17話 フェンリル・ハウル
フェンリがノアを庇い、目の前で繰り広げられる圧倒的な力の応酬に緊張が走る。
「フェンリ、動くな!まだ傷が…!」
俺が声をかけるも、フェンリは振り返らない。
「こいつらを放っておいたら、また誰かが犠牲になるだけだ…!そんなのは、たくさんだ!」
フェンリの体が光に包まれると同時に、紋様が足元に広がった。それは見慣れたいつもの魔法のものではなく、荒々しく、威圧的な気配を放つ。
「おい、何だ……この魔法は!」
ロイドが焦りを露わにする。
次の瞬間、フェンリの背後から巨大な狼の幻影が現れる。それはフェンリの唯一魔法だった。
「獣王の咆哮!!」
その声と共に衝撃波が周囲に放たれ、倉庫内の棚や物資が吹き飛ぶ。ロイドとヴィンスもそれに押し戻され、立ち上がるのに必死だった。
「くっ……こんな奴が、ただの生徒のはずがない!」
ヴィンスが歯を食いしばりながら叫ぶ。
「ロイド、時間を稼げ!俺がこれを使う!」
ヴィンスは震える手で首にかけたペンダントを握りしめる。それは青白く光る水元素の魔石で、封じられている魔力の強大さが見て取れる。
「下等生物が!!お前がどれだけ強かろうが、これには勝てねえよ!」
ヴィンスは魔法を詠唱し、膨大な水の魔力が渦を巻き始めた。
「上級魔法……まさか、本当に使う気なの?!」
ノアが叫ぶ。
「大海嘯!!」
ヴィンスが叫ぶと同時に、倉庫全体を水流が満たし始めた。水は激しい勢いで渦を巻き、押し寄せる波が周囲を飲み込もうとする。
「フェンリ!」
カイルたちは後方に退避するも、押し寄せる水流の激しさに足元を取られ、息をするのもままならない。
だが、フェンリは動じなかった。水流の中で静かに目を閉じると、狼の幻影が再び現れ、彼を包み込む。
「お前らの力がどれだけ強かろうと……僕は、友達を守るために戦う!」
彼は咆哮を上げると共に、狼の幻影が実体化し、巨大な口で渦を飲み込むように動き始めた。
ロイドとヴィンスの表情に初めて明確な恐怖が浮かぶ。
「こんなことが……魔法が飲み込まれるだと!?一体……お前はなんなんだあああ!!!」
フェンリの咆哮と共に、巨大な水流が押し戻され、ヴィンスが発動していた魔法が散る。魔石も光を失い、ヴィンスはその場に崩れ落ちた。
「ば、バカな……俺たちが、こんな……!」
ロイドも戦意を喪失し、杖を取り落とす。
フェンリは荒い息をつきながら、二人を睨みつけた。
「これが……お前らの力の限界だ。」
フェンリはそういうと発達した爪を上げ、二人に振りかざそうとする。
「フェンリ、もうやめるんだ!」
カイルが駆け寄り、震えるフェンリの肩を支える。
「・・・俺たちは、正しい形であいつらに償わせるべきです。」
フェンリはしばらく目を閉じて考えていたが、やがて力が抜け、気を失った。
フェンリが使った魔法はそれほどの魔力が必要な魔法だったらしい。
―――。
その後、ロイドとヴィンスの蛮行が学園に知られることとなり、親の力を頼りに隠そうとするも、今までいじめられてきた生徒たちの証言により彼らの責任が問われ、退学になった。
エイミーもまた、自分の過ちを認め、カリーナに謝罪することを誓うが、その言葉がカリーナに届くのは、まだ先のことかもしれない。
一方で、俺たちは再び医務室に運ばれたフェンリとゆっくり雑談をしていた。
「まさかあそこでフェンリが来るとは思わなかったですよ!しかもなんかカッコいい登場のしかたで!」
「私も!!あそこでフェンリに助けられたときはもう白馬の王子様が来てくれたと思ったんだもん!」
「やっぱりフェンリはやるときはやる漢だったな!」
「そうだな!!俺もそう思ってたぜ!!」
「フィーもそれ見たかったぁ~。」
「フィーは学園集会もサボって寝てたでしょ!?文句言わないの!」
「ちょっと……もう恥ずかしいのでやめてください。あの時は僕もどうかしてたんですよ……。」
医務室の暖かな空気の中で、俺たちはフェンリを中心に笑い合っていた。
実際、あの場面でフェンリが現れなければ、俺が魔法を使うしか助かる道は無かった。
そして、もし使っていたならあの二人を殺していたかもしれない、俺の秘密を守るために。その点からも俺はフェンリに感謝している。
「ところでフェンリ、あの時の魔法凄かったですね!あれってまさか唯一魔法ですか?」
部屋に漂っていた和やかな空気が一変する。
(あれ?今の質問ダメなやつだった?)
