132話 魔力のコントロール
しばらくすると、アルマが部屋から出てきた。
先ほどの可愛らしい寝間着ではなく、初めて会ったときと同じようなブカブカのローブ姿だ。そこにルミエラが笑いながら話しかける。
「あれ?着替えたんだ?さっきの可愛かったのになぁ~」
「…あれは燃やしたわ」
「え”え”え”え”え”!?」
アルマとルミエラの掛け合いに、思わず俺は小さく笑った。
その後、綺麗になったリビングに腰を落ち着け、3日前に途切れていた話の続きをすることになった。
「えーっと、どこまで話したんだっけ…?」
アルマが額に手を当て、考えるような仕草を見せる。
「魔力のコントロールの方法を聞いていたところです。」
俺が答えると、アルマは「あぁ」と小さく呟き、話し始めた。
「魔力のコントロールは、かなり難しいわ。自分の体内に流れる魔力の流れを正確に掴み、それを自由自在に動かせなければいけないの。」
「それって、魔法を発動するときの魔力操作の感覚とは違うんですか?」
俺の質問に、アルマはわずかに眉を動かして答える。
「えぇ、まったく違うわ。魔法を発動するときは、魔力が『ゲート』を通って流れているだけ。体内の魔力の操作は、そのゲートを通さず直接動かす必要があるから、まるで別物よ。」
「ゲート?」
「ゲートっていうのは…そうね、簡単に言うと、体内の魔力を体外に放出する際に必ず通る『道』のことよ。それがないと魔力は放出できない。」
「ということは、体内の魔力をコントロールするのは、そのゲートを通らないから難しい、ということですか?」
「その通り。カイル、あなたは自分の体内を流れる血液を自由に動かせると思う?」
アルマの問いに俺は一瞬戸惑ったが、すぐに首を振る。
「いえ、できません。」
「それと同じよ。魔力の流れを掴むこと自体が、ほとんどの人には不可能に近いの。でも、あなたの場合はそれができなければいずれ死ぬわ。」
その言葉に、俺の胸が一気に締め付けられたような感覚に襲われる。
「……死ぬ、ですか。」
アルマは淡々と話を続けた。
「そう。あなたの体内に蓄積される魔力はあまりに多すぎる。それを体内に留めたままだと、いずれ魔力の貯蔵限界を超えてしまう。そうなるとどうなるか分かるわよね?」
「は、はい。」
俺が前のめりになると、アルマは少し面倒くさそうな表情をしながら続ける。
「そのためにはまず、魔力の貯蔵量を増やす方法を学ぶ必要がある。そして、体内に潜む魔力を解放する術も同時に身につけないといけないわ。」
「貯蔵量を増やす方法とは、具体的にどんなことをすればいいんですか?」
俺の真剣な問いかけに、アルマは少しだけ目を細め、真面目な口調で答えた。
「それは…訓練よ。とにかく訓練するしかないわ。まずは体内の魔力の流れを正確に掴むイメージを持つことから始めるわ。コツをつかめれば、徐々に操作できるようになるはず。時間はかかるけどね。」
「お願いします!ぜひ教えてください!」
俺が頭を下げると、アルマは少し驚いたようだったが、すぐに口角を上げた。
「まぁ、最初からそのつもりだったけどね。いいわ、私がみっちり教えてあげる。ただし!」
アルマはピシッと俺を指さす。
「私の言うことは絶対守ること!分かった?」
「はい!よろしくお願いします!」
そのやり取りを横で見ていたルミエラが笑いながら割って入る。
「おいおい、アルマちゃんよ~、なんか妙に張り切っちゃってない?もしかしてカイル君に…惚れた?」
その瞬間、アルマの顔が赤くなり、勢いよくルミエラを押しのける。
「そんなわけないでしょ!ただの訓練よ!それに家を掃除してくれたお礼も兼ねてるんだから!」
「あっはっはっは~!ほんとかなぁ~?」
「ルミエラ、黙りなさい!」
険悪というか、漫才のようなやり取りに、俺は苦笑しながら見守るしかなかった。
「よし、カイル。外に出るわよ!実際にやらせてみせるから。」
アルマは部屋の隅から自分の身長以上に長い杖を取り出し、勢いよく玄関の扉を開けた。俺は急いで彼女の後を追い、ルミエラもその後に続く。
