126話 トラブルメーカーと城塞都市カーミラ
エグザミートの国境に到着したのは、ようやく丸1日かけてのことだった。道中、魔獣の襲撃を受けながらもなんとかここまで辿り着いた。
エグザミートでは、国境付近に入国管理局が約20か所設置されており、ここで入国許可書を発行してもらわなければ入国することができない仕組みになっている。
もちろん、入国管理局を避けて勝手に国境を越えることは不可能ではない。だが、エグザミート国内で冒険者として活動したり商売をする際には、必ず最初にこの許可書を提示する必要があるため、結局は手続きから逃れられない。
それに加えて、この入国許可書には特殊な魔法が施されており、偽装することはほぼ不可能だとされている。ギルドカードと同じく、これを作成できる者はエグザミート国内でも数人しかいないのだろう。
俺たちはその規律に従い、入国管理局へ足を運んだ。管理局はギリギリエグザミート国の領土に位置し、隣国であるダール国の領土には侵食していない。
こんな危うい場所に施設を構えるエグザミートの度胸もそうだが、これを黙認しているダール国の国王も一体どういうつもりなのか……少し首をかしげてしまう。
(まぁ……あのダール国王なら許容しそうな気はするけど。)
そんなことを考えながら、俺たちはついに入国管理局の前に立った。
目の前にそびえる管理局は、この世界では珍しい石造りの建物だった。
壁に使われているレンガには魔力が籠められており、『耐魔レンガ』と呼ばれる特別な素材でできている。これは強力な魔法攻撃でも簡単には破壊されない特殊な建材だ。
ルミエラは建物の外壁をじっと見つめ、何かを考えるような仕草を見せた。
「ほう……管理局の壁が耐魔レンガで作られているとはね。」
俺はその言葉に首を傾げる。
「どうしたんですか?」
ルミエラはしばらく壁を眺めた後、肩をすくめてこう言った。
「いや……なんでもないよ。さぁ、早く許可書を発行してもらおう。」
その言葉に少し引っかかりを感じたが、深く追及するのも面倒なので俺は頷き、建物の中に足を踏み入れた。
建物の中に入ると、外観とは裏腹に中は質素な造りになっており、どこか埃っぽい雰囲気が漂っていた。
人の出入りが少ないのか、壁には苔が生えている場所もある。
奥には巨大な鉄の門が見え、その先が本格的なエグザミートの領内に繋がっているようだ。おそらく、ここで許可書を受け取り、その門を通過することで正式に入国が許されるのだろう。
門の手前には小さなカウンターが設置されており、一人の兵士が椅子に座りながらうつらうつらしている。
俺はカウンターへ近づき、声をかけた。
「すみません、入国したいので許可書を発行してもらってもいいですか?」
その瞬間、兵士はビクリと体を震わせて目を勢いよく開けると、慌てて立ち上がった。
「は、はい!ただいま!」
そう言うと、カウンターの奥へとバタバタと駆け込んでいった。
その姿を見たルミエラが小さく呟く。
「……寝てたな。」
「寝てましたね。」
俺は思わず苦笑いを漏らしながら答えた。
しばらく待っていると、兵士が用紙を持って戻ってきた。
兵士は用紙とペンをカウンターに置き、俺に向かって言った。
「それでは、お名前と入国の目的を教えてください。」
俺は自分の名前と目的を答える。
「カイル・ブラックウッドです。目的は冒険者稼業をするためです。」
兵士は用紙にペンを走らせながら復唱する。
「カイル様ですね……目的は冒険者で……あっ、入国は初めてですね。」
ペンを動かしながら確認作業を進める兵士に、俺は軽く頷く。
「はい。」
次に兵士はルミエラに視線を向けた。
「次の方。」
ルミエラが一歩前に出て、自信満々に答えた。
「ルミエラ・ノクターレ。目的はこいつと同じだ。」
その瞬間――兵士の顔がみるみる青ざめた。
「ルミエラ……ルミエラ!?」
兵士は座っていた椅子をひっくり返し、慌てて立ち上がる。
「しょ、少々お待ちを!!!」
そう叫ぶと、彼はカウンターの奥へ再び駆け込んでいった。
「……一体何をしでかしたんですか?ルミエラさん。」
俺は呆れた顔でルミエラに問いかける。
すると、彼女は悪びれる様子もなく、目をそらしながら軽く鼻を鳴らした。
「ん~?何のことかな?覚えてないなぁ。」
「覚えてない、ですか……。」
その不自然な態度が余計に怪しい。
(どう考えても、何かやらかしてるだろう……。)
兵士が戻ってくるまで、俺は少し不安を覚えながらルミエラを睨み続けていた。
しばらくして戻ってきた兵士の後ろには、屈強な大柄の兵士たちが数人控えていた。その威圧感たるや、さっきの気弱そうな兵士とはまるで違う空気を纏っている。
「ルミエラ・ノクターレが現れたというのは本当か!?」
