13話 最悪の選択
俺たちは魔獣の追跡をかいくぐり、ようやく森の端へとたどり着いた。
遠くに街の灯りが見えた瞬間、ダンドーは深く息を吐き、安堵の表情を浮かべる。しかし、その足元はふらつき、疲労の色は隠せなかった。
「ここまで来れば……なんとかなりそうですね」
息を整えながら俺が言うと、フェンリも頷きつつダンドーの肩を支えた。だが、ダンドーは顔を伏せ、かすれた声でつぶやいた。
「お前ら……なんで助けに来たんだよ。俺が獣族にどんな酷いことをしてたか、知ってるだろ……」
その顔には後悔の色が浮かび、まるで自分を責めるようだった。
「僕もあなたは好きではありませんが、クラスメイトを見捨てるのも気分が悪いです。命がかかってる状況で、そんなことを気にしていられません」
フェンリは淡々と答えたが、ダンドーは沈黙したまま視線を落とす。その様子を見ていたノアが、腕を組んで大げさにため息をついた。
「はぁ……そんな辛気臭い話は終わり!助けてもらったんだから、素直に感謝しなさいよ。命の恩人にね?」
ダンドーは一瞬口ごもり、顔を伏せたまま小さくつぶやいた。
「……ありがとう」
その言葉に俺たちは少し驚いたが、気恥ずかしさもあって特に何も言わなかった。そんな中、ネイラがふと後ろを振り返り、心配そうな声を上げた。
「あのぉ……でも本当に、大丈夫でしょうか?さっきの魔獣たち、まだ諦めていないように見えましたがぁ……」
その言葉に、場の空気が一瞬にして張り詰めた。直後、森の奥から獣の怒りに満ちた咆哮が響き渡る。俺たちは凍りつき、背筋に冷たいものが走った。
「……まだ追ってくるのか!」
俺は慌てて魔具に魔力を通し、戦闘態勢を整えた。他の仲間たちも身構えるが、誰もが疲れ切っていた。まともに戦えるかどうかも怪しい。そんな中、ネイラが小さく手を挙げて言った。
「最後の手段としてぇ、私が魔獣たちを一時的に抑えます。皆さんが逃げる時間くらいは、稼げると思いますぅ!」
「本当にできるんですか?……いや、ダメです!一人置いて逃げるなんてできません!」
俺が強く否定する間にも、魔獣たちは森の闇から次々と姿を現した。だが、その姿は先ほどとは異なっていた。異常に発達した筋肉、赤く輝く瞳、そして黒い渦のように禍々しい魔力をまとっている。
(くそ……狂暴化しているのか!?こうなっては誰も逃げられない……。だが、迷っている暇はない!)
俺は奥歯を噛み締め、覚悟を決めた。
「フェンリ、風魔法で皆を魔獣たちの後方へ飛ばせ!俺が食い止めます!」
「……そんなことが!?できるのですか?」
「できる……いや、やるしかない!」
仕方ない、これだけは言いたくなかったが……。
「俺は黒魔法が使えるんです!だから、ここは俺に任せてください!」
フェンリの表情が驚愕に染まる。
「黒魔法……!?……カイル、わかりました!理由は後で聞きますからね!」
「ありがとう……!」
フェンリは渋々頷くと、すぐに風魔法を発動させた。彼の魔法によって皆の足元に突風が巻き起こり、ふわりと宙へと持ち上げられる。
「皆、しっかり掴まってください!カイル、頼みましたよ!」
「……任せろ」
俺はローブの内側から使い捨ての杖を取り出し、魔力を込める。杖の先に黒い炎が渦巻き、空気が重くなるのを感じた。
「来い、俺が相手をしてやる!」
魔獣たちが一斉に襲いかかってくる。巨体が地を揺るがし、鋭い爪と牙が煌めく。俺は冷静に息を整え、杖を掲げた。
「黒火球!!!」
漆黒の火球が闇を切り裂き、魔獣の群れへと突き進む。次の瞬間、爆発的な衝撃が巻き起こり、黒炎が辺りを包んだ。獣たちの怒号が響き渡り、次々とその炎に呑まれていく。
俺は次々と黒魔法を撃ち続けた。火球が弾けるたびに魔獣の影が消えていくが、俺の体力も限界が近づいていた。呼吸が荒くなり、全身が重くなっていく。それでも、最後の魔獣が崩れ落ちるまで、俺は魔法を放ち続けた。
やがて、全ての魔獣が沈黙し、黒炎は静かに消えていく。
「うっ……」
気が抜けた瞬間、激痛が腕を走った。袖は焦げ落ち、肌には黒い稲妻のような傷跡が刻まれている。
(これが黒魔法の代償か……。まだ、成長したと思っていたのに……)
だが、苦しみよりも強い安堵が胸を満たしていた。
「……皆は無事か?」
俺は荒い息を吐きながら、彼らが無事であることを願い、ゆっくりと顔を上げた――。