フェンリの方を見ると視線を泳がせていたが、俺と目が合うと真剣な表情でこう言った。
「あれは唯一魔法ではあるのですが……普通の唯一魔法とは違っていて、灰色狼族なら全員使えて僕たちの”本来の能力”を引き出せる魔法なんです。ですが、この魔法には致命的な欠点があります。」
その言葉に俺は息を飲んだ。
「それは、使用するたびに寿命を削られていく……それを僕たちは”呪いの魔法”として伝えられてきました。」
「呪い?」
ノアが眉をひそめる。フェンリは少し目を伏せながら説明を続けた。
「僕たち灰色狼族には、先祖から伝わる“獣王”の力が受け継がれています。でも、それは力を使うたびに身体を蝕む代償があるんです。だから普段は封印していて、怒りや本当に追い詰められたときにだけ無意識に目覚めるんです。」
「それであの紋様が……」
俺はフェンリの言葉を反芻する。その力が彼の命を削るものだと知って、胸が痛んだ。
「そんなものを無理に使う必要なんてなかったのに!」
ノアが声を荒げる。だがフェンリは首を横に振った。
「……僕は、あの時こうしなきゃいけないと思ったんです。もし何もしなかったら、誰かが傷つけられていたかもしれない。それに、僕は今まで自分の力が怖かった。だけど、今回初めてそれを“仲間を守るため”に使うことができたんです。それが、すごく嬉しかった。」
フェンリの言葉には覚悟と優しさが混じっていて、俺たちを黙らせるほどの重みがあった。
程なくして、俺たちは解散してそれぞれの帰る場所へと帰って行った。
しかし俺はフェンリの事が気になって仕方なかった。
あの時……フェンリが唯一魔法のことを話してくれたとき、なんだか違和感を覚えた。俺たちから遠ざかろうとするようなそんな雰囲気を醸し出していたような気がした。
「明日、フェンリと話してみるか。」
学園の門を出ようとしたその時、俺はふと後ろを振り返った。月明かりの下、誰かが医務室のある棟の前に立っているのが見えた。
「……フェンリ?」
そこには、月明かりを背に立つフェンリの姿があった。
「まだ寝てなかったんですか?」
俺が声をかけると、フェンリは振り返り、少し驚いたような顔をして、そのあと苦笑した。
「……カイル、少しだけ付き合ってくれませんか。」
彼は俺を外へ誘い出した。夜の冷たい空気が肌を刺す。学園の裏庭に立つフェンリは、月明かりに照らされてどこか儚げだった。
「僕は、このままみんなと一緒にいてもいいんですかね?」
突然の問いかけに俺は驚いた。
「何を言ってるんですか、当然ですよ!」
俺が即答すると、フェンリは苦笑を浮かべた。
「……ありがとうございます。でも、僕の中の“獣王”の力が暴走したら、君たちを傷つけるかもしれない。本当はあの時のようにコントロールできる力じゃないんです。僕はそれが恐い。」
フェンリの不安そうな表情を見て、俺は改めて彼の孤独を感じた。
「フェンリ、俺たちは君の友達です。どんな状況でも、フェンリを見捨てたりしない。だから、君も自分を信じてください。力が暴走しそうになったら、俺たち全員で止める。それでいいじゃないですか!」
フェンリは驚いたように俺を見つめた後、少しだけ笑った。
「……ありがとう、カイル。」
彼のその笑顔は、どこか救われたようなものだった。




