131話 掃除は日本人にお任せ!
「潜在魔力?どういう意味ですか?」
アルマが俺に放った言葉の意味が飲み込めず、思わず問い返してしまった。
アルマは深くため息をつき、眠そうな目を擦りながら立ち上がる。そして俺たちが入ってきた扉の方を指差し、ぼそりと呟いた。
「とりあえず…リビングで話しましょ。ミルクでも飲まなきゃ起きてられないわ」
そのあまりにも少女らしい言葉に、俺は少しだけ頬が緩む。
アルマは魔法で火を灯し、家中に設置された燭台やランプに次々と明かりをつけていく。薄暗かった室内が徐々に明るくなり、散らかり放題の本や家具の配置がはっきりと見えるようになった。そんな中、アルマはキッチンらしきスペースへとトコトコと歩き出す。
そこで、彼女が白く四角い箱を開けた瞬間、俺は目を見開いた。中から彼女が取り出したのは、瓶に詰められた牛乳だった。それを魔法で温め始めたアルマの姿を見て、俺は思わず叫んだ。
「え!?冷蔵庫!?」
そう、この白い箱は前世で見慣れた冷蔵庫そのものだった。俺の言葉に、アルマはきょとんとした顔をして首を傾げる。
「レイゾーコ?何それ。この箱のことを言ってるなら違うわよ。これはフリッジよ。」
「いやいや、冷蔵庫そのものじゃないですか!?」
俺の必死なツッコミを横に、アルマは全く気にする様子もなく温めたミルクを啜る。
「冷蔵庫…いやフリッジって…どこで手に入れたんですか?」
俺が気になって聞くと、アルマはあっさりと答えた。
「企業秘密よ。これだけは教えられないわ。」
そう言ってアルマはミルクを飲み干し、ようやく俺たちの方に向き直る。そして埃まみれのソファを指さし、促してきた。
「そんなことより潜在魔力について知りたいんでしょ。そこに座りなさい」
俺は促されるままにソファの埃を払い、なんとか座る。ルミエラは気にした様子もなく隣に腰掛けた。アルマは俺たちを一瞥すると、ようやく本題に入った。
「それで、潜在魔力のことだけど。」
「あ、はい!」
「潜在魔力。その名の通り、体内に眠っている魔力のことよ。」
「それが…俺は多いってことですか?」
アルマは冷静に頷く。
「そうね。正直言って、バカみたいに多いわ。そんな量の魔力を今まで体内に秘めてて死んでない方がおかしいくらいにね。」
「死ぬって…どういうことですか!?」
心臓がバクバクと脈打つ。だが、アルマはどこ吹く風といった様子で続けた。
「普通、魔力の総量っていうのは身体の成長で少しずつ増えていくものだけど…あなたの場合、潜在的な魔力が桁外れに多いのよ。そのせいで体内で魔力が圧縮され続けている状態になってる。」
「そんなことって…」
「このまま何も対策しなければ、いつか魔力の圧縮に身体が耐えられなくなって、最悪の場合、四肢を爆散させて死ぬわ。」
「四肢を爆散!?いやいや、冗談ですよね!?」
「冗談なわけないでしょ。」
アルマは眠そうな目で俺を見つめ、肩をすくめた。その言葉に、俺の頭の中は一気に混乱する。俺、死ぬのか!?
「ルミエラ。」
アルマが急に隣のルミエラに目を向ける。
「あなた、気づいてたんでしょ?なんで教えてあげなかったの?」
「え~、だって教えたところで何かできるわけじゃないし、アルマに会わせればいいと思ってたんだよぉ。」
「…あんたねぇ。」
アルマは深いため息をつき、苛立ちを抑えるように額を押さえた。
「まあいいわ。とにかく、あなたには魔力をコントロールする方法を覚えてもらわないと。さもないと、本当に死ぬわよ。」
「その…コントロールの方法を教えてください!」
俺が身を乗り出すように頼むと、アルマは少しだけ困ったように眉を寄せた。
「簡単に言えば、魔力の貯蔵量を増やす訓練をして、体内に溜まっている潜在魔力を解放するしかないわ。」
「具体的にはどうすれば…?」
俺の質問にアルマは口を開きかけたが、次の瞬間、彼女の丸い瞳がぐるんと上を向いた。そして、そのまま白目をむいて倒れ込む。
「アルマさん!?どうしたんですか!?」
俺が慌てて駆け寄ると、ルミエラがため息をつきながらアルマを抱え上げた。
「この子、また何日も寝ないで研究してたんだよ。こうなると三日は起きないね。」
「はぁ…」
ルミエラはそう言うとアルマを抱え、奥の部屋へと消えた。
俺は一人になったリビングで呆れと不安で頭を抱える。結局、俺の目的の話もできず、さらに俺の生死に関わる話も聞けなかった。
というか、聖級魔法使いってヤバイ奴しかいないのかな…。不安だ。
俺は結局、聖級魔法使いアルマの家で数日過ごすこととなった。アルマが眠っている間、俺はただ時間を潰すだけというのも耐えられず、ルミエラを強引に誘って、この埃まみれでカオスな家を掃除することに決めた。
こんな環境じゃ、俺が耐えられない!
