130話 ちびっ子魔法使い?
薄暗い城下の街をルミエラとともに歩き続けること約20分。これまで目にしてきた建物以上に古びていて、今にも崩れそうな建物が目の前に現れた。その建物の前で、ルミエラが足を止める。
「ここですか?…とても人が住める家には見えませんが。」
俺が率直な感想を口にすると、ルミエラが微妙に顔を赤くして言い返してきた。
「…ここは、あたしの昔住んでた家だよ。」
「あ…すみません。」
自分の不用意な発言を反省しつつ、少し気まずい空気が流れる。しかし、ルミエラは気を取り直すように扉を開き、中に入るよう俺を促した。
中は予想以上に暗く、足元もよく見えないが、何かが散乱しているのは足元から響く「ガラガラ」という音で嫌でも分かった。
「えっと…少し片付ける気は…なかったんですか?」
恐る恐る聞く俺に、ルミエラは鼻で笑いながら火元素魔法を使い、壁にかけられた松明に火を灯した。辺りがぼんやりと明るくなり、家の中の全容が明らかになる。
散らかっていたのは、大量の魔導書と思しき本や、経年劣化でボロボロになった杖の山。それだけでなく、魔法使いが着るようなローブに加えて、妙に派手な下着まで床に散乱していた。本物の魔女が住んでいたとしか思えない光景に、俺は先ほどのこともあって突っ込むのを控えた。
「ルミエラさんの家には何をしに来たんです?」
俺が質問すると、ルミエラは収納の中を漁りながら答える。
「今から行く聖級魔法使いの家の鍵を探しに来たんだよ。あいつ、いつも家の鍵を閉めっぱなしで、訪ねても絶対自分で開けようとしないんだよね。それで、合鍵を勝手に作っといたのさ。」
「…それって犯罪では…?」
俺が呆れ半分に突っ込むと、ルミエラは肩をすくめて笑った。
「細かいことは気にするなって!さぁ、あんたも探すの手伝ってよ。」
俺も仕方なく鍵の捜索に加わり、数分後、ようやく床に転がっていた小さな鍵を見つけた。
「よし!これで準備完了。さっさと行くよ!」
ルミエラは軽快な足取りで家を出ていく。俺もため息をつきながら後を追った。
再び薄暗い街を進むこと数分。彼女の案内で到着したのは、これまた古びた家だった。建物の中からは灯りが漏れておらず、廃屋同然のように見える。
「ここ、本当に人が住んでるんですか?」
俺が不安げに尋ねると、ルミエラは何の迷いもなく鍵を差し込み、ぐるりと回した。
「引っ越してないならここにいるはず。ほら、開いた。」
金属が擦れる音とともに鍵が回り、ルミエラがドアノブを捻ると扉があっさりと開いた。
「呑気に開けないでくださいよ…。」
俺がぼやきながら家の中を覗くと、そこは真っ暗で何も見えない。
「ちょっと、俺が魔法で灯りをつけますね。」
俺は火元素魔法で小さな炎を生み出し、目の前を照らした。そして、その瞬間――。
「っっっっっっっっっっっっっっっっ!!!」
喉が引きつるような声が漏れた。目の前に突如として現れたのは、青白い顔だった。
「うあぁぁぁ!!」
腰が抜けてその場に尻もちをついた俺に、ルミエラが慌てて駆け寄る。
「ちょっとカイル君、どうしたのさ!?」
震える声で俺は家の中を指さす。
「ゆ…幽霊がいます!!」
ルミエラは一瞬ポカンとしたが、すぐに何かを思い出したように苦笑いした。
「幽霊…?あぁ、それね。」
彼女がのんきに家の中に入ると、その青白い顔の正体が明らかになった。それは魔法で動く人形だった。
「これ、昔あたしが作ったセキュリティ用の魔法人形だよ。ほら、カイル君のために魔法を解いてあげるから。」
ルミエラが杖を振ると、人形はすぐに動きを止めた。
「…なんですかこれ。」
俺はまだ震える声で尋ねた。
「いやぁ、懐かしいねぇ。あたしが若いころ、暇つぶしに作ったんだよ。どう?結構リアルだろ?」
「恐怖のリアルさですよ!」
