12話 獣族大好きっ子
学園に戻った俺たちは、アルダンディアの角を担任へ渡すために廊下を歩いていた。
すると、A組の教室の前を通りかかったとき、突然の叫び声が聞こえた。
「先生お願いします!助けに行かせてください!ダンドーが魔物に襲われて攫われちゃったんです!」
驚いて足を止める。教室の中では、人族のクラスメイト二人が担任に詰め寄っていた。
ダンドー――A組の生徒で、学力はトップクラスだが、獣族に対して露骨な差別意識を持つことで有名だった。俺も、クラスの獣族たちも、正直なところ彼のことを快く思っていなかった。
「今、元冒険者の先生方が向かっています。落ち着いて待ちなさい!」
担任は冷静な声で生徒たちを宥めようとしていたが、二人の焦燥は治まらない。
「でも先生!1時間も経ってるのに、まだ見つかってないんですよ!」
ダンドーの親しい友人の一人が、拳を握りしめながら訴える。その声には明らかに焦りと不安が滲んでいた。
「ダンドーが……あいつが今、どれだけ怖い思いをしているか分からないんですか!」
彼の声に、教室内のクラスメイトたちもざわめき始める。担任は少し困惑した表情を浮かべたが、すぐに平静を取り戻し、落ち着いた口調で言った。
「君たちの気持ちは理解しています。しかし、君たちは生徒です。経験を積んだ先生方が対応しているのですから、ここでじっと待っていてください。むやみに動けば、状況はさらに悪化するだけです」
それでも、生徒たちは納得できない様子だった。正直なところ、俺も一時間も経って見つからないとなると、ダンドーが助かる可能性は低いのではないか、と思い始めていた。
担任は「話はこれで終わりです」と言い残し、二人の肩に手を置いてから教室を出ていった。残された二人は唇を噛みしめ、悔し涙を流していた。その姿を見て、彼らもすでに最悪の事態を覚悟し始めているようだった。
すると、俺の隣で静かに話を聞いていたフェンリが、二人に歩み寄った。
「僕は魔力探知が使えます。捜索の役に立つと思いますが……一緒に行きませんか?」
フェンリの突然の申し出に、俺は驚いた。
この二人も、ダンドーほどではないにせよ、獣族を見下すような態度をとっていたはずだ。
「お前……獣族じゃないか。誰がお前なんかに……」
拒絶するような視線を向ける一人。しかし、もう一人がそれを制した。
「でも……魔力探知が使えるのはクラスでコイツだけだろ……。どうする?」
二人は一瞬ためらうような表情を見せたが、状況の深刻さを理解し、躊躇しながらもフェンリの申し出を受け入れるかどうか迷っていた。
フェンリは彼らをじっと見つめ、静かに言葉を続ける。
「命がかかっているんです。そんなことを言っている場合じゃないでしょう。僕だってダンドーくんは好きじゃありません。でも、だからといって見捨てるわけにはいかないでしょう?」
その言葉に、一人が肩を落とし、もう一人が深く息を吸い込んだ。そして、フェンリの手をぎゅっと握る。
「……分かった。助けてもらえるなら、頼む」
フェンリは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻り頷いた。そして、俺の方を向いた。
「カイルも、一緒に来てくれませんか?君の魔力のコントロールが必要になるかもしれません」
俺は少し考える。
(ここで獣族が人族を助けることで、少しでも差別意識を変えられるかもしれない。フェンリも、それを考えているのか……?)
