2話 異世界転生と魔法との出会い
次に目を覚ましたとき、俺は見知らぬ天井を見上げていた。
ぼんやりとした意識のまま、体を動かそうとするが、思うように力が入らない。まるで全身が鉛のように重い。
焦燥感が胸を締め付ける。
(なんだ……動きが鈍いぞ。まさか、刑が失敗して脊髄を損傷したとか!? 全身麻痺なんて冗談じゃないぞ!?)
焦る気持ちを抑えきれず、力いっぱい腕を持ち上げようとした。鈍いながらも、ゆっくりと上がってくる。
ようやく視界に入った自分の手を見た瞬間、思考が一瞬止まった。
(……なんだ、これ?)
俺の手は、まるで赤ん坊のように小さく、ふにゃふにゃとした頼りないものだった。
「あえ……?」
戸惑いが言葉にならない。これは夢か?幻覚か?それとも何かの冗談か?
落ち着け。きっと長い間眠っていたせいで、目が霞んでいるだけだ。
俺は目を閉じ、大きく深呼吸をした。
「シュー……ヒュー……」
ゆっくりと目を開ける。
しかし、変わらない現実。
(嘘だろ……)
放心していると、部屋の外から誰かの足音が聞こえてきた。規則正しくコツコツと床を踏みしめる音が近づいてくる。
(医者か……?)
右前方で、ガチャリと扉が開く音が響く。
そして、目の前に現れたのは、見知らぬ男女だった。
「ワタシマサヲメ、テミタナア!」
(……なんだ?どこの言語だ?)
理解できない言葉を発しながら、若い男女が俺の顔を覗き込んでくる。
(日本語じゃない……いや、それどころか知っている言語ですらない……ここはどこなんだ?)
「ナタイツソウャシイノア、タッカヨ、ォオ!」
男の方が急に俺を抱き上げた。
(ちょ、ちょっと待て! 俺は19歳のはずだぞ!?)
こんな細腕の男に簡単に持ち上げられるほど軽いわけがない。
だが、抱え上げられたことで下を向き、自分の体がはっきりと見えた。
――そこにあったのは、ふっくらとした幼児の体だった。
「……あうぁあああああ!!!」
(なんじゃこりゃああああ!!!)
◇◇◇
半年後。
俺は今、母親の胸から乳を飲んでいる。
(……まさか転生なんてものが本当にあるとは)
前世で俺は死んだ。
そして今、どこかの国の赤ん坊として生まれ変わってしまったらしい。
だが、これはむしろ好都合だ。前世の俺は犯罪者だった。日本で生きていく未来はなかった。ならば、これは新たな人生をやり直すチャンスと言えるだろう。
「ヨスデクルミ、ンャチカイル、イーハ」
(……まあ、今は乳を飲むしかできないんだけど)
◇◇◇
さらに1年後。
「ネ二ウヨイ、ナサボコ!」
ついに乳から解放され、離乳食になった! 初めて口にする米が涙が出るほど美味い!
それにしても、この国は妙に豊かだ。戦争もなく、夫婦共に穏やかに暮らしている。日本では滅びかけていたはずの米が、毎日普通に食卓に並んでいるのだから驚きだ。
(……ここは一体どこの国なんだ?)
考え込むが、幼児の脳はすぐに疲れてしまう。結論を出すのは、もう少し成長してからにしよう。
◇◇◇
転生してから4年ほど経った。
足腰がしっかりし、歩けるようになったことで、家の外を探ることができるようになった。
両親の言葉も少しずつだが、自然と理解できるようになり、彼らの会話から、どうやらここはイ〇リアのどこからしいと推測した。
(……だが、おかしい)
イ〇リアは俺が16の時、他国に滅ぼされたはず。それなのに、ここは信じられないほど平和で豊かだ。
(まるで200年前にタイムスリップしたような世界だな……)
電気もないし、家の造りも古風すぎる。窓から見える景色も、まるで中世の農村のようだった。
◇◇◇
歩けるようになってからは、日課ができた。
「お母さん、ちょっと外に行ってもいいですか?」
他人の母親を”お母さん”なんて呼ぶのは、なんだかモヤモヤするけど……それ以外に呼び方が見つからなかった。名前呼びも考えたが、それはそれで恥ずかしい。
「あら、今日も遊びに行くの? 気を付けてね。とくに、魔獣には注意するのよ?」
(いつも思うが、魔獣? ……怪我じゃなくて、魔獣に気を付けろ?)