ルミエラの無神経さに、俺は怒る気力も失せて再び深いため息をついた。
「ちょっと…ルミエラさん、こんなの心臓に悪すぎますよ…」
俺は震えが収まらないまま深いため息をついた。今しがた見た青白い顔が脳裏に焼き付いている。
「ごめんごめん、そんなに怖がるとは思わなかったよ。でも、人形なんてよく見るだろ?」
ルミエラは悪びれる様子もなく、呑気に笑っている。
「いや、あんな生々しい顔した人形見たことないですから!普通はもっと可愛らしいデザインとかですよね!?」
俺が詰め寄ると、ルミエラは首をかしげながら答える。
「いやぁ、若い頃のあたし、芸術的なセンスを発揮したくてさ。結構頑張ったんだよ?顔のパーツまで全部手作りで、魔法で色も調整してね。」
「本当に余計なことを…」
俺はガックリと肩を落としたが、すぐに気を取り直して周囲を見渡す。室内は古びていて薄暗く、あちこちに埃が積もっている。どことなく、不気味な雰囲気が漂っていた。
「で…ここに住んでる聖級魔法使いって、本当にこの家にいるんですか?」
俺が尋ねると、ルミエラは頷きながら奥へ進む。
「いるはずだよ。灯りが消えてるのは多分、また寝てるからだと思う。あいつ、夜行性だからさ。」
「…夜行性?」
俺は少し嫌な予感がしつつも、ルミエラの後に続いた。
廊下を進むと、やがて一枚の扉の前でルミエラが足を止めた。その扉は他のどの場所よりも傷んでおらず、誰かが定期的に手入れをしているようだった。
「ここだね。じゃあちょっと待ってて。」
ルミエラはそう言うと扉を軽くノックした。
「おーい、起きてるかー?」
反応はない。
「ほら、出てきなよ。あたしだってば、ルミエラさんだよー!」
それでも中からの返事はない。ルミエラは少し困ったような顔をして、扉に耳を当てる。
「…やっぱ寝てるのかな?」
そう呟いた後、彼女はドアノブを掴み、ためらいもなく開けた。
「お邪魔しまーす!」
「え!?勝手に入るなんて失礼でしょ!?」
俺が慌てて注意すると、ルミエラはケロッとした顔で振り返る。
「平気平気。ここまで来て逃げられるような相手じゃないし。」
中に入ると、そこには一人の人物が座っていた。真っ黒なローブを身にまとい、大きな帽子を深々とかぶったその人物は、机に突っ伏して眠っているように見えた。
「…本当に寝てるじゃないですか。」
俺が呆れながら言うと、ルミエラはその人物に近づき、肩を揺さぶった。
「起きろー。お客さんだよ!」
すると、ゆっくりと頭を上げたその人物は、小柄な少女だった。青い髪がふわりと揺れ、肩にかかるくらいの短い髪型。そして大きな瞳がこちらをじっと見つめている。その幼さと可憐さに、俺は一瞬言葉を失った。
少女は開口一番、冷たい声で言い放った。
「誰よ、勝手に入ってきてるの。」
その言葉に、部屋の空気が一瞬で凍りつく。
「ちょっと、ルミエラさん?この子…誰なんですか?」
俺が恐る恐る問うと、ルミエラはニヤニヤしながら答える。
「彼女があたしの友達で、この国で唯一の聖級魔法使いさ!…ねぇ、アルマ?」
アルマと呼ばれた少女はジト目でルミエラを睨み、ため息をついた。
「友達?迷惑ばかりかけてくる侵入者の間違いじゃないの?」
「まーまー、そんなこと言わないでよ!」
ルミエラが軽い調子で言うのを無視して、アルマは俺に視線を向けた。
「それで、そこのお前!誰なの?」
俺はどうにも緊張しながら答えた。
「俺はカイル・ブラックウッドと言います。一応冒険者をしていて…聖級魔法使いに会いたいと思い、ここに来ました。」
アルマは少しだけ目を細めた後、俺に近づき、じっと観察するように見つめてきた。
「…なるほど。あなた、相当量の『潜在魔力』を秘めてるわね。普通の冒険者じゃないでしょ。」
「え?」
彼女の一言に俺は少し驚きながらも、これはどうやら普通の会話では終わらない予感がしてきた――。




