127話 怒涛に次ぐ怒涛
なんでこうなった?
俺は目の前の光景を見ながら、何度も心の中で呟いた。
普通に旅をして、普通にエグザミートに到着して、普通に手続きをしていただけのはずだ。なのに、なぜ今、俺はこの城塞都市カーミラで、この国の王であるドーラ王の眼前に立たされているのか?
答えは簡単だ。ルミエラのせいだ。
この女は最初に出会った時から、いつも問題を引き寄せる。その場限りのトラブルならまだしも、5年前の過去の問題まで掘り起こしてきた挙句、その仲間であるという理由で俺まで捕まる羽目になった。
いや、待てよ。5年前の件って、俺は関係ないよな?――
―兵士に抗議したが、「今の仲間であることが問題だ」と却下された。
どういう理屈だよ……。
そして今、俺はルミエラと共に謁見の間に立たされている。
眼前にいるのは、この国の現王、ドーラ・エグザミート王。
王座に腰掛けるその姿は、噂通りの不気味さだった。丸々と肥えた体躯に、金色の刺繍が施された過剰な装飾のローブ。顔には浅黒い肌と不気味な笑みが貼り付いている。
だが、それ以上に異様なのは、この謁見の間に護衛も兵士も一人もいないという事実だ。俺たちと王の三人きり。
(……どういうことだ?普通、王の周囲には常に護衛がいるものじゃないのか?)
一瞬、俺の頭に悪魔のような考えがよぎる。
(今なら……このドーラ王を殺せば逃げられるんじゃないか?)
カランコロンも「この国王は最悪だ」と言っていたし、仮に殺したとしても、誰も俺たちを責めないんじゃないか?
だが、すぐにその考えを打ち消した。
(無理だ……。今の俺には魔力を封じる手錠が掛けられている。)
手錠に施された特殊な魔法により、魔力を外部に放出することはできない。ただ、魔力の循環自体は可能だから、体内で魔力を練ることはできる。それでも、対外に放出しようとすれば手錠に吸われるだけだ。
(もしかしたら、手錠に魔力を吸わせ続ければ壊れる可能性もあるんじゃないか?)
希望的観測が頭をよぎるが、俺は首を振ってその考えを振り払った。
(いや、やめておこう。どれだけ魔力を吸わせれば壊れるか分からないし、この状況で魔力切れを起こしたら、それこそ終わりだ。)
そんな考えが頭を巡る中、不意にドーラ王が口を開いた。
「さて……ルミエラ・ノクターレ。」
ドーラ王の声は低く、どこか粘っこい響きがあり、聞いているだけで背筋が寒くなる。
「久々に見る顔だな、ルミエラよ。5年前に好き勝手暴れてくれた時以来だ。」
王の視線がルミエラに向けられるが、当の本人は相変わらず余裕の表情だ。
「おやおや、ドーラ王子。そのことは前国王の時代に終わった話だ。今更何をしようって?」
ルミエラはそう言いながら、口元をニヤリと歪めた。その態度に、俺は思わず声を上げそうになる。
「今は国王だ…。それにお父様は甘すぎた。たとえ”依頼”のためとは言え…お前はやりすぎた。」
ドーラ王が不機嫌そうに訂正する。
「ちょ、ちょっとルミエラさん!?もう少し、国王様に対して敬意を――」
「いいのさ。」
俺の言葉を遮るように、ルミエラが静かに言う。
「こいつには敬意なんて不要だ。知ってるだろ?カイル君も。」
ドーラ王はその言葉にも動じることなく、不気味な笑みを浮かべたままだ。
「……いい度胸だな、ルミエラ。だが、”私は”お前に用はない。」
その言葉に俺は目を見開いた。
「えっ?」
ドーラ王の視線が、ルミエラから俺に向けられる。
「カイル・ブラックウッド……だな?」
自分の名前を呼ばれた瞬間、心臓が跳ね上がる。
「なぜ俺の名前を……?」
王は椅子に深く腰掛け直し、鋭い目で俺を睨んだ。
「お前には……ある人物が興味を持っている。」
「ある人物?」
「そうだ。ここでその者に引き渡すことが私の役目だ。」
突然の発言に、俺の脳内は混乱する。
(引き渡す?一体誰に?どういうことだ?)