日本とは常識が違うのか、それとも大型獣をそう呼んでいるのか。
俺は考えながらも、家を出た。
少し歩いた先の森の中にある、開けた場所で俺は腰を下ろした。
俺はここを鍛錬場として利用している。
やることは単純だ。筋トレと、剣に見立てた木の棒で素振りをするだけ。
最強を目指すんだったら身体作りは子供の内からやっておく方がいい。
幼児期の成長速度とは素晴らしいものだ。
(まぁ、まだ4歳だからな。地道にコツコツ積み上げていくしかない)
そうして俺の新しい人生は、ゆっくりと動き出したのだった。
◇◇◇
転生してから6年が経った。
6年も暮らしていけば、もう言語はほぼ完ぺきに覚えられた。どうやら今の俺はカイル・ブラックウッドという名前らしい。どんな因果か、俺は黒木……いやブラックウッドという家名を授かった。
ここ最近では、近所の子どもとも仲良くなったし、トレーニングも毎日続けているおかげか、まだ小1とは思えないほど身体は出来上がっているはずだ。
そして今日は、今までの成果を試す日だ。
最近、俺の鍛錬場の近くに住み着いた真っ黒い毛に身を包んだ子供の狼を狩る。前世の戦闘知識と今の逃げ足の速いこの小さな身体なら、子供の狼など、逃げながらでも倒すことができるだろう。多分。
これも最強になるための道だ。
俺は昼食を終えると狼が普段寝床にしている川沿いへと足を運んだ。
俺が日々鍛錬している場所のすぐ近くにある川の付近に、そいつは住み着いている。なんでもこの狼、村の作物や家畜を食い荒らすのでかなり嫌われているらしい。
なので、俺の大好きなご飯を守るのために、少し痛い目を見てもらおうとおもう。
―――。
狼の住処に着くと、奴は俺が来るのが分かっていたかのようにすでに戦闘態勢に入っていた。
グルグルと喉を鳴らし俺との間合いを図っている。
俺は自分で木の棒を研いで作ったの木刀を構える。
軍では、身体を鍛えるために様々な訓練を受けさせられた。その中には短剣術や剣道などもあったため、多少なり剣の扱い方は理解しているつもりだ。
俺は狼を見据える。
よく考えれば、狼なんて初めて見た。話でしか聞いたことなかったし、見る機会もなかった。
しかし……やっぱり、聞いてた通り美しく凛々しい生物だ。
――俺は今から、コイツと戦う。
重心を下げ姿勢を低くし、木刀を前に構える。
狼も俺と同じように低姿勢を維持し後ろ足で土を払う仕草をしている。
今、俺の最強への道の第一歩が踏まれる。
足で地面をダンッと踏み上げる。俺の身体が凄まじい速さで狼の腹の下へと入り込もうとする。
それを阻止するかのように奴は身を翻す。
(奴の爪はデカく鋭い。一度でも攻撃を受けたら死ぬ!まずは奴が爪を使えない腹の下に潜り込む……!)
宙に舞った狼は両前足の爪を入れに突き向ける。俺はサイドステップで爪を避け、再度奴の腹下目掛け駆け抜ける。しかし攻撃を避けられた狼は後方へとジャンプし俺と距離を取る。
(コイツ…!俺の弱点であるリーチの短さを即座に理解して距離を開けてきた!)
「ふうっ……!ふうっ……!」
距離を取り、自分が優位と分かったのか、狼はニヤッと口角を上げ舌なめずりを始めた。
(俺を食うつもりか……?させるかよ!)
俺は木刀を捨て右ポケットから自作パチンコを取り出し、左ポケットからは黒く先端が鋭利な弾を取り出す。
パチンコの威力は、大体はゴムの伸縮性と使い手の技量次第で決まる。
ときに頭蓋骨をも砕く威力を誇るものもあるが……俺が持ってきたのはまさにソレだ。
「距離を取られるのは対策済だ!!」
パチンコのゴムに弾をセットし、狼に向け発射する。
風を切る音と共に奴の頬が切れ、血が垂れる。
撃つと同時に俺は茂みの中に逃げ込み移動する。
「ぐぅぅ…ガぁあああああああ!!!!」
傷を負った狼は、耳を塞ぎたくなるほどの雄たけびを上げ眼が充血しだした。
俺はそこで信じられないものを見た。
みるみるうちに奴の筋肉が膨れ上がり、爪は異常に成長し、黒毛の身体には胸から太ももにかけて赤い紋様が浮かび上がった。
化け物だ。
「バ、バケモノ……?!」
(母親が言ってた奴ってコイツの事だったのか……!?存在するのか?こんな奴が!)
