133話 訓練開始
階段を下りると、そこには二つの扉が立っているだけの空間が広がっていた。湿っぽい空気とひんやりとした冷気が漂う地下に、異質なほどに静寂が満ちている。
「右の扉が私の研究室で、左が訓練場よ。」
アルマがそう言いながら杖を軽く振り、左側の扉を指差す。俺は頷いて左の扉に手をかけ、ゆっくりと開けた。
扉の向こうに広がっていたのは予想を遥かに上回る広さの空間だった。
天井にはいくつもの照光石が埋め込まれ、昼間のように明るい。広々とした床には耐魔レンガが隙間なく敷き詰められ、強い魔力にも耐えられるように作られているのが一目でわかる。
「結構広いですね。」
俺が驚きながら天井を見上げると、アルマは肩をすくめて「まあね」と短く返す。
視線を下げて周囲を見渡すと、遠くの壁際には巨大な岩や木製の杭、魔力で作り出された標的のようなものが並んでいた。訓練用の設備がしっかりと整っているらしい。
「これがアルマさんの訓練場なんですか?」
俺は感心しながら問いかけたが、アルマは特に自慢する様子もなく杖を軽く地面に突き立てた。
「さっそくだけど、魔力のコントロールの基本を教えてあげるわ。」
「あ、はい!お願いします!」
俺は気を引き締め、改めてアルマに向き直る。
「その前に質問よ。」
アルマはじっと俺を見据えて問いかける。
「あなたは魔力をどういうものだと思っている?」
突然の質問に、俺は返答に困り、少しだけ間を置いた後、正直に答えた。
「えっと…力、ですかね?自然界には存在しない、自分で生み出す特別な力…みたいな。」
それを聞いたアルマは、小さくため息をつきながら呟く。
「やっぱりね。」
「え?」
「魔力を何か特別な力だとか考えていない?」
アルマは再度問いかけながら、俺を真っすぐに見つめる。その目には一切の迷いがなく、鋭さすら感じられた。
俺が戸惑う間もなく、アルマは話を続けた。
「…人間が魔力を扱えるようになってから約4000年、魔力は技術として進化してきた。それが今では、私たちの生活に欠かせないものになっているわ。例えば照光石、魔法で動く建造物、治癒魔法の基盤―どれも魔力なしでは成り立たない。それほど、私たちにとって魔力はごく自然なものなの。」
アルマの言葉には力があり、それは直接頭に響いてくるようだった。
「まずは、『魔力が特別なもの』という浅い考えを捨てなさい。それが魔力を扱う第一歩よ。」
俺はその言葉を心に刻み込むように頷いた。
「はい…!」
「その意気よ。」
アルマは微かに笑みを浮かべると、杖を掲げてその先を俺の胸元に向けた。
「それじゃ、さっそくやってみましょう。まず、自分の体内を流れる魔力の流れを掴みなさい。いい?魔力を特別な力だと思わないで。血液や筋肉の動きと同じように、そこにあって当たり前のものとして捉えるのよ。」
アルマの言葉に従い、俺は両目を閉じて集中した。魔力は特別なものじゃない…。そこにあって当たり前のもの。俺の体内を流れる、血液のようなもの…。
体の奥に意識を向けると、微かだが冷たい流れのような感覚を掴んだ気がした。まるで自分の中を流れる静かな小川のようだった。いつもと感じていた魔力とは、何か違う気がした。
「掴めた?」
アルマが低く問いかけてくる。その声に俺は微かに目を開けて頷く。
「はい、掴めました…と思います。」
「いいわ、上出来よ。次は、その魔力を『ゲート』を通さず動かしてみて。ほんの少しでもいいから、自分で制御する感覚を得ることが大事なの。」
「ゲートに通さずって…どうやるんですか?」
「あなた、魔力暴走を起こしたことはある?」
「はい。魔法を使い始めた頃に一度…」
「あれを意図的に起こす感じよ。魔力を体内で暴れさせるの。」
「分かりました、やってみます。」
※※※
俺が今日から始める訓練はこうだ!
1 魔力の流れを正確に掴み、ゲートを通さず魔力を動かす!
2 ゲートを通さず、体内で魔力をかき回しまくる!
3 そのまま毎日魔力をかき回して魔力貯蔵量を強引に拡張!
4 十分拡張が済んだらアルマがどうにかこうにかして俺の潜在魔力を解放!
