16話 嫉妬
フェンリを医務室に運んだ後、俺はあの先輩たちのことが頭から離れなかった。彼らの態度、言葉、行動の全てが許しがたいものだった。
だが、何より許せないのは、その背後にもっと大きな闇が潜んでいるのではないかという疑念だ。
医務室の先生によると、フェンリの怪我は決して軽くはないが、致命傷には至っていないとのことだった。治癒魔法で十分回復できるものらしい。
少し安堵したが、それでも怒りは収まらない。
その日の放課後、俺はノアやライガ、ジャンガと一緒に赤毛の女子生徒たちの素性を調べることにした。
学園内での評判や、目撃証言を集めてみると色々情報が集まった。
「情報かき集めて来たぞ!」
ライガが興奮気味に駆け寄ってきた。
「赤毛の女は4年生のエイミー・ルセル。それから、フェンリを蹴った二人、ロイドとヴィンスも4年だ。」
「ルセル……。聞き覚えはないですけど、4年生ってことは、やっぱり上級生ですね。」
ノアが呟く。
「でも、エイミーって名前、私どこかで……?」
ジャンガが眉を寄せる。俺も記憶を掘り返してみるが、心当たりはない。ただ、不安が胸をよぎる。
学園内で話を聞くと、エイミー・ルセルは少々有名な生徒だったようだ。
4年生の中でも特に目立つ存在で、親の権力を背景に横暴な振る舞いをしてきたという話が後を絶たない。
「ただの嫌な先輩じゃない……もっと根深い問題がありそう。」
ノアの言葉に俺も同感だった。そんな中、一つの話題が俺たちの耳に入ってきた。
「エイミーって、昔同級生をいじめてたって聞いたよ。名前は……カリーナ?確か、休学に追い込まれたって。」
その名前を聞いた瞬間、俺の胸が凍りついた。
「カリーナ……。」
俺は思わず呟く。
(まさか、エイミーたちが原因だったのか?)
怒りと後悔が胸を占める。俺は何も知らず、何もできなかった。
―――。
俺たちはエイミーがよくたむろしているという教室の一角に向かった。そこでは、彼女と取り巻きたちがくだらない雑談をしているのが見える。
「エイミー・ルセル!」
俺は冷静を装いながらも、強い口調で名前を呼んだ。彼女は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに冷たい笑みに戻った。
「なんだ、君たちはやっぱりフェンリ君のことが好きなのかしら?」
エイミーの冗談めいた発言を無視して、俺はさらに続ける。
「あなたたちがやったことについて、話を聞かせてもらいます。フェンリのことだけじゃない……カリーナのことも!」
その名前を出した瞬間、エイミーの表情が一変した。明らかに動揺が走る。
「カリーナ…?何のことかしら。」
エイミーはとぼけようとするが、言葉に力がない。
「知らばっくれるな。あんたたちがカリーナを追い込んだって聞いたぞ!」
俺は一歩踏み出し、視線をエイミーに突き刺した。彼女は視線をそらし、取り巻きに助けを求めるような目を向けるが、誰も口を開かない。
「……あの子が弱かっただけよ。」
エイミーはついに口を開いた。
「カリーナは魔法がどうとか、勉強がどうとか……私の”裏切り者”だった!!少しからかっただけで休学なんて……バカみたい!」
その言葉に、俺の怒りは頂点に達した。
「少しからかった?人の人生を踏みにじっておいて、そんな言葉で済ませるのか!」
俺の声は震えていたが、その震えには怒りが込められていた。しかしなぜ俺はこんなにも怒っているのか、分からない。
「もう一度言う、何があったのか全て話せ。そして、フェンリのことも、どうしてあんなことをしたのか聞かせてもらう。」
エイミーは沈黙したままだったが、その沈黙が全てを物語っていた。
そしてエイミーは俺の視線を受け止めることなく、ポツリと呟いた。
「…私とカリーナは、昔は親友だったの。」
その言葉に、ノアとライガ、そしてジャンガも動きを止めた。俺もまた、予想外の展開に息を飲む。
「親友、だった?」
俺はエイミーの言葉を疑いながらも、続きを促した。彼女は何かを振り払うように頭を振り、話を続けた。
「私たち、幼い頃はいつも一緒だった。教室でも、放課後でも、ご飯を食べる時も、遊ぶ時も……全部一緒だった。」
エイミーの声には懐かしさが滲んでいた。けれど、その語り口はどこか苦々しい。
「でも、12歳になって魔法が使えるようになった時から、全てが変わったの。魔法が使える年齢になって、彼女は……カリーナは、まるで別人みたいになった。」
「どういうことだ?」
ライガが首を傾げると、エイミーは軽く鼻で笑った。
「カリーナには魔法の才能があったのよ。彼女はあっという間に他の生徒たちを追い抜いて、気が付けば先生たちの期待の星になっていた。そして、スターまで貰うほどに成長したの。」
