14話 謝罪
あの波乱万丈な日から、ちょうど一日が経った。
俺たちが学園へ戻るとすぐに、教員室では元冒険者だった教師たちが数十名の捜索隊を編成し、ダンドーを探しに行くところだった。
しかし、俺たちの傷だらけの姿と、無事に戻ったダンドーを見た教師たちは即座に状況を理解し、まず彼を学園の医療施設へと運んでいった。
一方、俺たちは無断で古の森へ入ったことを咎められ、担任の教師にこっぴどく叱られた。いや、叱られたというよりも、ほぼ泣きながらの説教だった。
特に俺は傷が深く、治癒魔法だけでは完全に回復しきらないと診断されたため、ダンドーと同じ病室に入院することになった。
彼もまた魔獣の瘴気に触れていたため、しばらくは経過観察が必要だった。
「まさか俺も入院することになるとは……。」
「お前、あれだけの黒魔法を撃っといて生きてることに驚きだよ。」
病室には落ち着いた空気が流れていた。俺とダンドーはほぼ同時に目を覚まし、自然と会話が始まる。つい昨日まで壮絶な戦いを繰り広げていたとは思えないほど、穏やかな時間だった。
「……ありがとよ。」
ダンドーがぽつりと礼を言った。
「え?何がですか?」
俺が聞き返すと、彼は少し顔を赤らめながら、ぶっきらぼうに言った。
「だから助けてくれてだよ! 二回も言わせんな!」
俺は軽く笑い、肩をすくめる。
「それならフェンリに言ってくださいよ。ダンドーくんを助けに行くと言い出したのはフェンリなんですから。」
ダンドーは一瞬沈黙し、思い詰めたような表情を浮かべた。
「……なんでアイツは俺のことを……?俺は今までずっと、あいつを差別してたのによ。」
その言葉に俺は少し考え込み、静かに答えた。
「フェンリが言ってました。『クラスメイトを見捨てるのは気分が悪い』って。フェンリは、今までされてきたこととかは関係なく、ただクラスメイトとして一緒に学んできた仲間が一人でもいなくなるのが嫌だったんですよ。たとえその相手が自分を差別してきた人でも。」
ダンドーは黙り込み、どこか遠い目をしていた。
「……俺はそんな奴を差別してたのか。」
彼の呟きは、まるで自分自身への問いかけのようだった。俺は、ダンドーが心の中で何かを噛みしめているのを感じた。
「まあ、礼なら退院した後にフェンリにでも言ってください。きっと喜びますよ。」
「あぁ……。」
それから俺たちは、しばらく同じ病室で過ごした。
幸い命に関わるほどの怪我ではなかったが、治療には時間がかかった。フェンリやノアも聴取を受け、俺たちの救出劇を知った教師たちは「馬鹿なことを……」と呆れつつも、定期的に様子を見に来た。
彼らはかつての冒険者たちであり、怪我や戦いに慣れているため、治療の進行にも手慣れたものだった。
最初こそ気まずい沈黙が流れることも多かったが、次第に俺たちは会話を交わすようになった。
互いの夢の話、俺がなぜ黒魔法を使えるのか、学校での魔法の授業や戦闘術、これまでの冒険話……。気がつけば、知らなかった一面を少しずつ知るようになっていた。
ある夜、ダンドーがふと呟いた。
「……俺さ、ずっと強さばかりを追い求めてきたんだ。魔法の力や戦闘技術だけがすべてだと思ってた。でもあの時、気絶して目の前が真っ暗になって……誰かが助けに来てくれた時に、初めて一人じゃ何もできないってことを思い知らされた。」
俺はその言葉に少し驚きながらも、静かに耳を傾けた。
「フェンリや、お前も……危険を顧みず俺を助けてくれた。特にフェンリは、ずっと俺にいじめられてきたのに……本当に、なんで俺なんかを助けに来たんだろうって、今でも不思議だよ。」
俺は少し考えてから、口を開いた。
「フェンリはダンドーくんのことを許したわけじゃないと思います。でも、同じクラスで一緒に過ごしてきた以上、君がどんな人間か知りたいから、全部を憎むわけにはいかないんだと思います。仲間として見ているんですよ。」
