動させた。
身体の周囲に広がった薄い水膜が魔力を消費し、傷を癒していく。血は止まったが、完全に回復したわけではない。それでも痛みが和らぎ、動けるだけの状態にはなった。
その様子を見て、観戦席から「おおっ!」という感嘆の声が上がる。思わず顔が熱くなる。
「ちょっと……恥ずかしい。」
だが、今は戦いに集中する時だ。俺はネイラに向き直り、真っ直ぐに彼女を見据える。
「お待たせしました。続けましょう。」
俺の言葉に、ネイラは杖を持つ手を少し傾け、不気味な笑みを浮かべた。
「最初はぁ……ノアさんたちと戦えないことを残念に思いましたがぁ……カイルさんも、なかなか戦いがいがあって面白いですねぇ。」
その声には底知れない冷たさと、わずかな興奮が混じっている。俺は口元に微笑を浮かべて応じた。
「はい、俺も楽しいですよ!ネイラさん!」
その短いやり取りを最後に、再び俺たちは動き始めた。
ネイラの動きは、これまで以上に速く、不規則だった。杖を軽く振るだけで、鋭い風の魔法が四方八方から飛んでくる。さらにその動き自体が、まるで幻影のように視界を乱してくる。
「くっ……!」
俺はその動きを追うのに精一杯だった。一瞬でも視界から外すと、再び捉えるのに数秒を要する。その間に放たれる魔法が、さらに俺を追い詰める。
「この動きを……何とか止めないと……!」
体力も魔力も削られる中、俺は戦況を覆す策を練る必要がある。
ネイラの攻撃を避け続ける中で、俺は彼女の動きにどこか見覚えがあることに気づき始めていた。
「この揺れるような動き……規則性のない身体の動きと、どこから飛んでくるか分からない攻撃の数々・・・。」
頭の中で必死に思考を巡らせる。
(この動き、前世で見た記憶がある……たしか、あれは—―。)
「酔拳……!?」
その言葉にネイラの動きが一瞬止まり、身体をピクリと震わせた。彼女はゆっくりと顔をこちらに向け、不気味に口元を歪める。
「その言葉……どこでぇ?」
どうやら正解だったようだ。
「俺も名前を知っているだけで、詳しくは知りません。」
「そうですかぁ……貴方も“師匠”の弟子でしたかぁ。」
(師匠……?弟子?……ネイラに酔拳を教えた人物がいるのか?それなら、いったい誰だ?もしかしてソイツは――)
疑問が脳裏をよぎったその瞬間、ネイラが今までとは比較にならないほどの速さで接近してきた。
「くっ!」
放たれた風刃が俺の頬を切り裂き、耳を掠めていく。鋭い痛みに思わず顔をしかめながらネイラの方へ目を向ける。
そこにあったのは先ほどまでの薄気味悪い笑顔ではない。代わりに浮かんでいるのは、憎悪…いや、明確な殺気を纏った表情だった。
「師匠は今どこにぃ?」
「お、俺はその師匠のことは知りませんっ!」
「そうですかぁ……話すつもりがないならぁ、喋らせるまでですぅ!」
そう言うと、ネイラは突然フィールド全体を駆け回り始めた。信じられないほどの速度で動き続け、その速さは加速度的に増していく。
「何だ!?……ギリギリで捉えられてた影すら、み、見えない……あれでも手を抜いていたのか!」
どこから攻撃が飛んでくるか分からない。すでに視界のどこにもネイラの姿は映っていない。
「……これで防ぐしかない!」
俺は魔力を集中し、さらに水盾を強化する。さきほどの水盾の層を厚くし、水の密度を上げて刃を受け流す構造に仕上げた。
「これで耐えられるといいが……!」
緊張感が高まる中、俺の耳には風を切る音だけが響き続ける。ネイラの存在が感じられないフィールドは、まるで嵐の前の静けさのように不気味だ。