少し歩いたところで、俺はあることに気づいて声を上げた。
「あ!」
俺の突然の叫びに、アルマとルミエラが同時に振り返る。
「どうしたの?」
と不思議そうにアルマが問いかける中、俺は急いで答えた。
「実は、王城に拘束されたときに荷物を全部取られてしまって…杖がありません!」
自分でも少し焦りすぎたと思うほどの迫真の声だったが、杖がないことは大問題だ。魔法を使う上で杖はほぼ必需品と言える。俺の言葉を聞いたルミエラがすぐさま俺の前に立つ。
「なら、あたしが取り返してきてやるよ。後で追うから、先に行ってな。」
「え?ルミエラさん一人でですか?」
「あぁ、まあいけるだろ。」
「危険ですよ!」
俺は引き止めようとしたが、ルミエラは笑って俺の横をすり抜ける。
「まぁ任せなって。あたしも杖を取られてんだ。それに…あの時の借りを返さないとねぇ。」
そう言って微笑むルミエラの瞳は澄んでいて、普段のふざけた態度とは違う真剣さが感じられた。俺はゴクリと息を飲むしかなかった。結局、ルミエラに杖の奪還を任せることにした。
「じゃあ、サッと盗ってサッと帰ってくるから!」
そう言うとルミエラは空を歩くのではなく、普通に地上を走って城に向かっていった。城に向かう姿を見送りながら、俺はアルマに促されて朝日が差し始めた薄暗い街を歩き始めた。
アルマが足を止めた先には、1階建ての木造の家があった。外見は周囲の建物とほとんど変わらない、特に目立たない造りだ。
「ここが訓練場ですか?」
俺が尋ねると、アルマは無言で持っていた鍵をドアノブに差し込んで回した。
ガチャリと音を立てて扉が開く。すると、籠っていた埃が飛び出し、俺は思わず顔をしかめた。
(ここも汚い…!)
中に入ると、そこには地下へと続く階段がぽつんと一つだけあり、それ以外は何もない空間が広がっていた。
「この下が訓練場ですか?」
俺の再度の問いに、アルマは魔法で火を灯しながら答える。
「そうよ。この下は耐魔レンガで作られた部屋だから、魔法の研究や訓練に持ってこいの場所なの。さ、早く行きましょ。」
そう言って、アルマは小柄な身体を一生懸命動かして階段を下りていく。その姿を見ながら、俺は少し実感が湧かないままでいた。
(本当にこの少女が聖級魔法使いなのだろうか…?)
言葉遣いや知識は大人びているが、時折見せる言動は幼さが残る。そんなことを考えていると、俺はあることを思いついた。
(少し試してみるか…?)
俺は内心でそう決め、小さく魔力を右手に籠めた。掌には小さな土の塊を生成する。弾丸の劣化版ともいえる小さな土の塊だ。威力はさほどないが、当たれば少し痛い。俺はそれを親指と人差し指で挟み、階段を下りるアルマの背後を狙う。
(これで少し反応を見てみよう…)
俺がそう思い、弾を放とうとしたその瞬間――。
アルマの持っていた杖が突然光り輝いた。すると、何もない空間から鋭利な刃物のような土が俺の首元を捉えた。
「……!」
俺は息を呑み、動きを止めた。アルマはゆっくりと振り返り、笑みを浮かべながら俺を見据えている。
「私の後ろから攻撃しようなんて、良い度胸してるわね。もしかして、本当に私が聖級魔法使いか疑ってたの?」
その視線に俺は逃げることもできず、ただ謝るしかなかった。
「は、はい。すみません…!」
すると、アルマは杖を引き、魔法を消す。
「いいのよ。魔法使いってものは普通、疑心暗鬼でなければいけないものよ。危険に備えるのは当たり前のことだもの。」
そう言って、アルマは続ける。
「柔軟な対応力と警戒心。それが、強い魔法使いへの第一歩よ。これから訓練で徹底的に叩き込んであげる。」
アルマの言葉に俺は驚きを隠せなかった。
(この人は…本物の聖級魔法使いだ…。)
俺は自分が少しでも疑ったことを後悔し、アルマについて階段を下り始めた。これから始まる訓練がどれほど厳しいものになるのか、その時の俺はまだ知る由もなかった――。




