123話 国境はまだ遠い
俺たちは冒険者ギルドを訪れていた。目的は、昨日討伐した影狼の報酬を受け取り、それと同時に影狼の魔石と毛皮を換金してもらうことだ。
カウンターにいる受付の女性に声をかけ、証拠品と魔石を手渡す。
「こんにちは、依頼達成したので報酬を受け取りに来ました。あ、あとこれ……影狼の魔石と毛皮です。」
女性は笑顔で受け取りながら言った。
「承りました!昨日はお見えにならなかったので、心配しましたよ。」
「はは、ちょっといろいろありまして……。」
昨日の夜を思い出し、苦笑いする。女性は特に深く突っ込む様子もなく、手早く確認を済ませると、証拠品と魔石を持ってカウンターの奥へと消えていった。
「ちょっと!」
背後から突然話しかけられ、振り返ると、そこには頬を膨らませて怒っているルミエラの姿があった。
「……なんですか。」
冷たく返事をすると、ルミエラは床をドンッと踏みつけて抗議するように声を上げた。
「まだお尻が痛いんだけど!?レディをもっと大切に扱えってお父さんから教えてもらわなかったの!?」
その言葉に俺は呆れ、ため息をつきながら答えた。
「俺は貴女のことをレディだなんて思ってません。それに、悪いのはルミエラさんですよね?」
図星を突かれたのか、ルミエラはバツが悪そうにそっぽを向き、何も言わずにどこかへ行ってしまった。
(……なんなんだよ、こいつは。)
俺は心の中でそう呟きながら頭を振り、気を取り直して報酬の準備ができるのを待った。
「カイル君!報酬の受け取りをお願いします!」
カウンターの女性が手招きして声をかけてくる。その言葉に少し引っかかりながらも近づくと、彼女は気まずそうな顔をして謝った。
「あっ、ごめんなさい!つい『君』なんて呼んじゃって……!」
「いえ、別にいいですよ。」
そう言いながら渡された袋を開け、中身を確認してみると――
「……って、こんなに!?」
そこには金貨がぎっしりと詰まっており、100枚以上はあるかという量だった。
(えっ……依頼達成報酬が金貨30枚って書いてあったはずだよな……? じゃあ、この魔石がそんなに高価だってことか……!?)
目の前の光景に目を丸くしている俺に、受付の女性が笑顔で説明を加えた。
「今回の依頼報酬は金貨30枚です。そして、影狼の魔石……これはとても貴重な品なんですよ!影狼は特に魔石を宿していることが少ないので、金貨70枚で買い取らせていただきました!」
「70枚……!」
(魔石だけでそんな金額になるのか……!)
女性はさらに続ける。
「しかも毛皮も非常に状態が良かったので、金貨10枚での買い取りです。合計で金貨110枚になっています!」
俺は金貨の重さを感じながら、あまりの報酬の高さに驚きを隠せなかった。
金貨が詰まった袋を持ちながら立ち尽くしていると、近くにいた冒険者たちが俺の様子に気づいた。
「おいおい、あれ金貨じゃねえか?しかもあんなに……!」
「本当に影狼を討伐したんだとしたら、それくらいの額にはなるだろうけど……まじであいらだけでやったのかよ。」
小声で話し合う声が聞こえてくるが、俺は聞こえないフリをした。
報酬の喜びに浸りつつ、ギルドを出ようとしたその瞬間、どこからともなくルミエラの声が響いた。
「よぉ、カイル君!報酬もらえたかい?」
振り返ると、どこか機嫌を取り戻した様子のルミエラが立っていた。
「……えぇ、もらいましたよ。ルミエラさんのおかげ――とは、今回は言いませんけどね。」
皮肉を込めた言葉に、ルミエラはニヤッと笑う。
「おいおい、そんな怖い顔するなって。そろそろ機嫌直しなよ。」
「俺の機嫌を直すのは、簡単にはいかないですよ。」
そう言い返す俺を、ルミエラは少し困ったような表情で見つめたが――次の瞬間、またいつもの調子に戻った――。
ギルドを後にした俺は静かに考えていた。
(これだけあれば、エグザミートの国境を越える旅費も十分だ……!)
これまでの苦労を思えば、やっとここまで来たかという感慨深さがあった。いよいよ新たな一歩を踏み出せる――そう思っていた。
(さっさと宿に戻って、この重い金貨を置いて身軽になろう。そして準備を整えて出発だ!)