5 魔力量超超増加!→魔法使い放題→強い!!\(^_^)/
と言う感じだ。
※※※
俺はさらに集中を深め、体内に流れる魔力を動かそうと試みた。しかし、少し動かそうとすると途端に抵抗感が現れ、暴れる魔力の渦に体内が刺激される。
「っ…!」
思わず息を詰めるが、アルマがすぐに声をかける。
「大丈夫、焦らないで。その抵抗感を感じるのが最初のステップよ。」
「でも、これ…難しいですね。それに痛いし。」
「最初はみんなそうよ。体内の魔力をゲートを通さず完璧に動かすには、それ相応の訓練と、痛みに耐える覚悟が必要よ。でも、ここから先が重要なの。しっかり訓練すれば、魔力は必ずあなたに従うようになるわ。」
その言葉を聞いて、俺は自分の胸に決意を込めた。この訓練を乗り越えれば、今の自分を越えられる。
「ありがとうございます。必ずやり遂げてみせます!」
俺の決意に、アルマは少しだけ満足そうに微笑みながら杖を軽く回した。
「いい返事ね。じゃあ、もう一度やってみましょうか。」
―――。
それからしばらく訓練を続けていると、訓練場の扉が勢いよく開かれた。
「お~、やってるねぇ。」
振り返ると、ルミエラが傷だらけの姿で立っており、俺と彼女自身の杖をしっかり握っていた。その姿を見た瞬間、俺は訓練を中断してルミエラのもとへ駆け寄った。
「ルミエラさん!大丈夫ですか!?」
いくらルミエラが普段軽率な態度を見せていても、自分の杖を取り戻すために彼女がこんなに傷ついて帰ってきたことに胸が痛んだ。
「気休めかもしれませんが、今すぐ治癒魔法を…!」
俺が治癒魔法を施そうとするが、ルミエラは軽く手を振ってそれを遮る。
「いや、いいよ。カイル君には訓練があるだろ?それに、これはあたしが油断しただけさ。」
「そんな傷だらけで言われても納得できませんよ!」
俺がルミエラの言葉を無視して治癒魔法を施そうとしたその瞬間、アルマが間に割り込んだ。
「まったく…ルミエラ、あなたのその無謀な戦い方、いい加減直さないと死ぬわよ。」
アルマは厳しい口調でルミエラを非難しながらも、すぐに治癒魔法をかけ始めた。その魔法は俺が使うものとは次元が違った。
俺の治癒魔法は集中した一か所しか治せないが、アルマの治癒魔法は体全体を包み込むように働き、瞬く間にルミエラの傷が治っていく。血も止まり、傷跡すら残らない。その圧倒的な技術に、俺はただ呆然とするしかなかった。
「ふぅ…いやぁ助かったよ、アルマ。ありがとさん。あたしの足を斬った奴に同じことしてやろうとしたら、別の奴に奇襲されちゃってさぁ、あはは!」
ルミエラは治った身体を動かして確認しながら、笑いながら城での出来事を話した。
「はぁ…本当に無茶しないでよ。一応心配してるんだから。」
アルマはルミエラを心配そうに見上げる。その視線に、ルミエラはニヤリと笑って答える。
「おぉ?心配してくれんのかよ~」
そう言いながらルミエラがアルマの頭を撫でると、アルマは「頭撫でんな!」と声を荒げ、ルミエラの手を払いのけた。
二人の掛け合いを眺めながら、俺は杖を受け取り、再び訓練に戻ることにした。しかし、ルミエラが俺の様子に気づいて声をかけてきた。
「んで、カイル君はどうよ?魔力はコントロールできそうなのかい?」
その質問にアルマが腕を組みながら考えるように答えた。
「まぁ、完全にコントロールできるようになるには、最低でも1か月は必要ね。」
「1か月!?結構長いな。なんでそんなにかかるんだ?」
ルミエラがアルマに尋ねると、アルマは淡々と説明を続けた。
「簡単よ。カイルの潜在魔力があまりにも多すぎるから、それに合わせて魔力貯蔵庫を広げなければいけないの。」
「へぇ、なるほどね。」
ルミエラはそれ以上詮索せず、俺の訓練を見守るように椅子に腰掛けた。その間も俺は集中して魔力の流れを掴む訓練を続けていた。
すると、不意にアルマが「あ!」と声を上げた。その声に驚いて俺は訓練を中断し、彼女に問いかける。
「どうしたんですか?」
アルマは慌てた様子で時計を探し始めた。
「い、今何時?」
俺は左腕に付けていた学園支給の魔時計を確認する。
「えーっと、8時32分ですね。」
その瞬間、アルマの顔が青ざめた。「遅刻だわ!!!」
「…え?」
「学園よ!私、今日は講義があるんだった!」
アルマはそう言うと、慌てて訓練場を飛び出し、隣の研究室に駆け込んだ。俺も驚いて後を追いかけた。
「そういえば、学園の先生なんでしたよね。」
俺の言葉に、アルマは荷物を鞄に詰めながら、少しだけ得意げに答えた。
「えぇ、私が教えてるのは一流の学園だから、サボるわけにはいかないの!」
慌ただしく準備を終えたアルマは俺たちに向き直り、指を突きつけて言った。
「魔力のコントロールは教えた通りだから、今日は一日中しっかりやるのよ!それから、この研究室には絶対入らないこと!わかったわね?」
俺たちが頷くと、アルマは杖を手に、風を固定する魔法を使って空を駆けていった。
その様子を見ながら、俺は隣に立っていたルミエラに問う。
「あの魔法って、聖級魔法使いなら誰でも使えるものなんですか?」
ルミエラはおよおよと泣き顔を披露しながら答えた。
「知らなかった…。あたしもアルマが使えるなんて知らなかったよぉ。」
ルミエラの面白い顔を見て笑った後、俺は訓練に戻ることにした。これ以上、無駄な時間を費やすわけにはいかない。俺にはやるべきことがあるのだから――。