王の言葉に疑問を抱いていると、謁見の間の奥にある扉がゆっくりと開いた。
扉の向こうから現れたのは、一人の黒いローブを纏った人物だった。顔はフードで隠れており、性別すら分からない。
その人物はゆっくりとした足取りで俺たちに近づき、ドーラ王の隣に立った。
「カイル・ブラックウッド……随分と変わりましたね。」
ローブの下から高い声が響く。女のようだ。
「さぁ、早く連れていけ。」
ドーラ王の言葉を聞きながら、ローブの人物が俺に向かって手を伸ばそうとした瞬間――
「おっと、ストップ。」
ルミエラが間に割り込むように前に出た。
「こいつを渡すなんて、誰が許可したんだい?」
その挑発的な態度に、ローブの人物は手を止め、静かに言い返した。
「私はあなたに用はありません。ただ、この少年に用があるだけです。」
「そいつは無理だね。こいつはあたしの仲間だ。連れて行かせるわけないだろ。」
その瞬間、謁見の間の空気が一気に張り詰めた。
しかし、ドーラ王の一言で新たな悲劇が巻き起こる。
「よい、その少年の引き渡しは後でにしよう。次はルミエラのことだ。」
ドーラ王が低く響く声で命じると、謁見の間の扉が再び開き、兵士たちがぞろぞろと入ってきた。その数は十数人、いや二十人近い。全員が屈強な体つきで、険しい表情を浮かべている。
「あれは?」
ルミエラがドーラ王に向き直り問う。ドーラ王は眼前の兵士たちを見据えながら答えた。
「あれは……5年前、お前に負傷させられた者たちだ。」
兵士たちは俺たちのすぐ後ろまで来ると、一斉に膝をつき、ドーラ王に向かって頭を下げた。
「ご配慮、感謝いたします!ドーラ殿下!」
ドーラ王は満足そうに頷き、ゆっくりと立ち上がる。そのまま俺たちの目の前まで歩み寄り、冷たく光る瞳でルミエラを見下ろした。
「この場に集う兵士たちに問う。この者、ルミエラ・ノクターレをどう思う?」
その問いに応じ、兵士たちは一斉に怒りを爆発させた。
「許せません!」
「俺はそいつに足を折られた!」
「俺なんて肋骨を粉砕されたんだ!」
「ふざけるなー!」
「殺してやりたい!」
怒号が次第に大きくなり、謁見の間がまるで炎のような憎悪に包まれる。その光景を、ドーラ王は満足そうに眺めていた。
「どうだ、ルミエラ。」
ドーラ王が口元を歪めながら続ける。
「これが、被害者たちの声だ。彼らの憎しみを招いたこと、少しは悔いているか?」
ルミエラは、その冷たい視線を真正面から受け止めながら、ニヤリと笑った。
「悔いてるかどうか……?それを決めるのはあたしじゃないね。」
その言葉に、ドーラ王の表情が一瞬だけ歪んだ。そして、兵士たちの中の一人に手招きし、何かを耳打ちする。その瞬間、兵士がゆっくりと剣を抜いた。
「何をするつもりだ?」
俺は思わず声を上げたが、誰も答えない。兵士は剣を手に、ゆっくりとルミエラに近づき、憎しみを込めた声で叫んだ。
「5年前の恨みだ!くらえ!」
次の瞬間、兵士の剣が振り下ろされ、ルミエラの太ももを切り裂いた。
「つっ……!」
鮮血が飛び散り、床の絨毯を赤く染める。ルミエラは膝をつきながら、切りつけられた太ももを手で押さえた。
「何を!?」
俺は怒りと焦りを感じながらドーラ王に抗議した。しかし、ドーラ王は冷たく笑いながら答える。
「ルミエラはこうされるだけのことをした。それに見ろ、我が兵たちの楽しそうな顔を。彼らの心の平穏のために、これは必要なことなのだよ。」
「平穏だって!?ただの私刑じゃないか!」
俺の声はドーラ王に届かない。代わりに、他の兵士たちが次々と立ち上がり、ルミエラに向かって暴力を振るい始めた。
一人の兵士が拳を振り下ろし、次の兵士が剣の背で彼女の肩を打つ。さらに別の兵士が足で蹴りつける。
ルミエラは体を丸めて耐えていたが、その小さな体には次々と傷が増えていく。
「やめろ!やめてください!!!」
俺は叫びながら立ち上がろうとするが、魔力を封じる手錠がかかっている今の俺には何もできない。
(どうすればいい!?このままじゃルミエラが……!)