意気揚々と宿に戻った俺を待ち構えていたのは――宿の店主が浮かべる、ニヤニヤとした嫌な笑みだった。
俺はその笑みに、一瞬で胸に嫌な予感が広がる。
「……なんですか?」
恐る恐る聞く俺に、店主は予想通りの答えを返した。
「依頼報酬で結構稼ぎが入ったんだろ?そこで……そろそろ宿の修繕費を貰おうと思ってな。」
(……修繕費!?)
その言葉に、俺は一瞬思考が止まる。そして視線を後ろに向けると、そこには目を逸らしながら口笛を吹くルミエラの姿があった。
「な、なんだよ~。」
とぼける彼女に、俺は大きくため息をつき、店主に向き直る。
(くそっ……修繕費を払ったら即エグザミートだ。これ以上、ここに足止めを食らうわけにはいかない……!)
「……分かりました、お支払いします。いくらですか?」
そう言うと、店主は懐から一枚の紙を取り出し、俺に差し出した。
「これは……?」
「借用書だ。」
渡された紙を開くと、そこにはびっしりと細かい字が書き込まれていた。店主はそれを指差しながら、ひとつひとつ読み上げる。
「まず、宿の修繕費が金貨20枚。次にウチで食った飯代のツケが金貨24枚と銀貨68枚。そして――盗った酒代が金貨60枚だ。」
(盗った……酒!?)
その言葉に、俺の記憶が蘇る。昨夜、ルミエラが「祝いだ!」と叫んで勝手に酒を持ち出していた光景が……。
「ちょっと待ってください!なんでこんなに……!?」
俺が目を白黒させながら抗議すると、店主は肩をすくめ、後ろを指差した。
「おいおい、知らなかったのか?後ろの『魔女』さんが結構大暴れしてくれてよぉ……。それにあの酒、かなりの年代物だったんだぜ?」
その言葉に俺はゆっくりと振り返る。そこには、目を泳がせながら後ずさりするルミエラの姿があった。
「ル~ミ~エ~ラ~さ~ん!!」
怒りで我を忘れた俺の両手には、今朝使った棘状の球――あの「デ〇ボール」が生成されていた。
「ちょ、ちょっと待って!言い訳をさせてちょうだい!!」
ルミエラは両手を振り、必死に弁解しようとするが、俺には聞く耳などない。
「問答無用~~っ!!!」
勢いよく魔力を籠めた球を投げつけると、ルミエラは必死に避けながら宿の廊下を逃げ回る。
「痛い!ちょっと!待ってってば!謝るから!ねっ!?痛っ!」
廊下を走る音と、ルミエラの悲鳴が宿中に響き渡る。
「まだまだこんなもんじゃ足りない!!俺の金貨をどうしてくれるんですか!!」
「ちょっと待って!!だってあの酒はあたしの分だったんだもん!!」
「嘘つくな!俺にまで無理やり飲ませたくせに!!」
そのまま宿の廊下で追いかけっこが続き、物音に驚いた他の宿泊客たちが部屋から顔を覗かせていた。
「またアイツらかよ……」
「いい加減にしてくれよ……」
冒険者たちの呆れた声が聞こえてくるが、俺の怒りは収まらない。
結局、宿の廊下を走り回った結果、壁の一部が削れ、さらに窓のガラスが割れるという惨事に発展。
「はぁ……」
その結果、店主から追加の修繕費を請求され、金貨10枚をさらに失う羽目になった。
「お前ら……次に何か壊したら、二度とこの宿に泊まらせねえからな。」
店主の冷たい目線を浴びながら、俺はすっかり力を失い、ため息をついた。
(エグザミートに行けるのは、まだまだ先になりそうだ……。)
―——。
夕方になり、散々怒られたルミエラはしれっとした顔で、俺にこう言った。
「いやぁ~、楽しかったねぇ!カイル君って意外とキレると怖いんだね!」
「……楽しかったのはあなただけでしょ!!」
俺の怒りはまだ収まらなかったが、ルミエラには一切響いていない様子だった――。
(俺の旅は、このトラブルメーカーと共に続いていくのか……。)
俺は遠いエグザミートの地平を思い浮かべながら、また深いため息をついたのだった。
次回から少し成長したカイル君が見られます。