その一心で、俺はこの家を徹底的に片付けることにした。いや、片付けなければここに住むこと自体が苦行だ。ルミエラは最初、面倒臭そうな顔をしていたが、俺の必死の説得に折れ、しぶしぶ手伝うことになった。
しかし、掃除は想像を超える過酷さだった。
家中には得体のしれない腐った薬品や植物が散乱しているし、奇妙な臭いを放つ瓶詰めがあちこちに転がっている。それどころか、経年劣化で穴が空いた壁にはホコリがこびりつき、油のようなものでべたべたになった窓からは外の光すらろくに入らない状態だった。
「これが人間の住む家なのか?」
俺はそう呟きながらも、黙々と掃除を進めた。ルミエラは「なんであたしがこんなこと…」とぶつぶつ文句を言いながらも、手伝い始めると案外器用に作業をこなしてくれた。俺たちは二人三脚で床を磨き、窓を拭き、散乱した本や物を片付けていった。
結果的に、家は来たときとは比べ物にならないほど綺麗になり、まるで新築のような輝きを取り戻していた。
「いやぁ!カイル君、まさか掃除の才能まであるとはね!今度あたしの家も頼むよ!」
ルミエラが呑気にそう言って笑うが、正直なところ、俺は達成感よりも疲労感のほうが勝っていた。
これ…やっぱり前世が日本人だったからかな。
俺はそんなことを思いながら、埃だらけだった手を見つめる。日本人の「綺麗好き」な習慣がここで生きるとは思わなかった。この世界では掃除なんて貴族でも徹底的にやる文化がないから、俺の掃除技術はきっと特殊なものなんだろう。
…いつか掃除で食っていくものいいかもな。そんなことを考えていると、突然アルマの部屋の扉がギィ…と音を立てて開いた。
「ん…」
扉の陰から現れたのは、動物の耳やしっぽがついた着ぐるみの寝間着を着たアルマだった。眠たそうな目を擦りながらヨロヨロと歩いてくる彼女を見て、俺は思わず吹き出しそうになる。
少女らしい服装だ。普段の尖った雰囲気からは想像もつかない。だが、アルマが自分の格好に気づいた瞬間、表情が一変した。
「ちょっと待って!この服なによ!?ルミエラ!?ルミエラがやったの!?」
頬を真っ赤に染めたアルマが怒りの矛先をルミエラに向ける。しかし、当のルミエラは爆笑しながら床を転げ回っていた。
「あはははは!似合ってるよアルマ!いや~、最高に可愛いね!」
ルミエラの反応にさらに赤くなったアルマは、その場で小刻みに震える。怒るか、泣くか、何か爆発するか――そう思った俺だったが、次の瞬間、アルマは周囲を見渡し、不思議そうな顔をした。
「…あれ?掃除した?」
その一言に、俺とルミエラは思わず顔を見合わせる。
「気づきました?」
俺が答えると、アルマは目を丸くし、少し俯いた。そして、意外すぎる言葉を口にした。
「…ありがとう。」
「え?」
不意に飛び出た感謝の言葉に、俺は反応が遅れてしまった。
「だから、ありがとうって言ってるの!…なんか、こう…落ち着くし、いい感じ。」
照れ隠しなのかぶっきらぼうな口調でそう言うと、アルマはそそくさと自分の部屋に戻っていってしまった。
「えぇ…?」
なんだか拍子抜けしてしまい、俺は立ち尽くしてしまう。
「アルマってさ、本当は綺麗好きなんだよ。でも、掃除とか整頓とかが全くできないの。だからいつも家があんな感じになっちゃうんだよね。」
ルミエラが小さく笑いながら俺に教えてくれる。その言葉を聞いて、俺はようやくアルマの行動の意味を理解した。
普段の彼女のだらしない姿は、単なるズボラさだけじゃなかったのだ。自分の性格が掃除に向いていないことを自覚していたからこそ、感謝の気持ちがあったのかもしれない。
「まあ、喜んでもらえたなら良かったですけど…」
俺が呟くと、ルミエラがニヤリと笑う。
「でも、この家を掃除して綺麗にするなんて、カイル君ってほんとにマメだよねぇ。あたしの家もお願いしようかな?」
「絶対に嫌です!」
俺が即答すると、ルミエラはケタケタと笑い出した。
そして、掃除から始まったこの数日間の出来事は、俺にとってなんだか奇妙で、どこか心が温かくなるものだった。アルマとの関係も少しだけ近くなった気がする。さて、これからどうなるのやら――。




