207話 ガルスの弱さ
俺は杖を構え、魔法で迎え撃とうとするが、ガルスは相変わらず戦いを譲ろうとはしない。
「チッ……!ガキがしゃしゃり出んな!」
ガルスは再び拳を固め、鋼のような腕を振り上げる。
魔物の光る鉱石の身体に拳を叩きつけるが、その衝撃は鈍い音を立てるだけで、砕ける気配はない。振り抜いた拳をすぐさま引き戻し、次は足元へ蹴りを叩き込む。
しかし、魔物はひるむどころか、触手を勢いよく振り上げ、ガルスを弾き飛ばした。
「ぐっ……!!」
ガルスは背中から地面に叩きつけられたが、すぐに立ち上がる。その目はまだ負けていないと言わんばかりの闘志を宿していた。俺はそんなガルスを見て、一瞬躊躇した。
だが――
「まだだ……!!」
ガルスは歯を食いしばり、再び魔物へ向かっていく。
その間、俺は魔法で触手を焼き払ったり、地面を隆起させて動きを封じたりしてガルスの援護を試みる。
しかし、どれだけ攻撃しても、魔物の鉱石の身体はびくともしない。
「やっぱり……どんな魔法を撃っても傷一つつかない……!」
俺は魔法を放ち続けるが、次第に息が上がっていく。
一方で、ガルスの動きも次第に鈍くなってきた。最初の戦いでの疲労と傷が、ガルスの身体を蝕み、本来の力を引き出せなくなっている。
ガルスは再び拳を振るうが、今度は魔物の触手が素早く巻きつき、ガルスの腕を拘束する。
「クソがァ……!」
ガルスは毒づくも、次の瞬間、触手が彼を勢いよく地面に叩きつけた。
「ガルスさん!!」
俺は咄嗟に土の魔法を使い、ガルスと魔物の間に土壁を作る。ガルスが押さえつけられる前に、魔法の風でその場から引き離した。
「クソがァ……!何度言ったらわかる!邪魔すんな……!」
ガルスは荒い息を吐きながら俺を睨む。だが、その目には焦りと苛立ちだけではない、どこか別の感情が混じっていた。
※※※
そのとき、ガルスの脳裏に過去の記憶がよみがえる。
『群れるヤツは弱ェ……!最強ってのは、たった一人で全てをぶち壊せるヤツのことだ……!』
ガルスはそう信じていた。
仲間に頼ることなど、敗北と同義。
誰にも背中を預けず、ただ己の力だけで戦い抜くことが"最強"の証明だと。そうやって生きてきた。
実際、ガルスはこれまでどんな想定外の状況にも余裕で対処してきた。
ギルドの職員が依頼の階級設定を誤り、想定以上に強敵と戦う羽目になったときも、数年前にSクラス級の魔物が街を襲ったときも、すべてたった一人でねじ伏せてきた。
どれほどの絶望的な戦いでも、拳一つで突破してきた。
だが、今の自分はどうだ?
目の前の魔物相手に、動けなくなっている?
自嘲が混じる。こんなはずじゃない。勝てるはずの相手だった。
なのに、何かがおかしい。
動きが鈍い。
集中力が切れる。
触手を捌くのに精一杯で、反撃にすら移れない。初めてこの魔物と戦ったときの疲労とダメージが、今になって蓄積し、ガルスの身体を蝕んでいた。
「チッ……!」
拳を握り直すが、力が入り切らない。これが衰えなのか?いや、違う。原因は別にある。
(──あのガキが、俺様に関わり始めてからだ。)
あいつと初めて会ったとき、本能的に理解した。
――強い。
剣の腕があるわけでも、筋力があるわけでもない。ただの子供のはずなのに、ガルスと同じ"強さの雰囲気"を持っていた。
その瞬間、ガルスの信念が揺らいだ。
『最強とは、ただ力が強いだけではないのか?』
そんな疑念が、心のどこかに生まれてしまった。
それまでのガルスに迷いはなかった。
強さとは純粋な力であり、強者は孤独であるべきだと信じていた。だが、あの子供を見たとき、その価値観が崩れかけた。信じていた"最強"という概念が揺らぎ、わずかに隙が生まれた。
そのせいで、Aランクにも満たない魔物に苦戦している。
──精神力の弱さ。
それがガルスのの敗因だった。
触手が唸りを上げながら迫る。ガルスは拳を構えたが、その動作は先ほどまでよりもわずかに鈍い。疲労、迷い、焦燥──それらが絡み合い、かつての切れ味を鈍らせていた。
「ガルスさん!!」
そのとき、”あいつ”の声が響いた。
戦場に飛び込んだその姿を見た瞬間、ガルスの中で何かが弾けた。
「テメェ……!」
ガルスは怒鳴りつけようとしたが、その前に杖が振るわれ、雷の魔法が触手に直撃する。電撃を浴びた触手が痙攣し、束の間の硬直を見せる。
その隙を見逃さず、”あいつ”は次々に魔法を放ち、触手を切り裂いていった。
それを見たガルスの胸中に、新たな感情が湧き上がる。
(あのガキが……何かできるっていうのか?)
そんなはずはない。ついこの前、自分の拳一発で気絶した子供が、急に強くなれるわけがない。
ましてや、今の自分が倒せない相手をどうにかできるはずが──
そう思いながらも、目の前の光景が否応なしにガルスの固定観念を揺るがし始めていた。
※※※
俺が戦いに割って入っても、ガルスは何も言わなくなった。
ただ、様子がおかしい。
じっと俺を見つめ、何かを考えているかのように動かない。
しかし、それに気を取られている場合ではなかった。
目の前の魔物は、最低でもB……いやAランクの魔物だ。ガルスが苦戦したことを考えれば、Aランク……もしくはそれ以上の可能性もある。
ガルスが戦わなくなった今、そんな奴を俺だけで倒せるとは到底思えない。背中に冷や汗が伝う。
だが、立ち止まるわけにはいかない。
俺はガルスに叫んだ。
「ガルスさん!!俺だけじゃこいつを倒せない!剣を……!剣を取ってください!」
しかし、俺の叫びも虚しく、ガルスは微動だにしない。目の奥に迷いが見える。
だが、考え込んでいる場合じゃない。ガルスが戦闘に参加しなければ、俺の“作戦”が使えない。
魔物の触手が地を叩き、地面が割れる。砂煙が舞い、視界が悪くなる。
しかし、これは好機でもある。俺は咄嗟に土元素魔法を発動し、さらに大きな土煙を巻き起こした。魔物の注意を錯乱させるために、風の魔法を使って砂埃を四方に散らした。
魔物が咆哮し、触手が無差別に地面を叩き始める。衝撃で体が揺れるが、俺は魔物の脇を抜け、一直線にガルスへと駆けた。息が上がる。心臓が早鐘のように鳴る。
「ガルスさん!立ってください!!」
俺はガルスの肩を掴み、揺さぶった。ガルスは迷いの色を残したまま、俺を見つめる。その瞳に映るのは、これまでの信念が崩れかけた男の姿だった。
「ガルスさんは……まだ終わっちゃいない!」
俺の声が、ガルスの心に届くのを信じて、俺は叫んだ。
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