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15話 学園に潜む影

 ダンドー救出からちょうど一か月が過ぎた。


 俺はようやく実践授業への参加を許された。傷は完全に塞がり、無理をしなければ問題はないとの診断を受けたからだ。


 そして今日は、この学園で半年に一度開かれる学園集会の日だ。

 今回の集会では教師たちの長い演説が行われ、その後に表彰式が執り行われる。優秀な成績を収めた者、学外の冒険者活動で成果を上げた者、そして人命救助などの『善行』を果たした者に、星のバッジ――『スター』が贈呈される。


 『スター』とは学園内でのみ使用できる特別なアイテムで、学食を無料で利用できたり、学園施設の使用許可が不要になったりと、さまざまな特典がある。生徒たちにとっては非常に価値のあるものだ。


 そして今回、そのスターが初めて獣族に贈呈される。受賞者の代表はフェンリ。

 ダンドー救出の際、先陣を切って危険に立ち向かった彼の勇気と行動を称え、学長が直接授与を決定したのだ。さらに、彼とともに救出に加わった俺やノア、ダンドーの友人たちもスターを授与されることになった。


(あまり目立つのは好きじゃないけど……学食無料は捨てがたい。 喜んで受け取ろう!)


 午前の授業を終えた俺たちは、学園で最も広い修練場へと向かった。

 学園集会には一年生から最上級生までの全学年が参加するため、普段の講堂では収容しきれない。すでに大勢の生徒が集まり、修練場の広大な空間がぎっしりと埋め尽くされていた。


「すごい人の数ですね……この人たちの前に立たないとなんですか、僕……」


 周囲を見回しながら、フェンリが不安げに呟く。


「全学年が集まってるからな。ざっと数千人はいるんじゃないか?」


 後ろにいたライガが答えた。

 俺も正直なところ、フェンリと同じように緊張していた。人前で何かをするのは得意じゃない。ましてや表彰なんて、できるだけ避けてきた類のイベントだ。


「まぁ、気楽に行きましょうよ。今日はフェンリが主役みたいなもんだし、俺たちはおまけみたいなもんです。」


 俺は軽くフェンリの肩を叩く。

 彼は一瞬目を泳がせたが、気を取り直したように胸を張った。


「お、おまけって……でも、そうですね。頑張ります!」


「ほらほらぁ……そろそろ席につきなよ。もう始まるよ~」


 隣で欠伸をしながら話すノア。

 おそらく、緊張で昨夜あまり眠れなかったのだろう。



 ―――。



 やがて式典が始まった。

 壇上に立つ学長の演説が場内に響き渡る。


「次に、今回の特別表彰を受ける者たちを紹介する。」


 その言葉に、場内がざわつく。


「フェンリ・グレイヴス!」


 名前を呼ばれたフェンリが、緊張しながらもゆっくりと前に歩み出る。

 その背中を見ながら、俺たちは次に自分たちが呼ばれることを覚悟した。


(頼むから、早く終わってくれ……!)


 そんな小さな願いが胸の内で渦巻く。

 フェンリが壇上に立つと、学長の声が再び響いた。


「フェンリ・グレイヴス。君の行動は、危険を顧みず仲間の命を救う勇敢なものだった。この学園の模範となる行動に敬意を表し、ここに『スター』を授与する。」


 学長がフェンリにバッジを手渡すと、場内に拍手が巻き起こった。

 しかし、祝福の視線だけでなく、驚きや戸惑いの表情も混じっている。


 フェンリは深く頭を下げ、一言だけ短く発した。


「ありがとうございます……!」


 その声は少し震えていたが、確かな意志がこもっていた。


(よくやったな、フェンリ。でも、次は俺たちか……)


 そう思った矢先、学長が続けて名を呼んだ。


「次に、フェンリ君と共に救出活動に尽力した者たちを表彰する。」


 俺の名前を含め、ノアやダンドーの友人たちの名が順に呼ばれていく。


「カイル・ブラックウッド!」


 俺の名が響いた瞬間、一部の生徒たちのざわめきを感じた。

 どうやら、俺が表彰されることに驚いているらしい。


 軽く気を引き締めながら、壇上へ歩み出る。

 フェンリの隣に並ぶと、一斉に向けられる視線が肌に突き刺さるようだった。


 学長から『スター』を受け取ると、自然と背筋が伸びた。


「君たちの行動は、仲間を信じ、助けることの大切さを示した。その勇気に感謝し、ここに『スター』を授与する。」


 再び場内に拍手が広がる。

 俺は礼をするタイミングを逃さないよう気をつけながら、受賞者たちと共に深く一礼した。


(やれやれ……これでようやく終わりか)


 壇上を降りる際、ふと学長の視線が目に入った。

 厳しい表情を崩さぬまま、俺たちの立ち振る舞いを細かく観察している。


(怒られる要素はない……はずだよな?)


