20話 実技試験開始!
翌朝、俺はベッドから飛び起きると、開口一番叫んだ。
「実技試験、何も準備してない!!!」
声が部屋中に響き渡る。慌てて制服に袖を通し、何か食べる余裕もなく、泊まっている宿を飛び出した。その際、店主が背後から叫ぶ声が聞こえた。
「お代!お代を払って行けー!」
だが、そんな声に構っている暇はない。俺は全力疾走で学園を目指した。途中、息を切らしながら考える。
(なんで忘れてたんだ、俺!)
理由は分かっている。昨日の筆記試験で全ての気力を使い果たしてしまい、さらに実技試験は少し得意な分野だからと気を抜いていたのだ。それが仇となった。
学園の門にたどり着いた頃には、額に汗がにじみ、息も荒い。そんな俺に、聞き覚えのある声が飛んできた。
「カイル!?その様子じゃ、もしかして……カイルも実技試験忘れてた感じ?」
振り向くと、ノアが立っていた。彼女の顔にも焦りの色が浮かんでいる。どうやら、俺だけじゃないらしい。
「まさか、ノアもですか……。」
「うん、昨日の筆記で力使い果たして、完全に忘れてた……。」
俺たちは顔を見合わせると、苦笑いして一緒に教室へ向かった。
教室に入ると、既にフェンリ、ジャンガ、ライガが席に座っていた。3人ともリラックスした様子で、それぞれに準備を整えている。特にフェンリは余裕そのものといった表情で、俺たちに軽く頷いてみせた。
「おはようございます、カイル、ノア。」
「おはよう。なんか、フェンリは全然焦ってないみたいですね。」
「もちろんです。初めての実技試験、準備は完璧です。」
流石はフェンリ、頼もしい。
俺も自分の席につき、今日の試験について考える。
これまでの実践授業を思い返せば、実技試験では魔法の精密なコントロールが重要になりそうだが、実際の内容は発表されていない。何が課されるのか、予想するのも難しい。
そんな中、教室の扉が開き、担任が入ってきた。
「これより実技試験を行います。試験会場は第3修練場。12歳以上の生徒は杖を、以下の生徒は魔具を持参するように。」
担任の指示が終わると、A組の生徒たちは一斉に席を立ち、準備を始めた。どの生徒も自信ありげな様子で、これまでの努力を発揮する気満々だ。俺も魔具を手に取り、気合を入れ直す。
10分後、第3修練場に着くと、既に多くの生徒が集まっていた。
どうやら、今回の実技試験はA組だけではなく、B、C、Dの4クラス合同で行われるらしい。
なぜかS組の姿は見えないが……。
ざわざわとした雰囲気の中、俺は近くにいるノアやフェンリと立ち話をして時間を潰していた。
「4クラス合同……かなり大規模ですね。」
「はい、緊張します。」
フェンリは静かに答える。
ノアはそれに対して、「その分楽しいかも!」と明るく笑っていた。そんな話をしていると、不意に場のざわつきが収まり、周囲が一斉に静まり返った。
「注目!」
低く響く声が場内にこだまする。声の方を向くと、体格の良い見知らぬ男性教師が立っていた。鋭い目つきで生徒全員を見回しながら、彼は続けて言った。
「これから実技試験を開始する。君たちは優秀な魔法使いの原石だ。この試験ではその素質が問われることになる。各々、良い成績を残せるよう努力せよ。」
緊張感が一気に高まり、周囲の生徒たちの喉がゴクリと鳴る音が聞こえるような気がした。
「試験内容だが……4クラス合同で、トーナメント形式の1対1の対決を行ってもらう。」
その瞬間、修練場全体が静まり返った。かと思えば、次の瞬間にはざわつきが爆発した。
「え、トーナメント!?対決!?」
「マジかよ、そんなの聞いてないって!」
生徒たちが動揺する中、俺も軽く息を呑んだ。
1対1の対決だなんて、いきなりハードルが高すぎないか?けれども、続く教師の言葉が場の空気をさらに張り詰めさせた。
「初戦の相手はランダムに決定する。全員、全力を尽くせ。それでは、試験を開始する!」
俺は思わず拳を握り直した。
誰が相手になるのかも分からないし、どんな戦いになるのかも想像できない。だが、一つだけ確かなことがある。この試験、手加減している暇はない。
俺は、最強を目指している。だからこそ――この試験、絶対に負けられない!
