129話 無慈悲
今、俺の目の前にはノワラ国の王女、エレーナ・ノワラがいる。彼女は俺が国を出てからの出来事を事細かに話してくれた。
どうやら彼女は、例の『未来を視る力』を使い、適正検査で黒魔法の適正を見出された俺に、まだ光魔法の適正が現れるという未来を視ていたらしい。
その未来視を信じて、俺が国を出た後も、父親であるディレオス国王に提案し、俺を探すように動いていたという。そして、指名手配や懸賞金も、すべて俺を見つけるために仕組まれたものだったそうだ。
さらにエレーナ王女自身は、俺がルミエラと旅をしていることを知り、俺たちがどこに行くのかを未来視で捉えて先回りした。そして、ようやくここで俺を見つけたのだという。
「――というわけで、あなたは本当に『勇者』なのです!」
エレーナ王女は必死な表情で語りかけてきたが、その言葉は俺の胸には全く響かなかった。
「それで…?光魔法の適正があるかもしれないから、ノワラ国に帰って来いって?冗談でしょう?黒魔法の適正がある俺を追放したのは国王ですよ?」
俺は冷たく言い放った。それでもエレーナ王女は諦めず、なおも食い下がってくる。
「ですから、それは――!」
「――王の早とちり…とでも言いたいんですか?」
俺の言葉に、エレーナ王女は言葉を詰まらせ、目をそらした。
「お父様が到底許し難いことをしてしまったのは認めます。本当に…ごめんなさい。」
彼女は深々と頭を下げた。しかし、すぐに顔を上げ、再び鋭い視線を俺に向ける。
「…ですが!ノワラには、あなたが必要なのです!」
その目には強い意志が宿っていたが、俺はそれに戸惑いを覚えた。
「何故…何故そこまで必死なんですか?」
俺は彼女の熱意に困惑しながら尋ねる。
「『光魔法』だとか、『勇者』だとか…それがそんなに重要なことなんですか?」
俺の言葉に、エレーナ王女は一瞬押し黙った。その瞳が揺れているのを俺は見逃さなかった。
「ははっ…やっぱり、あなたはディレオス王の娘ですね。」
「え?」
エレーナ王女は驚いた表情を浮かべ、俺を見つめ返す。
「どういう…意味ですか?」
俺はため息をつき、肩をすくめながら続けた。
「ノワラ国が俺を探している理由なんて明白じゃないですか。結局は、『勇者』という特別な肩書きが欲しいだけなんでしょう?国の広告塔にして、他国にいい顔をしたいんですよね。」
俺の言葉に、エレーナ王女の表情が一瞬凍りついた。しかし、すぐに彼女は唇を噛みしめ、決意を込めた目で俺を見返す。
「確かに、ノワラ国にとって『勇者』という存在は重要です。それは、国を守るための象徴であり、民に希望を与える力にもなるでしょう。」
そう言った後、彼女は一呼吸おいてから続けた。
「…でも、私は、あなたをただの肩書や象徴として扱いたいわけじゃありません。」
「じゃあ、一体なんなんですか?」
俺は冷たい口調で問い返した。しかし、エレーナ王女はすぐには答えなかった。何かを言いどもるように俯き、迷っているように見えた。しかし、どんな言葉を聞かされても俺の気持ちは変わらない。
俺はノワラに戻るつもりはない。両親も今はダール国にいる。学園に残っているライガたちには申し訳ないが、もう会うことはないだろう。そして、俺の唯一信頼していた仲間も、俺のせいで死んだ。
俺には何もいらない。仲間も、故郷も、そして『勇者』なんていう肩書きも。俺には、ただ叶えたい夢が一つだけある。それさえあれば十分だ。
ようやく、エレーナ王女が口を開いた。
「…分かりました。これはまだ言うべきではないと思いましたが…お話しします。」
エレーナ王女は一度深呼吸をして、少しだけ間を置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「もうすぐ…ノワラ国に魔――」
その瞬間、突然の衝撃音が部屋に響き渡った。
ガシャアァン!