 そんなことを考えながら、席へと戻る。

 周囲から降り注ぐ拍手が、少しだけ誇らしく感じられた。


 表彰式の後、教師たちの演説が続き、それが終わると、ようやく学園集会は幕を閉じた。


「それでは、一年生から順に教室へ戻ってください。」


 学園集会が終わり、俺たちは席を立とうとしていた。人波が動き始め、ざわめきが広がる中、不意に鋭い声が響く。


「君がフェンリ君ね? ちょっと、お話いいかしら?」


 声の主は、赤毛の女子生徒だった。おそらく上級生だろう。鋭い目つきと冷たい笑みを浮かべた彼女は、どこか余裕のある態度でフェンリを見つめていた。


 フェンリは、一瞬戸惑ったように目を瞬かせる。


「えっと……先輩、何かご用でしょうか?」


 彼の遠慮がちな声に、赤毛の先輩はさらに一歩近づく。わずかに身を屈め、小声で囁いた。


「ちょっとね、大事な話があるの。後で校舎裏に来てくれる?」


 その声音は穏やかだったが、どこか強制するような圧があった。俺たちが何気なく耳を傾ける中、フェンリは戸惑いながらも言葉を選ぶ。


「でも……もうすぐ午後の授業が――」


「大事な話だって言ったでしょ?」


 先輩の言葉がフェンリの言葉を遮る。妙な緊張感が走り、俺は眉をひそめた。


(なんだこいつ……嫌な予感がする)


 直感的に、良くないことが起こりそうな気がした。俺は一歩前に出て、間に入るように口を開く。


「先輩、何か俺たちでも手伝えることがありますか? フェンリに用があるなら、ぜひ俺らも一緒に聞かせてください。」


 赤毛の先輩は、俺を一瞥し、僅かに目を細めた。そしてすぐに口元に皮肉めいた笑みを浮かべる。


「ふふっ……仲間思いなのね。でも、これはフェンリ君個人の問題。他の人には関係ないわ。」


 その言葉に、俺はさらに不信感を抱いた。だが、これ以上強く詰め寄る前に、ノアがそっと俺の袖を引っ張る。


「カイル、今は様子を見よう。フェンリに何かあったらすぐ助けに行こう!」


 彼女の冷静な判断に、俺はひとまず頷くしかなかった。だが、それは決してフェンリを一人で行かせるという意味ではない。


 赤毛の先輩は、そんな俺たちの様子を見ても特に気にすることなく、軽く手を振って言った。


「じゃあ、後でね。」


 そう言い残し、彼女は人混みに紛れていった。


 フェンリは困惑した表情を浮かべ、俺たちを見回す。


「どうすればいいんでしょう……」


 俺は、即座に答えた。


「行かない方がいい。」


 フェンリは不安げに視線を落とす。


「でも……もし行かなかったら、何かされるんじゃ……」


「だったら、俺たちも一緒に行きます。」


 俺がそう提案すると、ノアやライガ、ジャンガもそれぞれ頷いた。


「先輩だろうと、変なことするなら俺たちが止めてやる。」


「あぁ、そうだな!」


「うん、それにフェンリを守るのも仲間の役目でしょ!」


 仲間たちの言葉に、フェンリは少し安心したようで、小さく頷いた。

 そして、俺たちは警戒しながら、赤毛の先輩が待つ校舎裏へ向かうことを決意する。


(何が待っているのか分からないが、放っておくわけにはいかない。)


 学園集会の余韻が消え、俺たちの胸中には緊張感が広がっていた。


 校舎裏へ向かう道すがら、俺たちは策を練る。


「とりあえず、フェンリが一人で行くふりをして、俺たちは隠れて様子をうかがおう。」


「そうね、いきなり突撃するより、相手の出方を見た方がいいかもね。」


 ノアの提案に、俺たちは頷く。フェンリは不安そうだったが、「みんながいるなら」と小さく言って覚悟を決めた。


 校舎裏に到着すると、俺たちはフェンリを少し離れた場所に立たせ、物陰に身を潜めた。

 そして、待つこと数分。静寂を破るように、赤毛の先輩が現れる。


「来てくれたのね、フェンリ君。」


 その声には、先ほどまでの冷ややかな笑みはなく、妙に落ち着いた雰囲気が漂っていた。


(さて……どう出る?)


