122話 夢と現実
「ハッ……!」
目が覚めると、見覚えのある天井が目に入った。ここは、宿の俺の部屋だ。
だが、まだ朦朧とした意識の中で、全身に寒さを感じた。
「……寒っ」
身体を抱きしめるようにして冷たい風の方向を見ると、修繕が雑に施されたボロボロの扉が目に入った。穴だらけのその扉から、冷たい風が容赦なく吹き込んでいる。
(そういえばまだ修繕費払ってなかったな…)
ふと自分の身体に目を向けると、上半身は裸。
「……なんで裸?」
頭に浮かぶのは既視感――まるでこの光景を見たことがある気がする。
(そういえば……俺、どうやってここに帰ってきたんだっけ?)
記憶をたどろうとするが、影狼を倒したあたりからすっぽりと記憶が抜け落ちている。
「ん……」
ふいに、右の方から小さな声が聞こえた。振り返ると、そこには一枚しかない掛け布団を全身にぐるぐる巻きにして眠るルミエラの姿があった。
俺の部屋で勝手に寝ているどころか、布団まで独り占めしている。そのせいで俺が寒い思いをしているんだと気づくと、怒りが込み上げてきた。
「勝手に寝るな!!」
俺は布団に手を掛け、一気にはぎ取った――その瞬間、布団の下から現れたのは健康そうな褐色の肌が露わになった、全裸のルミエラだった。
「は……裸っ!?」
その瞬間、昨夜の出来事が頭の中に蘇った。
影狼を倒した後、ルミエラにバカになるポーションを飲まされたこと。そこから記憶は曖昧だが――確か酒を飲まされ、酔いが回り、ルミエラと……
(いやいやいや、待て待て待て待て!!)
俺は頭を振り、必死に思い出そうとする。昨夜、ルミエラと「そういうこと」をしてしまったのか? それともただの夢なのか? 現実なのか?
(……いや、でもこの身体にはまだ……“来てない”し……いやいや、そんなことはどうでもいい!)
混乱する頭を抱えながら、とりあえず目の前のルミエラを起こすことにした。目のやり場に困りながらも、彼女の肩を揺さぶる。
「ルミエラさん……ルミエラさん!起きてください!」
俺が強めに揺さぶると、彼女はゆっくりと目を開け、大きく伸びをした。
「ん……? んん~! あぁ、おはようカイル君……」
目を擦りながら、のんびりと起き上がるルミエラ。俺は慌てて彼女の身体を布団で隠した。
「……あれ?なんであたし服脱いでんだ?」
呑気に聞いてくるルミエラに、俺は怒りを抑えきれず声を張り上げた。
「そんなの、俺が聞きたいですよ!俺にあのポーションを飲ませたあと、何をしたんですか!?」
俺の怒声にもかかわらず、ルミエラは数秒放心した後、突然思い出したように笑い出した。
「ぷっ……はははっ! いやぁ、そうだったそうだった……!」
ルミエラは腹を抱えながら爆笑している。
「ちょっ……何がそんなにおかしいんですか!?」
俺が真剣に問い詰めると、ようやく笑いを止め、肩で息をしながら説明を始めた。
「いやぁ……カイル君さ、昨日のあんた、本っ当に面白かったんだよ。」
「面白かったって……俺、何したんですか……?」
「まぁまぁ、焦るなって。あたしが今日は祝いだー!って酒を持ち込んだら、あんた大喜びで乾杯しただろ? そっからもう、バカになるポーションの効果と酒のダブルパンチでさ……」
俺は頭を抱えたくなる。
「……で、それで? 俺が何したか教えてくださいよ。」
ルミエラは得意げに笑いながら言った。
「まぁ簡単に言うと――」
「踊りまくってたね、あんた。」
「……は?」
「しかも、あたしの前で『腹踊り』しながら「俺の魔力、すげぇだろ~!」って叫んでたよ。」
「……嘘……」
「ほんとだって! で、その後、力尽きてベッドに倒れ込んだあんたに、あたしが布団かけてやったのさ。あ、そうそう、自分で服脱ぎ出したのもあんただからな?」
「俺が……自分で……?」
顔が熱くなる。酔っ払った俺が、そんな醜態を晒したのか――!?