―――。
俺の対戦相手がついに決定した。俺の出番は4回戦目、相手はB組のガイという男子生徒だった。
ガイは人族で、背が高く短く刈り揃えられた黒髪が特徴的だ。赤い模様が施されたローブを纏っており、流石に年上であることが分かる。その年齢なら自分の得意とする魔法を自由に使えるはずだ。
一方で、俺はまだ12歳に達していないため、魔法が自由に使えない。
代わりに使うのは初歩的な魔具。俺の魔具は、水元素の初級魔法のみを発動させるためのものだが、この魔具は粗悪品で魔法の制御が利きにくいという欠点がある。俺はその場で魔具を手に取り、試しに軽く振ってみた。
(……これ、振りすぎたら暴発とかしないだろうな?)
心の中でそうぼやきながら、俺は観戦席へと向かう。全ての生徒の対戦相手が決定した後、実技試験の1回戦目が始まる運びとなったのだ。
俺はノアたちと一緒に修練場の壁際に設けられた観戦席へ移動した。
試験会場は広く整備されており、生徒たちの声が高い天井に反響していた。観戦席からは試合の舞台が一望でき、中央には魔法障壁が設置された円形のフィールドがあった。これが対決の場だ。
1回戦目は、同じA組の生徒同士の対決となった。出場するのはあのダンドーと、その友人リゴだ。
2人はクラスの中でも頭が良く、普段から気の合う友人同士として知られていた。しかし、試験では容赦なくぶつかり合う必要がある。
フィールドに立つ2人を見て、観戦席は早くも盛り上がり始めていた。ダンドーは屈強な体格で、短剣のような型をした杖を片手に構える。その隣で、リゴは左手には小型盾の魔具、右手には小さな杖を構えていた。
「まさか、ダンドーとリゴが1回戦目なんてな。これ、どっちが勝つか分かんねぇぞ!!」
俺の隣で、ライガが興奮した様子で呟く。
「ダンドーくんがパワーで押し切るか、それともリゴくんが巧みな防御でしのぎきるか……見物ですね。」
フェンリは冷静に状況を分析していたが、その声にもわずかな期待が込められている。
試合開始の合図が響き渡った。
「始め!」
ダンドーは開始と同時に猛然と前に出た。短剣型の杖を振りかざし、火元素の下級魔法を放つ。
「喰らえ、火弾!」
轟音と共に放たれた火弾が、リゴに向かって一直線に飛んでいく。しかし、リゴは冷静そのものだった。盾を構え、魔具に内蔵された土元素の初級魔法を発動させる。
「土壁!」
地面から土の壁が現れ、火弾を受け止めた。
火花が散る中、観戦席からは歓声が上がる。リゴは続けて反撃の構えに入るが、ダンドーの攻撃は止まらない。彼は間合いを詰めながら、次々と火元素魔法を繰り出していった。
「ダンドーの攻撃は迫力がありますね!」
俺が感心していると、ノアが言葉を挟んだ。
「でも、リゴの防御力もすごいよ。こんなに攻められてるのに、まだ崩れないなんて。」
その通りだった。リゴは巧みに盾を使いながら攻撃をかわし、隙を見つけてカウンターを狙っていた。