 俺たちは息を潜め、彼女の動きを見守った――。


「――来た。」


 ノアが低く囁き、俺たちは息を潜めた。

 学園の裏庭、太陽の光も届かない薄暗い場所に、一人で立つフェンリの前に赤毛の女子生徒が姿を現す。

 その後ろには、見るからに屈強な体格の男の先輩が二人ついてきた。彼らの険しい表情が、これから何が起こるのかを物語っている。


「ふぅん、本当に来たんだね、フェンリ君。さすがは模範生ってとこ?」


 赤毛の女子生徒は冷笑を浮かべながらフェンリに歩み寄る。その声色には明らかな敵意が込められていた。


「…先輩、何のご用でしょうか。」


 フェンリは精一杯睨み返そうとするが、わずかに声が震えている。


「いやぁ、ちょっと聞きたいだけなんだよねぇ。」


 赤毛の女子生徒は腕を組みながら、背後の男たちを一瞥する。そして、ゆっくりとフェンリの前に立ちはだかった。


「どうして獣族の君みたいなやつが、スターなんて貰えちゃうわけ?」


 その言葉に、フェンリは一瞬息を呑む。


「え…それは…僕がクラスメイトを助けたから…。」


「はぁ? 助けた? 笑わせないでよ。」


 赤毛の女子生徒は鼻で笑い、苛立たしげに足を踏み鳴らした。


「この学園は人族が作り上げたものなんだよ。獣族なんてただのお荷物だって、まだ気づいてないの?」


「そ、そんなことは――」


「黙れ!」


 赤毛の女子生徒が鋭く叫ぶと、背後の体格の良い先輩の一人が一歩前に出る。そして、何の前触れもなく拳を振り上げ、フェンリの腹に叩き込んだ。


「ぐっ…!」


 フェンリの苦しげな声が響き、彼の体が膝から崩れ落ちる。しかし、それで終わりではなかった。もう一人の先輩が倒れたフェンリの脇腹を容赦なく蹴り上げる。


 その瞬間、俺の中で何かが弾けた。


 俺は一気に茂みから飛び出し、赤毛の女子生徒たちの前に割り込んだ。


「おい、お前ら…何してんだよ。」


 怒りを抑えきれず、声が震えそうになるのを必死に堪える。

 俺の突然の乱入に、相手は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに不敵な笑みを浮かべた。


「なんだい、君は。 君も同じように痛い目を見る?」


「…試してみろよ。」


 俺は一歩前に踏み出し、体格の良い先輩たちに視線を向ける。その瞬間、背後からノア、ライガ、ジャンガも姿を現した。


「私たちは一人じゃない! やるなら全員が相手よ!」


 ノアが冷静に言い放ち、ライガが拳を鳴らす。ジャンガも鋭い目つきで相手を睨みつける。


「これ以上フェンリに手を出したら…許さない。」


 俺の静かながらも確かな怒りを込めた言葉に、赤毛の女子生徒たちは一瞬たじろいだようだった。しかし、すぐに表情を引き締め、不満げに吐き捨てた。


「ふん、これからはあまり良い気にならないことね!」


 そう言い残し、赤毛の女子生徒は仲間を促し、その場を去っていった。


 俺たちはすぐにフェンリに駆け寄り、彼を支えた。


「大丈夫ですか、フェンリ。」


「ぐっ…ありがとう…みんな…。」


「これは…!? あばらが折れてる! ライガ! ジャンガ! 治癒魔法を使えませんか?」


「わ、悪ぃ…俺たちは治癒魔法は使えねぇ…。」


「悪い…。」


「いえ…それじゃあフェンリを医務室に運びましょう。」


 フェンリの痛々しい姿を見て、俺はますます獣族を守る決意を固めた。


(ふざけた真似をしやがって…あいつら、絶対に許さない。)


 俺は拳を強く握りしめながら、フェンリの肩を支えた。痛みに耐えながらも弱々しく笑みを浮かべるフェンリの姿が、余計に胸を締め付ける。


「カイル、今はフェンリを医務室に連れて行くのが先だよ。」


 ノアの冷静な言葉に、俺は深く頷いた。


「…そうですね。」


 俺たちは急いでフェンリを医務室へ運び込むことにした。道中で教師の一人と遭遇し、事情を説明すると、すぐにフェンリの安全を優先してくれた。


 医務室で治癒魔法を使える教師を待つ間、フェンリは簡易ベッドに横たわりながら、俺たちに弱々しい声で礼を言った。


「ごめん…みんなに迷惑をかけて…ありがとう。」


「何言ってるんだ、フェンリ。迷惑なんかじゃない。俺たちは仲間だろ?」


 ライガがフェンリの肩を軽くポンと叩いて笑ってみせた。


「そうだよ、フェンリ。私たちはフェンリのためにここにいるんだから、無理しないで。」


 ノアも優しく微笑む。その言葉に、フェンリは少し涙ぐみながら頷いた。


 しかし、ノアがちらりと俺を見て、小声で言った。


「…でも、あの先輩たちをこのままにしておくわけにはいかないよ。」


「…同意見です。」


 俺も冷静を取り戻しつつ、深く頷いた。


「学園内でこんな暴力が許されるわけがない。教師にも相談し、きちんと対処させる。それに…。」


 俺は拳を握りしめながら低く呟いた。


「フェンリを傷つけた奴らには、俺たちの方からもきっちり言わせてもらう必要がある。」


 俺は拳を握り締めながら、呟く。


「おいおい、カイル。正義感はいいが、無茶はするなよ?」


 ライガが心配そうに肩を叩いてくる。


「大丈夫です。これ以上仲間を傷つけさせないために、やれることをやるだけですよ。」


 その日の夕方、俺たちは教師たちに事情を説明し、赤毛の女子生徒とその仲間たちの行動を報告した。学園側も事態を重く受け止め、翌日には赤毛の女子生徒らへの厳しい取り調べが始まった。


 しかし、心のどこかで感じる嫌な予感は、簡単には消えなかった。フェンリを…いや獣族を狙う影は、これが始まりに過ぎないのかもしれない。


(次は絶対に…絶対に許さない。何があってもだ。)


 俺はこの困難に立ち向かうことを誓った。

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