スター、学園で極めて優れた生徒に与えられる勲章のようなものだが、それを持つ者は学園中の尊敬を集めるが、同時に不良生徒の妬みや嫉妬の対象にもなる。
「……それが嫌だったの?」
ノアが静かに尋ねる。エイミーは苦しそうに目を閉じ、頷いた。
「違う!!私は……私はカリーナよりも先に魔法を覚えると思ってた。だって、私の家は代々誇り高い魔法使いの家系だったし、私はずっと努力してきたから。でも、彼女の才能の前では全てが霞んでしまった。」
エイミーの声が震える。
「カリーナは貴族だけど、辺境の出身で、魔法なんて習ったこともなかったはずなのに。それなのに、あっという間に私を追い越していった……それに私は初めて”嫉妬”をしたわ。」
「その時から私は、カリーナと距離を置くようになった。そして、そんな私を迎え入れたのが、カリーナを元から良く思っていなかった生徒たちだった。」
「私はあの子といると、自分が惨めに思えた。でも、周りの人たちは違った。私を認めてくれたし、何より……カリーナの話をすれば、私に味方してくれたの。」
「最初は、ちょっとした悪戯のつもりだったの。彼女の筆記用具を隠したり、ノートを取らせなかったり。でも……周りの人たちは、カリーナを最初から良く思っていなかった……だから―――した。」
他の生徒たちはエイミーの嫉妬心を煽り、カリーナへの嫌がらせをエスカレートさせていった。そして、ついには――
「……暴行した、のか。」
俺が低い声で問うと、エイミーは顔を歪め、黙り込んだ。それが肯定の答えであることは明白だった。
「その時、私は止められなかった……いや、止めるどころか、笑って見ていたの。だって、それで少しだけ、自分の方が上になれた気がしたから。」
その言葉には、罪悪感と後悔が滲んでいた。
暴行を受けた後、カリーナは学園に助けを求めることなく、自ら休学を選んだ。
それは、かつての親友だったエイミーへの失望、そして、信じていた絆が裏切られたことへの絶望が理由だったのかもしれない。
「彼女が休学した後も、私は謝ることができなかった。だって、そんな資格、私にはないから。」
エイミーはそう言って顔を伏せた。取り巻きたちも誰一人として口を挟むことはなく、その場には重苦しい沈黙が流れた。
そこに俺は沈黙を破るようにエイミーに質問を投げる。
「……それで、なぜフェンリまでもカリーナさんと同じ道を歩ませようとした?」
その質問にエイミーは肩をビクッと震わせ隣にいる男子生徒を見る。隣の男は「言うな。」と言いたげな表情でエイミーを睨みつける。
「言ってください、少しでもカリーナさんへの罪悪感が残っているなら。」
エイミーは一瞬躊躇したが、やがて観念したように重い口を開いた。
「……フェンリ君に手を出したのは、私自身の意思じゃなくて、ロイドとヴィンスの命令だったの。」
彼女の声は震えていた。
「ロイドとヴィンス?」
ノアが眉をひそめる。エイミーは頷きながら続けた。
「彼らは、私の”失敗”をずっと笑いものにしてた。カリーナを追い込んだはずなのに、私は何も得られなかったし、むしろ逆に罪悪感に潰されそうになって……。そんな私を見て、お前は弱いって、何度も言われたの。」
エイミーの声には悔しさと屈辱が滲んでいた。
「だから……だから私は、彼らに従うしかなかった。あの二人は学園内でも影響力が強いし、親の権力もある。逆らえば、私の居場所はなくなる……。」
「それでフェンリを標的に?」
ライガが低い声で問いかけると、エイミーは顔を伏せた。
「フェンリ君は、目立たない存在だった。でも、カリーナと同じで……才能がある子だったから。彼らは、そういう子を潰すのが”面白い”って言って……私に、手を貸せって。」
エイミーの言葉を聞きながら、俺の中で怒りが膨れ上がっていく。
ロイドとヴィンス――彼らの名前は聞き覚えがある。学園の中で、力を背景に他人を操ることで知られる二人だ。
「それで?そいつらはどこにいるんですか。」
俺が詰め寄ると、エイミーは少し怯えたように目を逸らした。
「多分……修練場の裏の倉庫。あの二人は、誰も来ない場所を好むから。」
「そうですか。」
俺は即座に踵を返したが、ノアが止めるように声をかけた。
「待って、カイル。一人で行くつもり!?」
「もちろん、みんなにも手伝ってもらいたいです。」
俺がそう答えると、ノアもライガもジャンガも微かに笑みを浮かべた。
「じゃあ、早速行こうぜ!」
倉庫へ向かう道すがら、俺たちは互いに視線を交わし、決意を新たにした。
「エイミーはどうするの?」
「彼女の役割は終わった。あとは、自分で償うべきです。」
倉庫の扉を開けると、中から笑い声が聞こえてきた。ロイドとヴィンスだ。彼らは何も知らない様子で、くだらない話に興じていた。