「……分かった。俺も行きましょう」
こうして、俺はフェンリと共にダンドーの捜索に協力することに決めた。
アルダンディアの角を担任に渡し、学園前でダンドーの友人二人と合流するため、俺たちは歩き始めた。
しかし、その途中、違和感を覚える。
誰かが俺たちの後ろをつけている。
「……さっきから後ろに隠れているそこの人!出てきなさい!今出てくるなら悪いようにはしませんよ!」
「え!?あ!!」
突然声をかけられたせいか、驚いた様子で逃げようとする影。しかし、フェンリが素早く後ろに回り込み、脇を持ち上げて捕まえた。
「え!?あ!足が、浮いてる!」
もがくが、逃げられない。
姿を露わにした尾行者は、この学園の制服を着た、見覚えのない女子生徒だった。
「あなたは誰ですか?なぜ俺たちの後をつけていたんですか?」
「えっとぉ……あのぉ……そのぉ……」
目を反らし言いどもる女子生徒。
俺はノアに目配せをして指示を出す。
「言わないつもりなら……ノア、やっちゃってください!」
「うん!任せて!」
ノアが近づき、彼女の脇腹に手を伸ばし、指をくねくねと動かした。
「あっ!!うひゃ!!あは!や、やめてくださぃ~!!あっ!言います!言いますからぁ!!」
ようやく息を整えた彼女は、震えながら名乗った。
「あのぉ……私、A組のネイラ・シルフィードって言います……」
ネイラ・シルフィード。やはり聞いたことのない名前だった。クラスメイトの名前はすべて覚えているはずなのに、どうにも彼女の存在だけがすっぽりと記憶から抜け落ちているような感覚がする。
「それで、なぜ俺たちの後をつけていたんですか?」
俺が問いかけると、ネイラはオロオロと視線を彷徨わせたあと、おずおずと指を差した。
「それはぁ……そのぉ……そこの獣族の人が……」
「え?」
指を差されたノアは目を瞬かせ、やや警戒した様子で問い返す。
「私が、どうかしたの?」
ネイラは緊張しながらも、突然大きく息を吸い込むと、勢いよく言葉を放った。
「わ、私は!獣族さんが大好きなんですぅ!!!」
「……え?」
不意の大声に、俺たちは唖然とした。
「獣族さんの持つ、人族以上の感情の深さ! 野性的な姿! そして本能と理性の絶妙なバランス! それらすべてが、私の心を惹きつけるんです!! たとえば狼の獣族さん! 冷たい目つきや鋭い牙が見え隠れしつつも、どこか儚げな雰囲気……でも、仲間や信頼した人には絶対的な忠誠を誓うところ!! そのギャップが、もう……たまらなく可愛くて!!!」
ネイラの声は興奮に震え、頬はほんのり赤らんでいる。
「普段は孤高に見えるのに、ふとした瞬間に見せる不安そうな表情とか……仲間にそっと寄り添う仕草とか……ああっ! もう、無意識のうちに守ってあげたくなる! たまらなく可愛いですぅ!!!」
彼女は身振り手振りを交えながら、まるで詩を詠むように熱弁をふるった。
「しかも! 獣族さんの野生的な力強さ! あのいやらしい……いえ、洗練された体つきと運動能力、感覚の鋭さ!! それは、私たち愚かな人族がどれだけ努力しても手に入れられない魅力!! 彼らの存在そのものが、自然界のバランスを象徴しているかのようなのですぅ!!!」
「ちょ、もういいから! 分かったから!」
耐えきれなくなったノアが遮ると、ネイラはようやく口をつぐみ、「あ……すみません」と縮こまる。
「つい、獣族さんについて話せることが嬉しくて……」
彼女はちらりと後ろに立つフェンリに視線を向け、顔を赤らめながらモジモジと指を絡ませた。その様子を見て、俺は頭を抱えたくなる衝動を必死で抑えた。
「それでぇ……人目を気にせず獣族さんと仲良くしているあなたにも興味があるんです」
「それが後をつけた理由ですか?」
「はいぃ……少しお話ができればと……」
「残念ですが、お話をしている暇はありません。今からダンドー君を探しに行かないといけないので」
「あ~、それじゃあ私もついていってよろしいですかぁ? お邪魔はしません!」
「え? 危険ですよ! 夜の『古の森』では魔獣が活性化するんです。知らないんですか!?」
「大丈夫ですよぉ……私、冒険者なので……」
「え?」
ネイラののんびりした口調とは裏腹に、彼女が発した言葉に俺は思わず目を見開いた。
(本当にこの鈍くさそうな子が冒険者なのか?)
