134話 魂の回廊
訓練を続けて約3時間、俺は体内で魔力を暴れさせる痛みにも次第に慣れてきた。
最初は体が悲鳴を上げていたが、今ではその痛みをある種の感覚として認識できるようになっていた。
(魔力のコントロール…魔力のコントロール…。血液のように…自分の一部として流れる魔力を意識して…。えーっとあとは――)
意識を集中し、全身を巡る魔力を掴む感覚を探り続ける。すると、体の中心に妙な感覚が芽生えた。それは、まるで自分自身が何かに吸い込まれるような、不思議な浮遊感だった。
(なんだ、この感覚は――)
――次の瞬間、俺は真っ白な空間に立っていた。
見渡す限り白一色の世界。地面も空も存在が曖昧で、ただ無限に広がる空間に、俺一人が立っている。そして、どこかで見たことがあるような気がする。
(ここは…前にも来たことがある…?)
思い出した。以前、ノアがビスマーに攫われたとき、俺が彼女を助けに行って、瀕死の状態に陥ったときだ。
あのときも、この真っ白い世界に迷い込んだ。そして、そのときこの空間には、誰かがいたはずだ――。
背後に気配を感じ、俺は勢いよく振り返った。
目の前に立っていたのは、あのときと同じ、壮年の男だった。
(やっぱり…あの時の男だ。)
しかし、そこには男だけで、『カイル・ブラックウッド』
の姿はどこにもなかった。
目の前の男の顔を見て、俺は確信する。この白い空間はこの身体の『内側』に広がる魂の世界。そして、この体には3つの存在が宿っている。それが、俺と目の前の男、そして『カイル』だ。
男は俺に気づき、驚いたような表情を浮かべたあと、俺に歩み寄ってきた。そして、低い声で問いかける。
「何故…お前がこの『魂の回廊』にいる?」
(『魂の回廊』…?)
その言葉に引っかかりつつも、俺は男の問いに答えた。
「俺は魔力のコントロールをしようとして…気づいたらここに来ていたんだ。」
俺の答えを聞いた男は、驚きと安堵が入り混じった表情を浮かべた。
「そうか…死んだわけではないんだな。それならよかった。」
(死ぬ?)
妙なことを口走る男に俺は思わず聞き返した。
「どういうことだ?死ぬって――」
男は一瞬黙り込み、ため息をついた後、重々しい口調で話し始めた。
「お前がこの『魂の回廊』に来た理由が魔力のコントロールならば、重要なことを教えておく。お前が今扱おうとしている『潜在魔力』は…本来、俺の魔力だ。」
「…お前の、魔力?」
俺は困惑し、何を言われているのか理解が追いつかない。
男は俺の反応を見て、少しめんどくさそうに説明を続ける。
「いいか、よく聞け。お前の中に眠る膨大な潜在魔力。それは、お前自身の力ではない。俺が、この『カイル・ブラックウッド』という体に宿るときに持ち込んだ、膨大な魔力量が原因だ。」
俺はその言葉に驚き、眉を寄せて男を見つめた。
「…持ち込んだって、どういうことだ?」
「俺は…お前もそうだが元々、この体の『本来の持ち主』じゃない。簡単に言えば、俺とお前はこの『カイル・ブラックウッド』の身体にとっての異物だ。この体に宿る際、俺の魔力も一緒に流れ込んだ。それが封印された状態で『潜在魔力』として存在している。」
「…つまり、俺がコントロールしようとしているのは、アンタの魔力だと?」
男は無言で頷く。そしてさらに続ける。
「だが、その魔力は膨大すぎる。お前が封印を解こうとすれば、間違いなく死ぬ。いや、死ぬだけじゃない。この体は四肢を爆散させ、跡形もなくなるだろう。」
男の言葉に、体が無意識に震えた。そんな膨大な魔力が、俺の中に…いや『カイル』の身体に眠っている?しかも、それを扱えば死ぬ…?