「おい。」
俺の声に、二人は驚いたように振り返る。
「なんだ、てめえは。」
ロイドが眉をひそめるが、俺はその視線をものともせず、真っ直ぐに歩み寄った。
「フェンリのことだ!それと、カリーナのことも聞かせてもらおう。」
「はっ、何の話だか知らねえなぁ?」
「知らないふりをしても無駄だ。」
俺は冷たく言い放ち、二人を睨みつけた。
「フェンリのことも、カリーナのことも全部聞いてる。お前らがやったことを話してもらう。」
ロイドは嘲笑を浮かべ、肩をすくめる。
「聞いてる?それで、どうするんだよ。俺たちを告発でもする気か?」
「それとも殴りかかるか?力づくで勝てると思ってるのかよ?」
ヴィンスが挑発的に言葉を重ねる。だが、俺は挑発には乗らなかった。
「お前たちが学園内でやってることは、ただの嫌がらせを超えてる。人の人生を壊す行為だ。それに気づいていないなら、ここで教えてやる。」
「ははっ、随分と正義感が強いんだな。」
ロイドは笑いながら立ち上がり、こちらに一歩近づいた。
「で?そんな正義の味方ごっこで、俺たちに何をさせたいんだ?」
俺は拳を握りしめたが、ジャンガが軽く肩に手を置いた。
「感情的になるな、カイル。」
ジャンガの言葉に息を整える。ここで冷静さを失っては元も子もない。
「謝罪しろ。そして、フェンリに、カリーナに償え。」
俺の言葉に、ロイドとヴィンスは一瞬表情を曇らせたが、すぐに鼻で笑った。
「償い?冗談だろ。俺たちが何でそんなことしなきゃならないんだ?」
ロイドが鼻で笑いながら立ち上がり、ローブの懐から魔法の杖を取り出し、軽く振った。
「俺たちはただ楽しんでただけだ。それを咎める権利なんて、誰にもない。」
「ましてや、魔法も使えないようなガキに命令される筋合いもないよな。」
ヴィンスもロイドに続いて杖を構え、闇のように不気味な笑みを浮かべた。
「だからって、フェンリやカリーナのように人を傷つける権利なんてあるわけがない!」
俺は怒りを押し殺しながら、拳を握りしめた。
だが、次の瞬間、ロイドが杖を振るう。
「あ~もう、うるさいな。お前には黙ってもらうとしよう。」
火の球が杖の先から放たれ、俺たちの方へ飛んできた。
「「危ない!」」
ジャンガとライガが前に飛び出し、それぞれの武器を振りかざして防御の姿勢を展開する。しかし、その攻撃は重く、二人の防御をじわじわと押し崩していく。
「くっ、なんて力だ!」
ライガが歯を食いしばりながら呟いた。
俺は頭の中で次の行動を必死に考えた。12歳の俺は、公の場で魔法を使うわけにはいかない。
それでも、前世の記憶と経験がある。状況を見極め、どう動くべきかを冷静に判断するしかない。
「カイル、下がってて!」
ノアが俺の前に立ち、身構える。
「ノアまで無茶しないでください!」
しかし、そんな会話をしている間にも、ロイドとヴィンスの攻撃は止まらない。
「ハッ、こんなもんか?もっと楽しませてくれよ。」
ロイドが笑いながらさらに魔法の威力を高める。その瞬間、ライガの防御が粉々に砕け散った。
「くそっ、もう持たない!」
ジャンガも叫び声を上げる。
そして、二人の防壁が完全に崩壊する。次の標的は――ノアだった。
「ノア、逃げろ!」
俺が叫ぶも、ノアは動かない。彼女は強い決意を込めた目でロイドとヴィンスを睨んでいる。
「逃げるわけにはいかない……私はいつもカイルに守って貰ってるんだ!私もカイルを守りたい!」
ノアが覚悟を決めた瞬間、ロイドとヴィンスが同時に魔法を放つ。その火の矢がノアに迫る――。
だが、その時。
「させません!」
雷鳴のような声と共に、巨大な影がノアの前に飛び出した。
「フェンリ!?」
俺たちの視線の先には、けがで動けないはずだったフェンリが立っていた。彼の脇腹には包帯が巻かれて痛々しい姿だったが、その目は鋭い光を放っていた。
「よくも僕の友達を!」
フェンリの身体から銀色の光が放たれる。それは彼の内に秘めた獣の力――フェンリが持つ狼族の本能そのものようだった。
「お前たちみたいな奴が、僕の大事な仲間を傷つけるなんて……許せない!!」
フェンリは咆哮を上げると、その力でロイドとヴィンスの魔法を弾き返した。
「な、なんだと!?」
ロイドが驚愕の声を上げる。
「お前……ただの獣族じゃないな!?」
ヴィンスも恐れを隠せない様子で後ずさる。
フェンリはノアの前に立ち、低い声で言った。
「ノアは、もう無理するな。あとは僕に任せろ。」
「フェンリ…。」
ノアはそのフェンリの口調の変わりように目を見開きながらも、安心したように頷いた。
フェンリはロイドとヴィンスに向き直り、鋭い牙を見せるように微笑む。
「次は僕が相手だ……覚悟しろ!」
フェンリの復讐の戦いが始まる。