「ぐぅがあああああああああああぁああ!!!!」
変身が完了した狼は、すでに狼と呼べる代物では無くなっていた。
小ぶりだった身体は、4メートルは超えていると思える程デカく、異常に成長した爪は俺の身体3つ分はある。
でも、バレるハズがない。俺は前世では隠密行動が得意だった。そう簡単に見つかってたまるもんか。
しかし、突然狼は鼻を鳴らし始めた……まるで何かを探るように。
「まさか……!」
気づいた時にはもう遅かった。茂みの中に隠れている俺に向かって、狼は走り出していた。
「クッソ!こうなったらやるしかない!」
急いでパチンコに弾をセットし次々と撃ち続ける。
しかし、俊敏力も向上したのか、全てが無駄に終わった。
もう弾はない。
撃てないと気付いたのか、奴はまたこっちに向かって走ってくる。
(せめて木刀あれば!なんで捨てちまったんだ!!)
こうなったら逃げる!逃げまくる!逃げるが勝ちだ!!
そう決めた俺は村とは反対の方向へ駆け出した。
(村の奴らでもコイツを倒すのは多分無理だ。だから今まで放置してたんだ。)
幸いにも2歳のときから体力作りは徹底してやってきたから逃げ切る体力は十分あるハズだ。このまま木々に紛れて巻いてやる。
―――。
数時間俺は走り続けた。森の中をずっと、日が暮れても。
(もうすぐ俺の体力も限界が近い。早く……巻かないと!)
しかしとうとう俺の体力は限界を迎えてしまった。
「はぁ……っはぁ……っ!!」
後ろを振り返るとあの狼が俺を見下ろしていた。もう逃げ切る体力はない。ここで終わりか。
「しつこ……すぎるぞ!はぁ……!クソ!」
涎を垂らし、今すぐにでも俺を食いたそうな狼は喉をグルグル鳴らしている。
こんな奴に手を出したのが間違いだった。
狼は口を大きく開き、俺の頭上から脇腹まで口の中に入れた。口が閉ざされようとしたそのとき、奴の口内が光を放ち燃え出した。
「食おうとしたな!?バカめ!」
俺は逃げ続ける中で森の恵みを頂いていた。
森にたくさん生えていたススキのような植物の穂を集めまくり、パチンコに使った弾――鋼鉄片と拾った鋭い石で火花を起こし着火した。
「がああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
炎が口内をプスプスと音をたてながら焼いていく。
これで終わり……か。
しかし、突然狼が自分の口を切り裂き、血で炎を消火した。
「なっ……?!」
突然の出来事に一瞬身体が硬直してしまった。
その隙に、狼が身体を回転させ、尻尾が俺の腹部を直撃した。
木にめり込む程の強さの回し尻尾を喰らった俺は意識を保つのに精一杯だった。
「うぐっ……!」
咄嗟に受け身取らなかったら死んでいた…。
しかし、ここからどうする?
狼は俺の方を睨みギリギリと歯を鳴らしている。怒りが爆発寸前って感じだ。
(この身体じゃもう何もできない。万事休すか…?)
その時、口を大きく開けて俺に覆いかぶさるように狼が飛んできた。俺は目を瞑り『その時』を待つ。
「……。」
しかし、待てど暮らせど、狼が襲ってくることはなかった。
(襲ってこない?どうしたんだ?)