「じゃあ、その裸のまま寝たのも、俺が自分で……?」
「そうそう。で、あたしも疲れてそのまま一緒に寝たってわけさ。」
「待て待て!じゃあなんでルミエラさんまで裸なんですか!?」
「いや、あたしも暑かったから脱いだだけだよ。何か問題?」
「大問題ですよ!!!」
俺は完全に疲れ切ってしまった――それは影狼との戦い以上に、精神的な消耗が激しかったからだ。
ルミエラは笑顔でケラケラ笑っているが、俺にとっては悪夢でしかない。
「……もう二度と、あのポーション飲ませないでください。」
「分かった分かった!でもさ、楽しかっただろ?」
「全然楽しくないです!!」
俺は布団をバサッとルミエラにかけ直し、さっさと部屋を出ることにした。
(……もう、絶対にルミエラのペースには乗らない……!!)
強くそう心に誓いながら、俺は宿の食堂へと向かった。
1階の食堂に降りると、宿に泊まる冒険者や商人たちがいつも通り談笑していた。
カウンターでは、店主が常連客の冒険者たちと何か楽しげに話している。その光景に一瞬だけ安堵し、俺も普通に朝を迎えた気分になりかけた――が。
「おぉ!坊主!」
俺を見つけた店主が大声で叫んだ。
「昨日は楽しませてもらったぜ!あの芸は傑作だった!」
その言葉を聞いた瞬間、宿の中にいる全員が、我慢していたかのように吹き出し、大爆笑を始めた。
「あっはははは!」
「思い出しただけで笑えるわ!」
俺は頭を抱えそうになる。
(あぁ……記憶がなくて本当に良かった……)
俺は心の中でそうつぶやき、何とか耐え忍びながらカウンター席に座った。
店主に朝食の注文を済ませると、横に座る冒険者たちが話しかけてきた。
「にしても、お前があんなに面白いやつだとは思わなかったよ!」
声をかけてきたのは、この街でも実力派として知られる冒険者パーティー『疾風』のリーダー、ファストだった。長身で精悍な顔つき、見るからに頼れる男だ。
「はは、ありがとうございます。でも実は……昨日の記憶がなくて……」
そう言うと、ファストは爆笑しながら言った。
「ははは!そりゃあんだけ酒飲んでりゃあ記憶の1つや2つなくすわな!」
その言葉に、店主や他の冒険者たちも一斉に笑い出す。
「お前、今まで暗い奴だと思ってたけど、案外面白いやつだったんだな!」
次に話しかけてきたのは、同じく『疾風』のメンバー、クイックだ。彼はファストとは対照的に小柄で俊敏そうな印象を与える男だが、今は腹を抱えて笑い転げている。
「ありがとうございます……」
何とも言えない表情で返事をすると、クイックは笑いを止めようとして言葉を続けた。
「まぁ、昨日みたいにはいかなくともよ、これからも仲良くやろうぜ!」
「はい、よろしくお願いします。」
ようやく普通の会話に戻ったと思った瞬間――
「ぶっ……ごめん!やっぱ駄目だ!」
ファストとクイックが同時に吹き出し、大声で笑い始めた。
「昨日のお前、面白すぎたわ!腹痛ぇ!」
「我慢しようとしたんだぜ?で、でも……ぶーっ!がははは!」
俺は目の前で笑い転げる二人を見て、呆れるどころか怒りが湧いてきた。そして、その怒りの矛先が誰に向けられるべきか、瞬時に理解する。
(……ルミエラだな。全部ルミエラのせいだ。)
俺は席を立ち、店主に軽く会釈して言った。
「すみません、ちょっと外します!」
「おう!また話そうぜ!あっははは!」
背後から笑い声が聞こえるが、もうどうでもいい。俺の頭の中はルミエラへの怒りでいっぱいだった。
俺は自分の部屋に向かい、扉を勢いよく開けた。中には、ちょうど着替えを終えたばかりのルミエラがベッドに腰掛けていた。
「おぉ、どうしたカイル君。下から笑い声が聞こえていたけど……」
ルミエラは俺の顔を見て、何かを察したのか表情を引きつらせた。
「カイルくぅん?もしかして……怒ってる?」
俺は何も言わず、じっとルミエラを見据える。その代わり、両手に魔力を籠め始めた。
「ちょっと待って!魔力籠めるのやめな~?それ、形状的に痛いやつでしょ~!?」
ルミエラは焦りながら後退りするが、俺は構わず土を棘状に形成し、それを球状にまとめた。
「おいおい、落ち着こうぜカイル君!話せば分かる――」
「話さなくても分かってる!」
そう叫ぶと同時に、俺は『デ○ボール』よろしく、土の棘球を全力で投げつけた。
「ぎゃああああああああああ!!」
ルミエラの叫び声が宿中に響き渡った――。