窓ガラスが粉々に砕け散り、冷たい夜風が勢いよく吹き込む。揺れるカーテンの間から、黒い影が現れた。
「なっ…何ですか!?」
その影は俺の手を掴み、思いっきり引っ張り上げた。その瞬間、闇夜に溶け込んでいた影の正体が明らかになる。
「ルミエラさん!?」
窓を破って現れたのは、なんとルミエラだった。
「あはは!カイル君探したよ!ほら、さっさと逃げよう!」
ルミエラは何の前置きもなくそう言うと、俺の身体を半ば抱えるようにして、空中に作り出した風の足場を駆け出した。
「ちょっ!待っ…!」
エレーナ王女が言いかけていた言葉が気になって仕方がなかった俺は、ルミエラを止めようとした。しかし、彼女は俺の静止など意に介さず、笑いながら夜の空を駆け抜ける。
風が耳元を切る音とともに、俺は背後を振り返った。窓際に立つエレーナ王女が、俺たちをじっと見つめているのが見えた。王女の表情には何か言いたげな、しかし諦めたような色が混じっていた。
―――。
やがて俺たちは城下町へと降り立った。しかしその光景に、俺は目を疑った。
「ここ…本当に街ですか?」
建物はほとんどが崩れかけており、瓦礫が散乱している。人の気配はまったくなく、まるでゴーストタウンだ。昼間、王城に至る道の周辺では、人々が普通に生活しているように見えたのに、この城の裏手のエリアは信じられないほど荒廃していた。
「どうしてこんなに…」
そんな俺の疑問をよそに、ルミエラはさっさと進んでいく。俺は急いで彼女の後を追い、一軒の廃れた家屋に入った。
「ふぅ…とりあえず、ここならしばらくは安全だろうね。」
ルミエラは疲れた様子で、そのまま椅子にどっかりと腰を下ろした。
「いやぁ、驚いたよ~。謁見の間に行ったのに、カイル君がいないんだもん!捜すのに苦労したよ!」
「助けてくれてありがとうございます。でも…ちょっとタイミングが悪かったですね。」
俺がため息をつきながらそう言うと、ルミエラは不思議そうに首を傾げた。
「どういうことだい?」
俺はルミエラに、先ほどのローブの人物がノワラ国の王女であることを話し、彼女が俺を追っている理由について説明した。指名手配や懸賞金の背景にあった事情、さらに俺にはおそらく光魔法の適正があり、彼女たちはそれを求めていたことも。
話を聞き終えたルミエラは、驚きと呆れが混ざった顔で言った。
「まじかよ、カイル君、あんたが勇者だったとはねぇ。」
「いや、違いますよ。それに、勇者なんて絶対嫌ですから。」
俺が全力で否定すると、ルミエラは肩をすくめて興味なさそうに相槌を打った。
しかし、どうしても気になることがある。エレーナ王女が言いかけた言葉。一体何を伝えようとしていたのか?あそこまでして光魔法の適正者――いわゆる『勇者』を求める理由。ただの肩書きが欲しいだけではないのか?それとも…。
「いや、もういいか。」
俺は首を振り、自分の考えを振り払った。ノワラのことなんて考えるだけ無駄だ。あの国を出た時点で俺の故郷ではなくなったんだ。
そう自分に言い聞かせ、そばにあった椅子に腰を下ろす。
「それで…これからどうします?」
俺がルミエラに問いかけると、彼女はあっさりと即答した。
「決まってるじゃないか。この国にいる聖級魔法使いに会いに行くんだろ?行こうよ。」
あまりにも軽いその言葉に、俺は少し呆れながら返す。
「でも…俺たち、一応この国の最高機関に追われる身なんですけど?そう簡単に行けるとは思いませんけどね。」
しかし、ルミエラは驚愕の事実をさらりと口にする。
「あぁ、それは大丈夫だ。その聖級魔法使い、あたしの友達だから。」
「…え?」
思わず固まる俺をよそに、ルミエラは立ち上がり、手を伸ばして俺を促した。
「さぁ、行こうか。引っ越してなければ、すぐそこに住んでるはずだから。」
「え?…カーミラに住んでるんですか!?」
俺が慌てて聞き返すと、ルミエラはさらりと続けた。
「家が5年前と変わってなければね。」
ルミエラの言葉に、俺の困惑はさらに深まる。展開が早すぎてついていけない。しかし、それでも俺は一つの目的に向かってまた一歩進むことになった。