ダンドーはしばらく黙り込んだ後、照れ臭そうに顔を背けた。
「……アイツ、そんなに強い奴だったんだな。」
数日後、俺たちは退院を迎えた。
病室のドアを出る前に、ダンドーは立ち止まり、振り返る。
「お前には世話になった。またどこかでちゃんと礼をするよ。もちろん、フェンリにも。」
俺は笑って軽く手を振り、「気にしなくていい」とだけ返した。
ダンドーは静かに病室を出ていった。その背中は、以前よりもどこか柔らかくなっていた気がした。
―――
病院を出た俺は、改めて日常のありがたさを噛み締めながら学園の敷地内を歩いていた。
ダンドーとの入院生活を通じて、彼が少しずつ心を開いていく様子を目の当たりにした。
最初は頑なだった彼も、時間が経つにつれてわずかに態度を和らげ、時折、心の内を漏らすことがあった。その変化を目の当たりにしたことで、俺の胸にはかすかな希望の光が灯っていた。
もっとも、彼がこのまま変わるのか、それとも元の気難しい性格に戻るのかはわからない。フェンリとの関係も、これからどうなるか予測できない。
それでも、確かに何かが変わり始めたのは間違いなかった。今はただ、その変化を信じたいと思う。
そんなことを考えながら歩いていると、背後から慌ただしい足音が近づいてきた。振り向くと、モフモフと効果音が出そうな尻尾を振りながら走ってくるノアの姿が目に入る。
「カイル!!退院したって聞いたから!!まったく、心配させて……!」
ノアは小さく頬を膨らませながらも、どこか安心した表情を浮かべていた。その顔を見て、俺も自然と笑みをこぼす。
「ノア、そんなに心配してくれたんですか? ありがとうございます。」
「ほんとっ! 心配したんだから!!」
「それは申し訳ないですね。俺がいない間、何か変わったことはありましたか?」
「うーん、特に何もなかったけど……フェンリたちがずっと、カイルのことを気にしてたよ。」
「フェンリが?」
「うん、カイルがダンドー君と一緒に入院してたって知って、何度も様子を聞きに行ってたみたい。でも、一度も面会には行かなかったの。」
「そっか……やっぱりフェンリらしいな。」
フェンリは自分からダンドーに関わりを持とうとしないが、それでもどこか不器用に気にかけている。そんな彼の優しさを知っているからこそ、面会に行かなかった理由も、なんとなく理解できる気がした。
「うん、フェンリらしいね。さ! 早く教室行こ! 皆に元気だって言ってあげて!!」
「そうですね。俺も久しぶりに皆に会いたいです。」
ノアと並んで歩きながら、俺は改めて日常の尊さを感じていた。
学園の校舎へ向かい、階段を上がる。見慣れた教室のドアが目の前に現れると、胸が少し高鳴った。数日しか離れていなかったはずなのに、ずいぶん長い時間が経ったように感じる。
ノアがドアを開けると、教室内はざわめきで満ちた。俺が姿を現した瞬間、獣族のクラスメイトたちが驚いたようにこちらを見て、次の瞬間には一斉に歓声が上がる。
「カイル!」
「帰ってきたんだな!」
次々に俺のもとへ駆け寄るクラスメイトたちに少し照れくさくなりながらも、「ただいま」と返すと、みんなが温かい笑顔を浮かべてくれた。
その中で、後ろのほうに控えめに立っているフェンリの姿が目に入る。彼はどこか安心したような表情をしていた。
「フェンリ! 久しぶりです!」
「カイル! もう退院したんですね! 無事でよかったです!」
少し照れたように笑うフェンリを見て、俺も心からの「ありがとう」を返した。
そんな穏やかな空気が流れる中、教室のドアが再び開く音が響き、誰もが驚いて振り返る。そこに立っていたのはダンドーだった。
彼は獣族たちの視線に少し気まずそうに目を伏せながらも、真剣な表情でゆっくりと教室に足を踏み入れた。友人たちが彼に話しかける。
「ダンドー!!退院したのか! 無事でよかった!!」