不思議に思い、ゆっくりと目を開くとそこには、目の前には金色の装飾が施されてある黒いローブを身にまとった男が立っていた。
その黒装束の男は、何か不思議な力で狼を宙で掴んでいるようだった。
怪しい人物に、不可思議な力。
俺は極力その人物を刺激しないように丁寧に、言葉を選びながら問いかける。
「あ、あなたは……誰、ですか?」
「子どもがこんな魔物の巣窟で何をしている。」
ドスの聞いた声だが本気で俺を心配しているのが分かる声色だった。しかし何者かは分からない。ローブから覗く顔を見て、俺は村では見たことがない人物だと分かった。
そう考えている内に男がローブの中から小さな杖を取り出していた。
「見ていろ、少年。これが本当の”力”だ。」
男はそう言うと狼に杖を向け続けてこう言った。
「フレイム。」
その唱えた瞬間、狼の全身が炎に包まれ、あっという間に灰と化し……死んだ。
俺は声が出なかった。
今のはなんなんだ。
どういう原理なんだ。
なんて力なんだ。
――と色々な思考が俺の脳を巡った。
「今のを見てどう思った?」
男の呼びかけでようやく俺は我に返った。
「え?」
「今の”力”を見て君はどう感じた?」
(”力”とはさっきの炎をのことだろうか。凄まじい力だった。あれこそ、白井が望んだ力なのではないかと俺は直感的に思った。
俺は、やはり男を刺激しないように敬語で、丁寧に、そして一言一句思考しながら言葉を紡ぐ。
「す、凄かったです!あのような火力の炎……見たことないです!あれは何なのですか!?」
「あれは……ん?」
男が答えようとした途端、俺の視界が大きく歪みだした。
(あれ……なんか意識が。)
そうだった俺死にそうだったじゃん。ヤバい、気を失って――……。
※※※
――目覚めた俺はまた知らない天井を見ていた。
(また死んでしまったか?あの重症だったからな……死んでもおかしくない。)
「起きたか。」
「あれ!生きてる!??」
声がした方を見るとさっきの黒装束の男が座って俺を見ていた。
どうやら助かったらしい。
「ど、どうも、助けて頂きありがとうございます。」
「なんだ、いやに礼儀正しい子どもだな。まぁ、目を覚まして良かった。」
(そりゃまぁ、中身の年齢は25歳ですからね)
「それで、どうして俺は助かったんですか?誰が見ても助からないくらい深い傷だったハズですけど…。」
「それは『治癒魔法』だ。まだ親から教わってないようだな。まぁその年では当然か。」
治癒『魔法』…?魔法?魔法ってあのマジックってやつか?いやマジックで傷は治らないよな。
「魔法ってなんですか?教えてほしいです!」
「……魔法とは、大きく火、水、風、土の『四大元素』に別けられる、この世界では必ず無くてはならない――『絶対存在』と言われている。」
(絶対存在?マジックではない…よな?ならあの不思議な力はなんだ?治るハズのない傷が治り、どこからともなく炎が現れた。これってまさか…待てよ、いやまさか…。)
(でもそんなことって…。いや、あり得るかもしれない…。探ってみるか。)
「あの…1つ質問なのですが、日本って知ってます?」
「二ホン?いや知らないな。なんなんだそれは?」
一抹の不安を抱えながら、俺は質問を続けた。
「いえ……それじゃあイタリアは?」
「悪いがそれも知らない。一体なんだ?それは」
(やっぱり……でもまだ決まった訳じゃない。)
「あの……この国ってなんて名前ですか?」
「ここか?ここは、ノワラ国と言うが…。」
その言葉を聞いて、俺は驚愕するとともに、納得もした。
俺はノワラ国なんて知らないし聞いたこともない。それにこの男、イタリアや日本も知らないと来た。
決まりだ。
ここは俺の知ってる世界じゃない、ここは一体、何処なんだ…。
「一体、どうしたのだ急に。」
「いえ…。」
急に情報を過剰摂取しすぎたからか、気分が悪い。
考えてみれば分かることだっただろう……。
村の連中の会話から頑なに知ってる国や街の名前が出てこなかった。それに、生活水準からも、戦争が続いている気配もない。
不自然に思う機会はいくらでもあったハズだ…。
この注意力の低さも、まだ子どもだからだと言うのか。
「ふむ……。」
「少年、良いものを見せてやろう。」
俺の様子を読み取ったのか、男はローブから杖を取り出し俺に話をしてくれた。
「先程、魔法には大きく分けて4種の元素があると言ったが、実は他にも種類が色々ある。それを特殊元素と言って、特殊元素を利用する魔法は、一般的に特殊魔法と言われている。」
「その中にある一部を……君に見せよう。」
そう言うと男は杖から7色の光を出し空に絵を描いて見せた。まるで小さな子どもをあやすような……いや今の俺は小さな子どもだが。
俺は不思議とその絵を見て安心感を覚えた。
言葉にはとても言い表せないがとにかく、今までの邪念が全部吹っ飛んだような、そんな爽快感と、そして暖かい温もりを感じた。
俺はこの日”魔法”と出会った。
ちょっと乳児期の成長過程を駆け足で書いてしまったので次回からの成長は丁寧に書いていけたらと思っています!