そして、ついにチャンスが訪れる。ダンドーの攻撃が一瞬途切れたその隙を突き、水元素の下級魔法を放った。
「水棘!」
水の棘が次々とダンドーに向かって飛ぶ。しかし、ダンドーは慌てることなく杖を振り、水の棘を炎で蒸発させた。
「甘い!」
2人の攻防はさらに白熱していった。観戦席の生徒たちは息を呑みながらその様子を見守っていたが、俺は自分の試合が気になり始めていた。
「俺の相手、ガイってどんなやつなんでしょう……。」
「さっき見た感じだと、火属性が得意っぽいですね。」
フェンリが冷静に答える。
「火属性か……俺、水元素の魔具なんですけど、相性悪いかもですね。」
「そうとも限りませんよ。水元素の魔法は強さ次第で火を制する可能性もありますし、重要なのは使い方です。」
フェンリの言葉に少し励まされるが、俺の胸の中にはまだ不安が残っていた。
一回戦目はダンドーの勝利で幕を閉じた。
リゴもあと少しで勝てそうだったがあと一歩、足りなかった。
――試合が進む中、次々と対戦が行われ、いよいよ4回戦目が近づいてくる。
「カイル、頑張ってね!」
ノアが明るく声をかける。俺は彼女の笑顔に少し力をもらいながら、深呼吸をした。
「よし、やるか。」
ついに俺の出番がやってきた。
修練場の中央に立ち、目の前のガイと向き合う。
近くで見るとガイは真面目そうな顔つきで、整った黒髪と緑色の瞳が印象的だった。彼は軽くお辞儀をすると、穏やかな口調で話しかけてきた。
「君が、あの有名なカイル君だね?」
その言葉に、俺は眉をひそめた。
「有名?」
ガイはにこりと笑いながら頷く。
「あぁ、人族なのに獣族と親しくしている変わり者として、学園中で噂になってるよ。」
俺は顔を引きつらせながら答えた。
「変わり者って……まあ、気にしないですが。」
一瞬の沈黙が流れた後、俺は魔具を取り出し、腕に装着する。
鉄製のブレスレット型の魔具はシンプルなデザインで、中央には青く輝く水元素の魔石が埋め込まれている。魔石にそっと手をかざし、自分の魔力を少しずつ流し込んで準備を整えた。
一方のガイは、ローブの内側から一本の杖を取り出した。それは見た目にも高級感があり、純白の木材に繊細な金細工が施されている。
俺はその杖を見て感心しながらつぶやいた。
「その杖、すごくきれいですね。」
するとガイは得意げに頷き、少し鼻を高くしてこう答えた。
「あぁ、ありがとう。これは特注品なんだ。君たち下民じゃ、一生かかっても買えないような高級杖だけどね。」
さっきまで礼儀正しかった態度とは打って変わり、上から目線の発言に俺は口元がひきつる。
「……そうですか、それなら魔法もさぞやすごいのでしょうね。」
皮肉を込めた言葉を返すが、ガイは気づいていないのか、ますます自信満々の表情を見せる。
――試合開始の合図が響き渡った。
「始め!!」
その瞬間、ガイが杖を掲げ、詠唱を始める。
「火矢!」
(いきなりきた!!)