俺は必死に目の前の情報を整理しようとしていた。しかし、混乱する思考の中で、どうしても納得できないことがあった。だから、俺は目の前の男に問いかけた。
「…その魔力を、安全に使う方法はないのか?」
男は俺の問いに一瞬考え込む素振りを見せたが、やがて冷静な表情で答えた。
「あるにはある。だが、お前にはまだ無理だ。お前は、その『高み』に至っていない。」
「高み…?」
その言葉の意味が分からず、俺は問い返す。すると男は目を細め、不敵な笑みを浮かべながら言った。
「そうだ。お前は弱い、弱すぎる。俺の魔力を扱うには…そうだな、あと50年は早いだろう。」
その言葉に、俺の胸の奥で何かがぐらりと揺れた。突然現れたこの男が、俺を見下したように「弱い」と言う。俺を完全に見下しているこの態度に、無性に腹が立った。
(こいつは…一体何なんだ?何様なんだ。)
気づけば俺は怒りから無意識に拳を握りしめていた。
「そんなに怒るな。事実だろう。」
男は俺の怒りを察したのか、あざ笑うように言った。その冷笑に耐えきれず、俺は男に掴みかかろうとした。しかし――。
「な…っ!?」
俺の手は男の身体をすり抜けた。まるでそこに存在していないかのように。
「どういうことだ…?」
困惑している俺の隙を突くように、男の拳が俺の頬を殴った。
「ぐっ…!」
今度は、はっきりと触れた。いや、『触れられた』。
「ど、どうして…?」
俺は倒れそうになる身体を必死に支え、男を見据えた。すると男は冷ややかな目で俺を見下ろし、重々しく言い放った。
「それがお前の弱さだ。」
「弱さ…?」
「そうだ。力が弱い、身体が弱い、そして意思が弱い。だからお前は俺に触れることができない。だが俺はお前に触れることができる。」
その言葉に俺は言葉を失った。男は背を向け、ふっと笑う。
「『生き残った』お前なら、もう少し見込みがあると思っていたが…。その身体の持ち主だった『カイル・ブラックウッド』のほうが、お前よりも強かったかもしれないな。」
その言葉に、俺は自分の身体を見下ろす。いつの間にか、俺は『カイル・ブラックウッド』の身体になっていた。
ふと、男が一言つぶやいた。
「どうやら時間が来たようだな。」
「時間…?」
その言葉の意味を問いただす暇もなく、男は俺の胸に手を伸ばし、ゆっくりと触れた。そして次の瞬間、強い力で押し倒される感覚に襲われた。
「っ!!!」
目の前が真っ暗になる。そのまま意識が飛んだ――。
「――君…カイル君!?」
目を覚ますと、目の前にルミエラの顔があり、彼女が俺の口元に顔を近づけているところだった。
「うぉああ!何しようとしてんだこの淫乱!!」
俺の反射的な叫びに、ルミエラが大げさに驚いた顔を見せる。
「えぇ!?カイル君いつの間にそんな言葉遣いを覚えたのぉ?!」
その言葉に俺は自分が言ったことを思い出し、慌てて口を押さえた。
「す、すみません!…で、一体俺に何をしようとしてたんですか?」
俺の問いに、ルミエラは急に真剣な目つきになり、答えた。
「いや、あんたがいきなり倒れたんだよ。だから心配で…人工呼吸でもしようかと思ってさ。」
「いやいや、それって息をしてないときにやるやつでしょう!?俺、ちゃんと息してましたよね!?」
俺が焦りながら言うと、ルミエラは大笑いしながら肩をすくめた。
「ははは!そうだったのかぁ。でも本当に心配したんだからね。」
ルミエラの目を見ると、その笑いの裏に本物の心配が感じられる。その様子に、俺は申し訳ない気持ちになりながら答えた。
「…ちょっと眩暈がしただけです。」
「本当かい?無理するんじゃないよ。それなら一旦休憩しよう。」
ルミエラの言葉に俺は頷いた。そして、横になりながら、さっきの出来事を思い返す。
『お前は弱い、弱すぎる。』
あの男の言葉が、耳にこびりついて離れない。
確かに俺は弱い。それは自分でも分かっている。だからこそ、訓練を積んで強くなろうとしているのだ。それなのに、あの場所にいたとき、無性に腹が立ったのはなぜだろう。
あれは、自分が弱いことを突きつけられたからか?前世の弱い自分を思い出させられたからか?
俺は頭を振って、その思考を振り払う。
(違う、こんなことで悩んでいる場合じゃない。俺は強くなるためにここにいるんだ。)
自分にそう言い聞かせ、俺は立ち上がった。頬を叩いて気合を入れ、訓練を再開する。
だが――。
「あれ…?」
いくら魔力に集中しても、魔力がうまく動かせない。
ゲートを通さず魔力を動かそうとしてもびくともしない。魔法の発動自体は普通にできるが、体内の魔力を暴れさせる感覚が完全に失われている。
つまり、ゲートを通さない魔力のコントロールも、貯蔵量の拡大もできない。このままでは訓練が進まない。
(どうなってるんだ…!?)
俺は不安になり、ルミエラに相談することにした。
「――ということで、魔力の流れを掴めなくなったんですが…どういうことでしょう?」
俺の説明を聞いたルミエラは、俺の魔力を調べると言って『魔力感知』の魔法を発動した。彼女がじっと集中し、俺を見つめる。その顔に、少しずつ険しい表情が浮かび始める。
「…どうしたんですか?」
俺が恐る恐る聞くと、ルミエラは明らかに言いにくそうにしながらも答えた。
「カイル君…あんた、心臓が魔力で覆われている。」