遠くから微かに声が聞こえた。耳に届いたのは仲間たちのものだった。
振り返ると、フェンリを先頭にノア、たちがこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
――どうしよう。どうやって言い訳しよう。
俺は自分の身体に残る傷跡と、未だに薄く漂う黒い魔力の余韻を感じながら、小さく息を吐いた。
「カイル!どうしたの、その傷!」
駆け寄ったノアが心配そうに顔を覗き込む。彼女の目は、何かを確かめるように揺れていた。
「それに、さっきの黒い魔法……?」
俺は答えなかった。
「……あれは黒魔法です、ノア」
代わりに口を開いたのはフェンリだった。彼は眉を寄せ、険しい顔で続ける。
「カイルは僕たちを守るために魔法を使うだけではなく、禁術にまで手を出してしまったんです」
「そんな……!なんでそんなこと……!」
ノアの声は動揺に満ちていた。その場にいた全員が俺の方を見つめる。
ノアやフェンリたちは心配の色を隠せずにいたが、ダンドーや他の生徒たちの表情は違っていた。彼らの顔には、明らかな恐れと嫌悪が浮かんでいた。
当然だ。クラスメイトが、それもまだ九歳の子どもが目の前で黒魔法を使ったのだ。この世界の常識を理解している者なら、誰もが驚き、恐れるに決まっている。
「……あの魔獣から皆を守るには……普通の魔法じゃ駄目だったんです」
俺がようやく口を開くと、フェンリたちは驚愕していた。
「魔法が使えることは、黙っていてすみません」
「そういうことじゃなくて!」
ノアが叫んだ。その目には涙が滲んでいた。
「魔法が使えたことはこの際どうでもいいの! 私たちは……他に方法があったんじゃないかって……!」
彼女の声には、責めるような響きよりも、ただ純粋な悲しみが込められていた。
「ノア……そのことでカイルを責めるなら、僕にも責任があります」
静かに言ったのはフェンリだった。彼はノアをまっすぐに見つめ、毅然とした口調で続ける。
「最初にこの作戦に賛成したのは僕ですから」
「フェンリ……」
「みんなっ……うっ……」
俺は皆に謝ろうとした。しかし、言葉が途切れる。身体が限界だった。黒魔法を使った影響で、意識が遠のいていく。
「僕たちは、皆を守るために最善を尽くしました」
フェンリが静かに語る。
「カイルは危険を承知でこの力を使ってくれたんです。それだけは分かってほしい」
その言葉に、ノアは沈黙した。彼女はフェンリを見つめ、しばらくして小さく頷く。
「……わかった。カイル、無事でいてくれてよかった。でも……これからはもっと皆で相談して、できる限り危険な方法を避けよう?」
彼女の声には責める響きはなく、ただカイルを案じる気持ちが滲んでいた。
「大丈夫ですよぉ、カイルさん」
そっと肩に手を置いたのはネイラだった。彼女は穏やかに微笑みながら続ける。
「私たちはあなたを責めません。逆にこうして助けられたことに感謝してますからぁ」
ネイラの柔らかい言葉が、俺の心に少しの安らぎを与えた。
フェンリに支えられながら、俺は学園へと足を進めた。
―――
学園の門が見えてきた時、ようやく全員が完全に恐怖から解放された。門をくぐると同時に、皆が安堵の息をつく。
「一時はどうなるかと思ったけど……助かった」
ノアが小さなガッツポーズをし、カイルも深く息を吐く。肺が痛む。
ダンドーが、ふとネイラに視線を向けた。
「……お前、なんで俺を助けに来たんだよ? 喋ったこともねぇし、冒険者だからって、ここまで危険を冒す理由はねぇだろ?」
ネイラは少しはにかんで笑った。
「ええ……まあ、あまり深い理由はないんですけどぉ……獣族さんたちがこんなふうに人族を助けに行く姿を見てぇ、少しでもその姿を側で感じたくなったんです」
彼女の純粋な言葉に、フェンリとノアは少し照れくさそうに顔を背ける。俺も内心、彼女の勇気と情熱に感心していた。
「……まあ、とにかく、全員無事で戻れてよかったです」
俺がまとめるように言うと、皆が「お前が言うか?」という顔をして、それから笑い声が響いた。
こうして、波乱に満ちたダンドー救出作戦は幕を閉じた。
だが、今回の出来事が学園内の人族と獣族の関係に何かしらの変化をもたらすのではないか――俺はそんな予感を抱いていた。