必死に考えを巡らせる中、ドーラ王がついに声を上げた。
「ふむ、そろそろいいだろう。死んでもらっては困る。」
その言葉と同時に、兵士たちは動きを止めた。ルミエラは床に倒れ込み、荒い息をついている。全身に傷を負いながらも、その瞳にはまだ光が宿っていた。
「満足したか?」
ドーラ王が兵士たちに問いかけると、彼らは一斉に頭を下げた。
「感謝します、ドーラ殿下!」
ドーラ王は頷き、再び俺たちの方に向き直る。
その時、ルミエラがゆっくりと顔を上げた。その瞳には、怒りでも絶望でもなく、奇妙な冷静さが宿っていた。
「終わったかい?」
その言葉に、兵士たちの間にざわめきが広がる。
「なんだと!?」
「この女、まだそんな余裕が…!」
怒りに燃える兵士たちを無視して、ルミエラはゆっくりと立ち上がり、ドーラ王をじっと見据えた。
「これであんたの兵士たちは少しは満足したかね?ドーラ王子?」
ルミエラのその挑発的な言葉に、謁見の間が一瞬静まり返った。
「王子ではない……国王だ!」
ドーラ王はぎこちなく声を張り上げたが、その表情は確かに曇っていた。
「ふんっ、言うではないか。だが、ここからどうしようと言うのだ?」
余裕を装い、玉座に体を預けるドーラ王に、ルミエラはニヤリと笑ってこう返した。
「逃げる!」
その宣言と同時に、彼女の手首に嵌められた魔力封じの手錠が、青白い光を放ち始めた。
「無駄だ!その手錠は魔力を吸い取る!破壊しようとしても無駄なのだ!」
ドーラ王が嘲笑う中、俺は確信していた。ルミエラならやる。彼女の魔力と精神力なら、この状況を覆すだろうと。
そして――。
パァンッ!!!
手錠が破裂音を上げ、金属片が周囲に飛び散った。
手首が解放された瞬間、ルミエラは何のためらいもなく腕を振り上げ、大気を裂くような魔法を発動した。
「エア・デストロイ」
瞬間、壁が爆音を立てて崩壊し、外の風景が目の前に広がる。吹き込んできた風が俺たちの顔を撫でた。
「カイル君!」
ルミエラは破壊した壁の穴へと駆け出しながら振り返る。
「あとで助けに来るからね~!」
そう言い残し、彼女はその穴から勢いよく飛び込んだ。
「えっ、嘘だろ!?」
「は?」
その場にいた全員が声を上げる。
謁見の間は城の高層階にあり、ここから地面までは少なくとも20メートル以上ある。落ちたら確実に命を落とす高さだ。
だが、ルミエラは微細な魔力の操作で風を固定し、まるで階段を下りるかのように空中を歩き始めた。
「なんだ、あの魔法は!?」
ドーラ王が驚きの声を上げる。
俺も目を疑った。魔法で空を歩くなんて、そんなことができるのか。これが聖級魔法使いの力だというのか?
ルミエラは軽やかに空中を歩きながら、振り返りもせず城下町の方へ消えていった。
ルミエラの姿が見えなくなると同時に、ドーラ王は激高し、兵士たちに指示を出した。
「追え!追うんだ!ルミエラを捕まえろ!」
「はっ!」
兵士たちは一斉に駆け出し、謁見の間を飛び出していった。
気づけばこの場に残されたのは、俺とドーラ王、そしてローブの人物の3人だけだった。
ドーラ王は玉座に座り直し、息を整えると、無理に余裕を装うように口を開いた。
「ふん、いいさ。また捕まえればいい。奴が逃げたところでどうということはない。」
だが、その声には苛立ちが隠しきれていない。
その時、ローブの人物が静かに口を開いた。
「ドーラ王、カイル・ブラックウッドの件ですが……。」
その声には威圧感があり、思わず身が引き締まる。ドーラ王も、その声に一瞬反応を見せたが、すぐに面倒くさそうに答えた。
「あぁ、好きにしろ。こやつには用はない。」
ローブの人物は一礼すると、俺の手を掴んで強引に立たせた。その手の感触は細く、間違いなく女だ。しかし、その声や仕草にどこか既視感があった。
(この人……どこかで……?)
考え込む間もなく、ローブの人物は俺の腕を引いて謁見の間を後にする。
ローブの人物に引かれ、俺は城内の廊下を進む。
謁見の間での混乱とは打って変わり、廊下は静まり返り、足音だけが響いている。
ルミエラはおそらく大丈夫だろう。あの屈強な兵士たちの攻撃を受けても、何事もなかったかのような態度で逃げていった。気にしなくていい。
とりあえず、俺はルミエラの助けが来るまでここで待機しておこう。その間、この女の目的を探っておくか。
「……一体どこに連れていくつもりですか?」
俺が尋ねると、ローブの人物は振り返ることなく、淡々と答えた。
「安心して。あなたに危害を加えるつもりはないわ。」
「信用できないなぁ……。」
不安に駆られながらも、連れて行かれたのは、城内のどこかにある小さな部屋だった。
ローブの人物は部屋の扉を閉めると、フードをゆっくりと下ろした。その下から現れた顔を見た瞬間、俺は目を見開いた。
「あなたは……!」