杖の先端から小さな火の矢が放たれる。それは俺に向かって真っ直ぐ飛んできた。驚きつつも反射的に腕を振り、魔具に魔力を送り込む。
「水弾!」
青い水の弾が一斉に火矢に飛びかかり、なんとか消火した。観戦席からは小さなどよめきが起きた。
「へぇ、そんな魔具でそれだけ魔法が扱えるとは。ちょっと見直したよ。」
ガイが冷たく笑う。
しかし俺は油断しない。俺はガイの隙を突こうと前進しながら、再び魔力を注ぎ込む。
「水拘束!」
水の球体がガイを包むが、ガイは軽く杖を振るだけで簡単に弾き返した。
「それじゃ僕には届かないよ!」
ガイはさらに詠唱を続ける。杖の先端に赤い光が集まり、やがて火の槍が形成される。
「火槍!」
燃え盛る槍が俺を狙って放たれた。観戦席からも歓声が上がるが、俺は動揺せず素早く回避する。
「っ……危な!」
火の槍が地面に突き刺さり、小さな爆発を引き起こす。その余波で俺は後退したが、なんとか立て直す。
「本気で来いよ!下民でも意地はあるんだろ?」
ガイは小さく俺にだけ聞こえる声で挑発した。
「言ってろ……俺だってやってやるさ!」
俺は再び魔具に魔力を注ぎ込み、次の手を模索する。水元素の魔法しか使えない不利な状況だが、相手の得意元素が火であることはチャンスでもある。
※※※
観戦席では、ノアが心配そうにカイルの様子を見守っていた。
「カイル、大丈夫かな……。」
「大丈夫です。彼なら何か策を見つけますよ。」
フェンリが静かに言う。
ジャンガは腕を組んで不満げに言った。
「でもさ、相手は杖使ってるんだぜ?カイルの魔具じゃ分が悪いだろ。」
「それはどうかな。」
ライガが牙を見せ、にやりと笑う。
「カイルのやつ、あぁ見えて意外と強いんだぜ。」
※※※
俺は次の一手を仕掛ける準備をし、周囲の地形とガイの動きを観察し、わずかな隙を狙っていた。
「っ……ここだ!」
俺は低い姿勢から水弾を放ち、同時に走り出す。観戦席からも息を呑む声が聞こえる中、試合はさらにヒートアップしていく。
俺は体勢を低くしてフィールドの端へと移動しながら、慎重に間合いを測っていた。一方のガイは余裕の笑みを浮かべ、杖を軽く回しながら詠唱を始める。
「どうした、そんなに逃げ回っていては勝てないぞ?」
「逃げてるわけじゃないけどね!」
俺は再び魔具に魔力を送り込む。
「水弾!」
今度は狙いを変え、ガイの足元を標的にする。水弾が地面にぶつかり、小さな水溜りを作り出した。
「なにを狙っている?」
ガイは訝しげに目を細めたが、すぐに笑みを取り戻した。
「無駄だ。そんな小細工で僕に勝てるとでも?」
ガイは杖を高く掲げると、次の魔法を唱え始めた。
「火輪!」
火の輪がガイの周囲に現れ、回転しながら広がり始める。周囲の観戦席からも「おおっ」と感嘆の声が上がった。
「これで終わりだ。」
ガイは輪を操り、俺に向けて放つ。その火は一度放たれると自動的に追尾する仕組みなのか、俺の動きを封じ込めようと迫ってきた。
「まずい……!」
俺は火を避けようと全力で駆け出すが、追尾する火の速度は予想以上だった。焦りながら魔具に魔力を注ぎ込む。
「水緩衝」
スライム状の水が現れ、火をなんとか防ぐ。しかし勢いは完全に止められず、水緩衝はすぐに蒸発してしまう。
「こんなもんか?残念だったね、君の魔法じゃ僕の火には勝てない。」
ガイが得意げに笑う。
「まだだ!」
俺は強がりながら距離を取ろうとするが、ガイの火が四方から迫ってきていた。俺の逃げ場がどんどんなくなっていく。
「これで終わりだ!」
ガイは最後の詠唱を始め、さらに大きな火の塊を杖に集める。
俺は汗を拭いながら、自分の置かれた状況を冷静に分析しようとするが、もはや手は尽きたように思えた。
「くそっ……これじゃ本当に終わる!」
観戦席のノアが思わず立ち上がり、声を上げる。
「カイル!負けないで!」
フェンリはその場で拳を握り締めていたが、冷静な声でつぶやいた。
「……彼がここで諦めるとは思えませんが。」
だが、フィールド中央の俺の姿は炎に囲まれ、追い詰められている。ガイは確信に満ちた笑みを浮かべた。
「これで終わりだ。さようなら、偽善者君。」
杖を振り下ろそうとするガイ。次の瞬間、フィールドは灼熱の閃光に包まれようとしていた。
俺はこの時を待っていた。
顔に浮かんだのは、焦りと――かすかな笑みだった。