先頭の大柄な兵士が低く響く声で問いただすと、先ほどの兵士が勢いよくルミエラを指さした。
「はい!あの人です!間違いありません!」
その瞬間、複数の兵士たちの目がルミエラを睨みつけ、一歩一歩彼女に向かって歩み寄ってきた。
「おうおう、ルミエラさんよぉ……よくものこのこ戻ってこられたなぁ!」
怒声が響くが、当のルミエラは微動だにせず、杖を肩に担ぎながら余裕たっぷりの笑みを浮かべている。
「一体どうしたって言うんだよ、兵士さん?そんなに怒って……何か悪いことでもしたかい?」
その挑発的な態度に、先頭の大柄な兵士は顔を真っ赤にし、拳をわなわなと震わせている。だが、後ろの兵士たちが必死で止めていた。
「貴様ぁあ!5年前!貴様がどれほどのことをしたのか分かっているのか!?」
大柄な兵士が指を突きつけながら怒声を上げると、ルミエラは肩をすくめながら笑った。
「あぁ、あれね。……まぁ仕方なかったんだよね。だから、その後何度も謝っただろ?」
「謝って済むなら兵士はいらんわぁあああ!!!」
怒号はさらに大きくなり、周囲の空気が緊張感で張り詰める。
事態が尋常ではないと感じた俺は、恐る恐る兵士に問いかけた。
「あの~、一体この人が何をしたんですか?」
俺の声に気づいた兵士は、少し落ち着きを取り戻し、俺をじっと見た。
「……誰だ、お前は。」
その瞬間、ルミエラが横から口を挟んだ。
「今のあたしの仲間さ。」
兵士は俺とルミエラを交互に見て、フッと鼻で笑う。
「そうか……こんな子供が仲間か。可哀そうにな。」
そう言うと、兵士は冷ややかな視線をルミエラに向け、口を開いた。
「教えてやろう。5年前、この女が何をしたのかをな。」
「5年前、ルミエラ・ノクターレが初めてこの国に来た時、入国審査を担当したのは俺だった。」
兵士は苦い顔で回想を始めた。
「初めはただの冒険者だと思っていた。入国審査を終えた後、しばらくは普通に街を歩いているようだったからな……だがそれは間違いだった。」
兵士は拳を握りしめ、続ける。
「こいつは数日後、国内にある20か所以上の入国管理局を破壊して回ったんだ!その時、管理局に寝泊まりしていた俺たち兵士は、破壊に巻き込まれて完治まで半年かかる怪我を負わされた。」
俺はその話に耳を疑った。
「そ、それ本当ですか……?」
兵士は激しく頷き、声を荒げた。
「当然だ!そのせいで人手は減るわ、修繕費で金はかかるわ、国王陛下は激怒するわ……まるで疫病神だ!そもそも、何の理由があってあんなことをしたんだ!」
怒りが頂点に達した兵士は拳を振り上げ、ルミエラを睨みつける。
「その後、こいつは逃げるように姿をくらました……まさかまたエグザミートに来るとはな!どういう神経してるんだ!お前は!」
周囲の兵士たちも険しい顔つきでルミエラを睨む中、当の本人は退屈そうな顔で杖を弄りながら呟いた。
「ん?ごめん、聞いてなかった。もう一回言ってくれる?」
その言葉にとうとう我慢の限界を迎えた大柄な兵士が、拳を振り上げて飛び掛かる。
「このッ……あの時の仕返しをしてやる!!!」
しかし、ルミエラは冷静そのものだった。
彼女の杖がわずかに光ると、地面から飛び出した土が蛇のようにうねり、大柄な兵士を空中で絡め取った。
「ぐぬっ!」
大柄な兵士がもがく中、ルミエラは鋭い目で彼を見下ろす。
「だから、あれは仕方なかったんだって。何度も言ったよね?」
周囲の兵士たちは慌てて仲間を助けようと駆け寄るが、彼女の魔法を前に手も足も出せない。
一瞬の静寂が流れた後、大柄な兵士が突然笑い出した。
「……ふ、ふふ……はーっはっはっは!」
その不気味な笑い声に場が凍り付く。そして兵士は静かに言い放った。
「お前たちを逮捕する!!!」
「え?」
俺の呆気に取られた声が響く中、兵士たちは一斉に動き出した。
「魔力を封じる手錠を掛けろ!」
俺たちは抵抗する暇もなく手錠を掛けられ、魔力を完全に封じられた。
「ちょ、ちょっと待ってください!これって誤解ですよね!?ねぇ、ルミエラさん!?」
俺がルミエラに訴えるが、彼女は呆れたような顔でため息をつく。
「いやぁ、捕まったねぇ。久々に手錠掛けられたよ。」
「どこか他人事っぽいのやめてもらえませんか!?」
俺たちは兵士たちによって馬車に押し込められ、そのままエグザミート国内へと連行されていった。
「どこに連れて行くんですか!?」
「決まっているだろう。城塞都市カーミラだ。」
「えっ……?」
―——。
それから3日間、馬車に揺られ続け、到着したのは高い城壁に囲まれた巨大な都市――城塞都市カーミラだった。
「……え?……ええええええええええええ!?」
俺の絶叫が虚しく響く中、馬車は城塞都市カーミラの門をくぐった――。