確か冒険者になるには、中級魔法を三つ以上扱えるか、剣士として中級以上の腕前を持っていなければならなかったはずだ。もし彼女の言葉が本当なら、ネイラ・シルフィードはそれなりの実力者ということになるが……。
「本当に冒険者なんですか? 失礼ですが、『ギルドカード』を見せてもらっていいですか?」
ギルドカードとは、冒険者になった者がギルドから支給される免許証のようなものだ。
所有者の名前や年齢、主な戦闘スタイル(魔法使いか剣士かなど)が記されており、特殊な魔法が施されているため偽造は不可能。この世界で身分証明としても使われる重要なアイテムである。
「これですぅ……」
フェンリの羽交い締めから解放され、ネイラは胸元からギルドカードを取り出してノアに差し出した。
「……すごい!!本当に冒険者なんだ!カイル、これ見て!」
ノアが興奮気味に、ネイラのギルドカードを俺に見せてくる。そこには――
『ネイラ・シルフィード 17歳 中級魔法使い』
――と記されていた。どうやら彼女は本物の冒険者らしい。
「疑ってすみません。冒険者なら大丈夫でしょうけど……フェンリたちを襲わないでくださいね?」
「ももももももちろんですぅ!!ななな何もしませんからぁ!!」
ネイラは大きく見開いた目でノアとフェンリの体を舐め回すように見つめている。
(……やっぱり心配だ。)
俺たちはダンドーの友人たちと合流し、古の森へと向かい始めた。
「ダンドーくんはどこで攫われたんですか?」
フェンリの問いに、ダンドーの友人が答える。
「森の奥の方さ……ダンドーがアルダンディアの寝床を知っていたから着いていったんだ。そこでアルダンディアを見つけたんだけど……奴は別の魔獣から逃げていたんだ。それに気づかず、ダンドーはアルダンディアを追いかけて行って……」
「その後、ダンドーの叫び声が聞こえてきて、見に行ったら魔獣がダンドーを連れ去っていくところだったんだ……。ダンドーでも勝てない魔獣に、俺たちは怖くなって……逃げ帰ってきたんだ……」
アルダンディアのような中型魔獣が逃げるくらいの相手なら、大型の魔獣の可能性が高い。そして、あの優秀なダンドーが敵わない相手だとすると……俺たちの力だけでは太刀打ちできないかもしれない。
夜の森は静寂に包まれ、わずかな月明かりが木々の隙間から差し込み、薄暗い道を照らしていた。
枝が擦れ合う音が妙に耳に響き、みんなの足取りも自然と慎重になる。意外にも、ネイラは冷静に周囲を警戒していた。いくら獣族好きとはいえ、彼女の落ち着きには驚かされる。
突然、フェンリが立ち止まり、小声で言った。
「魔力を探知しました……少し遠いですが、奥にいると思います」
「ダンドーですか?」
俺が聞くと、フェンリは少し困惑しながら首を横に振った。
「わかりません。ですが、かなり強い魔力です。ダンドーくんを攫った魔獣かもしれません」
ダンドーの友人たちが怯えて後ずさるのがわかったが、フェンリはじっと先を見据えていた。
「まだ距離はありますが、かなり大きいです。無理に進むべきではないかもしれませんが……」
「でも、ダンドーがそこにいるかもしれないんでしょ?」
ノアがためらうことなく答えた。いつも冷静なフェンリが慎重になるのも珍しい。俺はふと、ネイラが平然とした表情で周囲を見回しているのに気づいた。
「ネイラさん、何か見つけました?」
「少しですが、風に血と獣の匂いが混じっていますぅ。強い魔獣が近くにいるのは確かですねぇ。たぶん、ダンドーさんも近くにいるんじゃないかと」
彼女の真剣な表情に、俺は少し信頼を置く気持ちが湧いてきた。まだ油断はできないが、この場にいる全員が真剣にダンドーの救出に取り組んでいるのは確かだった。
俺たちは慎重に進み、ついにフェンリが言っていた強い魔力の源に近づいた。そこには大きな影が動き、鎖に絡みつかれたように縛られているダンドーの姿があった。
「ダンドー……」
彼の周囲には、見るからに獰猛な魔獣が何匹かうろついていた。とりわけ、一際大きな体躯を持つ魔獣がダンドーの周りを徘徊し、逃げられないように監視している。
「このままじゃ近づけないですね」
俺が小声で言うと、フェンリが真剣な表情で頷いた。
「囮を作れれば注意を引き付けられるかもしれません」
「ネイラさん、何かいいアイデアは?」
ネイラはニヤリと笑った。
「私の得意分野ですぅ。魔法で幻影を作ってぇ、反対方向に走らせます。魔獣がそれに気を取られている間に、みんなで一気にダンドーくんを救出してください……」
ネイラが魔力を集中させると、森の暗がりに人影の幻影が浮かび上がった。
魔獣たちが『新しい獲物』に気づくと、途端に興味を引かれ、そちらに向かって動き出す。
俺たちは息を潜めて、魔獣たちがそちらに夢中になっている隙にダンドーの元へ静かに近づいた。
「大丈夫か?ダンドー、今助けるからな」
友人たちが囁き、鎖を外そうと試みたが、結界の魔法が施されていた。
「私、魔力操作も得意なのでぇ、結界を解けるかもしれません。少し時間をください……」
ネイラが手をかざして魔法を唱えると、鎖にかかっていた魔力が次第にほつれていく。その時、奥で幻影に気づいた魔獣がこちらに振り向いた。
「まずい……!」
フェンリが手早く風元素の魔法を放ち、魔獣が怯んだ隙に、俺たちはダンドーを救い出し、全速力で森の出口を目指して駆け出した。
夜の静寂を破るように咆哮が響き、背後から魔獣たちの足音が迫る。
しかし、ようやく見えた街の灯りが、俺たちに希望を灯していた――。