「あぁ……。」
ダンドーは友人たちの前を通り過ぎ、俺たちのほうへ歩いてくる。そしてフェンリの前に立つと、深々と頭を下げ、静かな声で言葉を口にした。
「フェンリ……本当に、助けてくれてありがとう。俺は、お前たち獣族を差別してきたし、今までひどい態度をとってきた。でも、お前はそんな俺を見捨てずに助けてくれたんだ。本当に、感謝してる。そして……今まで、悪かった。」
教室全体が静まり返り、誰もがダンドーの言葉に驚いた。しかし、彼の真摯な謝罪を受け、フェンリは少し考え込んだ後、ゆっくりと口を開く。
「……ダンドーくん、僕はもう大丈夫です。過去のことを全部水に流すわけじゃないですけど、今ここで一緒に学ぶ仲間として、僕たちは同じ立場だと思っています。だから、これからはお互いを対等に見て、一緒に頑張っていきましょう!」
フェンリの言葉に、ダンドーは何かを噛み締めるようにうなずいた。そして、彼は他の獣族のクラスメイトたちに向かって、ゆっくりと頭を下げる。
「今までのこと、本当に悪かった。俺は、自分の間違いに気づくのが遅すぎたかもしれない。でもこれからは、みんなと同じ仲間としてやっていきたい。どうか、許してほしい。」
次第に温かい空気が広がり、やがて誰かが微笑みながらダンドーに声をかける。
「……俺たち、みんな仲間だよ。これからはお互いに助け合っていこう、ダンドー!!」
その言葉に、ダンドーは小さくうなずき、やっとのことで笑みを浮かべた。俺はその光景を見ながら、新たな希望と未来の明るさを感じていた。
―――
学園内のとある教室。
窓から差し込む午後の陽光は、まるでこの部屋の雰囲気を嘲笑うかのように暖かく穏やかだった。
だが、そこにいる数人の生徒たちが交わす言葉は、まるで毒を含んだように冷たく、陰湿な空気を生み出していた。
「なぁ、聞いたか? 1年A組の獣族がクラスメイトの人族を助けたとかで、今度の集会で表彰されるらしいぞ?」
薄暗い教室の片隅で、机に肘をつきながら男がにやりと口角を上げた。その声を合図に、周囲の者たちが興味深そうに身を乗り出す。
「あぁ、それ聞いた聞いた! で、なんか最近、調子乗ってるらしいじゃん?」
「獣族が調子に乗るなんて、笑えねぇよな。貴族でもねぇ、ましてや人ですらねぇ異形が、ここでいい気になってるとかさ。」
鼻で笑うような声が飛び交う。まるで些細な雑談でもしているかのような軽薄な口調。しかし、彼らの目に宿る冷たい光は、その発言がただの冗談ではないことを物語っていた。
「おい、だったら『また』やっちまうか? 三年前みたいによ。」
その言葉に、一瞬の沈黙が訪れた後、誰かが楽しげに舌を鳴らした。
「あ~! 誰だっけ!? あの金髪の、離れの村に住んでた貧乏貴族の女だよな! 誰だったけ~?」
「カリーナ・フォークナー。」
静かに名前を呟く者がいた。まるでその名を口にすること自体が儀式であるかのように。
「それだ!! カリーナ! ははっ、あいつ今頃どうしてるんだろうな~?」
「まぁ、あれだけ徹底的にやってやったんだ。今頃引きこもってるか、良ければ自殺でもしてんじゃねぇの?」
誰かが肩を震わせながら笑い、他の者もそれに続く。軽薄な笑い声が教室の壁に反響し、異様な空気を作り出していく。
「……で、いつやる?」
笑いが収まると、今度は冷たい声音が響いた。誰もがその問いの意味を理解していた。
「表彰式の後とかでいいだろ。連中が浮かれてるところで、一気に叩き落としてやるのが一番だ。」
「いいねぇ。それじゃ、あとで細かい作戦練ろうぜ?」
「りょ~か~い!」
軽い調子の返事が飛び交う。しかし、その中に含まれた悪意は、じっとりとした粘つくような感触を伴い、まるで教室全体を覆い尽くしてしまいそうなほど濃密だった。
暖かな陽光とは裏腹に、この部屋には不気味な陰が広がりつつあった。




